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第7章 西方・リバージョイン編
第118話 「立場」と「皮肉」が乗り込んだ先にて
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とりあえずオレは今後の事についてタティウスに問いかけることにした。
「あのう……これからどうするんですか?」
「それについてはこちらの指示に従ってもらいます」
そういってタティウスはオレから視線を逸らす。
まさかこのカタブツもオレを異性として意識してるの? それとも視線の先にいるカリルに遠慮しているのか?
どっちにしろ教えてくれるつもりはないらしい。
これでは不安が白い簡素なドレスの下で存在感を発揮している、オレの胸の中でふくれあがる一方ではないか。
確かに一番心配していた奴隷扱いをされているわけではない。
だがこんな風に男を誘うかのごとき装いをさせられているのだ。
これは下手をすれば『協力してくれる貴族様へのお土産』なんて事になるやもしれない。
いや。さすがにそこまではいかないかもしれないが、カリルの意図がどうにも読めない事がこちらの不安を煽っているのは確かである。
「それではいきましょうか~」
カリルは嬉しげに街の中心部へと繋がる道を指し示す。
「あのう……この格好のままで行くのですか?」
「もちろんですわ。あなたは是非とも先頭に立って下さい」
おいおい。
これでは当然、オレの姿がこの街の住民にさらされることになる。
いや。どう考えても最初からそのつもりだったんだろう。
オレをさらし者にして一体、何が目当てなんだ?
「どこに行くのかも分らないのに、こっちを先頭に立たせるのですか?」
「それはこちらが指示します。堂々と歩いて下さい」
うぐう。そりゃまあ今までにも大勢の人間の注目を否応なしに集めた事は何度もあるよ。
だけどそれはいずれも人々を助けるため、命がけで必死になっていたときだったから、周囲の視線など全く意識していないでいられた。
だが今回は全く違う。
まあ首輪と鎖をはめられていても奴隷でない事は分った。
しかしそれでもドレスをまとって人々の注目を浴びるなど、オレの羞恥心の限界に挑戦するつもりか。
だがカリルやタティウス達に、オレの言うことを聞き入れる気は無い。
ただカリルは喜んで、タティウスはやむを得なく、という感じであったが、どっちにしろ結果は同じだった。
しばしの後、オレはガラスターの街の大通りを闊歩させられていた。
オレが歩き出してすぐに、周囲からは痛いほどの視線が突き刺さり、それと共に人々の噂をする姿が見えるようになった。
ただオレのすぐ後にタティウスがそびえ、周囲を威圧しているからか、好色そうな視線を注ぐ男は大勢いても、あからさまに近づいてくる相手はいない。
また不可解な事にカリルは他の仲間達の中に混じって、後からついてきている。
これではどう見てもオレがこの一行を率いていて、カリルはただの付き添いのひとりでしかないぞ ―― まさか?
これがカリルの真意か?!
