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第19章 神気の山脈にて
第777話 フォラジとの会話から
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まさかこの古ぼけた像が話に聞いていた『椀かづき』神の像なのか?
魔力のたぐいは感じないが、それでもかなり気になるぞ。
「あのう。すみません。少し話よろしいですか?」
「ああ。そのケフェルティリ神の偶像かい?」
フォラジはこちらに来ると、その像のかなり風化した顔の部分を指差す。
「これは五百年ほど前の石像だね。恐らくは軍神として、当時の軍人が生け贄を捧げて戦勝祈願をしたのだろう」
うげえ。つまりこの椀には本当に首をはねられた生け贄の生き血が注がれていたのか。
もちろん見ただけではその痕跡すらとどめていないし、怨霊が取り憑いていたりもしないので――生け贄に捧げられた人間の怨霊が、何百年も祟っていたらこの世界は怨霊だらけだ――知らなければ何でも無いものだったけど、教えられると急に不気味に見えてくるな。
「同じケフェルティリ神の偶像でも時代と共に、いろいろ変遷があってね。比較するとかなり興味深い事が分かってくるんだよ」
そういってフォラジはノリノリで自分の研究ノートらしきものをオレに突き出してくる。
見るといろいろなスケッチが描かれ、細かい文字がびっちりと書き込まれていた。
「記録にある限り最も古いのは八百年前のものだ。それ以降かの神への信仰は幾度か勃興しているんだよ」
最も古い記録が八百年前と言っても、もっと前から信仰そのものは存在したかもしれないし、逆にその八百年前のものはまるで別の神様だったのが、混同されて一緒になっている可能性もあるのだな。
以前に出会った神造者だったら、そのあたりも強引に自分達に都合よく『真実の神話』を作ったりするのだろうけど、フォラジは良くも悪くも純粋な考古学的な興味しか無いらしい。
そしてフォラジは解説を始めるが、どうやら時代と共にケフェルティリ神の像が変化していくのを記録しているらしい。
「基本的にはいずれも人型の像で、共通しているのはその頭の上に生け贄の血をためる椀があるというところだね。ただそれ以外の装束なんかはその時代のものを反映している筈だから、貴重な歴史資料なんだ」
説明するフォラジの表情は何とも嬉しげだな。恐らくこの砦にいる兵士達の中で、こんな話を聞いてくれる人間など一人もいなかったのだろう。
ただオレが聞きたいのは、そういう話ではないのだ。
「そのケフェルティリ神への信仰ですけど、この地域の情勢が不穏になると信仰が盛んになるのですか?」
「ああそうだよ。平穏な時には殆ど信仰されない。ごく一部で地下教団があるぐらいだ」
「やっぱり生け贄を要求するからですか?」
「それはもちろんだが、このケフェルティリ神が姿を見せて、人々を争いに駆り立てるという神話がこの地域には広くあってね。だから普段は恐れられ避けられているのだよ」
元の世界でも戦国乱世になった結果として勢力を拡大した信仰の事は、歴史の授業で学んだけどこっちでは神様が本当に存在するからな。
その神様が人々に影響を与えて争いを引き起こし、結果として生け贄と引き替えに力を与えるというケフェルティリ神への信仰が広まり、そして更に争いが拡大して信仰が広まるというところか。
この想像が当たっているとしたら、何とも恐ろしいマッチポンプだな。
「かつてこの地域には、それなりの国家や都市もあったのだけど、それが滅亡する前にはケフェルティリ神への信仰が勃興しているんだ」
「それではいまこの地域でまた『椀かづき』として、信者の活動が広まっているのはご存じですよね?」
「ああ……それは聞いているよ……」
なんだ? この気のない反応は?
