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第22章 軍神の治める地では

第999話 改めて大司祭と

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 しばしの後、案内された貴賓室はそれなりに調度品の整った上品な部屋だった。
 恐らくはクロンやニランザルも同様の部屋に入っているのだろう。少なくとも寺院の守護精霊が見張っているこの部屋で暗殺を行うのは非常に難しいはずだ。
 もしもニランザルの部屋に招待されたのなら『過去視』の魔法で、何をやっていたのか見てやろうかと思っていたのだが、オレが何をするつもりか分かっていなくとも、警戒はしていたようだな。
 これからどうするかと考えていたら、改めてドアが開いて、この白馬領の警備責任者であるベルヴァーニが顔を出して頭を下げる。

「アルタシャ様。襲撃の件は聞かせていただきました。私どもの不手際をお詫びします」
「そんなことはお気になさらず」

 少なくともベルヴァーニは神妙な表情ではあるが、特に感情は見られず、暗殺未遂についてどのように考えているのかは分からない。
 恐らくニランザルにも対面しているだろうし、いろいろと心労が多い立場のようだ。

「すみませんがアルタシャ様を大司祭様がお呼びでございます。お手数ですが来ていただけますでしょうか」
「それは構いませんが、用件は何でしょう」

 先ほどの襲撃について問うのか、フェスマールの件で何かあるのか、それとももっと別の何かなのか。

「聖女と名高いアルタシャ様にどうしても相談したき儀がございます」

 その中身は察してくれと言わんばかりだ。
 まあこの人も詳しい話は聞いていないのだろうな。
 もちろんオレにはここで断るという選択肢はないので、同行するしかない。
 この場合、一番困った展開はケルマル神の化身が現れて、オレを妻にするとか要求してくる事だが、さすがにそれは無いと思いたい――その場合は全力で逃げさせてもらおう。
 そしてベルヴァーニと共に、私室で改めて対面した大司祭オトリコンだが、短期間でかなり憔悴した様子がうかがえる。
 冷静に考えるとオレも国家の命運がかかった事は何度もあるけど、しょせんは他人事だったからな。
 オトリコンの方は生まれ育ち何十年も暮らしてきた自分達の土地や住民が軍勢に蹂躙され、業火に覆われかねないのだ。
 白馬領の命運がかかっているとなれば、そのプレッシャーは相当なものだろう。

「それで大司祭様の相談とはなんでしょうか?」
「ご存じとは思いますが、我らが白馬領はいま存亡の岐路に立たされております」

 そうか。オトリコンは今まで楽をしてきたとは言わないが、建前の上で所属してきたヒクソス王国が平穏だったので、自分の決断に白馬領の命運がかかるような状況になった事など無かったはずだ。
 オトリコンにすればもう引退が近い時期になって、こんな厳しい決断を迫られるなどまるで想定外だったに違いない。
 オレの場合、しょっちゅうこんな事態に直面してきたから感覚が麻痺していたけど、オトリコンにすれば神経にヤスリをかけているかのような心理なのだろう。

「多くの国を救ってきたアルタシャ様ならば、この危機に際して何かよいお知恵を与え下るのではないかと思ったのでございます」
「よろしいのですか? わたしはあくまでも通りすがりでしかありませんし、立場も分かっておられると思いますが」

 何しろオレはヒクソスの王子であるクロンと同行してきたのだ。
 少なくともエシュミール側につくように助言するとは考えられないはずだろう。
 まあクロンがいなくともこれまでのエシュミール軍の行動を見ていて、支持する気にはさらさらならないけどな。

「私も『権威の宝珠』より話を聞いております。あなた様は報酬や名誉よりも、ご自身の良心を優先させるお方だそうですね」

 むう。フェスマールはオレの事についてはかなり好意的に大司祭に伝えてくれたらしい。
 散々、苦労してここまで持ってきたのが少しは報われたというところかな。

「当然ですが最終的に決断を下すのは私どもです。アルタシャ様は思うところを聞かせて下されば十分です」
「分かりました。それではうかがいますが、大司祭様はこの白馬領の自治を守るのが一番、重要なのでしょう」
「それはもちろんですが……」

 言葉を濁したところを見ると、やはり孤立主義のケルマル信徒の中にも意見対立はあるのだろう。
 独立独歩を貫くよりも『寄らば大樹の陰』の方がいいと考える人間がいない方がおかしい。
 エシュミール軍が占領地を拡大しているのだから、それに味方して『いけいけドンドン』で勢力拡大を夢見ているのもいそうだな。
 もちろんそんなに都合良くいくはずがないが、そういう人間もこれまでの孤立主義故にこそ、そのような事態を甘く見ているかもしれない。
 いずれにしても何もせず状況を見ているだけで、独立を守れるような状況でない事だけは確かなようだ。

「このままエシュミール軍が勝利したのならば、恐らく白馬領は彼らに取り込まれるしまうでしょう。その時になってからではもう打つ手はない事は分かっておられるでしょう」
「つまり戦えとおっしゃるのですか」
「わたしの知っている諺に『唇滅べば歯寒し』という言葉があります。ヒクソス王国が滅んだら白馬領も危うくなるはずです」

 この言葉を大司祭がどこまで聞いてくれるのか、オレとしても固唾を飲んで見つめるしかなかった。
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