誰にも止められない

眠りん

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二章

大谷君⑥

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「もしもし、今大丈夫?」

「ああ大丈夫だ。何か用か?」

 電話は佐々木君からだ。普段電話する事はないから、何かしらの用事があって掛けてきていると考えていいだろう。

「昨日から莉紅の様子がおかしくて……何か知ってる?」

「えっ!? おかしいって?」

「なんかボーッとしてて、調教にも身が入ってなくてさ、鞭を打つ力が弱いって言うか」

 調教とか鞭とか、なにやら危ない単語は無視する事にする。

「分からないな……まさか俺が愛人になるの断ったからじゃないと思うし」

「それはいつもの事だしな」

「ああ。永瀬君に俺が彼を好きなのバレバレだと言われて、肯定しなかった事も違うと思うし……」

「そこは肯定しろよ」

「今は出来ない」

「頭カチコチ野郎め。まぁそんな事だけで、元気なくすとも思えないしなぁ。
 葵唯は丹野君とナッキーの世話してて、莉紅の事は俺に任せたとか言ってくるし。莉紅は話しかけづらいし。はぁ……」

 深い溜息。佐々木君は一見ボーッとしている様に見えて、意外とあれこれ考えている人だと昨日知った。今も思考を巡らせているのかもしれない。
 考え方が理屈っぽいから理論的に考えた結果俺に電話してきた?

「なぁ大谷君はさ、莉紅の事どう思っているわけ?」

 ドクンと胸が大きく揺れた。
 もちろん好きだよ。初恋の相手だ。でも、今それに答える事は出来ない。
 心の中で思っているだけならまだいい。口に出してしまったら? 取り返しが付かなくなるような気がするんだ。

 永瀬君を愛しているという事実。永瀬が彼氏は作るつもりがなく、愛人だけを増やしている事実。
 俺はその現実に向き合う覚悟がまだ出来ない。

「そういう佐々木君こそ。永瀬君の事が好きなんだよね? 愛人のままでいいの? 彼氏になりたいとは思わない?」

「いいんだよ。俺は莉紅の傍にいられればどんな形だって。それより大谷君だよ。どう思って莉紅に関わってる?
 学内のセックスを止めたいからだけじゃないよな?」

「うっ……それは佐々木君の言う通りだよ。でも、俺が永瀬君を好きかどうかは答えられない」

「ふぅん。大谷君もなんか悩んでるみたいだね。もしかしたら莉紅も似たようなものなのかもな。
 貴重な意見、ありがとう。じゃあまたね」

「あ、うん。また……」

 貴重な意見? 佐々木君の考えている事はよく分からない。前はもっと保守的だったように思えた。
 永瀬君の愛人になる前、確か中間テストの時はやっぱり色々悩んでたみたいで成績を落としていた。
 けど、愛人になってからの佐々木君は、吹っ切れたのか永瀬君に献身的だ。

 それこそもっと成績に影響が出てしまうのではと何故か俺が心配していたけれど、俺の予想に反して成績を上げてきている。

 好きな人の為……か。俺も向き合わなければ。自分の気持ちに。


 二学期が始まった。始業式は体育館に全学年が集まった。校長先生の話が長い、皆うんざりしている。

 クラス毎に、出席番号順に男女並んで整列している。俺は前から三番目だ。
 右隣に梅山さんがいて、後ろに小倉君がいる。時折、梅山さんが斜め後ろを見て微笑んでるから小倉君とアイコンタクトでもしているんだろう。
 そういえば、夏休み前に永瀬君と小倉君と梅山さん、三角関係って噂が少し流れてたなぁ。

 先生の話って大体耳に入ってこない。別の事を考えてしまう。
 梅山さんも欠伸をし始めたから退屈なんだろう。ていうか欠伸、隠さないんだ。見た目だけ見れば真面目そうなのに。


 ようやく地獄の始業式が終わると、それぞれのグループで集まって談笑しながら教室に戻りだした。俺も仲良くしている友達の元へ向かった。

「やっと終わったな~。早くホームルーム終わって欲しいよ。今日皆で遊ぶだろ? どこ行く?」

 クラスの中でも特に明るい篠田がいつも以上にニコニコとしている。

「ゲーセンは?」

「それもいいけど、カラオケも行きたいよな。大谷は?」

「うーん。皆に合わせるよ」

 悩んだ末、悩む事を放棄した。あんまり悩み過ぎてもなぁ。皆行きたいところがあっていいな。俺は……──。

 そう考えて、永瀬君のところに行きたいとか思った。何考えてるんだか、俺は。
 その時、俺達に可愛い声を掛けてきた人がいた。

「ねぇ、皆……」

 永瀬君だ。
 なんで? 梅山さんと小倉君と一緒にいた筈なのに。

「永瀬! そうだ、永瀬達も一緒に遊ぶ?」

 篠田は良い案を思いついたという顔をしていたが、俺は永瀬君がその提案に頷かないのを知っている。

 最初、永瀬君にいじめみたいな事をしたのは篠田だからだ。勿論篠田はいじめたつもりはない。だが、あのままいじらせていたら、結局いじめに繋がっていたかもしれなかった。

 いじられた時、永瀬君は篠田を警戒していた。段々エスカレートして行く"イジり"に危機感を覚えた為、小倉君筆頭にいじめに見せかけた輪姦プレイが始まったんだ。

 俺がそれを知ったのは、夏休み入る前くらいだったし、その時は篠田達のグループにいたから、俺はそこから抜けるという事が出来なかった。
 断じて永瀬君の味方をしていないわけではない。

「……行くわけねぇだろ」

 永瀬君はほぼ誰にも聞こえない小さな声でそう言った。もちろん笑顔のまま。
 俺に聞こえたのは一番近くにいたからタマタマだろう。普段優しい口調なのに、そういう言葉を使う事に驚く。
 篠田は知らずに首を傾げた。

「え? なんだって?」

「ううん、ごめんね用事があってさ。その用事に大谷君も必要だから借りてもいいかな?」

「え? 用事って何の? 大谷は俺らと遊ぶんだけど」

「篠田君に言っても分からない事だから。大谷君が良ければ良いでしょう?」

 皆が俺に目を向けた。篠田が行くなという顔をしていて、永瀬君は分かってるでしょ? という顔。
 
「篠田ごめん……放課後は永瀬君に付き合うわ」

「なにそれ、永瀬に弱味でも握られてたりしてな」

「あはは。かもしれないね? ねぇ大谷君」

「な、なに言ってんだよ~永瀬君。冗談面白いなーあはは」

 苦しい誤魔化し方をしてどうにか放課後は永瀬君の用事に付き合う事になった。篠田達は最後まで永瀬君を睨んでいたが。睨む事ないのに、仲良く出来ないものかな。

「大谷君っ! 僕を選んでくれてありがとね」
 
「昨日佐々木君から電話来て、君が元気ないって聞いてたから心配してたんだよ。それで君を選んだの」

「本当? もー和秋は~……たっぷりご褒美あげないとね!」

「君にしては素直だね。佐々木君に心配かけたからかい?」

「まっさかー。和秋にとってご褒美って嬉しくないものだし、矛盾してるかもしれないけど、良い事してくれたら嫌がらせするんだ」

「ひでぇ」

「でもね、嫌な思いする覚悟で僕の為にしてくれるって考えると嬉しくない? 愛されてるって実感する」

「程々にね……」

 佐々木君が不憫に思えてきた。本人が良いなら良いんだけどさ。
 楽しそうに笑っている永瀬君を見ると、やっぱり愛人を作るのをやめさせる事は出来ないんだ。
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