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第11章 文明の波と消えゆくもの達と
第291話 『狼少年』とのあれこれ
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このテルモーという少年は自分達を『二本足の狼』だと考えていて、人間とは別の種族だって?
ファンタジーでは人間と見た目はあんまり変わらない異種族も珍しくないけど、どう考えてもこの『狼少年』は人間だと思う ―― 狼少年というと『世界一有名な嘘つき』と勘違いされてしまいそうだ。
あの狼少年は命を落としてしまったけど、こちらのテルモーは是非とも生き残って欲しいものだ。
それはともかくテルモーの信仰を考えると。元の世界でも聖なる動物を崇拝している例はよくあったし、神話ならば動物が祖先という話も結構あったらしい。
たぶんこっちの世界では魔法で自分の身をその動物に近づける事が出来るので、その能力故に『自分達は人間ではない』という発想になってしまうのだろう。
そうか。『狼人間に変身する』のは一般人がその部族を『怪物』として排除する理由になると共に、テルモー達が文明や開発を拒む理由にもなっているんだな。
「とりあえず……テルモーが『二本足の狼』だと言うことは分かりました」
「それだけなのか? お前は俺が狼でも気にしないのか?」
「ええ。あなたが人間でも狼でも、どっちにしても傷を治した事に変わりはありませんよ」
女の身のオレとしては『男は狼』と言えば、否応もなく別の危ない事を想像せざるを得ないわけだが、そうでないなら本人が狼を自称しようが何だろうがどうでもいいよ。
「お前……本当に変わっているな」
「そんな事よりもあなたの仲間はいまどこにいるのですか?」
「分からない。俺は群れからはぐれてしまったんだ」
テルモーはいかにもつらそうに首を振る。
「その群れはテルモー以外に何人いたんです?」
「俺以外には子供を含めて一〇匹はいたな」
数を数えるのも『匹』かよ。まあオレの場合は魔法で言語を変換しているから、言葉も通じているけどこっちの一般人とでは会話だけでも一苦労だろうな。
意志疎通も困難で、文化や宗教、魔術もまるで異なっていて、しかも自分達が『二本足の狼』だと考えているとなると、わかり合うのは至難の業だなあ。
「俺たちの群れは、ご先祖様からずっとこの地で狩りをして生活をしていた。それなのに人間達がやってきて、勝手に森を切り開き動物を狩り、追い払い、そして俺たちまで狩ろうとするんだ」
うう。思った通りだけど、これはオレにはどうする事も出来ない。
「あなたの言っている事は分かるつもりです。だけどこのままここにいても、大勢の人間に追い回されて最後には殺されてしまいますよ。テルモーもあなたの……群れに戻って、それからこの地を離れた方がいいです」
もちろんテルモーからすれば、先祖代々この地にて貧しくとも誇り高く、自然と一体になってささやかに生きてきただけであり、それを一方的に追い払われるのは納得がいかないだろう。
しかし文明社会に立ち向かったところで無駄死にするだけだ。
残念ながらこの世界には『少数派の先住民が有する文化や権利を尊重する』などという考えは存在しないので、ここにいる農民や猟師達はテルモーを追い払うどころか殺す事すら良心の呵責もなく行うだろう。
仮にファンタジーRPGの『冒険者』がいても、農民達の依頼で『二本足の狼』を殺して金を稼ぐ仕事になってしまうんだなあ。
「お前の言うことを聞くかどうかはともかく、確かに群れに戻るべき……」
そう言ってテルモーは立ち上がり、そこでヘナヘナと崩れ落ちる。
あれ? 傷は治っているはずだけど、疲労が激しいのだろうか。
「うう。腹が減った……」
そういうことか。さすがのオレも怪我を治したり、疲労を回復させたりは出来るが、空腹だけはどうしようもない。
しかし困ったな。
オレの持っている食料は殆どが木の実や食べられる野草のたぐいだ。
これは別にオレが菜食主義だからではなく、ドルイド魔術で探せる食料がそのタイプに限定されているのと、やっぱり魔法で友好的に近づいて来てくれる動物を殺すのは、何か『だまし討ち』に思えて気が引けるからなのだ。
