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一話
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「あっ、あ、んっ」
腕の中にいる男に対し、何かしら特別な感情はなく、ただ自分のストレスを発散させる為に性行為をする。
高梨慧は、そんなドライな人間だ。誰に対しても深い関係を築こうとは思ってはいない。
生まれつき目付きが悪いので、学生時代はヤンキーに目を付けられたりしたが、そこで喧嘩に慣れたお陰か、自信ありげな男らしさに惹かれて近寄ってくる者もいる為、相手に困った事はない。
目の前の男のように可愛らしく腰を振って男の性欲を刺激するような動きをしてくれる者も多く、それ自体は有難いが、だからといってハマったりはしない。
「ケイさん、もう終わりですか?」
情事が終わると、ユウトと名乗った男が寂しそうな目を向けてきた。
誘ったのは慧からだ。慧が自分に気があるとでも思ったのだろう。
(身体の相性は良いと思うが)
「ああ。お陰でスッキリ出来ました。ありがとう」
慧は一万円札を二枚、ユウトに渡すと先に浴室に入る。さっさとシャワーを浴びたら帰るだけだ。
「ちょっと、もう少しゆっくりしましょうよ」
「すみません。また今度。妻に怪しまれるといけないので」
さっさとホテルを出た。独身だが、既婚者を装う事で面倒なアプローチを避けてきた。
中にはそれでもいいと言ってくる者もいるが、その時点で切り捨てる。自ら不倫関係になろう等と考える者は好みではない。
これが慧の日常だった。昼は仕事をし、気が向いた時に性欲を発散させる為だけの相手を探す。
昔から感情が乏しく、恋愛はした事がないどころか、全く興味がなかった。
サービス業を営んでいた両親のお陰で、外面だけがいい。
だが、心のどこかで「毎日がつまらない」と感じていた。
そんな彼に転機が訪れたのは、インターネット内での事だ。
男探しはハッテン場や、ゲイバー等が主流なのだが、たまに利用するのがゲイ向けのネット掲示板だ。
最初は自己紹介から始まり、いつもならお互いのプレイスタイルの確認、外見を見せ合ったりしていたのだが、クロと名乗る男から『趣味は?』と聞かれたのだ。
完全な割り切り、身体だけの関係に趣味を聞く意味はない。
(ウブなのか? こういうのに慣れてないのか?)
それならばこちらも相手の緊張や不安を解してあげようと、くだらない雑談を返す事にした。
『アニメ鑑賞です』
すると、すぐに返事が返ってきた。
『へぇ、僕も好きなんですよね。アニメ。何が好きなんです?』
慧が最近見ている作品を三つ程書いて送ると、またすぐに返事がきた。
『僕も好きです。特にあのシーンが好きで……』
気付けば、一時間もアニメの話で盛り上がった。
実際のところ慧の趣味はアニメではない。やる事がないので、暇潰しのように深夜にテレビを流しているだけだ。
その中で気に入った作品を見ているだけなのだが。
特になんとも思っていなかった作品だったのに、途端に一話から見返したくなった。
(そんなシーンあっただろうか? 何話のこのキャラの顔が凄く魅力的とか、そんな事考えながら見た事はない)
見返してみると、彼の言う通りに面白く、気が合うような気がした。
クロは少し警戒心の強い男だった。なかなか顔や身体は見せてくれない。そういうところも初めてなのだろうという素人感に拍車がかかって、男心をくすぐられる。
アニメの話をしていると、ようやく電話を許してくれた。
『文字を打つより、電話の方が楽で良いですよね』
と。慧は歓喜した。
相手がどういう人間かすら知らない。顔も、性格も知らない相手にここまで執着する事はなかったのに。
電話は慧からした。相手に通話料金をかけさせてはいけないと思ったからだ。
「もしもし、クロ君?」
「はい。クロです。ケイさんで合ってます?」
「はい、ケイです!」
若い声だった。下手したら十代かもしれない。二十八歳のケイとしては、なるべく歳が近い方がいいのだが。
(なんで先に年齢聞かなかったんだろう!?)
