誰にも止められない

眠りん

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二章

永瀬君⑥

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「永瀬君、怒っているかい?」

 無視。

「せめて話をしたいんだ」

 無視。

「分かった、君は何も言わなくていい。俺が勝手に話すから」

 無視。

「まず初めに、戸村君を悪く思わないでくれ。彼はこの話し合いの場所を設ける為に、小倉君や梅山さんの頼みを聞いただけだから」

 葵唯と夏希……!?
 二人の名前を出したからって、話し合いに応じるつもりはない。アイツら、これは裏切りだ。
 親友だって言ってくれたのに、こんな事をするなんて。

「二人には僕が頼み込んだんだ。君とせめて話がしたかったから」

 関係ない。
 葵唯と夏希は一ミリでもお前の味方をしたんだから、それだけで有罪でしょ。やっぱり和秋以外の人間を信じられない。
 どうせ大谷が可哀想とか思ったんでしょ、あいつらの思考回路が分かるだけに許せない。

「篠田に言ってしまった事。今も後悔してる。ごめんなさい。
 もう永瀬君と付き合えるとはもう思ってないよ、傷付けて本当にごめん」

 大谷に背を向けて、話を聞く気もありませんという態度を取る。なのによくここまでペラペラ言えたものだ。
 謝られても許さない。

 大谷は僕がイジメにあってたの、一番怒ってくれた、イジメのフリだったけど百合川とか葵唯にたった一人で立ち向かってくれた。

 僕を脅して輪姦プレイしてくる不良達だって撃退してくれた。
 あんなに学校でのセックスを反対していたのに、僕達の気持ちを思い計ってくれた。
 あんなに僕を好きだって、恋してるって目で見てくれた。

 緑を忘れて、愛人全員捨てて、君を選ぼうとしたんだよ?

 僕は君に、篠田が僕をイジメ始めたから葵唯にイジメのフリをしてもらったんだって、ちゃんと説明したんだ。
 篠田と友達を続けるのは百歩譲るとして、なんで僕が君に告白したって言っちゃったの?


 君が何度も告白しようとして、出来ないから、僕が先に告白したんだ。君の代わりに……!
 どうしてクラスどころか学年中に僕がゲイだってバラす男に話してしまったんだよ。

 どんなに謝ってもらおうと、どんなに反省しようと、謝罪を受け入れる事は出来ない。
 もう関わりたくないんだから。

「永瀬君……俺、永瀬君が好きだよ。どんなに嫌われても、ずっとずっと好きでい続ける。
 永瀬君が言ったんだよ、愛人達は離れるだろうけど、俺は離れないでしょ、って」

「……和秋がいてくれる」

「そうだろうね。今の佐々木君は、永瀬君を裏切る事なく一緒に人生を歩んでくれるだろう」

 見ちゃいけない。
 僕は相手の顔を見たら、ある程度の感情が読めてしまうんだから。
 早く鍵を開けてくれよ。外に出たい。この人と一緒に居たくない。

「ねぇ、永瀬君は俺の事、好きだったんだよね? どうして佐々木君じゃなくて俺を選ぼうとしていたの?」

「お、お前が……! お前が愛人は嫌だってワガママ言うからだろっ!」

 無神経な質問にイラッとした。そんな怒りに任せて振り向いてしまった。

 大谷と目が合ってしまう。


 あぁ……僕が好きになってしまった大谷だ。
 僕を好きだと訴えている感情は、和秋と変わらないんだろう。でも、大谷の顔を見てしまうと、何故か胸の奥から込み上げてくるものがある。
 心が熱い。
 恋焦がれる、なんて言葉が頭に思い浮かんだ。