テルモーは本当に狼ではないはずだから、植物でも食べられるとは思うけど、ここは貴重な動物性タンパクとして買っておいた、僅かな干し肉を提供しよう。
「これを食べなさい」
「……」
テルモーは警戒を解けないのか、渡された干し肉をしばし見つめ、それから匂いを嗅ぐなどしていたが、おもむろにかぶりついて、あっという間に平らげた。
そしてそれからしばし、オレの方を物欲しげに見つめてくる。
「まだ……ないのか?」
何とも現金だな。まあ干し肉一つで懐柔出来たわけではなく、テルモーの傷を治した事があったから信頼はしてもらえたのだろう。
「少しはありますけど、次の獲物を捕まえるまで、我慢して下さいよ」
魔法で暴力的な行動に出られないようにしていなかったら、その『次の獲物』はオレになったかもしれないのだな。
これは結構、怖いところでもあるな。
「ところでテルモーは人間を食べた事はあるんですか?」
自分たちを『二本足の狼』だと言い切り、人間とは別の種族だと思っているテルモーの一族には当然、人肉食のタブーなどないだろう。
そこはどうにか確認しておきたいところだ。
「残念だがまだ人間は食った事がないな」
かなり本気で残念そうだが、まあ『二本足の狼』も食用にするだけなら、人間よりももっといい獲物がいるわけで、わざわざ食べるために人を襲ったりはしないか。
それでも人肉食そのものが否定されているわけではなさそうだから、その話が針小棒大に取り上げられて、彼らを『害獣として駆除する』理由にはなっていそうだ。
「心配しなくてもお前はオレを助けてくれたから、食べたりはしないぞ」
「それはどうも」
しかしこちらも大分、疲れてきた。
何しろ長旅の最中だからな。魔法で疲労を回復させる事は出来るが、それにも限界はあるし、なによりも睡眠をとらなくていいわけではないのだ。
「ところで休むなら一緒に眠りましょう」
さすがにテルモーにいつまでも同行する気は無いけど、一晩ぐらいは付き合ってもいいだろう。
「分かった」
テルモーもどこか嬉しげだが、やっぱり一人ぼっちは心細かったのだろうな。
オレとは『人間』と『二本足の狼』として別だと思ってはいるようだが、それでも一緒にいる相手がいたほうがよいのだろう。
そんなわけでオレはただ一晩過ごすだけのつもりだったのだが、やっぱりそれだけで済まない事になるのだった。
ファンタジーでは人間と見た目はあんまり変わらない異種族も珍しくないけど、どう考えてもこの『狼少年』は人間だと思う ―― 狼少年というと『世界一有名な嘘つき』と勘違いされてしまいそうだ。
あの狼少年は命を落としてしまったけど、こちらのテルモーは是非とも生き残って欲しいものだ。
それはともかくテルモーの信仰を考えると。元の世界でも聖なる動物を崇拝している例はよくあったし、神話ならば動物が祖先という話も結構あったらしい。
たぶんこっちの世界では魔法で自分の身をその動物に近づける事が出来るので、その能力故に『自分達は人間ではない』という発想になってしまうのだろう。
そうか。『狼人間に変身する』のは一般人がその部族を『怪物』として排除する理由になると共に、テルモー達が文明や開発を拒む理由にもなっているんだな。
「とりあえず……テルモーが『二本足の狼』だと言うことは分かりました」
「それだけなのか? お前は俺が狼でも気にしないのか?」
「ええ。あなたが人間でも狼でも、どっちにしても傷を治した事に変わりはありませんよ」
女の身のオレとしては『男は狼』と言えば、否応もなく別の危ない事を想像せざるを得ないわけだが、そうでないなら本人が狼を自称しようが何だろうがどうでもいいよ。
「お前……本当に変わっているな」
「そんな事よりもあなたの仲間はいまどこにいるのですか?」
「分からない。俺は群れからはぐれてしまったんだ」
テルモーはいかにもつらそうに首を振る。
「その群れはテルモー以外に何人いたんです?」
「俺以外には子供を含めて一〇匹はいたな」
数を数えるのも『匹』かよ。まあオレの場合は魔法で言語を変換しているから、言葉も通じているけどこっちの一般人とでは会話だけでも一苦労だろうな。
意志疎通も困難で、文化や宗教、魔術もまるで異なっていて、しかも自分達が『二本足の狼』だと考えているとなると、わかり合うのは至難の業だなあ。