どう考えたっていま現在、この地域の情勢が不穏になるのが一番の問題だろ。
幾らテシュノ王国の砦にお世話になっていると言っても、ここにいる兵士はせいぜい数十人でしかないし、これまで見たところでは士気も大して高くはないようだ。
大勢で攻め込まれたら守り通せるとはとても言えないはずだ。
フォラジ本人ではどうしようもないから、諦めてしまったいるのだろうか。いや。もしかしたらこの学者バカはもっとダメダメなのかもしれないぞ。
「ひょっとしてフォラジさんはあくまでも過去の歴史に興味があるのであって、いま現在の事には興味がないのですか?」
「もちろんだとも」
即答するな! 自分の命がかかっている事を分かっていないのか?
「ここが攻め込まれたら、フォラジさんの命も危ないかもしれないのですよ!」
「それはこの地に来ると決めた時から覚悟の上だよ。その場合でもマークホール神の身元でボクの得た知識を伝えるだけさ」
「これまで得てきた資料も全て失われてしまうかもしれませんよ」
「ううむ。言われてみればそれも困るな」
言われるまで気付かなかったのかよ。ここまで突っ込みがいのある相手は、久しぶりな気がするな。
「それに命がなくなったら、これ以上知識を得ることも出来ませんよ。あなたの崇拝するマークホール神は信徒に道半ばで倒れて、中途半端なところで終わってしまうことを許しているのですか?」
「確かにそれは君の言うとおりだ。ボクも考えが足りなかったかもしれないな」
まったく世俗離れした学者バカにも程があるな。
「それではボクはどうすればいいというのだい?」
「事情が落ち着くまで、ここからなるだけ動かずに、今ある資料の整理をしていればいいでしょう。幸か不幸か、ここには整理が必要なものがたっぷりあるようですし」
何とも月並みな結論だが、これ以上の事はどうしようもないのだ。
だがその次にフォラジが口にした事は、オレの耳に引っかかるものだった。
「君の言うことももっともだが、ボクがいま調査しているケフェルティリ神の寺院跡があってね。一通りそこを見て回らないと、とても落ち着いてなどいられないんだよ」
「え? いま何と言いましたか?」
「だからボクはケフェルティリ神の古い寺院跡を調査しているんだよ。先ほど君と出会ったのもその帰り道の事だったんだ」
これはひょっとするとその寺院跡で、この状況をどうにか出来る切っ掛けが見つかるかもしれないぞ。
儚い希望かもしれないけど、今はそれに賭けるしかないか。
魔力のたぐいは感じないが、それでもかなり気になるぞ。
「あのう。すみません。少し話よろしいですか?」
「ああ。そのケフェルティリ神の偶像かい?」
フォラジはこちらに来ると、その像のかなり風化した顔の部分を指差す。
「これは五百年ほど前の石像だね。恐らくは軍神として、当時の軍人が生け贄を捧げて戦勝祈願をしたのだろう」
うげえ。つまりこの椀には本当に首をはねられた生け贄の生き血が注がれていたのか。
もちろん見ただけではその痕跡すらとどめていないし、怨霊が取り憑いていたりもしないので――生け贄に捧げられた人間の怨霊が、何百年も祟っていたらこの世界は怨霊だらけだ――知らなければ何でも無いものだったけど、教えられると急に不気味に見えてくるな。
「同じケフェルティリ神の偶像でも時代と共に、いろいろ変遷があってね。比較するとかなり興味深い事が分かってくるんだよ」
そういってフォラジはノリノリで自分の研究ノートらしきものをオレに突き出してくる。
見るといろいろなスケッチが描かれ、細かい文字がびっちりと書き込まれていた。
「記録にある限り最も古いのは八百年前のものだ。それ以降かの神への信仰は幾度か勃興しているんだよ」
最も古い記録が八百年前と言っても、もっと前から信仰そのものは存在したかもしれないし、逆にその八百年前のものはまるで別の神様だったのが、混同されて一緒になっている可能性もあるのだな。
以前に出会った神造者だったら、そのあたりも強引に自分達に都合よく『真実の神話』を作ったりするのだろうけど、フォラジは良くも悪くも純粋な考古学的な興味しか無いらしい。
そしてフォラジは解説を始めるが、どうやら時代と共にケフェルティリ神の像が変化していくのを記録しているらしい。
