湿った夏の日の記憶~初体験の相手に再会した~

越智むう

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3章 再会

17.それから

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 雨に濡れたせいか、翌日、剛は高熱を出した

「あんた――、昨日の、あのまんま寝たの」

 登校の時間になっても起きられず、ベッドで呻いていると、母親が部屋に入ってきた。ふとんをはがして、前日と変わらないジャージ姿の息子に呆れた声を出した。それから冷や汗をたらしているのに気づき、慌てたように額に手を当てた。

「熱、すごいけど」

 剛はベッドから這い出すと、母親を見た。

「だいじょぶだから、ごめん、学校に、連絡、」

「――病院連れてこうか」

「いい、自分で、行く」

 着替えようと立ち上がって、そのままふらふらと倒れる。母親に車に押し込まれ病院に連れていかれた。後部座席で横になって窓の外の景色を下から見る。情けなさで死にそうだった。

(カッコ悪いなあ)

 病院で解熱剤をもらって飲み、家についてしばらくするころには大分楽になっていた。

「お粥置いとくから。お店の方行くよ。何かあったら電話して」

 そう言って出ていく母親に向かって呻いた。

「ありがと」 

 母親は一瞬黙って、「本当に大丈夫?」と怪訝な顔をして出て行った。
 
(あいつ、高校入って、スマホ買ったのかな)

 自分のスマホを見つめる。まりんに何か連絡をしようかと思ったが、連絡先を知らないことに気づいた。彼女は中学時代、携帯を持っていなかった。

(……、テスト、)

 翌週から期末試験が始まることを思い出して、ベッドから這い出ると、学習机から教科書を取り出した。

(ちゃんと、やらないと)

 情けない気持ちを埋めるために、何か別のことに集中したかった。布団にくるまりながら、時々教科書を読んで後は寝た。

 土曜日には熱が下がって、月曜から登校し水曜まで期末試験を受けた。最終日、午前中で帰宅すると、駅近くの美容院で頭を丸めて坊主にした。そのまま、自転車でまりんの家に向かう。水曜日は母親の真由美は仕事が休みのはずだ。あの後の二人のやり取りはわからなかったが、もう一度きちんとまりんと話がしたいと思った。

 アパートのブザーを鳴らすと、「はい」と声がして真由美が出てきた。彼女は、豪の姿と、その頭を見て、驚いたような顔をしてから、厳しい表情を浮かべた。

「何、――まりんは、いないわよ」

 先に聞きたかったことを言われてしまい、「え」と剛は声を上げた。

「――父親の、おばあちゃんちに、行ってる。あたしの顔見たくないって。夏休みはずっとそっちにいるから」

 それから、と真由美は付け加えた。

「夏休み終わったら、学校の寮に入るから。もう、家に来ないでね」

 ガシャンと大きな音を立てて扉が閉まる。豪は呆然とそこに立ち尽くした。
 寝込んでいた間にいつの間にか梅雨明けした空は晴れていて、蝉のやかましい鳴き声が響いていた。

 それから剛はまりんと会わなかった。中学の同級生は誰も彼女の連絡先を知らなかったし、車の免許が取れたら遊びに行くと言っていた貴文は結局一度も家に来なかった。一度、学校をサボって、電車と徒歩で2時間半かけてまりんの通う高専に行ってみた。そこで、楽しそうに同級生のグループで話している彼女を見つけた。「うみちゃん!」と女子生徒に名前を呼ばれて、まりんは楽しそうに笑っていた。

 『私、今、楽しいから、新しくやり直して』

 彼女の言葉を思い出して、剛はそのまま折り返して帰った。そこには「まりん」はいないし、自分は彼女にとって余計な存在なんだと思った。

 一人で家にいると、気がつくと自慰をしてしまい、終わった後にティッシュを見つめながら虚しい気持ちになった。身体を動かしたほうが良いと思って、テニス部に入った。中学時代に少しやっていたので、意外とすんなり馴染むことができ、気づくと、部活の友達と遊びに行くようになった。2年になる頃に、祖母と母親の噂で、栗田先生が中学校を異動になり引っ越したこと、真由美が同時に引っ越したので、怪しい、というような話を聞いた。