確かに特務査察官として聖セルム教団内部の不正を暴くのを役目にしているとすれば、後ろ暗い連中から狙われない方がおかしい。
つまりオレを囮にして、身の安全を図るつもりなのか。
確かにそれならタティウス達も同意しているのは分るし、オレに真意を伝えなかったのも理解出来る。
しかし問題はそれだけではなかった。
「あれはひょっとしたら先日、リバージョインの街を救ったという『黄金の乙女』ではないのか?」
「なんだと? その話は本当なのか?」
「まさしく噂通りのお姿だ」
オレを注視している連中の中から、いつの間にやらリバージョインでの戦いにおける話が出て来ているのだ。
おい。何でもうここまであの話が広まっているんだよ。
いくら何でも早すぎるだろ。
「あの……なぜこんな噂が――」
「もちろん。俺たちが先行して広めておいたのさ」
ここでリバージョインにてカリルの護衛をしていた二人がオレに耳打ちする。
「お前さんのお陰でリバージョインが守られたのは総長も認めている事実だし、決して嘘はついていないよな」
そりゃそうだけど、たぶんあんたらは信じてないだろ。
いや。信じない方が普通なんだけど、その嘘だと思って広めた話が真実で、それを悪用してオレがカリルの囮になろうとは、もう話がややこしすぎて何がなんだか分らんぞ。
加えてオレは首輪をはめられて、魔力を封じられ、鎖でつながれて自由を奪われているわけで、それだけを見ると完全に『奴隷』としか言いようがなかろう。
だがその首輪は聖人の従者が霊体となって宿っている国宝級の代物で、実際にそれを目の当りにした聖セルム教の信徒達はむしろオレに対して敬意を払っているらしい。
一見すると奴隷のオレの実態はやっぱり奴隷なんだけど、それを周囲の何も知らない人間は『聖者ゆかり』と勘違いして敬うなんて、何重の皮肉だよ。
これが唯一神の御心だというなら『唯一なるもの』の正体は、どこかのトリックスターの神が人間をだまくらかして遊んでいるのかと思えるほどだ。
ただしカリルもタティウスもオレが ―― というよりこの一行が ―― 査察官とその仲間達だという事は一言も口にしていないから、追求されても後でどうとでも言い逃れが出来るようにはしているんだろう。
そんな事を考えていると、いつの間にやらオレ達は街の中心部にある聖セルム教団の寺院の正門にたどり着いていた。
「さあ参りますわよ~ アルタシャさんももっと堂々となさって下さいな」
カリルの言葉を聞く限り、どうやらここに疑惑のある司祭がいるらしい。
しかし魔法も使えないオレなんかを囮にして、いったい何を企んでいるのか。
ただその自信満々の笑顔を見ていると、彼女の実態を知っている身でありながら、妙に安心感を抱いてしまう。
ひょっとするとこれがカリルの真の能力なのではないか、などと心を巡らせつつ、オレ達『暁の使徒』一行は聖セルム教のガラスター支部の門をくぐった。
もしもオレの正体 ―― 何を持って『正体』と言うのかはオレ自身にすらよく分らないが ―― を知られたらどうなるか、またオレにとって最悪の展開として、こちらが命を狙われるかもしれない。
魔法の使えない今のオレが攻撃されたらひとたまりもないのだ。
そう思ってオレが緊張の面持ちで寺院の敷地に足を踏み入れたところで、横合いから思わぬ声がかけられる。
「それではここでお別れですね。中にはお二人でぞうぞ」
「分りました。それでは後ほど」
「え? どういうことですか?」
オレが困惑していると、タティウスはオレの手を取って寺院の奥の方へとやや強引に案内する ―― 後にカリルを含めた他の面々を残したままで。
タティウスは意識して無いのだろうけど、たくましい腕に引っ張られてオレは少しばかり動揺する。
「あの……これはいったい何の冗談ですか……」
「いえ。冗談ではありません。あなたと小官の二人でこれからこの寺院の主任司祭と対面するのですよ」
「な?!」
オレが思わず叫び声を挙げかけた瞬間、こちらの口元にタティウスの手がかかる。
「落ち着いて下さい。あなたほどの聡明な方ならば、ご自身の役目はお分かりでしょう」
そりゃまあオレがカリルの囮になることは分っていたけど、いきなり強引過ぎるでしょう。
いったい何を考えて、こんな無茶をやらせているんですか。
まあ付き合いの短いオレにはもちろん、幼少の頃から仕えているタティウスでもカリルの考えている事が分らないらしいので、そもそもオレに選択肢はないのだ。
どうやら事前に話は通っていたらしく、オレは表向きは丁重に、だがやる気は低調に奥の間に案内された。
もっとも通りすがりの男女がこぞってオレの方を注目するのは、寺院の外でも中でも変わらないのは正直気恥ずかしい。
さすがに『暴れん坊○軍』のごとく、都合よく悪党が集まって悪事の相談をしているときに踏み込んで一網打尽なんて馬鹿な事を考えていたわけではないが、いくら何でもこんな正面から乗り込んだところで、尻尾をつかませるような間抜けがいるはずがない。
「それではここでしばらくお待ち下さい」
客間にオレ達を案内してきた下働きの男が一礼して下がり、オレとタティウスの二人だけが残される。
部屋は清潔でよく整頓されているが、華美な装飾のたぐいはなく、一見すれば質素なたたずまいであった。
しかしいかなる理由と意図があって、オレとタティウスの二人で疑惑のある相手の懐に乗り込まねばならないんだ?
