異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

文字の大きさ
64 / 1,316
第5章 辺境の地にて

第64話 ファーゼストの医療事情について

しおりを挟む
 オレはネステントスから聞いた、ちょっとどころではない面倒な話に他人事ながら頭を悩ませていたが、まだ聞かねばならない事がある。

「とりあえず。お二人の事はだいたい分りました……」
「他にも聞きたい事があったら何でも聞いてくれよ」
「それではもう一つだけうかがいますけど、いまここにいる聖女はオスリラさんだけなんですね?」

 この問いかけにネステントスはさきほどまでの、脳天気なのろけ話をしていたときとは一転して少しばかり深刻そうな表情を浮かべる。

「ああ……そうなんだ。だからあいつ忙しくてな。毎日、大勢押し寄せて治療を頼んでくるけど、相手を出来るのはごく一部だけなんだよ」
「このファーゼストには他に病人を治療出来る施設はないんですか?」

 幾ら辺境の地とは言え、ここはこの世界の基準では十分に大都市のはずだ。
 いくら何でもこの聖女教会にいるオスリラひとりだけで、病人や怪我人を全部引き受けているはずがあるまい。

「もちろんこの町には薬師もいるし、魔術を使わない医師もいるさ。だけど回復魔法があるのはここだけだから、大勢が押し寄せてくるんだよ」

 そりゃそうだ。
 どれほど優秀な薬師や医師でも、回復魔法により瞬時に治せる聖女にかなうはずが無い。
 RPGで言えば【医療】の技能をどれだけ上げようが、せいぜい回復魔法を使うのが惜しい小さな傷を手当てするとか、病気にかかったときその症状を把握するとか、そんな場合に役立つぐらいで、回復魔法の使い手には端から勝負にならない。
 オレだってこの世界の住民だったら、回復魔法の方を選ぶよ。
 それでも魔法を使わない薬師や医師がいるのは、回復魔法の使い手が圧倒的に足りないからに過ぎない。

「それではオスリラさんは本当に大変なんですね」
「ああそうだよ。だから俺に出来るのは、あいつの頼みをできる限り聞いてやる事だけだ」

 ここでネステントスはオレに向けて頭を下げる。

「さっきは済まない事をしたと思っている。だけどあいつだって偶然合った顔なじみとちょっと話がしたかっただけだろう。無理矢理に連れ込んで悪かったな」
「いえ……いいです。別に気にしてませんから」
「それはともかく、お前さん達はどういう関係だったんだ? 差し支えなければ聞かせてくれないか? ただの顔なじみにしてはお前さん、いきなり逃げだそうとしたし、どうにもおかしいんだが」
「……」

 オレは自分とオスリラの関係については急に聞かれても、どう表現してよいのか分らず口ごもる。
 そしてそれを見てネステントスは何かに気付いた様子を見せる。

「ひょっとしてお前さんは元『見習い聖女』だったりするのか?」
「え?」
「それで嫁さんにしごかれていたけど、結局は聖女にはなれず、何かのツテを頼ってこのファーゼストまで来たとか、そんな話かい? まあそれなら嫁さんを見て逃げだそうとしたのは当然だよな」

 ああ。そういえば聖女教会では回復魔法の素質のある者を聖女候補として育てるけど、本当に聖女になれるのは十人に一人かそこらだと言っていたな。
 数の上では圧倒的多数の脱落者はそれでも聖女教会に残って下働きをするか、還俗して社会に戻る ―― その大半は聖女教会の推薦する相手の妻になる ―― らしい。
 ネステントスはオレがその脱落者で、たまたまここでオスリラと再会したと思っているらしい。
 そんな評価は不本意だが、聖女教会から見ればオレは本当に『脱落者』なのだから決して間違いというわけでもない。
 真相を話す事も出来ないし、ここは適当に合わせておくとしよう。

「まあそんなところです」
「それなら回復魔法を使うわけにはいかなくとも、手伝いぐらいは出来るんじゃないか?」
「え?」

 オレはここで少々面食らう。『回復魔法を使うわけには行かない』とはどういうことだろうか。

「おいおい。見習いが聖女になれなかった場合、回復魔法は今後一切使わず、他人にもその知識を教えないという誓いを立てるんじゃなかったのかよ。俺だってそれぐらいは知っているぞ」
「え……ええ……そうでしたね」

 オレはあいまいに頷く。
 一足飛びどころか、階段そのものを飛び越える勢いで回復魔法をチートで得た俺は『聖女になれなかった候補者たち』の事など全く考えていなかったのだ。
 確かに力に劣ると言えど、数において圧倒的に多数派をしめる脱落者が、未熟でも回復魔法を使ったら、聖女協会の回復魔法独占はすぐに破られてしまうだろう。
 そのため脱落者には回復魔法の使用を禁じるのは何の不思議もない。

 しかし元の世界でも医学生は本当の医者になれなければ、医療行為をすることは当然許されなかった。
 もちろん『落第生でも一般人より医療に長けているから、その技術を有効活用しただけ』などという言い訳は通用しない。
 それを考えるとそう理不尽とも言い切れないな。

「回復魔法が使えなくても、手伝いぐらいは出来るよな。それなら嫁さんを助けてやって欲しいんだ。頼むよ」

 ネステントスは改めて頭を下げてくる。
 オレがその気になれば病状や怪我の内容によるだろうけど、一日で百人やそこらを治す事だって可能だと思う。
 だが本当にそんなことをしたらどうなるか。
 当然、翌日から今までとは比べものにならない数の人間がここにおし寄せてくるのは目に見えている。
 そうなるとオレがここにとどまり続けるか、オスリラに大迷惑をかけるのかのどちらかだ。
 回復魔法を使うことなく手助けをしても、そっちの心得のないオレには何も出来ないし、苦しんでいる人を見て、回復魔術使わずに知らん顔をするなんて俺にはとても無理だ。
 結局のところオレはオスリラを助けられないし、それどころかここにとどまり続けるわけにもいかないのである。

「すみません。申し訳ないんですけど、明日の朝にはここを発たせてもらいます」
「そうか……まあ仕方ないな。無理を言って申し訳ない」

 わびるネステントスを見て、オレは少しばかり罪の意識を感じつつ、その場を後にした。

 そして翌朝一番に俺は聖女教会ファーゼスト支部を出る事になった。
 出るのが遅れてもしも命に関わる急患が飛び込んできたら、やっぱり無視して立ち去るなんて真似は出来ないし、そうなればズルズルとここに留まる羽目になりかねないからだ。

「それでは失礼します」
「行く当ても無いのなら、しばらくここにいればいいのに」

 見送りはネステントスだけだが、これは別に深い意味は無い。
 ただ単に疲れているオスリラはなるだけ長く寝かせておきたいという気配りだ。

「オスリラさんにもどうかよろしく伝えておいて下さい」
「分ったよ。気が向いたらいつでも会いに来てくれ」

 オレは無言で一礼する。
 本音を言うとオレを女に変えた『主犯』とまではいわなくとも『従犯』のオスリラには複雑な思いはあるが、彼女に復讐したところで状況は何も変わらないし、たぶんオレも後で後悔するだけだろう。
 むしろネステントスとの幸せな将来を心の片隅で祈ってしまっている自分自身がいるぐらいだ。
 それは同じ『元男』として ―― ええい! 違う違う!
 オレは男に戻る事を諦めちゃいないんだ!

「いきなりクビを振ってどうしたんだ? 何かのまじないか?」
「いえ。何でもありません。それではお元気で――」

 ようやくネステントスに別れを告げて、オレは聖女教会ファーゼスト支部を後にする。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...