「クロ君。これ聞いていいか分からないんだけど」
「はい」
「何歳かな? あ、あの、俺は二十八なんだけどさ」
緊張で声が震える。今まで人間相手に緊張したのは、就活の面接の時くらいだ。
「僕は二十五歳です」
(良かった)
初めての高揚感だ。運命という言葉が嫌いだったのだが、今ばかりは運命ではないかと思えてくる程。
割り切りの肉体関係の相手を探していた筈なのだが、そんな話は一切せずにアニメの話を始めた。
「それでこのキャラがあの声優さんな事にビックリしたんですよね。今までの役と全然違くて」
「うん分かる」
「このアニメの監督が特に好きで、こういう演出って、なかなか出来る人いないなぁって」
慧は頷くばかりだ。本当はそこまで詳しくないのだが、クロの話に頷いて知ったかぶりをしているのだ。
(正直話分かんねぇ。勉強しないと)
だが、次にクロと話す時にはチェックをして話についていけるように努力をした。
その甲斐もあって、掲示板でのやり取りから一ヶ月。ようやくクロが上半身から頭までの写真を撮ってメールに添付して送ってくれたのだ。
クロは一見弱々しい華奢な男だった。
(俺の高校にいたら真っ先に餌食になってたな)
まるで虐めて下さいと言わんばかりの、オドオドとした雰囲気。
自分に自信がなくて写真を送らなかったと想像が出来た。そして、絶対に処女童貞だろうと。
慧はすぐに自分の上半身から上を撮って送る。
『顔は怖がられるけど、中身は優しいからね』
とメッセージ付きで。
すぐにクロから会いたいと返事がきた。
(弱そうだけど可愛いし、精一杯優しくしてあげたら俺の事意識してくれるかな)
クロの外見よりも中身が好きになった。あわよくば付き合いたいという淡い想いを抱いて『俺も会いたいよ』と返した。
腕の中にいる男に対し、何かしら特別な感情はなく、ただ自分のストレスを発散させる為に性行為をする。
高梨慧は、そんなドライな人間だ。誰に対しても深い関係を築こうとは思ってはいない。
生まれつき目付きが悪いので、学生時代はヤンキーに目を付けられたりしたが、そこで喧嘩に慣れたお陰か、自信ありげな男らしさに惹かれて近寄ってくる者もいる為、相手に困った事はない。
目の前の男のように可愛らしく腰を振って男の性欲を刺激するような動きをしてくれる者も多く、それ自体は有難いが、だからといってハマったりはしない。
「ケイさん、もう終わりですか?」
情事が終わると、ユウトと名乗った男が寂しそうな目を向けてきた。
誘ったのは慧からだ。慧が自分に気があるとでも思ったのだろう。
(身体の相性は良いと思うが)
「ああ。お陰でスッキリ出来ました。ありがとう」
慧は一万円札を二枚、ユウトに渡すと先に浴室に入る。さっさとシャワーを浴びたら帰るだけだ。
「ちょっと、もう少しゆっくりしましょうよ」
「すみません。また今度。妻に怪しまれるといけないので」
さっさとホテルを出た。独身だが、既婚者を装う事で面倒なアプローチを避けてきた。
中にはそれでもいいと言ってくる者もいるが、その時点で切り捨てる。自ら不倫関係になろう等と考える者は好みではない。
これが慧の日常だった。昼は仕事をし、気が向いた時に性欲を発散させる為だけの相手を探す。
昔から感情が乏しく、恋愛はした事がないどころか、全く興味がなかった。
サービス業を営んでいた両親のお陰で、外面だけがいい。
だが、心のどこかで「毎日がつまらない」と感じていた。
そんな彼に転機が訪れたのは、インターネット内での事だ。
男探しはハッテン場や、ゲイバー等が主流なのだが、たまに利用するのがゲイ向けのネット掲示板だ。
最初は自己紹介から始まり、いつもならお互いのプレイスタイルの確認、外見を見せ合ったりしていたのだが、クロと名乗る男から『趣味は?』と聞かれたのだ。
完全な割り切り、身体だけの関係に趣味を聞く意味はない。
(ウブなのか? こういうのに慣れてないのか?)
