離宮の愛人

眠りん

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三章

十一話

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 イグナートは本気だ。
 心の底から“ルベルト”を探し出し、責任を取りたいと言っている。
 彼の成長を喜びたいところだが、問題点が多過ぎる。
 フリードはイグナートをどう諦めさせるか、思考を巡らせた。

「ターバイン君に訴えてもらうという事は、裁判をして公的に罰を受けたいという事か?」

当然だが、過去に平民や貴族が皇族を訴えた事例はない。
イグナートは皇族の為、裏裁判をする事になるが、あの裁判は、平民や貴族が訴えて起こせるものではない。

現実問題不可能である。だが、フリードはとりあえずイグナートの話を聞く事にした。
出来る出来ないの話は置いておいて、彼の考えを知りたかった。

「はい! それにはルベルトがいなきゃダメなんです。だからルベルトを探したいんですけど……」

「どうやって?」

「俺、考えたんです。父の事件は裏警察が取り仕切っていますよね?」

「ああ。皇族の事件だから、裏警察の管轄になる」

「それなら! 裏警察はルベルトの行方を追っていますよね?
 俺を裏警察に入れてくださいませんか?」

 イグナートの目は輝いていた。持ってきた革製の鞄から数枚の紙を取り出し、学院での成績を見せてきた。

「学院では剣術だけじゃなく、学業も上位の成績でしたし、役に立たないわけではないと思うんです。
 言われた事なんでもします! 公爵家の名前に甘える事なく、真面目に仕事をすると約束しますから!」

 必死なイグナートを悲しませるのは心苦しいが、受け入れるわけにはいかない。
 裏警察にはルディネスがいるのだ。整形をしているし、イグナートが入ってきたらルディネスも気を付けるだろう。
 だが、ルベルト本人と知られる可能性がないとは言えない。いつ、どんなタイミングで知られてしまうか分かったものではない。

「悪いが、それは無理だな」

「何故です? 俺は人生かけてルベルトに償いたいんです! だからお願いします!」

「理由を説明する。
 まず、裏警察で不正があってはならない。貴族は自分の家を守る為に不正を働かなければならない時がある。その時、裏警察を利用されてはならない為、裏警察は平民だけで構成される。
 彼らは騎士の称号を与えられ、一代限りの準貴族という扱いになるが、貴族からの無茶な要求を拒否する権限がある」

 表警察もそれは同じだ。そうでなければ、取り締まる事は難しい。
 貴族だからという理由で取り締まる側の不正が許されては、ヘイリア帝国が誇る法治国家の名が泣く。

「でも、フリード兄様だって裏警察を仕切ってるじゃないですか」

「俺は少し特殊でな、サーシュ侯爵の冤罪を晴らすよう、陛下から依頼されていたんだ。
 依頼は完了した為、既に裏警察から抜けている」

「そんな! フリード兄様に言えば、入れてもらえると思っていたのに!」

 勝手にコネをあてにされても困る話だ。

「裏警察に入る条件は三つある。一つ、平民である事。二つ、表警察を三年以上経験している事。三つ、表警察隊長から推薦され、裏警察隊長との面談後、皇帝陛下の許可が出た時だ。
 それも簡単な事ではない」

 裏警察に入るという事は、サマエルの存在を知る事でもある。
 絶対的な忠誠心があり、口が堅く、守秘義務を守れる者に限るので、そうそう入れるものではない。
 フリードは続ける。

「皇族の君は、そもそも表警察に入る事も出来ないだろう。諦めて騎士の道に進むのが君にとって一番……」

「分かりました! なら皇族をやめます! いち平民になって、まず表警察ですね。
 表警察に入るにはどうしたらいいですか?」

 そうと決めたら真っ直ぐなのだろう。騎士の道に進む事はもう考えていないようで、今は裏警察に入る事しか頭にない。
 そもそも裏警察に入りたいというのは、『ルベルト』に会って、暴行罪を訴えてもらいたいというのが目的だ。
 それも不可能に近い願いだが。

 それならば、確かに裏警察に入るのが一番の近道だ。そこに『ルディネス』となったルベルトがいるのだから。
 だが、それはルディネスが望んでいないだろう。

「裏警察は、ターバイン君の行方を追ってはいない……と言ってもか?」

「どうして!? 殺人事件の犯人だというのに!?」

「世論の流れが大きい。何の罪もない加害者の息子を、罪人同然にいじめ抜いた。
 しかもサーシュ侯爵夫妻の罪は、前公爵の企みで起きた事で、侯爵に至っては冤罪だ。
 それを知ったターバイン君が、報復として殺してしまった事に世間は同情的だ」

「じゃあルベルトは罪に問われないと?」

「全く問われない訳じゃないが、現公爵も罪を軽くする為の署名集めをしているそうじゃないか。
 裏警察も司法局も、ターバイン君を積極的に罰しようとは思っていない。その為、無理に探さず、戻りやすい雰囲気を作る方向に動きを変えているんだ」

 表向きはそうなっている。

「そんな……」

「だからイグナート。君は、彼が帰ってくるのを大人しく待つがいい。剣術の稽古をしながら、ね」

「分かりました」

 イグナートの目は何かを決意したように、真剣そのものだ。フリードは嫌な予感を感じながら、話を変えた。
 兄のアナスタが公爵になってから、生活は変わったか等、近況を聞いたりして過ごした。

