『僕は肉便器です』

眠りん

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八話 拉致

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 それから悠璃から飯塚に話しかける事が増えた。
 朝の挨拶や、帰りが重なった時くらいだが、意識して自分から話しかけるようにしている。


 バイトが無い日の翌々日等は、髭をポツポツ生やしていたりするので、乞食のような姿は健在だ。
 飯塚がそれを嫌がらないので甘えている。そのままの悠璃を受け入れてくれる男なのだと。


 金曜日の事。夜の便器プレイの為、早く帰ろうと教室から素早く出て早足で歩いていると、前に飯塚を見つけた。
 カフェオレのように薄い茶色をした髪は、綺麗にセットされていて少しの風くらいでは崩れない。
 ダボッとしたパーカーに、緩く履いているジーンズ。大きめの黒いリュックは、安物ではないしっかりとした造りだ。


 見た目だけで、悠璃のような一匹とつるむ様な人物ではないと、誰が見ても思うだろう。
 そんな彼が、今までずっと人の目を気にせず悠璃に声を掛けていたのだ。


 いつもであれば自分とは住む世界が違うと近寄る事すらしなかった。
 だが、あんな熱烈な告白をされて、悠璃は自分を卑下してはいけないと思えたのだ。
 今の乞食のような姿で飯塚に声を掛けたら迷惑だろうが、それでも勇気を出して呼び止める。
 

「飯塚、一緒に帰ろ」

「河中! いいよ」


 悠璃に恋をしていると分かる笑顔で頷く。悠璃も熱が伝染したように顔が赤くなった。


「今日は公園来る?」


 便器プレイの話だ。飯塚は常連である。


「え、行くの?」

「ん?」

「俺……独占欲強いんだけど」


 飯塚が悲しみの目で悠璃を見つめた。恨んでいるようにも見える。

 
「週に一度の俺の楽しみが……」

「俺だけが相手するのは駄目なの?」

「……まだ付き合ってないし」

「やだよ。俺、河中が他の野郎に小便かけられたり、輪姦されてるの見たくない。やりたいなら行けばいいよ、でも俺は行かない」

「分かった。……あの、少しずつ減らしていくから。いきなり全部やめるのは」


 悠璃は困惑する。初めて自分を本気で好きだと言ってくれた人だ、出来れば相手が嫌がる事はしたくない。
 けれど、便器プレイをやめる事は難しい。
 いずれ付き合うのであれば、今すぐやめるべきだろうが──。


「ごめん、河中。君を困らせたいわけじゃないんだよ。せめて危険な事はしないで」

「分かった」


 前回、口や後孔に男性器を無理矢理捩じ込まれ、聖水をかけてもらい、全身が便器であると思えたプレイは、悠璃にとって幸せだと思えたプレイであった。
 今回も、次もずっとそんなプレイをしていきたいと思っていたのに。

 今は自分の身体を便器にしている事は、飯塚に対して申し訳なく感じるのだ。心と体が乖離しているようだ。複雑な思いから、胸に痛みを感じた。


「汚い身体でごめん」

「河中、そんなつもりじゃ……」

「じゃあまた来週。じゃあね」


 悠璃は飯塚に少し手を振ってから駆け出した。
 今これ以上一緒にいたら喧嘩しそうにも思えたからだ。


 便器プレイをいつかはやめなければならない──今までの悠璃であれば到底受け入れ難い事であった。
 けれど、いつまでもやれる事ではない。今がやめ時なのだと自分を納得させる。


