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46 実家
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黒縁眼鏡の魔術師グラウクスさんと話をした後、客室に戻って布張りのソファに腰かけるとプラチナブロンドの侍女ロゼッタが白磁器のティーカップに熱いハーブティーを入れてくれた。
「少し熱いですので、お気をつけ下さい。マリナ様」
「ありがとう。ロゼッタ」
ティーカップの取っ手部分をつまんで、琥珀色のブレンドハーブティーに息を吹きかけ表面温度が少し下がったところで白磁器のカップに口をつけて傾ければハーブの爽やかな香りが鼻腔を通り、心を落ち着かせてくれた。
「マリナ様、お疲れなのではないですか? お顔の色がすぐれないようですが……」
「えっ、そう? ちょっと心配事があるから、そのせいかしら?」
「心配事というのは?」
「グラウクスさんの指導で魔法の練習を始めたけど、一向に魔法を使えるようにならないから……」
「ああ、その件でしたか。大丈夫ですよ。マリナ様は手に魔力を集めるところまでは出来ていますから、何かきっかけさえ掴めれば魔法を使うことが出来るようになる筈ですわ」
プラチナブロンドの侍女は優しく微笑んでくれたが、私は肩を落とした。
「それだけじゃないの……。魔法を使えるようになれば、第一王子から『聖女として役に立つ』と思われて元の世界に返してもらえないかも知れないのも不安なの」
「マリナ様……」
「グラウクスさんにそのことを話したら、自分から第一王子に事情を伝えると言ってくれたんだけど。第一王子がどう受け止めるか不安で下手をすると元の世界に戻れないだけじゃなく、この城を追い出されるかもしれない」
「そんなことは」
「追い出される可能性が絶対にないとは言い切れないわ。だって第一王子は『聖女』として私を召喚したんですもの。役に立たないと分かれば、どうなるか。それに今はロゼッタが身のまわりのことを何かと気遣ってくれるから不自由なく暮らしているけど、身ひとつで放り出されたらどうなるか……」
「では、もしもマリナ様がこの城から追い出されるようなことがあれば、私の実家に来て頂くというのはどうでしょうか?」
「ロゼッタの実家に?」
夢にも思っていなかった意外すぎる提案をされて呆然としていると、眼前にいるプラチナブロンドの侍女は満面の笑みを浮かべた。
「はい。私は行儀見習いのために侍女としてこの城で働いておりますが……。実はもう暫くすれば、実家に戻ることが決まっているのです」
「そうなの!?」
初めて聞く事実に愕然として聞き返せば、プラチナブロンドの侍女はにこやかに頷いた。
「ええ。ですから、マリナ様に行くあてがないというなら我が家に来て下されば良いのです」
「それは、ありがたい申し出だけど……。ロゼッタの実家に、ご迷惑をかけてしまうことになるんじゃないかしら?」
「大丈夫ですよ。マリナ様のことは兄アルベルトも知っておりますし。まして、マリナ様は私がユリ毒で倒れた時に命を救って下さった恩人なのですから」
「ロゼッタ……」
「それに私の実家へ来て頂ければ、父の体調もマリナ様に診て頂けますし……」
「ああ。そう言えばロゼッタのお父さま、体長が思わしくないんだったわね」
「はい」
「そうね。いざという時はロゼッタに頼らせて貰うことになるかも……」
「ええ、どうか遠慮なさらないで下さい。マリナ様」
プラチナブロンドの侍女が私を思いやってくれる言葉は温かく、とても嬉しい。しかし今、彼女に頼り切ってしまうわけにはいかないのも事実だった。
「でも私が元の世界に戻る為の『禁書』が第一王子の手中にある内は、すすんでこの城から出るわけにも行かないのよね」
「それは……」
「ねぇ、ロゼッタ……。第一王子ってどんな性格なのかしら?」
「第一王子、ディルク殿下は……」
プラチナブロンドの侍女が虚空に視線をさ迷わせて、ためらいがちに何か言おうとした時だった。けたたましく客間のドアが外の通路側から数回、ノックされた。ロゼッタが慌てて扉に駆け寄りドアを開ければ、そこには黒髪の女官長ミレイユさんと白髪の医女ルチアさんがいた。
「これは女官長様」
「ご苦労です、ロゼッタ。ところで今日、こちらに来たのはマリナ様に用があるからです」
黒髪の女官長と白髪の医女がソファに座っている私に視線を向ける。その真剣な面持ちに、ただならぬ雰囲気を感じて私は立ち上がった。
「ミレイユさん、ルチアさん。何かあったんですか!?」
「マリナ先生、私たちと一緒に来て頂けませんか?」
白髪の医女に請われ、私は考えるより先に頷いていた。城内の医療に携わる、医女ルチアさんが私に協力を求めるということは、医女の助手や見習いの人手が足りないに違いない。
「ええ、構いませんけど……。診療室に重病人か、ケガ人がいるんですか?」