 イグナートはそのまま離宮に一泊する事となった。侍女に頼んで、ウェルディスに今日は離宮に来ないよう書いた手紙を、皇城に届けてもらった。
 夕方には二人で食事をし、ゆっくりと過ごしていたが、日が落ちる頃にウェルディスが離宮にやってきた。

 その場にいた使用人全員がウェルディスを出迎えた。フリードとイグナートも玄関まで出迎える。
 フリードはイグナートの手前、公的な場での対応だ。

「陛下、今日はイグナートが来ているので、お越しにならないよう手紙を送ったのですが……届いていませんでしたか?」

「堅苦しいぞ、フリード。ここは離宮だ。いつもの通りでいい。
 手紙は読んだよ。フリードからの手紙は初めてだな。綺麗な字を書くものだ。
 一生大事に取っておく」

「すぐ捨てろ。二度と書かない」

 恥ずかしさから、思ってもいない事を口走った。フリードの顔がほんのり赤くなる。

「ははは。可愛い反応だ。僕がねだったら絶対書いてくれる癖にね。そうだろ?」

 フリードは何も言い返せない。
 「ぐぬぬ」と悔しい反応を見せながらも、ウェルディスに改めて惚れ直してしまい、視線を逸らしてしまった。

(ウェルの顔、見れない)

 そんなフリードの反応すら楽しんでいるウェルディスに敵う筈がなかった。

「それにしてもイグナート、久しぶりだなぁ。
 毎年僕の誕生パーティーで顔を合わせる程度だから、こうして話すのは子供の頃以来かな」

「はい。お久しぶりです、陛下」

 ウェルディスから見てイグナートはいとこにあたる。血縁関係だが、前公爵とは仲が悪かった事もあり、交流はほぼなかった。

「逞しくなったものだ」

「そんな事は……」

「フリードから立派な人物だと聞いている。どうだ、三人で少し歓談でもしよう」

 イグナートは少し困惑しながらも「はい」と答えた。
 場所をフリードの部屋へ移し、窓際のテーブルで、椅子が二つだけなので、もう一つ追加して座る。

「ふむ。イグナートは裏警察に入りたいのか……」

 ウェルディスは感心したようにう頷いた。イグナートは先程までの緊張した様子は解れ、フリードに話した内容をウェルディスに話した。

「はい。皇族は司法に関わるべからずと言われているように、司法局の管轄である表警察には入れません。
 ですが、表警察に入らなければ裏警察には入れないと聞きました。
 そもそも表も裏も、警察は平民でなければ入れないそうで、俺、平民になろうと思っています」

 ウェルディスの顔は厳しいものになる。

「簡単な話ではない。僕は君には無理だと思う」

「どうしてですか?」

「公爵家に産まれ、身の回りの事は従者が全てやっていたね? 平民になるという事は、今まで人にしてもらっていた事全てを自分でするという事だ。
 チヤホヤされて生きてきた君には難しいんじゃないかな?」

「そんな事……」

「ルベルトにしてしまった事を悔やむ気持ちは分かる。償いをしたい気持ちも分かるよ。
 けど、無理にでも探し出して、ルベルト自身に訴えさせる事は、君のエゴでしかない。
 彼はそんな事、望まない筈だよ」

 フリードは不思議な気持ちで聞いていた。おそらくウェルディスは『ルベルト』と会った事があるかもしれないが、そこまで深い会話はしていないだろう。
 何故そこまで彼の内面に詳しいのかと。

「そうでしょうね。ルベルトは優しい。俺が訴えて欲しいと言ったところで、そもそも怒ってないとか、訴えるような事はされてないとか言い出しそうな気はします。
 置き手紙にすら、『俺を許さないで』なんて書くくらいですし。
 でも、俺は、絶対にルベルトに会わなきゃいけないんです!
 その為ならどんな苦難も受け入れます」 

 本気なのだ。本気でルベルトの為に人生を捧げる覚悟がある。
 そんなイグナートを諦めさせるのは酷だが、探されても困る話だ。

 口を挟まず話を聞いているフリードは、色々と思考を巡らせていた。

(手っ取り早いのは、『ルベルト』に似た顔と体格の死体を用意して、死んだ事にする事か。
 そうすればさすがのイグナートも諦めるだろうが……)

 それはそれで、いつか『ルベルト』が戻る時に、面倒になる。
 だが、フリードの心配はよそに、ウェルディスはあっけらかんと言い放った。

「ま、いいんじゃないか? 僕から裏警察にイグナートを推薦しておくよ」

「え!? いいんですか!?
 あれ? でも、皇族は司法に関われないんじゃ……?」

「それは表の話だよ。裏裁判は僕が裁判長になるわけだし、任命権も僕にあるし。
 本質的には一切司法に関われないわけではないんだ。
 裏警察は僕に仕える組織だから。僕が命令すれば受け入れざるをえない」

「ウェル、いいのか?」

 ウェルディスの決定に、フリードは少し焦る。ウェルディスにだって、ルディネスとイグナートが知り合う事が、どれだけ危険か分かっている筈だ。
 それなのに何故……。
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