ごりごりの生娘ですけど、悪い女を演じることになりまして。

野地マルテ

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生まれてはじめてのデート

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 デート当日。
 私はロラ先輩が選んでくれた衣装ドレスに身を包んだ。
 髪はゆるやかに結いあげ、お化粧は薄く。
 鏡に映った自分は、自分じゃないみたいだった。

 ──アヴェラルドさん、気に入ってくれるといいなぁ。

 お洒落は思いのほか楽しかった。
 いつもより、ほんの少し綺麗になっただけで心も身体も軽くなる。

 お嬢様が履いてるような白い靴で、オレンジ色に染まった街を歩く。
 まるで自分がペーパーバックの恋愛小説に出てくるヒロインにでもなった気分だ。

 油断していると笑顔が溢れそうになる。いつもとは違う可愛い格好にうきうきしながら待ち合わせ場所へ行くと、すでにアヴェラルドはそこにいた。

 街角に立つ、彼はめちゃくちゃ目立っていた。
 彼を見て、次々に街ゆく女性たちが振り返っている。
 手足が長いすらりとした体躯に、輝かんばかりのさらさらの金髪、それに切長の瞼から覗く碧眼。ただ立っているだけなのに、オーラが凄い。なんだかすごくお高そうな黒い礼服を着ているが、これがびっくりする程似合っていた。
 さすがは皆のアイドル、近衛騎士だと思った。
 ちょっと帰りたい。
 この人の隣に並び立つのは恐れ多い。


「アヴェラルドさんっ」

 声をかけづらいなぁ帰りたいなぁと思いながらも、これは任務だからなぁと怖気づく心をなんとか奮い立たせ、アヴェラルドに声をかける。
 私の姿を一目見たアヴェラルドは、目を細めると、口元を片手で覆った。

 ──まずい……。

 よくない格好をしてきてしまっただろうか。
 自分の足元を見る。
 今日は首まで詰まった薄い水色のドレスに、白いショートブーツを合わせてきた。髪はサイドを軽く編み込んで、後ろでふんわりお団子にした。
 ロラ先輩は『可愛いっ! これなら貴族の女だろうが蹴散らせるわよ!』と言ってくれたが、貴族の女性は蹴散らせても、アヴェラルドが気にいるかどうかは未知数だった。それに今日はまだ、アヴェラルドのお見合い相手には会わない。

 アヴェラルドは額に手を置き、一度天をあおぐと、今度は私の頭の先から脚の先まで、視線を二度ほど往復させた。

「……君は普段、こういう格好をするのか?」
「? しませんよ」

 まったくしない。
 でも、初デートの時はこんな格好をしたいなぁという願望は昔からあった。
 それをロラ先輩に伝えたら、『自分がしたい思った格好が、一番自分が輝くのよ』と教えてくれたのだ。
 水色は少し色黒の自分には似合わないかなと思っていたけど、ロラ先輩は背中を押してくれた。好きな色の服で勝負しろと。


「……そうか、店は予約してある。行こうか」
「はい!」

 ──やった! 文句、言われなかった!

 『着替えて来い』と言われたらどうしようかと思った。これは任務。依頼主の要望には応えないといけない。
 心の中でロラ先輩に感謝した。

「良かったです。怒られたらどうしようかと思いました」
「……怒る? なぜ?」
「アヴェラルドさん、身だしなみに厳しそうですし。今日、何を着ていこうかとても悩んだんです。怒られなくて、ホッとしました」

 安堵で笑みがこぼれる。
 笑いかけたら、アヴェラルドに視線を外されてしまった。

「……怒るなんてとんでもない。今日の格好、と、とても可愛いし、君に似合っていると思う」
「本当ですか? 嬉しいです!」

 ──可愛いって言われちゃった。

 お世辞だろうが、嬉しい。
 任務なのに、こんなに楽しくていいのだろうか。


 ◆


 この後は観劇に行き、二人で食事をした。
 初めて見る劇はとても楽しかった。

「凄かったですね! 舞台装置も! 歌も! 踊りも! あんなにすごいもの、初めて見ました!」

 分厚いステーキにナイフを入れ、肉の切れ端にフォークをぶすりと刺して、ぱくり。じゅわりと口の中に芳醇な肉汁が広がる。こんなに臭みのない、柔らかなお肉を食べるのもはじめてだ。
 楽しい劇を見たあとに、感想を言い合いながら食べる食事は格別だった。