「行先は国王陛下の寝室です」
「え?」
「長らく、意識不明だった国王陛下が目を覚ましたのです」
予想外の行先を告げられ唖然としていると、黒髪の女官長ミレイユさんに追い打ちをかけられ私は固まった。
「少し熱いですので、お気をつけ下さい。マリナ様」
「ありがとう。ロゼッタ」
ティーカップの取っ手部分をつまんで、琥珀色のブレンドハーブティーに息を吹きかけ表面温度が少し下がったところで白磁器のカップに口をつけて傾ければハーブの爽やかな香りが鼻腔を通り、心を落ち着かせてくれた。
「マリナ様、お疲れなのではないですか? お顔の色がすぐれないようですが……」
「えっ、そう? ちょっと心配事があるから、そのせいかしら?」
「心配事というのは?」
「グラウクスさんの指導で魔法の練習を始めたけど、一向に魔法を使えるようにならないから……」
「ああ、その件でしたか。大丈夫ですよ。マリナ様は手に魔力を集めるところまでは出来ていますから、何かきっかけさえ掴めれば魔法を使うことが出来るようになる筈ですわ」
プラチナブロンドの侍女は優しく微笑んでくれたが、私は肩を落とした。
「それだけじゃないの……。魔法を使えるようになれば、第一王子から『聖女として役に立つ』と思われて元の世界に返してもらえないかも知れないのも不安なの」
「マリナ様……」
「グラウクスさんにそのことを話したら、自分から第一王子に事情を伝えると言ってくれたんだけど。第一王子がどう受け止めるか不安で下手をすると元の世界に戻れないだけじゃなく、この城を追い出されるかもしれない」
「そんなことは」
「追い出される可能性が絶対にないとは言い切れないわ。だって第一王子は『聖女』として私を召喚したんですもの。役に立たないと分かれば、どうなるか。それに今はロゼッタが身のまわりのことを何かと気遣ってくれるから不自由なく暮らしているけど、身ひとつで放り出されたらどうなるか……」
「では、もしもマリナ様がこの城から追い出されるようなことがあれば、私の実家に来て頂くというのはどうでしょうか?」
「ロゼッタの実家に?」
夢にも思っていなかった意外すぎる提案をされて呆然としていると、眼前にいるプラチナブロンドの侍女は満面の笑みを浮かべた。
「はい。私は行儀見習いのために侍女としてこの城で働いておりますが……。実はもう暫くすれば、実家に戻ることが決まっているのです」
「そうなの!?」
初めて聞く事実に愕然として聞き返せば、プラチナブロンドの侍女はにこやかに頷いた。
「ええ。ですから、マリナ様に行くあてがないというなら我が家に来て下されば良いのです」
「それは、ありがたい申し出だけど……。ロゼッタの実家に、ご迷惑をかけてしまうことになるんじゃないかしら?」
「大丈夫ですよ。マリナ様のことは兄アルベルトも知っておりますし。まして、マリナ様は私がユリ毒で倒れた時に命を救って下さった恩人なのですから」
「ロゼッタ……」
「それに私の実家へ来て頂ければ、父の体調もマリナ様に診て頂けますし……」
「ああ。そう言えばロゼッタのお父さま、体長が思わしくないんだったわね」
「はい」
「そうね。いざという時はロゼッタに頼らせて貰うことになるかも……」
「ええ、どうか遠慮なさらないで下さい。マリナ様」
プラチナブロンドの侍女が私を思いやってくれる言葉は温かく、とても嬉しい。しかし今、彼女に頼り切ってしまうわけにはいかないのも事実だった。
「でも私が元の世界に戻る為の『禁書』が第一王子の手中にある内は、すすんでこの城から出るわけにも行かないのよね」
「それは……」
「ねぇ、ロゼッタ……。第一王子ってどんな性格なのかしら?」
「第一王子、ディルク殿下は……」
プラチナブロンドの侍女が虚空に視線をさ迷わせて、ためらいがちに何か言おうとした時だった。けたたましく客間のドアが外の通路側から数回、ノックされた。ロゼッタが慌てて扉に駆け寄りドアを開ければ、そこには黒髪の女官長ミレイユさんと白髪の医女ルチアさんがいた。
「これは女官長様」
「ご苦労です、ロゼッタ。ところで今日、こちらに来たのはマリナ様に用があるからです」
黒髪の女官長と白髪の医女がソファに座っている私に視線を向ける。その真剣な面持ちに、ただならぬ雰囲気を感じて私は立ち上がった。
「ミレイユさん、ルチアさん。何かあったんですか!?」
「マリナ先生、私たちと一緒に来て頂けませんか?」
白髪の医女に請われ、私は考えるより先に頷いていた。城内の医療に携わる、医女ルチアさんが私に協力を求めるということは、医女の助手や見習いの人手が足りないに違いない。
「ええ、構いませんけど……。診療室に重病人か、ケガ人がいるんですか?」
「行先は国王陛下の寝室です」
「え?」
「長らく、意識不明だった国王陛下が目を覚ましたのです」
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