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第10章 神造者とカミツクリ

第270話 『遠見の間」にて

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 テセルに案内されたところで、そういえばこの支部長室よりも上にも部屋があった事に今さらながら気がついた。
 しかしそんなところから何をするつもりなんだ?
 まあいくら何でも神造者支部の頂上にレーザ光線砲が搭載されているとか、巨大ロボットに変形して立ち上がるとか、そんなアホな事は想像するだけムダなのは分かっているが、いずれにしても機密事項が秘められているのは間違いない。

「副支部長に黙って最上階に、神造者でない人間を入れていいんですか?」
「そうだな。そんないけない娘には、支部長としておしおきが――」
「下らないことを言っていると、出ていきますよ」

 オレはテセルに背を向ける。

「ああ。分かった。分かった。そう怒るなよ。とりあえずこっちを見ろ」

 テセルにうながされて案内された部屋の中に入ってみる。
 そこは一見すると窓も無ければ、家具の類いもなく、全く殺風景な部屋だった。
 しかしよくよく見ると部屋の壁や床、天井にはびっしりと複雑な紋様が描きこまれており、遠近感がずれているのか、広いとも狭いとも感じられる奇妙な景色になっていた。

「いったいここは?」
「支部長室よりも上に位置するこの部屋の名前は『遠見の間』だ。本来は支部長もしくはその許可を受けた神造者以外は入る事の出来ない神聖な部屋なんだぞ。もちろん支部における最も重要な場所の一つである。光栄に思うがいい」

 確かにここが支部でもっとも高い位置にある部屋だろうけど、窓の一つも無いのにそんな名前がついているということは、普通に考えれば結論は一つだ。

「まさかここからバッド・ディール市の全てが見通せるのですか?」

 そんな便利な部屋があるのなら、確かに安全に廃虚の地域を捜索出来るだろう。
 しかしそれだと先ほどテセルが口にした『廃虚地域に入って活動する』という話とまた違ってくることになる。

「まあお前の想像している事は分かるぞ。そして残念だがそれは半分だけ当たりだな」
「どういうことです?」
「黙って見ていろ。すぐに分かる」

 そういうと複雑な紋様が描かれた部屋の中央にテセルは立ち、目をつぶって精神を集中させる。
 すると周囲には、ボンヤリとした半透明の街や山、川が紋様の中から浮かび上がり、次いで色や形、大小さまざまな光の点がその中を動き回りはじめた。
 テセルが何らかの魔術的な儀式をしていることはすぐに分かったが、実を言うとこの時のオレの気分はかなり悪かった。
 こういう魔法儀式を見ると、真っ先に聖女協会で女にされてしまった時の事を思い出すし、それ以外でもロクな目にあったためしがないのだ。
 そんなわけでテセルが何をしているのか問う気力もなく、ただ見ていると光が集まって形を取り始める。
 そのぼんやりとした姿を見た時点で、オレにもこれが何なのかはすぐに分かった。
 元の世界の歴史教科書などでよく見た、上空から見た都市の絵にそっくりなのだ。
 つまりここの映っているのはバッド・ディール市なのだろう。
 その形がハッキリしてきたのを目をこらして見れば、家の一軒一軒、道一本まで感じ取れる、半透明のミニチェアを並べた都市の画像だ。
 たぶん殆ど文明では ―― 以前に出会った第五階級の連中を除き ―― 絵地図ぐらいしか存在しないこの世界では極めて精度の高い地図ということになるだろう。
 そして半透明のバッド・ディールのミニチェアの中ではいろいろな色とりどりの光の点が動いている。
 最初はこの街にいる人間かと思ったけど、どうも違うようだ。

「ふふん。お前はこれを見ても分からないだろうけど、訓練を受けた神造者であれば、その光の大小、色、動き、形から多くの情報を引き出せるのだぞ」

 そこまで言われると、オレにもこの光が何を意味するかの見当ぐらいはつく。

「ひょっとすると……この光の点は信仰の力を示しているのですか?」
「ああそうだ。支部長はここで地域において、神に捧げられた信仰の流れを掌握し、それを基にして管轄地を効率的に運用し、問題があれば修正することになっているんだ。もっともこれは信仰の精力を使うから、通常は三ヶ月に一度ぐらいしか使用出来ないのだけどな」
「それでは公私混同でしょうが!」

 オレはついついツッコミを入れてしまう。

「心配するな。新任の支部長による管轄地の調査という名目なら問題は無いから」

 それは確かに表向きの問題は無くとも、副支部長との確執が原因なんだから、あまりすっきりしないな。
 中央から来たエリートと、地元たたき上げ官僚の軋轢にその地の人々の捧げた信仰の力が浪費されるというのは、他人事ながら実によろしくない。

「言っておくけど、僕はいまここで表示されている事は全部頭に入れているからな。問題点は後で全て解決する。だから決して副支部長との意地の張り合いで貴重な信仰の精力をムダにしているわけではないのだぞ」

 オレの表情から、何を言いたいのか分かったらしくテセルは断りを入れてきた。まあコイツは毒舌家ではあるが、官僚としての使命について嘘はつかないのは分かっているので、ここは納得しておこう。
 しかしまだ問題点はあった。
 光で描かれているバッド・ディールの街の半分は真っ暗なのだ。

「ところでここでは廃虚地域の部分はやっぱり見えないですね」

 神造者が管轄していないバッド・ディール廃虚地域の方はこの『遠見の間』でも暗闇のままである。当然といえば当然だが、これでは肝心の事が分からずじまいだ。
 さすがのエリート神造者も当てが外れたのか、と思ったがここでテセルは余裕の笑みを浮かべる。

「心配するな。肝心なのはこれからだからな」
「それはどういうことですか?」
「考えて見ろよ。ただこの『遠見の間』でバッド・ディールを見るだけなら、わざわざお前を連れてくる必要なんかないだろ? ただ神造者の力を見せつけるためだけに、そんな事をしたと思ったか?」

 今の今までそう思っていましたけど。
 しかしテセルはオレの返答を確認する事も無く、何か別の儀式を始めだした。

「それではいくぞ」
「え? 何のつもりで――」

 何事かと問いかけようとしたとき、テセルが何らかの魔術を放ち、そしてオレの視界は白一色で埋め尽くされる事となった。
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