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第8章 ライバンス・魔法学院編

第143話 教授は下心満載で弟子を推薦する

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 ああ。もうオレ自身『美少女ハーレム』に対する憧れもなくなりつつあるなあ、などとオレが思っているとホン・イールは少しばかり面白そうに微笑む。

「王族か皇族ね……惜しいわ。いい線はいっているけど外れだわ」
「え?」
「このガランディアはね、聖セルム教団の黎明期に教団と預言者聖セルムを武力で守り、そして最終的に裏切ったと言われる英雄にして背教者、ガーランドの末裔なのよ」
「なんですって?!」

 おいおい。聖セルム教団の黎明期と言えば千年ほど前だろう?
 そんな古い時代の血縁に何の意味があるんだ。
 単に知られていないだけで、血を引いている人間だったら掃いて捨てるほどいるはずだ。

「あなたのいいたい事は分るわよ。千年前の英雄の末裔なんて何の意味も無いと思っているんでしょう?」
「当たり前です」

 その千年の間にこの世界においてどれだけの英雄が生まれたか、そしてその子孫がどれだけいるか考えるだけ馬鹿げているだろう。

「重要なのは実際に血筋では無く『そう思われている』ということなのよ。たとえば王家の血筋だって、知られていない直系よりも知られている傍系の方がずっと意味があるでしょう?」

 いわれて見ればその通りかもしれない ―― いずれにせよその英雄にして背教者がどういう存在なのかは知らねばならないな。

「とりあえずそのガーランドがどんな人だったのか教えて下さい」
「いいわよ。よくお聞きなさい」

 ホン・イールはどこか嬉しげだ。
 今まで何度もこういう場面に出くわしてきたが、どうもオレの周囲にはこんな感じで知識をひけらかすのが好きな人間も集まってくるようだな。

「ガーランドは聖セルムの仲間のひとりであり、その役目は剣をとって預言者と信徒達を守り、また『唯一絶対の教え』を受け入れず、武器を持って刃向かうものどもを征伐する事にありました」

 いつものことだけど、こういうのも眉に唾つけて考えないといけない話なんだろうな。

「しかしガーランドは最終的には自らの使命を放棄し、異教の教えにその身をゆだね、聖セルムと袂を分かってしまったのです」

 以前に話に聞いたザーロンと違い、そのガーランドというのは完全に背教者になってしまったということなのか。

「聖セルムの側近であった彼が背教者となったのは、いつ果てるともしれぬ戦いの中で正しき教えを信じ切れなかったからとされています」

 なるほど。つまりその逸話は信徒達に対して『信心が揺らぐこと』を戒めるものらしい。
 何というか最近のオレは伝説や神話の類いを耳にしても、その裏に何があるのかを先に考えるようになってしまった気がするな。
 それはたぶんオレ自身の境遇があるからなんだろうけど。

「しかし今の話はあくまでももっとも人口に膾炙しているものであって、ガーランドの正体については無数の説があるのですよ」
「たとえばどんなものですか?」

 確かに『開祖である偉大な預言者が側近に背かれた』という話は宗教としては『汚点』になるだろう。
 そんなわけでいろいろな解釈が出て来てもおかしくないな ―― 何しろいま現在、オレ自身がそういう伝説のいい加減さに直面しているわけだから。

「代表的なものとしては実はガーランドは最初から異教の手先で、彼が行った軍事行動は西方を破壊するためだったとするもの、逆にガーランドは異教徒達を教化するために敢えて彼らの中に飛び込んでいったとするもの、まあいろいろとあるわね」
「それってまるで逆じゃ無いですか」
「各地で伝わる伝承にはあんまり統一性がないものだから、ガーランドという名前の英雄や悪漢が複数いて、それがあちこちで記録されたのが後世に寄せ集められたという学説だってあるぐらいです」

 まあ要するに真相は何世紀にも渡る、ウソと誇張の積み重ねでまるで分らないということなんだろう。
 何しろオレなんかたった半年の活動ですら、ウソと誇張だらけで真相とはかけ離れた話が広まっているわけで、それを考えるとガーランドとやらはある意味で『大先輩』と見るべきかもしれないな。

