湿った夏の日の記憶~初体験の相手に再会した~

越智むう

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3章 再会

20.彼女の場合(3)

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 まりんが高梨 ごうとよく話すようになったのは梅雨のころからだった。彼とは「何か嫌だ」という空気を共有している気がして、一緒にいて居心地が良かった。それに、今まで砕けた会話をする相手がいなかったので、剛とよく話すようになって自分がどれだけ人との会話を求めていたかがわかった。鏡を見ると以前ほど厳しい表情をしていない自分に気づいた。

 面白いテレビを見たら(これ剛くん見てるかな)と思い、気づけば彼のことを考えていることに気がついた。一緒に海沿いの道を歩きながら話をしていると、このままずっと道が続いててもいいなと思った。

 ただ、彼から「高校」の話が出た時に、頭に暗雲が立ち込めた。

(このまま高校生になるの嫌だな)

 地域の公立高校は普通科は偏差値の高い進学校、それ以外、後は工業高校と商業高校しか選択肢がなかった。中学校の同級生はみんなそれぞれどこかに入る。

 まりんはこの土地の雰囲気が嫌いだった。みんなどこかで繋がっていて、変わったことがあれば噂話をする。PTAか何かで保護者が学校に来ていることがあれば、自分のことを見て『田中さんの』『真由美ちゃんの』と話しているのが聞こえた。

(誰も行かないところに行きたいな)

 進路情報誌で国立の高等専門を見つけた。担任に聞くと、今の中学からは過去10年くらい進学者はいないらしい。ここだったら、誰も行かないかも、と思った。しかも、寮があった。

(家出られるかも)

 そう心が弾んだ一方で、頭にひっかかることもあった。剛の顔が頭にちらついた。彼と同じ学校に行きたいなという気持ちもあった。

 ただ偶然、道で剛の祖母に会ったときに、考えが変わった。

「田中さんのとこの、真由美ちゃんの娘さんだよね」

 ああ、まただ。と思った。ここにいる限り、どこでもその話題がついてくる。剛もそっち側に属していると思った。それに、彼が塾に行き始めたということを知って、もしかして、と思った。

(私に、合わせてる?)

 そういえば、前より熱心に勉強するようになったと思った。確か、進路の話をしてからだったと思う。自分の方が、剛より成績は良かった。

(もしかして、剛くんも一緒の学校行きたいとか、思ってたり)

 そう考えて、嬉しくなって顔が熱くなったが、その後すぐすっとその熱が冷めた。

(私が高専行くって行ったらもしかして、剛くんも受けたりするかな)

 ちょっと調子に乗って考えすぎかと思ったが、それは嫌だという気持ちが嬉しさを押し流す。

(ゼロからやり直したいな)

 今までのことを全部流して、一から、母親や変な噂の絡まない自分だけの生活をやり直したいという思いの方が勝った。それからは、剛に進路を聞かれても、本当の希望先は言わなかった。受験が終わってから、合格通知をもらって解放感を感じた。剛とは距離ができたが、新生活への期待の方が大きかった。

 入試の時から、名前の『海』の漢字の読みを『うみ』に変えた。今までのことを引きずりたくなかったからだ。書類の記入は全部自分でやって母親を関わらせなかったので、気づくことも文句を言われることもなく、そのまま進学した。ただ、「寮に入りたい」と母親に言い出せず、そのまま自宅から通学になった。

 高校生活は順調で楽しかった。友達もできたし、部活にも入り、学校行事にも参加した。

「付き合わない?」

 2学年上の貴文にそう言われたのは、体育祭の打ち上げの後だった。応援団が一緒だったのと、途中まで路線が一緒だったので毎日帰りが一緒になり、よく話すようになったのがきっかけだった。

 貴文は友達にもそれなりに人気があり、そう言われて嬉しくないわけではなかったが、返事が出てこなかった。

「ちょっと、考えさせて、ください」

 しどろもどろそう答えて話を流した。

(だって、付き合うって、そういうことでしょ)

 いつかの布団に入った母親と栗田の姿が頭に浮かんだ。嫌悪感しか浮かんでこなかった。体育祭を機に、友達の中には「彼氏ができた」子もいて、みんな一緒にどこに出かけたという話をしていたり楽しそうだった。

(……え、考えすぎ?)

 自分の感じ方が普通なのかそうでないのか、わからなかった。誰かに意見を求めたかったが、事の経緯を含めて誰かに話すこともできなかった。

(母親が恋人としてるとこ見て……って、ひかれるでしょ)
 
 そうこうしている間も、貴文と帰りが重なることが増え、返事をしないうちに雰囲気だけが良い感じになり、ある日帰り道で手を繋がれた。

「――」

 その瞬間にぞわりとした寒気を感じて、まりんはその手を振り払った。

「……ごめんなさい」

「いや、こっちこそ、ごめんね」

 驚いた顔の貴文に謝ると、気まずそうに目を逸らされた。
 何か、違うと思った。

(じゃあ、誰だったら)

 不意に剛の顔が頭に浮かんだ。顔が熱くなるのを感じた。

(剛くんだったら、いいのかな)

 悶々として家に帰る。遅かったが、まだ母親は帰っていなかった。最近は週に何度か、真由美は夕食を食べないで遅くなることがあった。はっきりとは言わないが、栗田の家に寄ってきているのだと感づいていた。

(……、今してるわけ、)

 嫌悪感の他に、別の気持ちが湧いてくるのを感じた。

(……そんなに、いいの、『それ』って)

 母は、栗田とそれをするために、自分の気持ちなんか考えずに、父親や兄や家族を捨てた。それには、怒りしか湧かなかったが、一方で、母親をそんな馬鹿にした『それ』を知りたいというような、好奇心が湧いた。

 戸棚の奥の、いつか買ったコンドームの箱が目に入った。一枚取り出して、おもむろに破ってみる。薄い、昔どこかで見た水風船のようなものが出てくる。

「なにこれ」

 思わずつぶやいて、つぶれているそれを伸ばした。手になにかべとっとした感触がある。

 びっくりして手を離すと、畳みにでろっと伸びた筒状のゴムが広がった。その長さにさらに息を飲む。

(これ、を、かぶせるんだよね、それに)

 頬を押さえると、たティッシュで掴んで、さらにティッシュで包んでゴミ箱に捨てた。
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