もしバレたらどうするつもりなんだ。
その場合、たぶんオレは身分詐称の罪に問われて、処刑されるか、慰みものにされるかのいずれかだろう。
ハッキリしているのはいまオレにかせられている首輪が首枷にかわり、本物の罪人となるということだけである。
いずれにせよ想像するだけでうんざりだ。
ここでオレはあまりに堂々としているタティウスに問いかける。
「あのう。これでいいんですか? もしこっちが査察官などで無い事がバレたら……」
「大丈夫ですよ。こっちは『中央の方から来た』としか伝えてませんから。嘘はついていません。勝手にむこうが勘違いしただけですよ」
なんですか! その『消防署の方から来ました』に等しい詐欺的な言説は!
「そんな事で向こうが納得するはずがないでしょう。とにかくこっちは聖典の文句だって知らないんですから、問い詰められたら即座にボロがでますよ」
「その心配もありません」
「どうしてですか?」
このオレの問いに対し、タティウスは必要以上に堂々と胸を張って答える。
「うちの『お嬢』もその面に関しては全くの劣等生でしてな。聖典の中身なんていちいち覚えていませんよ」
ぐがあ。本当にカリルは名門出身なんですか?
いや。それだからこそ実家を追い出されたかもしれない。
「なあに。聖典の文句を暗記する事に意味などありません。大事なのは預言者や聖人の教えを自らの血肉とすることであって、ただ言葉をそらんじるだけでは何の価値もないのですよ」
こんな時だけ格好良く正論を言っているんじゃ無い!
どう見てもカリルを筆頭にあんたらは『聖人の教えを自らの血肉』にしていない連中ばかりじゃないか!
オレが思わずツッコミの声を挙げんとした時、客間の扉が開き、こちらは正反対に口を閉じる事となった。
やってきたのは一見すれば恐らく五十代とおぼしき司祭である。
二一世紀の日本人感覚ならまだまだバリバリ働ける現役世代だけど、この世界の方ではもう引退間際の結構な年齢になるだろう。
そのいかつい顔はかなりの苦労が忍ばれたが、オレを見た一瞬その目を見開いたように見える。
「よくぞおいで下さいました。わたしがこの寺院の主任司祭であるオスコーと申します」
「ご多忙の中、お手間をとらせてすみません」
タティウスは鉄面皮そのもので応じたが、その一方でやってきたオスコーはどこか表情を緩ませ、オレの方をチラチラ見ている。
おい。もしもオスコーが本当に『神聖兵団』らと組んで、略奪の上前をはねていたとしたら、こっちの意図は明らかなはずなのにその緩み具合はなんだ?
ひょっとしてカリルがオレにこんな装いをさせたのは、これが目的だったのか?
しかし仮にそうだったとしても、こんなところでそうそう自分に都合の悪い事を漏らすとは思えないが。
「お尋ねになったご用件とはこの近辺で『聖戦』を僭称して、各地で暴れ回っている愚かしい背教徒についてですね」
「そうです。もしご存じの事があれば助言をいただけないでしょうか?」
「残念ながらわたしごときの耳に入ることなど、あなた方がとっくに知っている事だけでしょう。聞くところによると、つい先日リバージョインの危機を救いなさったそうですね」
そう言ってオスコーはオレの前に立つ。
「噂を耳にしたときは正直に言って半信半疑でしたがいやはや。話半分と言いますが、まさかその話があなたの美貌の半分も伝えていなかったとは驚きですよ」
うう。どこまで本気か分らないが、そんな称賛をされてもこちらは少しも嬉しくないぞ。
オレはオスコーの視線を受け止めつつ、緊張に顔を半ば引きつらせていた。
「あのう……これからどうするんですか?」
「それについてはこちらの指示に従ってもらいます」
そういってタティウスはオレから視線を逸らす。
まさかこのカタブツもオレを異性として意識してるの? それとも視線の先にいるカリルに遠慮しているのか?