それならばこちらも相手の緊張や不安を解してあげようと、くだらない雑談を返す事にした。
『アニメ鑑賞です』
すると、すぐに返事が返ってきた。
『へぇ、僕も好きなんですよね。アニメ。何が好きなんです?』
慧が最近見ている作品を三つ程書いて送ると、またすぐに返事がきた。
『僕も好きです。特にあのシーンが好きで……』
気付けば、一時間もアニメの話で盛り上がった。
実際のところ慧の趣味はアニメではない。やる事がないので、暇潰しのように深夜にテレビを流しているだけだ。
その中で気に入った作品を見ているだけなのだが。
特になんとも思っていなかった作品だったのに、途端に一話から見返したくなった。
(そんなシーンあっただろうか? 何話のこのキャラの顔が凄く魅力的とか、そんな事考えながら見た事はない)
見返してみると、彼の言う通りに面白く、気が合うような気がした。
クロは少し警戒心の強い男だった。なかなか顔や身体は見せてくれない。そういうところも初めてなのだろうという素人感に拍車がかかって、男心をくすぐられる。
アニメの話をしていると、ようやく電話を許してくれた。
『文字を打つより、電話の方が楽で良いですよね』
と。慧は歓喜した。
相手がどういう人間かすら知らない。顔も、性格も知らない相手にここまで執着する事はなかったのに。
電話は慧からした。相手に通話料金をかけさせてはいけないと思ったからだ。
「もしもし、クロ君?」
「はい。クロです。ケイさんで合ってます?」
「はい、ケイです!」
若い声だった。下手したら十代かもしれない。二十八歳のケイとしては、なるべく歳が近い方がいいのだが。
(なんで先に年齢聞かなかったんだろう!?)
「クロ君。これ聞いていいか分からないんだけど」
「はい」
「何歳かな? あ、あの、俺は二十八なんだけどさ」
緊張で声が震える。今まで人間相手に緊張したのは、就活の面接の時くらいだ。
「僕は二十五歳です」
(良かった)
初めての高揚感だ。運命という言葉が嫌いだったのだが、今ばかりは運命ではないかと思えてくる程。
割り切りの肉体関係の相手を探していた筈なのだが、そんな話は一切せずにアニメの話を始めた。
「それでこのキャラがあの声優さんな事にビックリしたんですよね。今までの役と全然違くて」
「うん分かる」
「このアニメの監督が特に好きで、こういう演出って、なかなか出来る人いないなぁって」
慧は頷くばかりだ。本当はそこまで詳しくないのだが、クロの話に頷いて知ったかぶりをしているのだ。
(正直話分かんねぇ。勉強しないと)
だが、次にクロと話す時にはチェックをして話についていけるように努力をした。
その甲斐もあって、掲示板でのやり取りから一ヶ月。ようやくクロが上半身から頭までの写真を撮ってメールに添付して送ってくれたのだ。
クロは一見弱々しい華奢な男だった。
(俺の高校にいたら真っ先に餌食になってたな)
まるで虐めて下さいと言わんばかりの、オドオドとした雰囲気。
自分に自信がなくて写真を送らなかったと想像が出来た。そして、絶対に処女童貞だろうと。
慧はすぐに自分の上半身から上を撮って送る。
『顔は怖がられるけど、中身は優しいからね』
とメッセージ付きで。
すぐにクロから会いたいと返事がきた。
(弱そうだけど可愛いし、精一杯優しくしてあげたら俺の事意識してくれるかな)
クロの外見よりも中身が好きになった。あわよくば付き合いたいという淡い想いを抱いて『俺も会いたいよ』と返した。
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