「そんなわけでガーランドの場合は、その評価が派閥によって『偉大な英雄』だったり『おぞましい背教者』だったりで、迂闊に口に出せない面があるの」

 まあ元の世界でも『戦国乱世を終わらせた偉大な英雄』が敵対した宗教からは悪魔のごとく嫌われているという話は聞いた事がある。
 こっちの世界では信仰がらみとなると、更にややこしくなることは想像にかたくない。

「一つ聞きますけど、そのガーランド自身はなんと言っていた……いえ。いまどのように主張しているんですか?」

 オレだってイロールやファーゼストなど神様と対面して話を聞いたことがあるんだ。
 さらにケノビウスのように首輪に封じられつつも、過去の記憶を残している相手だっていたじゃないか。
 それだけ著名な相手ならば、自らの意志をこの世界の人間に直接伝えたっておかしくはないだろう。
 何しろ辺境都市の『街の神』に過ぎないファーゼスト神だって出来たことだ。それだけ大きな扱いをされているガーランドが出来ない筈が出来ないはず。
 だがここでホン・イールは困ったようにため息をつく。

「やっぱりあなたは多神教の発想で考えているわね」
「え? どういうことです?」
「聖セルム教の聖人は、列聖された後で自らの意志を示すことはないわ。ただ信仰するものに対して祝福を与えるだけ。なぜなら正しき教えはあくまでも聖セルムが伝えたものだけだからです」
「そういうものなんですか……」

 これはオレの推測だけど『聖セルム教の聖人が意志を示さない』というのは、たぶん『そういうものだとして信仰されている』からなのだろう ―― だからひょっとすると一神教徒でないところのガーランドは己の遺志をどこかで伝えているかもしれない。
 この短期間でオレはいろいろな勢力を渡り歩いて見てきたが、その崇拝対象たる精霊、神、聖人の区別は曖昧で、ただ呼び方が違うだけにしか見えない事も多い。
 この世界における信仰とは『何を崇拝するか』よりも『どのように崇拝するか』によって左右されるのではないだろうか。
 まさかスケベ野郎と変態教授の師弟コンビとの関わりで、そんな世界の真実の一端に触れたくは無かったけどな。


 オレがちょっとばかり世界への理解を深めたところで、ホン・イールは少々自慢げに説明を続けている。

「そんなわけで実のところガーランドの評価は立場や出自でまちまちなものですから、その『末裔』に対する評価もさまざまなものなのですよ」
「だけどそんなにガーランドは有名なんですか?」

 その人は確かに偉大な英雄ないし悪漢なのかもしれないけど『宗派の汚点』であることは確かじゃなかろうか。
 それなのに千年後までその名が鳴り響いているというのは、かなり奇妙な気がするな。

「もちろんよ。『悪名は無名に勝る』というけど、ガーランドの場合、一般の信者からは

『最も気高き信仰心の持ち主であっっても、時には道を踏み外して堕落し、その裏切りのため永遠に苦しむ事がある』

として人々に自省を促す『大いなる戒め』として知られているわ」
「その言い方からすると『一般の信者』以外が描く『ガーランドの姿』もあるんですか?」
「当然でしょう。彼を偉大な英雄として崇める者、逆に聖セルムに仇なすもの、背教者の守護者として崇める者だっています。もちろん一般には『異端』として取り締まられていますけど、千年たった今でも根強い勢力が一部には残っているのですよ」

 なるほど。本人がどうなのかは別として『聖セルム教徒への戒め』として高名である事から、それはそれで余計な憶測を招いているのか。
 宗教的無節操を自認しているオレからすれば、そんな『千年前の英雄』についてのややこしい考えを、いまだに受け継ぎ『異端』として追われても、絶対にそれを捨てないなどついていけない世界だな。
 いや。ついさっきホン・イールが言ったように聖セルム教で『聖人』は加護を与えてくれる存在であり、御利益があるから生き残っているのだろう。
 まあどっちにしろ今は、彼女の誤解を解く方が先だ。

「とにかくこっちはガーランドなんてそもそも知らなかったのですから、その末裔を『青田買い』することもないですよ」
「それでは話を戻すけど、なんでガランディア君は倒れているの?」

