湿った夏の日の記憶~初体験の相手に再会した~

越智むう

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3章 再会

19.彼女の場合(2)

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 中1の終わり、まりんは帰宅途中に車で追いかけてきた教員の栗田に声をかけられた。日中祖父が食事を誤飲して倒れ、ヘルパーが救急車を呼び搬送されたということで、母親から連絡があったと言う。最初は訝しんだが、栗田の携帯から母親の携帯にかけるとつながったので、そのまま車に乗せてもらい病院まで行った。

 祖父は生死の境をさまよったが、何とか一命をとりとめた。

(そのまま死んじゃえば良かったのに)

 まりんは内心そう思ったが、母親が思いの外取り乱していたので何も言わなかった。自分の知る限り、祖父母と母親はここ数年までほとんど連絡をしていないようだったので、母親が心を乱しているのが不思議だった。

 しばらく祖父が入院することになり、2部屋ある和室のうちいつも母親と布団を並べて寝ていた部屋ではなく、祖父のベッドがある広い部屋の方で寝ることにした。

(お祖父ちゃんこのまま帰って来なきゃいいのにな)

 広々とした静かな部屋はいつもよりぐっすり寝れる気がした。その日は母親の帰宅が遅かったので早めに寝た。

「……っ」

 深夜に何かの音で不意に目が覚めた。暗闇に微かな呼吸音が聞こえる。普段寝ている部屋の方だった。静かに襖を開けた。

 布団から出る、4本の足首が目に入った。うち2本は毛が生えていてがっしりして日焼けしており、男の足だとわかった。掛け布団はやたらと丸く膨らんでいて、その先に母親の頭が出ていた。それは、まりんが今まで見たことのない人の表情だった。頬を紅潮させた母親は唇を噛み、身体を震わせながら声を抑えていた。その隙間から吐息の音が漏れていた。暗闇に響く音の正体はそれだった。

 ふとんがもぞもぞと動く。男の顔が見えて、それが栗田だと気づいた。嫌悪感に襲われて、襖をそのまま閉めると、自分の布団に戻ると頭から毛布を被り、耳を押さえた。

(気持ち悪)

 それ以外の言葉は浮かばなかった。結局そのまま寝られず、まだ日の昇りきらないころに、玄関が開く音と、車の発車音を聞いた。

「朝ごはん、何食べる」

 そう言う母親はいつも通りの母親で、昨日生々しい、見たことのない表情を浮かべていた女の姿は感じられなかった。一切口を聞かず登校した。

 知識として、昨日の2人の行為が何をしていたのかはわかった。

(何うちに連れてきてるの。ほんと馬鹿じゃないの)

 栗田とそういうことをするために母親が父親も兄も自分も捨てて出て行ったということが気持ち悪かった。

 自宅に帰ってテレビをつけると、芸能人が40歳で出産したというニュースがやっていた。

(お母さん、35?)

 急に寒気がした。あれをすると子どもができる。確か父親と結婚したのも兄ができたから、でできちゃった結婚だったはずだ。

(できないようにしてる? 弟とか……、妹とか……無理なんだけど……)

 立ち上がると、家計費の入った財布を掴んで自転車をこいだ。

 駅前の薬局でコンドームの棚の前に立った。

(うわ……、こんな種類あるんだ)

 0.01、0.02、極薄、最長時間、

 パッケージの文字を読んで顔が熱くなるのを感じた。適当に数箱掴んで籠に入れレジに持っていく。

 帰ると袋に入れたままリビングの机に放置した。

「これ、何?」

 仕事から帰ってきた母親は、無造作に置かれた薬局の袋を開け黙り込んだ。

「まりん、あんた、昨日」

「――ちゃんと、してよ」

 それだけ言って、奥の部屋に行き扉を閉めた。それ以来、母親が栗田を家に連れてくることはなかったが、棚に収納されたコンドームの箱の中身が時折減っているのに気づいた。

 2年の春先、クラスメイトが自分の噂をこそこそと話しているのを耳にはさんだ。

「まりんが」「栗田と」「薬局で」

 事実が錯綜して、おかしな話になっているらしい。思わず頭に血が上った。自分に話しかける時は「田中さん」なのに、噂をするときだけ「まりん」と呼んでいるのにも腹が立った。

(いちいち見てるとか、どんだけ、暇なのよ)

 その時ふと視線を感じて顔を上げると、あのいつも不機嫌そうなサッカー部のクラスメイトが目に入った。彼は視線を逸らすと、より一層嫌そうな顔をして噂話をしている生徒をじとっとした目で見ていた。

(……剛くん)

 その表情に妙な親近感を感じた。
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