異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第8章 ライバンス・魔法学院編

第147話 唯一神の対極とは

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 少なくとも今まで『名の無きもの』ネームレス・ワンと言う存在についてオレが耳にしたことは無いはずだ。
 ただし今までこういう名前のついた存在と言えばアンデッド教団の『虚ろなるもの』とか、唯一神にして創造者である『唯一なるもの』とか、あんまりいい存在ではなかったな。
 まあ『唯一なるもの』と『虚ろなるもの』を神様だからといって同一視したら、間違いなくここにいる連中は激怒するだろう。

「……」

 それはともかく『名の無きもの』に対するオレの質問を受けて、ガランディアとアニーラ、そしてスビーリーの三人は揃って怪訝な視線をオレに注いでくる。
 おいおい。それは問うことすらはばかられるような初歩的な知識なのか?
 しかしオレは信仰心の欠片も無いとは言え、聖セルム教徒の知り合いは結構大勢いるけど、今まで誰もそれについては言及してないぞ。

「どうやら、あなたは今まで無知な派閥のものとしか接してきてこなかったのね。本当に何も知らないとは困ったものね」

 アニーラは相変わらずとげとげしい。
 もっともオレが無知なのを責めているというよりは、どちらかと言えば『オレだからこそ責めている』ように感じられるな。

「それは言い過ぎですよ。わたくしたちが彼女を善導して差し上げればいいだけです。無知なるものをよりよく導くのは我らの使命ですから」

 スビーリーの方は表向き丁重なようで、やっぱりオレをけなしているのが丸見えだ。
 どっちもオレを『ライバル』と思っているかもしれないけど、それは大間違いですから!

「ああ……君たちも落ち着いてよ。少なくとも一般人は知らなくても不思議じゃないんだから。彼女は魔法の能力は凄いけど、そっちの知識は疎いんだよ」

 まあオレは確かに魔力こそ桁外れにあって、強力な魔法も使えるけど、知識については浅いものしか無い事は分っている。
 だからいろいろと知りたくてここまで来たんですよ。
 しかしオレがそれを問う前に、アニーラがにらみ付ける。

「どうしてそれほど強力な魔法の使い手だと知っているのかしら? さっきの話だと彼女とは出会ったばかりだと言っていたでしょう」
「それは……」

 そこで口ごもるな! 絶対に勘違いされるだろうが!
 まあオレの水浴びを凝視していて、魔法で操られたツタで釣り上げられたという話は出来ないだろうけどな。

「とにかく! 今はアルタシャに説明するのが優先だよ!」

 強引に話を引き戻したな。

「とりあえず『名の無きもの』というのは、一部の学説で『唯一なるもの』の対極とされている存在なんだ」
「対極……ですか?」

 唯一神の対極とすると、元の世界における世界的宗教で言えば大悪魔サタンとか、その類いの存在なんだろうか?
 だけどこっちの世界の『唯一神』は世界の全て、つまり善と共に悪も創造したという教義だったはずだから、悪もまた神の一部だったはず。
 つまり善悪で分けるのとはまた別の存在ということなのか。

「その主張によると『唯一なるもの』が可能性を解き放つものとしたら『名の無きもの』はあらゆる可能性を否定して世界を ―― すなわち『唯一なるもの』を無に帰そうとするという仮想の存在なんだ」
「仮想ではないわよ。確かに『唯一なるもの』と同じく、人間には『名の無きもの』はその存在そのものを察知することなど出来ないけど、間違いなく存在するのよ」
「だけどそれはあくまでも仮説であって、聖セルム教団の公式見解にはなっていないじゃないか」

 なるほどな。一般的な聖セルム教徒にとって『唯一なるもの』こそが至高の存在であり、それに匹敵するものは認められない。
 だから今までオレが出会った連中は、当然ながら『対極の存在』については言及しなかった、というよりは知らなかったんだな。

「存在が仮説に留まるのは事実ですが、それでも『名の無きもの』はこの世界を動かす原動力となっているのは間違いありません」
「何を言っているのよ。可能性を否定する存在である以上、それは悪以外の何者でもないわ。それが分らないからあなたの学派はいつまでも少数派なのです」
「それはお互い様でしょう」

 う~ん。ここまでの会話を聞く限り、ガランディアとアニーラ、スビーリーはそれぞれ『名の無きもの』についての見解が異なるらしい。
 ややこしいけどアニーラは『名の無きもの』について可能性を否定する邪悪な存在、つまり元の世界でいえば悪魔的な相手と見ているらしい。
 その一方でスビーリーの方は『名の無きもの』もまた世界の諸力の一つであり『唯一なるもの』と同様に『善悪を超越した宇宙の原動力』と見なし、その調和を説く考えということか。
 そしてガランディアと言うかホン・イールはそもそも『名の無きもの』は仮想の存在に過ぎないと思っているようだ。
 もちろんいずれもこの連中の属している学派による考え方の違いによるものだろう ―― そしてこんなものは『コップの中の争い』であって大多数の信徒は興味が無いのだろうな。
 まあ元の世界でもそういう些細な見解の相違で、口角泡を飛ばして激論を交わすことは珍しく無かったから、そういう意味ではこれも『普通』ということか。

 しかしそういう受け止め方の違いがあるにもかかわらず、アニーラもスビーリーのどちらもガランディア個人には好意を抱いている様子だから、何とも人間関係とはややこしいものだ。