 そういえばこの話題の切っかけはそこだったな。
 見るとガランディアはまだ倒れている。
 まあオレがコイツの股間を蹴り上げてから、時間にしてまだ数分しか経ってないから当然か。
 水浴びしている乙女の股間を凝視するスケベ野郎に鉄槌を下した結果、世界の真理探究に繋がるとは本当に世の中は分からないものだ。
 仕方ないので、ホン・イールにはとりあえず大ざっぱにこれまでの経緯を説明することにした。

「なるほど……女神の水浴びを偶然に覗いてしまった人間が理不尽な仕打ちを受けて、その末路がこれというわけなのね」
「さっきから意図的に話をねじ曲げてませんか?」
「冗談よ。私だってそこまでバカな事は考えませんから」

 あんたが今までオレに対して口にしてきた事は十分過ぎるぐらいに『バカな事』の気がするけどな。
 本人は全く意識していないのだから始末に負えんな ―― この世界に来てから出会うのはそんな連中ばっかりだけど。

「とにかくガランディア君もいい加減起きなさい」

 そういってホン・イールはガランディアを助け起こす。

「うう……死ぬかと思った……」
「大丈夫よ。生殖能力を失ったぐらいでは人間は死なないから」

 本当にこの人は情け容赦ないな!

「それはともかく今回は裸を見た上に、口を滑らせたガランディア君が悪いわね。彼女に対してちゃんと謝りなさい」
「分りました。ごめんなさい」

 むう。急所をぶっ飛ばされて悶絶したのに、そう素直に謝られたらオレも『ちょっとやり過ぎたかな』と申し訳ない気持ちが芽生えてきてしまうではないか。
 いや。ひょっとしたらそれがホン・イールの狙いだったりするかもしれない。
 この人は決して邪悪というわけではないが、自分の知識欲を満たすためなら、どんな無茶な事をするか分ったものではないからな。

「目に焼き付けたまぶしい肢体については、その欲望を彼女に向けて発散させるまでため込んでおきなさい」
「そ、それは……」

 おい! 何を口ごもってやがる。
 いや。ガランディアにその気はあって当然か。
 オレがコイツの立場なら、やっぱり同じ事を考えただろうからな。
 たとえ急所を蹴り上げられようとも、オレのような『美少女』とお付き合い出来るなら、それぐらいは些細な事だろう。
 そしてホン・イールは改めてこちらに向き直る。

「どうかしら? この地におけるあなたの『恋人』に彼は結構お買い得よ?」
「ええ?!」

 やっぱりホン・イールの意図はそれか。
 まあオレとガランディアがあんなところで出会ったのは偶然だろうけど、それを利用してこちらを研究材料にしようとしているのが丸見えだ。

「出来ればもっと関係を深くして、いっそのこと子供まで――」
「教授。さすがにいきなりそこまでは……」
「ふんん。ガランディア君、あなたは奥手なのね」

 あんたが暴走しているだけだろ!
 まあこの世界の基準だとオレぐらいの年で結婚しているのも珍しくないのかもしれないが、もちろんオレがそんな話を受け入れる気はさらさらない。
 ホン・イールの意図が『異邦の女神まがい』と『英雄・悪漢の末裔』を絡み合わせて、自分の研究素材に利用しようとしているのが見え見えなのだから、なおさらだ。

「いい加減にしないと、こっちも怒りますよ」
「まあまあ。私だって別に今この場で、そんな事になるとは思ってないわよ」

 そんなの当たり前だ ―― といいたいが何しろコイツはオレの前でガランディアが悶絶しているのを『行く先々で恋人をつくるオレがイカせた』などと無茶な解釈をする相手なのだからどんな妄想を暴走させているか分かったものではない。

「とりあえず。彼女にこの学園内部を案内してあげてくれるかしら」
「え……分りました!」

 ホン・イールの意図もあからさまだが、ガランディアも随分と嬉しそうだな!
 ついさっきオレがお前を悶絶させた事はもう忘れているのかよ!
 たぶんコイツの記憶では、オレに蹴り上げられた事よりも、初対面で裸をガン見した時の事の方がよほど鮮やかな存在なんだろう。
 元男としてその気持ちはよ~く分るよ!
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