『僕は肉便器です』

眠りん

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一話 普通の学生

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 まるで乞食のようだと、普段の彼を見た人は言った。

 乾燥しきり油分を感じさせないボサボサの頭に、きちんと手入れしていないポツポツ生えた髭。清潔さをまるで感じさせない。
 上下の服は取り敢えず着てきたヨレヨレのジャージでダサい。
 A6サイズのノートが入る大きめの鞄はショルダータイプとなっており、両手は常に上着のポケットの中。それが通常スタイルだ。

 そんな姿をしている河中悠璃かわなかゆうりは、どこにでもいる大学生である。
 二流程度の理工系の大学で、彼は理工学部で物理学を専攻している。


 地方から、ある程度ビルの立ち並ぶやや都会に近い地域へと親元を離れて一人でやってきた。
 一人暮らしの苦学生なんてザラにいるであろう、悠璃はそんな一般的な大学生の内の一人だ。
 

 その日は悠璃は一時限目から授業があり、教室へ向かっているところだった。
 後ろから男性が悠璃へと向かって走っている。彼は追いつくと、悠璃の肩に手をポンと置いて気さくに話しかけた。
 彼は悠璃の唯一の友人、飯塚隼人いいづかはやとである。
 ただ、相手から話しかけられない限り、悠璃から会話をする事はない。
 悠璃は基本的に人とつるむのを好まない一匹狼なのだ。


「おっはよう河中! 今日もすげー近寄り難い格好してんな」

「おはよ。……そう思うなら近寄るなよ」

「冷たいなぁ。なぁ今日合コン行かね? お前が来ると喜ぶ女の子もいるだろうし」

「んなわけないだろ。こんなダッセー格好した話のつまらない男、嫌に決まってる」

「自分の正しい評価は出来てるのな?」

「喧嘩売ってる?」

「まっさかー。だって、そのだっさいジャージに、だっさいシューズ、髪はボサボサだし、ちゃんとヒゲも剃らなきゃダメじゃん? その癖話しかけると冷たいし~。
 でも、お前の容姿は認めてるんだぜ、ちゃんとした恰好すれば絶対イケメンだって皆言ってる」


 飯塚の言う通り、悠璃は彼女がいたとして一緒に歩きたいと思えない程の見た目をしている。

 それでも悠璃を気にする女性がいるのは、整った綺麗な顔とスレンダーな身体のお陰だ。
 どんなに姿が酷くても、目鼻立ちは人気俳優に引けを取らない程なのだ。付き合ってから変えてみせると思っている女性は少なくない。


「俺は他人の目は気にしない主義なの。 あんまりうるさく言うなら俺に近寄るなよ」

「へぇ? じゃあ河中が毎週金曜公園で肉便器やってるのも、知られてもいいんだ?」

「お前な……。俺は気にしないが、母親の耳に入ったらマズい。だからそれ言うなよ」

「へーい。じゃあ代わりに次のプレイはちょっと危険な事させて」

「やだ」

「絶対死なせないから、ねっ?」

「却下。プレイ中お前のだけずっとフェラしててやるよ、それでいいだろ?」

「それ、俺なんもメリットないんだけどー!」


 飯塚は悠璃の主催する乱交パーティーの常連だ。何度も小便や精液を悠璃にぶっかけている。
 欲に乱れる悠璃を気に入っているのだが、普段の悠璃は優しさとは無縁のそっけない男だ。
 その部分は好みではない。

 悠璃としても、普段と肉便器の二つの顔を知っているのに、大学内何も無いように絡んでくる飯塚は鬱陶しいと感じている。
 お互い恋愛関係にはなりえない存在だ。故に、ある意味付き合いやすい友人と呼べるのかもしれない。


「ほんっとプレイ中とキャラ違う。プレイ中は一人称も"僕"で可愛いのに」

「同じなわけないだろ。ストレス発散するのにこの状態で楽しめるか」

「ストレスね。プレイ中のキャラで学生生活送れば?」

「そんな事したら、俺の変態さが周囲に知れ渡る」

「その格好の方が変態くさいけど」

「そう?」
 
「まぁ俺はそんな河中だから声掛けたんだけどな。まさかただのマザコンとは……」

「マザコンじゃない」

「マザコン男~」


 飯塚はふははと笑った。
 悠璃は馬鹿にされたような言い方をされても、それ以上言い返すことは無かった。
 ムキになれば認めているも同義だ。口喧嘩も好きではないので、イライラした時はなるべく口を開かないようにしている。


 教室に着くと、飯塚は他の仲の良い友人達の元へ行った。
 悠璃は一番前の席に座る。一番集中して授業を聞ける場所を選んで座っている。
 成績上位を狙っているわけではないが、元々理解力が乏しく、分かるようになるまで時間がかかるので、人の倍は努力しないと授業についていけない。


 そんな悠璃の一面は母親が良く思っていないところなのだ。理想の息子にはなれなくとも、見放されたくないという思いがあって努力をしている。


 一日の授業が終わると夜はアルバイトだ。
 過保護な母親から十分な生活費はもらっているが、社会勉強の為に始めたものだ。勿論母親には内緒だ。
 週に三日通っており、もう一年経つ。

 バイトは接客業をしており、さすがに友達に乞食のようだと言われた服装で行くわけにはいかず、いつも一度アパートに戻ってから髭を剃り、着替えて出ている。


 住んでいるアパートは一階で、ワンルームの比較的新築のお洒落な造りだ。
 普通の一般人に変身した悠璃が外へ出た時だった。


 壁に寄りかかる人物がいた。
 スポーツでもしていそうな筋肉質の体躯に、清潔そうな短髪。男らしい顔付きは同性の悠璃ですら嫉妬する程だ。


「よお、久しぶりだな」


 彼は悠璃にそう話しかけた。
 面影と声で、彼が誰であるのかを理解した。

 悠璃がこの世で最も会いたくない憎いとすら思える相手ーー。


三枝さえぐさ、か?」

「よく覚えてたな。……いや、忘れられる筈ないか」

「俺に何の用? これからバイトなんだわ。手短に頼む」

「いきなり来て悪い。バイトが終わった後話せないか?」

「断る」

「……本当はこんな手、使いたくなかったけど……」


 三枝はスマホを操作し、画面を悠璃に見せてきた。
 悠璃は画面を見ると、口元を歪め、笑みを浮かべた。
 そこには悠璃がトイレで複数の男に性器を口や尻穴に突っ込まれている姿だった。


「へぇ。よく撮れてるじゃん」

「この画像ばら撒く」

「それは困る……か。いいよ、俺のバイト先知ってる?」


 三枝はコクリと頷いた。悠璃はそれすら楽しそうに笑みを深める。


「ストーカーかよ。じゃあ十時に終わるから、待ってろ」

「ああ」


 三枝は中学生の時同級生だった男だ。
 悠璃が聖水や精液をかけられないと興奮出来ない身体にした相手でもあった。
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