どっちにしろ教えてくれるつもりはないらしい。
これでは不安が白い簡素なドレスの下で存在感を発揮している、オレの胸の中でふくれあがる一方ではないか。
確かに一番心配していた奴隷扱いをされているわけではない。
だがこんな風に男を誘うかのごとき装いをさせられているのだ。
これは下手をすれば『協力してくれる貴族様へのお土産』なんて事になるやもしれない。
いや。さすがにそこまではいかないかもしれないが、カリルの意図がどうにも読めない事がこちらの不安を煽っているのは確かである。
「それではいきましょうか~」
カリルは嬉しげに街の中心部へと繋がる道を指し示す。
「あのう……この格好のままで行くのですか?」
「もちろんですわ。あなたは是非とも先頭に立って下さい」
おいおい。
これでは当然、オレの姿がこの街の住民にさらされることになる。
いや。どう考えても最初からそのつもりだったんだろう。
オレをさらし者にして一体、何が目当てなんだ?
「どこに行くのかも分らないのに、こっちを先頭に立たせるのですか?」
「それはこちらが指示します。堂々と歩いて下さい」
うぐう。そりゃまあ今までにも大勢の人間の注目を否応なしに集めた事は何度もあるよ。
だけどそれはいずれも人々を助けるため、命がけで必死になっていたときだったから、周囲の視線など全く意識していないでいられた。
だが今回は全く違う。
まあ首輪と鎖をはめられていても奴隷でない事は分った。
しかしそれでもドレスをまとって人々の注目を浴びるなど、オレの羞恥心の限界に挑戦するつもりか。
だがカリルやタティウス達に、オレの言うことを聞き入れる気は無い。
ただカリルは喜んで、タティウスはやむを得なく、という感じであったが、どっちにしろ結果は同じだった。
しばしの後、オレはガラスターの街の大通りを闊歩させられていた。
オレが歩き出してすぐに、周囲からは痛いほどの視線が突き刺さり、それと共に人々の噂をする姿が見えるようになった。
ただオレのすぐ後にタティウスがそびえ、周囲を威圧しているからか、好色そうな視線を注ぐ男は大勢いても、あからさまに近づいてくる相手はいない。
また不可解な事にカリルは他の仲間達の中に混じって、後からついてきている。
これではどう見てもオレがこの一行を率いていて、カリルはただの付き添いのひとりでしかないぞ ―― まさか?
これがカリルの真意か?!
確かに特務査察官として聖セルム教団内部の不正を暴くのを役目にしているとすれば、後ろ暗い連中から狙われない方がおかしい。
つまりオレを囮にして、身の安全を図るつもりなのか。
確かにそれならタティウス達も同意しているのは分るし、オレに真意を伝えなかったのも理解出来る。
しかし問題はそれだけではなかった。
「あれはひょっとしたら先日、リバージョインの街を救ったという『黄金の乙女』ではないのか?」
「なんだと? その話は本当なのか?」
「まさしく噂通りのお姿だ」
オレを注視している連中の中から、いつの間にやらリバージョインでの戦いにおける話が出て来ているのだ。
おい。何でもうここまであの話が広まっているんだよ。
いくら何でも早すぎるだろ。
「あの……なぜこんな噂が――」
「もちろん。俺たちが先行して広めておいたのさ」
ここでリバージョインにてカリルの護衛をしていた二人がオレに耳打ちする。
「お前さんのお陰でリバージョインが守られたのは総長も認めている事実だし、決して嘘はついていないよな」
そりゃそうだけど、たぶんあんたらは信じてないだろ。
いや。信じない方が普通なんだけど、その嘘だと思って広めた話が真実で、それを悪用してオレがカリルの囮になろうとは、もう話がややこしすぎて何がなんだか分らんぞ。
加えてオレは首輪をはめられて、魔力を封じられ、鎖でつながれて自由を奪われているわけで、それだけを見ると完全に『奴隷』としか言いようがなかろう。