 悠璃は、もし今日三枝がもし公園に来たら事情を説明する事にした。
 そして肉便器になる回数を減らすと宣言し、中学時代のイジメの件は許そうと決意した。

 そうすればきっと、三枝は悠璃に近寄る事はなくなるだろうと考えたのだった。




 夜の公園には、複数の男達が悠璃の準備を待っている。掃除をしているといつもの男、浩が話しかけてきた。


「今日も先週みたいなプレイするの?」

「いえ。友人に止められて……もうしません」

「ガッカリした顔してるね」

「まぁ。ソイツが嫌がるから仕方ないですね」


 今までであれば誰に声を掛けられても素っ気ない態度なのだが、距離感が縮まると普通に会話出来る。浩はそれが嬉しいのだ、会話を続けた。


「それって、もしかして彼氏?」

「…………黙秘します」

「彼氏出来たんだ? 良かったね」

「まだ彼氏じゃないです」

「まだって事は……」


 悠璃は恥ずかしさから頬を染めて、目を逸らした。
 からかわれていると分かっているのに、嫌悪感が無い。飯塚が彼氏になる事は満更ではない。


「よぉ、悠璃」


 不意に呼ばれて出入口へ視線を向けると、そこには三枝が立っている。
 不思議と彼を見ても、嫌な気分にならない。
 あんなにも許せないと思っていたのに、許してやろうと言う気持ちになる。


「三枝。あのさ、ちょっと話があるんだけど」

「ちょうどいい。俺も話がある、こっちに来てくれないか?」


 三枝は悠璃をトイレの外に呼んだ。


「なんだよ、ここでいいだろ?」

「お前に見せないといけないものがあるんだ」

「何?」


 悠璃の手首をガシッと掴んだ三枝は、ズンズンとトイレから遠ざかっていく。


「ちょっ、どこに行くんだよ」

「もうすぐだよ」


 一瞬、心臓に冷や汗が流れた気がして悠璃は足を止めた。その時だ、三枝が悠璃の腕を捻りあげ、地面にうつ伏せにして押さえた。
 背中の上を膝から体重をかけて動けなくし、腕は捻りあげたままだ。


「いっ……なにっ」

「黙ってろ」


 雑木林の中、騒いだところで周りは誰もいない。
 だが、それでも公園のトイレにいる者達に声が聞こえるかもしれないと、悠璃は助けを求めた。


「助けて──誰か!!」

「黙れよっ!!」

「んんー」


 口を塞がれてしまった。ハンカチを口内に詰め込まれ、その上からガムテープを貼られる。
 三枝は空いている左手でポケットから縄を取り出すと、悠璃の両腕を後ろ手で縛った。


「黙れっつうの。お前、そんな声出せたのかよ」

「うぐ……」

「大丈夫、やる事はいつもと変わらないから」


 その後、公園近くに停めてある車に連れ込まれた。
 どこにでもありそうな白い普通車を、三枝が運転し、悠璃は後部席に寝かされた。

 繁華街に着き、狭いコインパーキングに車を止めた。悠璃は大きなパーカーを被せられ、顔が見えない状態にされた。
 縛られている両手も見えないので、誰にも悠璃が捕らわれていると気付かれない。


 そこから歩いてすぐの雑居ビルの地下一階。
 一見、マンションの部屋のような扉の中に入る。
 受付のようなカウンターに一人の女性がいた。ロックミュージックが似合いそうなパンク系だ。

 さすがに明るい室内だ、自分の姿を見てくれれば警察に通報してくれるだろうかと顔を上げてみるが……。



「あ、三枝さんこばは~」

「こんばんは」

「彼が例の?」

「はい、奥借ります」

「どぞ~! 君も楽しんでね」


 パンク系女子に見送られ、奥へと進んだ。
 悠璃が三枝を睨む。女性には塞がれている口だけは見えているのに、なんの疑問も持たれなかったのだ。


「はは。悠璃、君はマゾで猿轡と縛られるのが好きだと言ってあるから誰も不思議にすら思わない。
 お前が変態だとしか思われないさ」


 悠璃は愕然とした。どうなってしまうのか、不安が押し寄せる。三枝は悠璃をどうするつもりなのか。


 中は薄暗い。悠璃はテレビでしか見た事がないが、クラブのようだと感じた。
 そこには数名の男性が酒を飲んだり、談笑したりしていた。


「皆さんこんばんは」


 三枝の言葉で皆こちらを向いた。


「この子、悠璃っていいます。今日は可愛がってあげてください」

「……?」


 悠璃は訝しむ。なんの為にここに連れてこられたのか。ある一つの嫌な予感がした。それはすぐに的中する。


「悠璃君は引っ込み思案ですが、プレイは積極的なので存分に虐めてやって下さい」
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