湿った夏の日の記憶~初体験の相手に再会した~

越智むう

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1章 中学生

9.またこんど

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 彼女は、きょろきょろと風景を眺めていた。剛は、その横顔を見つめた。濡れて重そうなポニーテールの下に視線をずらすと、うなじにぺったりと後れ毛が貼りついていた。そこから視線が外せなくなった。

「昔来たの、やっぱりここだと思う」

 急に顔を向けられて、剛は慌てて海の方を見て、「そっか」と呟いた。
 階段を登りきると、松の木が生えていて、ベンチと自販機があった。
 1時間近く歩いて、階段を登ったせいか汗が出る。剛は額を腕で拭うと、ポケットに手を突っ込んだ。

「あ」

 思わず声を出した。喉が渇いたので、飲み物を買おうかと思ったのに、財布がなかった。

「――何飲む?」

 横からまりんが白い皮の二つ折りの財布を出して、聞いた。

「……コーラ」

「私も炭酸にしよ」

 彼女はちゃりん、と小銭を入れると、ボタンを押した。ガシャン、とペットボトルが落ちてきて、それを取り出すと、剛の手に押し付けた。ひやりとした感触に、「冷たっ」と叫ぶと、まりんはくすくすと笑った。

「いいの?」

「いいよ、今度返してね」

「こんど……」

 言葉を反復している間に、彼女はペットボトルの蓋を開けた。シュワっという炭酸が抜ける音が響く。ごくごくそれを飲む彼女を見ながら、剛も蓋をひねった。

「前は、お兄ちゃんとお母さんと来たんだ」

 まりんは半分くらい飲むと、そう話し始めた。

「お兄さんいるの?」

「うん。今はお父さんと東京にいるけど。名前、何だと思う。私、海でまりんでしょ」

「――山?でまうんてん、はないか」

 あはは、と彼女は笑った。

「空で、そら」

「……すかい、じゃないんだ」

「それだったら、海だったらしーじゃないかな」

 まりんは立ち上がると、空を見上げて傘を閉じた。

「雨、止んだね。ここ、下降りられるの?」

 下の岩場を見ている。
 
「降りてみる?」

 聞くと、笑って「うん」と頷いた。

 雨だったせいか、波打ち際には人がいなかった。ざざーっと波がひいて戻って行く。

「あ、わかめ?」

 閉じた傘で、まりんが波を指さした。腕の長さくらいありそうな、もしゃもしゃした海藻が砂に埋もれいる。彼女はそれを傘の先ですくった。

「重た」

「田中さん、何やってんの」

 近づくと、その傘を渡された。ずしんとした重みが手にかかる。傘の先にはびろんした海藻がぶらさがっていた。一瞬人の頭に生えた長い髪の毛のように見えて、剛はうわ、と言って手を離した。海藻は海の中に落ちて、また砂に埋もれた。それを見ていたまりんは、笑ってから言った。

「まりんで良いよ。みんな、私のこと『まりん』って話すのに、何で直接話すときは『田中さん』なんだろ。ねえ、剛くん」

「え」

 急に名前を呼ばれて、剛は思考が一瞬停止した。足元に勢いよく波がかかる。

「うわ」

 まりんはまた、あははと笑った。

 帰りは疲れたので、バスに乗って帰ることにした。

「ねえ、お母さんと私似てるかな」

 剛が窓際で、彼女が隣に座る。歩いてきた道が流れているのを眺めていると、不意にまりんが言った。剛は、彼女の母親を思い出した。特にぱっちりした目元が似ていると思った。

「――似てると、思う」

 そっか、とまりんはため息をつく。

「お父さん、私がお母さんと似てるから、一緒に住むの嫌だって」

 返事に困っていると、彼女は気を取り直したように、姿勢を直して剛を見つめた。

「今日はありがとね。お母さん、毎週水曜は仕事休みで家にいるんだけど、一緒にいるの嫌でさ。時間潰すのつきあってくれて、嬉しかったよ」

 剛は目線を泳がせた。

「――俺も、楽しかったよ」

 バスを降りる時、彼女に小銭を借りた。それを握ると、強い口調で言った。

「また今度、返すよ」

 家についたのは18時近かった。家に入ると、既にキッチンで母親が夕食の準備をしていて、驚いた顔で剛を見た。

「――あんた、先に帰ったと思ったら家にいないし、制服濡れてるじゃない。何してたの」

「ちょっと出かけてた。着替えてくる」

 ぱたぱたと階段を上がると、部屋に入って服を着替えた。ベッド下の、いつかの兄の雑誌が目に入る。何となく、それを引き出した。

 黒髪のポニーテールの裸の女子高生の漫画が、ヨレた状態になっている。

「……」

 剛は何故か罪悪感に襲われて、そのページを破るとゴミ箱に捨てた。
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