「基本的にはいずれも人型の像で、共通しているのはその頭の上に生け贄の血をためる椀があるというところだね。ただそれ以外の装束なんかはその時代のものを反映している筈だから、貴重な歴史資料なんだ」
説明するフォラジの表情は何とも嬉しげだな。恐らくこの砦にいる兵士達の中で、こんな話を聞いてくれる人間など一人もいなかったのだろう。
ただオレが聞きたいのは、そういう話ではないのだ。
「そのケフェルティリ神への信仰ですけど、この地域の情勢が不穏になると信仰が盛んになるのですか?」
「ああそうだよ。平穏な時には殆ど信仰されない。ごく一部で地下教団があるぐらいだ」
「やっぱり生け贄を要求するからですか?」
「それはもちろんだが、このケフェルティリ神が姿を見せて、人々を争いに駆り立てるという神話がこの地域には広くあってね。だから普段は恐れられ避けられているのだよ」
元の世界でも戦国乱世になった結果として勢力を拡大した信仰の事は、歴史の授業で学んだけどこっちでは神様が本当に存在するからな。
その神様が人々に影響を与えて争いを引き起こし、結果として生け贄と引き替えに力を与えるというケフェルティリ神への信仰が広まり、そして更に争いが拡大して信仰が広まるというところか。
この想像が当たっているとしたら、何とも恐ろしいマッチポンプだな。
「かつてこの地域には、それなりの国家や都市もあったのだけど、それが滅亡する前にはケフェルティリ神への信仰が勃興しているんだ」
「それではいまこの地域でまた『椀かづき』として、信者の活動が広まっているのはご存じですよね?」
「ああ……それは聞いているよ……」
なんだ? この気のない反応は?
どう考えたっていま現在、この地域の情勢が不穏になるのが一番の問題だろ。
幾らテシュノ王国の砦にお世話になっていると言っても、ここにいる兵士はせいぜい数十人でしかないし、これまで見たところでは士気も大して高くはないようだ。
大勢で攻め込まれたら守り通せるとはとても言えないはずだ。
フォラジ本人ではどうしようもないから、諦めてしまったいるのだろうか。いや。もしかしたらこの学者バカはもっとダメダメなのかもしれないぞ。
「ひょっとしてフォラジさんはあくまでも過去の歴史に興味があるのであって、いま現在の事には興味がないのですか?」
「もちろんだとも」
即答するな! 自分の命がかかっている事を分かっていないのか?
「ここが攻め込まれたら、フォラジさんの命も危ないかもしれないのですよ!」
「それはこの地に来ると決めた時から覚悟の上だよ。その場合でもマークホール神の身元でボクの得た知識を伝えるだけさ」
「これまで得てきた資料も全て失われてしまうかもしれませんよ」
「ううむ。言われてみればそれも困るな」
言われるまで気付かなかったのかよ。ここまで突っ込みがいのある相手は、久しぶりな気がするな。
「それに命がなくなったら、これ以上知識を得ることも出来ませんよ。あなたの崇拝するマークホール神は信徒に道半ばで倒れて、中途半端なところで終わってしまうことを許しているのですか?」
「確かにそれは君の言うとおりだ。ボクも考えが足りなかったかもしれないな」
まったく世俗離れした学者バカにも程があるな。
「それではボクはどうすればいいというのだい?」
「事情が落ち着くまで、ここからなるだけ動かずに、今ある資料の整理をしていればいいでしょう。幸か不幸か、ここには整理が必要なものがたっぷりあるようですし」
何とも月並みな結論だが、これ以上の事はどうしようもないのだ。
だがその次にフォラジが口にした事は、オレの耳に引っかかるものだった。
「君の言うことももっともだが、ボクがいま調査しているケフェルティリ神の寺院跡があってね。一通りそこを見て回らないと、とても落ち着いてなどいられないんだよ」
「え? いま何と言いましたか?」
「だからボクはケフェルティリ神の古い寺院跡を調査しているんだよ。先ほど君と出会ったのもその帰り道の事だったんだ」
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