「俺たちの群れは、ご先祖様からずっとこの地で狩りをして生活をしていた。それなのに人間達がやってきて、勝手に森を切り開き動物を狩り、追い払い、そして俺たちまで狩ろうとするんだ」
うう。思った通りだけど、これはオレにはどうする事も出来ない。
「あなたの言っている事は分かるつもりです。だけどこのままここにいても、大勢の人間に追い回されて最後には殺されてしまいますよ。テルモーもあなたの……群れに戻って、それからこの地を離れた方がいいです」
もちろんテルモーからすれば、先祖代々この地にて貧しくとも誇り高く、自然と一体になってささやかに生きてきただけであり、それを一方的に追い払われるのは納得がいかないだろう。
しかし文明社会に立ち向かったところで無駄死にするだけだ。
残念ながらこの世界には『少数派の先住民が有する文化や権利を尊重する』などという考えは存在しないので、ここにいる農民や猟師達はテルモーを追い払うどころか殺す事すら良心の呵責もなく行うだろう。
仮にファンタジーRPGの『冒険者』がいても、農民達の依頼で『二本足の狼』を殺して金を稼ぐ仕事になってしまうんだなあ。
「お前の言うことを聞くかどうかはともかく、確かに群れに戻るべき……」
そう言ってテルモーは立ち上がり、そこでヘナヘナと崩れ落ちる。
あれ? 傷は治っているはずだけど、疲労が激しいのだろうか。
「うう。腹が減った……」
そういうことか。さすがのオレも怪我を治したり、疲労を回復させたりは出来るが、空腹だけはどうしようもない。
しかし困ったな。
オレの持っている食料は殆どが木の実や食べられる野草のたぐいだ。
これは別にオレが菜食主義だからではなく、ドルイド魔術で探せる食料がそのタイプに限定されているのと、やっぱり魔法で友好的に近づいて来てくれる動物を殺すのは、何か『だまし討ち』に思えて気が引けるからなのだ。
テルモーは本当に狼ではないはずだから、植物でも食べられるとは思うけど、ここは貴重な動物性タンパクとして買っておいた、僅かな干し肉を提供しよう。
「これを食べなさい」
「……」
テルモーは警戒を解けないのか、渡された干し肉をしばし見つめ、それから匂いを嗅ぐなどしていたが、おもむろにかぶりついて、あっという間に平らげた。
そしてそれからしばし、オレの方を物欲しげに見つめてくる。
「まだ……ないのか?」
何とも現金だな。まあ干し肉一つで懐柔出来たわけではなく、テルモーの傷を治した事があったから信頼はしてもらえたのだろう。
「少しはありますけど、次の獲物を捕まえるまで、我慢して下さいよ」
魔法で暴力的な行動に出られないようにしていなかったら、その『次の獲物』はオレになったかもしれないのだな。
これは結構、怖いところでもあるな。
「ところでテルモーは人間を食べた事はあるんですか?」
自分たちを『二本足の狼』だと言い切り、人間とは別の種族だと思っているテルモーの一族には当然、人肉食のタブーなどないだろう。
そこはどうにか確認しておきたいところだ。
「残念だがまだ人間は食った事がないな」
かなり本気で残念そうだが、まあ『二本足の狼』も食用にするだけなら、人間よりももっといい獲物がいるわけで、わざわざ食べるために人を襲ったりはしないか。
それでも人肉食そのものが否定されているわけではなさそうだから、その話が針小棒大に取り上げられて、彼らを『害獣として駆除する』理由にはなっていそうだ。
「心配しなくてもお前はオレを助けてくれたから、食べたりはしないぞ」
「それはどうも」
しかしこちらも大分、疲れてきた。
何しろ長旅の最中だからな。魔法で疲労を回復させる事は出来るが、それにも限界はあるし、なによりも睡眠をとらなくていいわけではないのだ。
「ところで休むなら一緒に眠りましょう」
さすがにテルモーにいつまでも同行する気は無いけど、一晩ぐらいは付き合ってもいいだろう。
「分かった」
テルモーもどこか嬉しげだが、やっぱり一人ぼっちは心細かったのだろうな。
オレとは『人間』と『二本足の狼』として別だと思ってはいるようだが、それでも一緒にいる相手がいたほうがよいのだろう。
そんなわけでオレはただ一晩過ごすだけのつもりだったのだが、やっぱりそれだけで済まない事になるのだった。
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