だがその首輪は聖人の従者が霊体となって宿っている国宝級の代物で、実際にそれを目の当りにした聖セルム教の信徒達はむしろオレに対して敬意を払っているらしい。
一見すると奴隷のオレの実態はやっぱり奴隷なんだけど、それを周囲の何も知らない人間は『聖者ゆかり』と勘違いして敬うなんて、何重の皮肉だよ。
これが唯一神の御心だというなら『唯一なるもの』の正体は、どこかのトリックスターの神が人間をだまくらかして遊んでいるのかと思えるほどだ。
ただしカリルもタティウスもオレが ―― というよりこの一行が ―― 査察官とその仲間達だという事は一言も口にしていないから、追求されても後でどうとでも言い逃れが出来るようにはしているんだろう。
そんな事を考えていると、いつの間にやらオレ達は街の中心部にある聖セルム教団の寺院の正門にたどり着いていた。
「さあ参りますわよ~ アルタシャさんももっと堂々となさって下さいな」
カリルの言葉を聞く限り、どうやらここに疑惑のある司祭がいるらしい。
しかし魔法も使えないオレなんかを囮にして、いったい何を企んでいるのか。
ただその自信満々の笑顔を見ていると、彼女の実態を知っている身でありながら、妙に安心感を抱いてしまう。
ひょっとするとこれがカリルの真の能力なのではないか、などと心を巡らせつつ、オレ達『暁の使徒』一行は聖セルム教のガラスター支部の門をくぐった。
もしもオレの正体 ―― 何を持って『正体』と言うのかはオレ自身にすらよく分らないが ―― を知られたらどうなるか、またオレにとって最悪の展開として、こちらが命を狙われるかもしれない。
魔法の使えない今のオレが攻撃されたらひとたまりもないのだ。
そう思ってオレが緊張の面持ちで寺院の敷地に足を踏み入れたところで、横合いから思わぬ声がかけられる。
「それではここでお別れですね。中にはお二人でぞうぞ」
「分りました。それでは後ほど」
「え? どういうことですか?」
オレが困惑していると、タティウスはオレの手を取って寺院の奥の方へとやや強引に案内する ―― 後にカリルを含めた他の面々を残したままで。
タティウスは意識して無いのだろうけど、たくましい腕に引っ張られてオレは少しばかり動揺する。
「あの……これはいったい何の冗談ですか……」
「いえ。冗談ではありません。あなたと小官の二人でこれからこの寺院の主任司祭と対面するのですよ」
「な?!」
オレが思わず叫び声を挙げかけた瞬間、こちらの口元にタティウスの手がかかる。
「落ち着いて下さい。あなたほどの聡明な方ならば、ご自身の役目はお分かりでしょう」
そりゃまあオレがカリルの囮になることは分っていたけど、いきなり強引過ぎるでしょう。
いったい何を考えて、こんな無茶をやらせているんですか。
まあ付き合いの短いオレにはもちろん、幼少の頃から仕えているタティウスでもカリルの考えている事が分らないらしいので、そもそもオレに選択肢はないのだ。
どうやら事前に話は通っていたらしく、オレは表向きは丁重に、だがやる気は低調に奥の間に案内された。
もっとも通りすがりの男女がこぞってオレの方を注目するのは、寺院の外でも中でも変わらないのは正直気恥ずかしい。
さすがに『暴れん坊○軍』のごとく、都合よく悪党が集まって悪事の相談をしているときに踏み込んで一網打尽なんて馬鹿な事を考えていたわけではないが、いくら何でもこんな正面から乗り込んだところで、尻尾をつかませるような間抜けがいるはずがない。
「それではここでしばらくお待ち下さい」
客間にオレ達を案内してきた下働きの男が一礼して下がり、オレとタティウスの二人だけが残される。
部屋は清潔でよく整頓されているが、華美な装飾のたぐいはなく、一見すれば質素なたたずまいであった。
しかしいかなる理由と意図があって、オレとタティウスの二人で疑惑のある相手の懐に乗り込まねばならないんだ?
