全方位、光る海面世界

イトウ 

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エピソード②

終演で、足を知る(後編)

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 うつ伏せになって深呼吸を繰り返していたら、落ち着いてきた。

「地上にいるのに、溺れるなんておかしいな」

 そう、自嘲して髪をグシャグシャにする。

「はぁ」

 跳ねた髪のまま、新しい空気が吸いたくて、フラフラと窓を開けベランダに出る。
 ここは、高台だからか何も遮ることがなく空と海を見渡せた。

 昔から黒い海を見ると、潜っているわけでもないのに、呼吸が上手く出来なくなる。

 果てしなく広がる黒い海は、ゴールがない。
 まるで自分の心のようだ。
 ゴール出来ると分かれば、それに向って頑張れるのに。

 ベランダにしゃがみこみ、他にもいくつか並んでいる学生向けの賃貸物件の窓を眺める。
 部屋の灯りがついていると、勝手に友達が側にいるような気がしてホッとした。

「そう言えば、まだ、段ボールを開けていないな」

 海灯と蒼衣の連盟で新居にお祝いを送ると言っていた。
 卒業公演を無事に終えたお祝い。
 建物の人工的な灯りが、その時のスポットライトのようで、ふとその時の事を思い出す。
 それが、先日届いたのだ。

 かなり大きな段ボールで、宅配便のお兄さんが息を切らしながら持ってきてくれた。
 忙しくて放置していたが、もう眠れないし開けてみようと思い立つ。

「お礼の連絡もしないと」

 玄関に置いてある段ボール箱を持ち上げようとしたが、なかなかに重い。
 仕方ないから、その場所でガムテープを勢いよく引っ張る。

「………本?」

 最近は、教科書しか読んでいない。
 もしくは電子書籍で流行りの漫画くらいだ。

 こんなにたくさんの本を久しぶりに見た。

 いや。
 見ては、いる。
 海灯の部屋にも蒼衣の部屋にも、本棚に難しそうな本が並んでいた。

 でも、たまに劇に関係する本を借りる事があったくらいだ。

 丁寧に、一冊、一冊、出してみる。
 新品のようで、わざわざ買ってくれたらしい。

 2人の好きな本が入っているのだろう。見事にジャンルが分かれていて、性格が出るな、と、クスッと笑ってしまった。

「これは、分かる」

 一万円札に印刷された偉人の伝記。
 海灯が好きそうだ。
 反対にゲーテの詩集は、蒼衣が選んだものだろう。

 どんどん、本を出しては、横に積み上げていく。
 大学4年間、読書用の本は買わずすみそうだ。
 どの本も、読みやすくて興味が惹かれる。

 最後に、あきらかに自分で印刷したコピー本が入っていた。

「何だろう。手紙かな?」

 こういう、こっそりとしたサプライズが好きなのは蒼衣だ。
 海灯なら、堂々と自信満々に自分の書いたものを渡してくる。

 しかし手紙にしては長い。
 縦読みだし、小説のようだ。

 読み始めると、どこかで知っている内容で……。

「これって、俺にくれた音楽朗読劇の小説版?」

 蒼衣の才能は、どこまで広がっているのだろう。
 ここまでくると、少しこわい。

 玄関に積み上げた本はそのままにして、ベッドに腰掛け、その小説を読み始めた。

「……結末が違う。続きが出来てる」

 朗読劇は、一人の青年が海で人生を振り返る事で終わる。
 そのラストは未来はあるが、救いはない。

 なのに小説はそれからその青年が、どう行きていくかが綴られていた。

 それは、誰にでも当てはまるような。
 でも、自分に向けられているような。

 励ましてくれる訳でもないのだが、自分を全て知っていて見守ってくれるような終わり方だった。

 振り返ると何時でも、そこに居てくれる。
 そんな、安心感。
 足るを知って、その上で、さらに手を伸ばす。
 そしたら、何か自分だけの、何かが手に入る。
 そんな気がした。

「かっこいいなぁ」

 憧れていた人は、やっぱり憧れる。

 自分は違う人間だ。
 彼にはなれない。
 
 彼への憧れは自分の中の一部分になっているから、もう、消せない。彼は、自分の中にいる。
 彼が中にいるだけで、あたたかくて、疼いてくる。

 それが、好きという感情なのかどうかは分からない。
 しかし、近い感情ではあるし、彼に少しでもふれたら、確実に自覚をしてしまうだろう。
 そうしたら、彼なしの人生には……、
 もう、戻れない。

「今だって……。今すぐにでも、存在を感じたい。声を、聞きたい」

 窓をの外を見ると、自分を完全には照らさなかった灯台のライトが消え、黒い海に太陽の光が降り注ぎはじめる。

『全方位、光る海面世界。渡れない鳥が、鋼鉄のごとく打ち破る。そして、足掻くように羽撃いた。』

 最後の文は、そう、締めくくられていた。

 今さらだと言われるかもしれない。
 あの時、灯台で、告白にしてしまえば良かった。
 怒られて、断られても、良い。

 だとしても、あの、みんなから好かれている美しい人を、何としてでも手に入れたい。
 なりふり構わず、泣きながら懇願する。
 
 手に入れるためなら、なんだってしてみせる。まったく恥ずかしくなんて、ない。

 灯台の光を見ながら。
 玉砕覚悟で告白しようと、心に決めた。




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