「おいし~……」

 ──幸せ……。

 幸せすぎる。
 まぶたを閉じて、咀嚼する。
 うちの実家の家族にも食べさせてあげたい。

 目の前にいるアヴェラルドも、ステーキの美味しさに感動しているのか嬉しそうだ。
 美味しいものは皆を幸せにするから素晴らしい。

「君は美味しそうに食べるなぁ。見ていて飽きないよ」
「だって、美味しいですもんっ! こんなに美味しいお肉、はじめてです!」
「……他の男とは、こういう店に来ないのか?」
「来ないですねえ」

 今夜のアヴェラルドはやたら、私の男性事情を探るようなことを聞いてくる。
 非番の日は何をしているのか、とか。
 男と出かけるのか、とか。

 正直困る。他の男とか過去の男とか聞かれても、男性と付き合ったことなんかないし、男友達すらいない。
 特務でも、一番仲がいいのはうちのお母さんと同年代のロラ先輩だ。夕飯はだいたいロラ先輩といっしょに詰所でごはんを食べるか、ロラ先輩がいない時は一人で食べる。非番の日は溜まった家事をして、図書館で勉強してる。

 初恋も……。あえて言うならば、相手はアヴェラルドだ。四年前、彼にはじめて逢った時、雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
 こんなにもかっこいい人がこの世にいるのかと。
 私の恋愛事情はたぶん、五歳児以下だと思う。
 だから、あんまり詮索されたくなかった。
 恥ずかしいから。
 

「美味しかった~~! ご馳走さまです」
「良かった。喜んでもらえて」
「はい! 今度は私がごちそうしますねっ!」

 ロラ先輩に今度、美味しいお店を聞こう。

 今夜はあまり、任務の打合せができなかった。私はアヴェラルドのお見合い対策の話がしたかったのに、彼は私の恋愛事情について聞くばかり。
 本当は『誰とも付き合ったことがない、キスもまだ』だと言いたかったけど、言わなかった。特務の人間なのに、処女だと言っても誰も信じてくれないだろうから。

「今夜はありがとうございました!」

 アヴェラルドに向かって、胸に手をあて、騎士の礼をする。
 すると彼は「は?」と低い声で言った。

「もう帰るのか? 本番はこれからなのに」
「本番……?」
「今夜は宿を取った」

 ──やど……?

 すぐにはアヴェラルドが何を言っているのか分からず、キョトンとしてしまったが、ロラ先輩に言われたことを思い出し、ハッとする。
 さっと血の気がひいた。

 ──あっ、そっか……。

 大人は挨拶代わりに宿に行き、性交渉をするらしい。今の私たちは契約とはいえ、一応恋人同士だ。そりゃ、デートをすれば最後にえっちなことだってするだろう。

 ──ううん……でもなぁ。

 悩む。私は閨の経験がない。私とそういう行為をしても、アヴェラルドは気持ちよくなれないかもしれない。

「あんまり気持ちよくなれないかもしれませんけど、いいですか? 鞄に一応、ローションとか入れてきましたけど~」
「だ、出さなくていい、見せなくていい! 今の俺たちは恋人同士なのだから、別に、き、気持ちが良いとかそういうのは関係ないというか……」
「そうですか? でも、頑張りますね!」

 にこりとアヴェラルドに微笑みかけたが、内心は複雑だ。
 アヴェラルドは性欲とは、ちょっと離れた存在だと思っていたから。
 まさか本当に身体を求められるとは思っていなかったのだ。

 ──まだ手も繋いでいないし、交換日記もしていないのに。

 はじめての相手とは、段階を踏んだ付き合いがしたかった。一回目のデートで身体を許さなきゃいけないのは辛い。
 でも、私の歳で、しかも特務部隊所属で、段階を踏んだ付き合いをしたいと願うのは無謀だ。誰もそんなものに付き合ってなどくれないだろう。

「……メニエラ?」
「大丈夫です……」

 ロラ先輩から渡された媚薬だってある。
 それに相手は自分がある程度好きだと思っている人だ。
 私は充分恵まれているじゃないか。

 泣き出しそうになるのを必死で堪える。
 さっきまで、あれだけ楽しい気分だったのに。

 大人の恋は、つらい。
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