もしバレたらどうするつもりなんだ。
その場合、たぶんオレは身分詐称の罪に問われて、処刑されるか、慰みものにされるかのいずれかだろう。
ハッキリしているのはいまオレにかせられている首輪が首枷にかわり、本物の罪人となるということだけである。
いずれにせよ想像するだけでうんざりだ。
ここでオレはあまりに堂々としているタティウスに問いかける。
「あのう。これでいいんですか? もしこっちが査察官などで無い事がバレたら……」
「大丈夫ですよ。こっちは『中央の方から来た』としか伝えてませんから。嘘はついていません。勝手にむこうが勘違いしただけですよ」
なんですか! その『消防署の方から来ました』に等しい詐欺的な言説は!
「そんな事で向こうが納得するはずがないでしょう。とにかくこっちは聖典の文句だって知らないんですから、問い詰められたら即座にボロがでますよ」
「その心配もありません」
「どうしてですか?」
このオレの問いに対し、タティウスは必要以上に堂々と胸を張って答える。
「うちの『お嬢』もその面に関しては全くの劣等生でしてな。聖典の中身なんていちいち覚えていませんよ」
ぐがあ。本当にカリルは名門出身なんですか?
いや。それだからこそ実家を追い出されたかもしれない。
「なあに。聖典の文句を暗記する事に意味などありません。大事なのは預言者や聖人の教えを自らの血肉とすることであって、ただ言葉をそらんじるだけでは何の価値もないのですよ」
こんな時だけ格好良く正論を言っているんじゃ無い!
どう見てもカリルを筆頭にあんたらは『聖人の教えを自らの血肉』にしていない連中ばかりじゃないか!
オレが思わずツッコミの声を挙げんとした時、客間の扉が開き、こちらは正反対に口を閉じる事となった。
やってきたのは一見すれば恐らく五十代とおぼしき司祭である。
二一世紀の日本人感覚ならまだまだバリバリ働ける現役世代だけど、この世界の方ではもう引退間際の結構な年齢になるだろう。
そのいかつい顔はかなりの苦労が忍ばれたが、オレを見た一瞬その目を見開いたように見える。
「よくぞおいで下さいました。わたしがこの寺院の主任司祭であるオスコーと申します」
「ご多忙の中、お手間をとらせてすみません」
タティウスは鉄面皮そのもので応じたが、その一方でやってきたオスコーはどこか表情を緩ませ、オレの方をチラチラ見ている。
おい。もしもオスコーが本当に『神聖兵団』らと組んで、略奪の上前をはねていたとしたら、こっちの意図は明らかなはずなのにその緩み具合はなんだ?
ひょっとしてカリルがオレにこんな装いをさせたのは、これが目的だったのか?
しかし仮にそうだったとしても、こんなところでそうそう自分に都合の悪い事を漏らすとは思えないが。
「お尋ねになったご用件とはこの近辺で『聖戦』を僭称して、各地で暴れ回っている愚かしい背教徒についてですね」
「そうです。もしご存じの事があれば助言をいただけないでしょうか?」
「残念ながらわたしごときの耳に入ることなど、あなた方がとっくに知っている事だけでしょう。聞くところによると、つい先日リバージョインの危機を救いなさったそうですね」
そう言ってオスコーはオレの前に立つ。
「噂を耳にしたときは正直に言って半信半疑でしたがいやはや。話半分と言いますが、まさかその話があなたの美貌の半分も伝えていなかったとは驚きですよ」
うう。どこまで本気か分らないが、そんな称賛をされてもこちらは少しも嬉しくないぞ。
オレはオスコーの視線を受け止めつつ、緊張に顔を半ば引きつらせていた。
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