 そのころには、まりんのことをあまり考えないようになっていた。

 高校でサッカーを辞めた兄は、理工系の学部の地元の大学に進学した。父親と母親はこれで何かあったら、電器屋を継いでもらえると嬉しそうだった。もともと理数科目が苦手だった剛は、東京の私大の法学部に進学して、地元を離れた。
 
 大学2年のときに、テニスサークルの後輩と付き合った。初めてできた『彼女』だった。文化祭の打ち上げの後、一人暮らしの家に呼んで、キスをした。服を脱がすと、汗でじっとり肌が湿っていた。ふと、まりんの姿が頭に浮かんだ。

「先輩?」

 後輩は動きを止めた剛に不思議そうな顔を向けた。

(この子は、今どう思ってんだろ)

 急な不安感に襲われて、剛は彼女を見つめて聞いた。

「あの……していい?」

 後輩は怪訝な顔をする。

「――いいですよ」

 スカートの中に手を入れる。彼女はん、と甘い声をあげた。

「気持ち良い?」

 彼女は真顔で剛の顔を見つめると、ぐっと頭を引っ張ってキスをした。
 それでも剛は行為をする時に相手が何を考えているかを確認しないと、不安になるようになってしまった。何度もそうするうちに、彼女はだんだんと不機嫌になっていった。

「大丈夫だって言ってるじゃん」
「なんでいちいち聞くの」

「ごめん」と謝るとむっとした顔のまま「いいけど」と言われた。そんな感じで1年付き合い、結局別れた。

 そのあと社会人になってから付き合った彼女も同じような感じだった。

 就職は、アルバイト先にそのまま就職した。新生活の荷物を運ぶ引っ越し業者の仕事はやりがいを感じたし、新しい家に移動するいろいろな人の表情を見るのが好きだった。

 ***

「たなか、まりん」

 懐かしい名前を呟いた剛は、「え」と顔を上げた彼女を見つめた。しばらく沈黙が流れる。先輩社員が、「田中さん、印鑑かサイン」と繰り返した。

「あ、はい、ごめんなさい」

 まりんは視線を逸らすと、何事もなかったように書類を記入し、部屋の奥へ歩いて行った。

「ええっと、ベッドと、段ボール20箱、これもですか」

 先輩社員がそう言いながら後ろをついて行く。玄関に残された剛はしばらく立ち尽くした。

(――俺のこと、わかってないかな)

 だいぶ経ってるしな、と苦笑した。

「じゃあ運びますね」

 先輩社員が、剛に向かって大声で言った。

「おーい、こっちの荷物頼む」

「了解」

 返事して部屋にあがった。

(2LDK)

 ふと間取りを見る。一人暮らしには広く、家具が少なかった。

 それからいやいや、と頭を振った。自分に何の関係があるだろうか。

 トラックへの積み込みは1時間ちょっとで終わった。
 車を出す。同じ都内の移動なので、移動時間は1時間くらいだった。
 お昼ごろ、新しい家に到着する。そこは、引っ越し前の築浅のマンションに比べ安そうなアパートだった。――彼女がもともと住んでいたような。

「ありがとうございます」

 先についていた彼女は扉を開け出迎えた。和室のこもったような匂いがした。
 思わず、剛は彼女を見た。目を合わせると、まりんは眉間に皺を寄せたが、すぐに表情を戻し、「それはここで」と指示を始めた。

(――今の、絶対俺だってわかってるよな)

 剛は煮え切らない気持ちを感じながら作業を続ける。運び込みは1時間かからずに終わった。

「ありがとうございました」

 彼女はそう言って頭を下げる。剛はまたトラックに乗り込んだ。
 もやもやしたまま、昼食を食べ事務所に戻る。
 
 家に帰ろうと、駐車場に停めた車に乗り込んで、違和感に気づいた。

(あれ? スマホ)

 ポケットに入れておいたはずのスマホがなかった。記憶を呼び戻す。確か、引っ越し先に着いた時にはあったはずだ。

(あそこに、忘れた?)

 自分をちらりと見た、まりんの表情を思い出した。あるいは、彼女が?
 頭を抱える。

(何考えてるんだ、俺は)

 苦笑すると、車のキーを回した。

(とりあえず、取りに行かないと)

 車内はサウナのようになっていて、だらだらと汗が出てくる。車を走らせながら、冷房を強にした。
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