 ガランディア達の話を聞く限りでは『名の無きもの』とは言ってみれば、この世界におけるブラックホールみたいなもので、その対極である『唯一なるもの』がホワイトホールというところか。
 もっとも元の世界ではホワイトホールの方が仮想の存在だったはずだから、そういう意味では正反対か。
 そしてブラックホールであるならただの自然現象であって、そこに何らかの意志などあるはずがないが、アニーラの認識では『可能性を呑み込む悪意あるブラックホール』というところらしい。

 しかし世界が違っていても対極の存在を常に考えてしまい、またその解釈を巡って論争するとは、つくづく人間の発想は変わらないものなんだな。

「まあ『名の無きもの』についての話はここまでにしておこう。君たちだって本題はそっちじゃないだろう?」
「分かったわよ」

 アニーラは一応同意するが、もちろんそれは矛先が変わるだけだ。

「それでは改めて聞くけど、そちらの女性はいったい何者なのよ。あのホン・イール教授が客人として迎え入れるとなるとただ者じゃないのは明らかね」
「そういえばわたしが聞いたところでは、先日ジャニューブ河沿いで多くの人々を救った『金色の乙女』の名前がアルタシャだったそうですね」

 むう。これはまずいか。
 しかしいくらなんでも普通に考えたらその『金色の乙女』が、こんなところをうろうろしている筈がないだろう。
 そしてここでガランディアが助け船を出してくれた。

「ちょっと待ってよ。その話は聞いた事があるけど、いくら何でも彼女が聖セルム教団の英雄というはずがないよ。名前だって単なる偶然の一致だよ」

 そうだな。ガランディアはオレの魔法の一端を垣間見たのだ。
 もちろんコイツも素人では無いから、その魔法が聖セルム教徒のものでないことぐらいは見当がついているはず。
 ならばオレがその『黄金の乙女』である可能性がないと、ガランディアが結論するのは当然だろう。
 しかしオレの方はちょっと困るな。
 まあ嘘をついたとしても恥じる事は特に無いのだが ―― なにしろオレは自分の出自はじめ隠している事ばっかりだ ―― 後々の事を考えるとあからさまな嘘をつくのもマズいかもしれない。
 何しろ『黄金の乙女』を直に見た人間は何万人もいるわけで、証人をつれてこられたらこっちはお手上げだ。
 少なくともオレの場合『他人の空似』では通用しない容姿だって事ぐらいは分っている。

「あなたがそう言うならその通りなんでしょうね」

 アニーラはガランディアに同意する。
 まあ敢えて言えばオレは『黄金の乙女』ではあるけど『聖セルム教団の英雄』ではないから決してウソというわけではないな。
 そしてスビーリーも一応はガランディアの言葉を受け入れたらしい。

「まあわたしも別に彼女が本人だとは思っていませんけど、何か関係があるのではないですか?」

 ほっ。どうやら合理的に考えて、一番ありがちな結論に達してくれたらしい。
 この半年間でのオレの行動をちゃんと説明して、信じてくれる人間など殆どいないのは確実だから、むしろスビーリーの結論の方が普通だろう。
 逆を言えばホン・イールは相当な変人という事になる。

「それはともかく彼女とはどういう関係なのか、ちゃんと説明して下さい」
「だからさっきから言っているように――」
「絶対にそれだけの関係では無いでしょう?」
「……」

 だからお前はそこで沈黙するな!
 まあこっちの全裸を見たのに加えてセクハラ発言で股間を蹴り上げられた関係だから『それだけ』でないのは明らかなので、そこを思い返しているんだろうな。
 う~ん。冷静に考えると実に『ただならぬ関係』だ。
 たぶんそのまま正直に話したら、確実に変な方向に話が暴走するに違いない。
 ここでラブコメ路線なら、明らかに二人の誤解を招く表現をしつつガランディアに胸を押しつけるような真似をして嫉妬をかき立てるところだが、もちろんオレはそんな事に全く興味は無い。
 そんなわけでここはオレの方がキッパリと否定すべきだな。

「お二人とも誤解されているようですけど、こちらとガランディアさんはあくまでもホン・イール教授との繋がりで知り合っているだけで、それ以上の関係ではありませんよ」
「……」

 ここで周囲にはまたしても気まずい空気が漂う。
 アニーラとスビーリーは明らかに信じていないし、ガランディアはちょっとばかり残念そうだ。
 そしてそんなガランディアの雰囲気をこっちの二人は敏感に察しているらしい。
 ええい。やっぱりこういう場合、口で言っても通用しないだろうな。
 強引にでも話を打ち切って、立ち去るべきだ。

「すみませんけどしばらく一人にさせてもらえますか? ちょっとあたりを見て回りたいんです」
「だけど君はまだこの学園についてあまり――」
「ガランディアさんはそちらのお二人と仲良くして下さいね」
「……」

 オレに続いて席を立とうとするガランディアをここでちょっとばかり剣呑な視線でにらみ付けて釘付けにしておく。
 なんかこれだとオレがガランディアが二人とベタついているのに腹を立て、去っていくハーレム要員みたいな展開だけど、どっちにしろもめるのは確実だからこれでいいや。
 そんな事を考えつつ、一人で歩き出したオレだったのだけど、ここでもめていたために自分の周囲に漂う別の不穏な空気にオレは全く気付いていなかったのだった。
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