「やっとこっち向いてくれたね。永瀬君、俺はあなたの事が好きです。
 愛人は嫌だ、あなたの隣に立ちたい」

 僕がずっと好きだった大谷がそこにいた。

 真っ直ぐな穢れのない目と、引き締まった口がどれだけ真剣なのかを伝えてくる。強く握る拳は決意の表れだ、強い意志を感じた。

 許してはいけない。
 裏切った人なんか、謝られても許したくない。


 ──目を合わせてしまえば許してしまう自分が嫌だ。


 涙が零れた。ずっと押さえてきたものが堰を切るように溢れて止まらなくなる。

「ふ……ぅ……ぐすっ、うぅ……」

「永瀬君!?」

「それでも、僕は、和秋を裏切る事は出来ない」

「いいよそれで。佐々木君と別れて俺のところに来いなんて言えない」

「そんな事を言ったら軽蔑する。僕は君の事許すよ」

「ありがとう、許してくれて。
 結構プライドが高くて、気が強いよね永瀬君は。最初は大人しいいじめられっ子だと思ってたのに」

 弱々しそうに演じていたのは、目立たないようにする為だ。篠田みたいな輩に目をつけられないように、自分なりの自衛だ。

「いじめられっ子だから大人しくしてるんだよ。本当の僕は口も悪けりゃ性格も悪い。
 きっと大谷の恋心も冷めるだろうね」

「そうかい? 俺は見てみたいな、本当の永瀬君を」

「和秋にしか見せないから」

「あははっ。そっか。うん、そうだよな」

 大谷は笑っているけど、寂しそうな顔をしていた。

 落ち着くと、扉がガタガタと揺れて人の声が聞こえた。

「待ってよ、話し終わったら開けるから」

「なんでだよ! 莉紅が嫌だって言ってたんだよ、話し合いなんかしなくていい、莉紅が嫌な事はしなくていいんだ!」

 和秋だ。僕を助けに来てくれたらしい。
 やっぱり僕の味方は和秋だけだな。

「じゃあな大谷。ここを出たら君はただのクラスメイトだ」

 大谷に背を向けて扉の方へ歩きだそうとした時だ。大谷が後ろから僕を包むように抱き締めてきた。
 筋肉質で硬い身体、太い腕だ。逞しくて羨ましいとずっと思ってた。

「最後に少しだけあなたを近くに感じさせてくれ」

「ごめんね。やめてもらえる? 僕の身体は和秋のものだから」

 そう言うと、大谷はゆっくりと僕から身体を離した。強いと思っていた腕が震えていた。
 決して強いわけではないんだ。誰しも心に弱いものを抱えている。

「おーい、開けてくれ。話し合いは済んだから」

 僕は扉まで近付くと、コンコンとノックしてもう開けていいと告げる。
 すぐに鍵が乱暴に解かれてバッと扉が開いた。

 外から差し込む光の中に和秋がいて、泣きそうな顔で両手を広げて僕を迎えてくれる。
 僕は走って和秋の胸に飛び込んだ。和秋の腕は僕の背中を包み込んで、支えてくれた。

「和秋ぃ、会いたかった」

「莉紅!」

 ぎゅうっと抱き締めてくれる。普段は守ってあげたいと思う相手だけど、こうして守られると自分が今幸せなんだって実感する。

「大丈夫?」

「うん」

「大谷と話したの?」

「うん」

「もう大丈夫? 泣いた?」

「泣いたけど、大丈夫。和秋の事が一番好きだって確認出来たから」

 和秋がどんな顔してるか見たくて、体を離して見上げると、思った通り顔を真っ赤にして僕を見つめている。
 どんだけ僕が大事なの?

 でもすぐに和秋は僕から視線を外して、真剣な顔で大谷の方に目を向けた。

「大谷、ごめん」

「なにを謝っているんだい? 佐々木君は何も悪い事してないだろう。それにもう謝罪は前に聞いたよ」

 和秋……大谷にわざわざ謝ったの? 僕の恋人になってしまった事を?
 僕が意地になって無視なんかしてたからだ。

「でも、俺さえいなければとも思う時があるから」

「そんなの傲慢だよ。永瀬君の愛を勝ち取ったのは佐々木君なんだから」

「分かった。莉紅は俺が幸せにするから、心配しないで」

「ああ……」

 大谷の消え入りそうな声が胸を痛くさせた。僕は和秋に肩を支えられながら体育倉庫を出ていった。
 和秋と触れ合うと胸の痛みはなくなった。
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