【R18・完結】王女メリアローズの決断

野地マルテ

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砦で過ごす、はじめての夜

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 小一時間後、馬車はとりでにたどり着いた。

「エリヴェルト、ツェーザル殿には連絡したのか?」
「はい、魔導通信機を使いました。父は私達の結婚に喜んでいましたよ」

 魔導通信機は、遠くにいる人間と連絡を取る魔道具のことだ。ただ魔力消費が激しく、数秒通話するだけでも魔石がいくつも必要になる。魔導通信機が使われているのは、軍や王族・貴族、裕福な商人ぐらいだ。

 砦は、先程寄った食堂の壁に飾られていた風景画とまったく同じ外観をしていた。そびえ立つ灰色の巨大な建造物にメリアローズは息を呑んだ。飾り気はほぼなく、唯一デカリア王国の国章が刺繍された旗が掲げられているくらいか。
 
「ここは風が強い。中に入りましょうか」
「……はい」

 馬車を降りたメリアローズは、エリヴェルトとサディアスと共に徒歩で砦の門をくぐる。ここは正門ではなく、裏口らしい。門番がいる以外、他の人の姿は見られない。

「……申し訳ございません、裏口を使わせてしまって」

 眉尻を下げたエリヴェルトが、頭を垂れる。

「気にするな。いきなり正門から王族が二人もやってきたら騒ぎになるだろう」
「そうですよ」

 砦の中も無骨な石造りの空間で、床も石畳だった。だが、風が遮られるだけでも暖かく感じる。壁には魔石を使った照明が等間隔に灯されている。
 灰色の廊下を進んでいくと、向かいから熊のように大きな人の姿が見えた。
 毛皮がついた外套をまとったその男の姿に、メリアローズは見覚えがあった。
 現ティンシア領の領主、ツェーザルだ。
 栗色の前髪を後ろに流し、短く整えられた顎髭をたくわえている。毛色こそ違うものの、切れ長の瞼や高い鼻はエリヴェルトのものとよく似ていた。歳は五十近いはずだが、鍛え上げられた身体をしているからか、かなり若々しい。

「父上、ただいま戻りました」
「おかえり。でかしたぞ、息子よ。こんなにも可愛らしい王女様を射止めるとは、やるではないか!」

 がははっとツェーザルは大口を開けて豪快に笑うと、メリアローズに視線を向けた。

「……ティンシアへようこそ、メリアローズ様。ここは年中寒くて暮らすには過酷な土地だが、食の質だけは保証します」
「はい、お昼に食堂で兎肉料理をいただきましたが、頬が落ちるのではないかと思うぐらい美味しかったです」
「そりゃあ、良かった」

 ツェーザルとは、今まで式典の際に四、五回顔を合わせた程度だが、彼はいつも明るく話しかけてくれた。大人の余裕があり、優しく話しやすい。

「……父上、メリアローズ様を口説かないでください」

 メリアローズはいつももっとツェーザルと話したいと思うのだが、何故かエリヴェルトが良い顔をしないのだ。今もずいっと半歩前に出たエリヴェルトは、切れ長の目を吊り上げてツェーザルを睨んでいる。

「おっとすまんな。つい美しい王女様に口が軽くなってしまった」
「……メリアローズ様、お願いですから父上のことを好きにならないでください。父上が渋くてかっこよくて大人の余裕があるのは分かりますが……!」

 エリヴェルトにがしりと両肩を掴まれたメリアローズは、こくこくと頷いた。

「え、ええ……」

 ◆

 あの後、ツェーザルとサディアスは会話を交わし、盛り上がった二人は酒を呑みに行くと言って出かけてしまった。

「……兄がごめんなさい。ツェーザル様はお忙しいのに」
「……私がいない間、父上はこの砦を守っていました。息抜きがしたいのでしょう」

 エリヴェルトの半歩後ろを、メリアローズはついていく。途中、二人の見張りがいる通路に入った。見張り達はエリヴェルトの姿を目にすると、壁に添うように立ち、敬礼した。
 そして案内された部屋は、白い壁紙が張られた明るい空間だった。日当たりが良く、暖かい。調度品はどれもよく手入れされていて品が良かった。床には葡萄ぶどう色の厚手の絨毯が敷かれている。あまり広くはないものの、過ごしやすそうだ。

「どうぞこちらの部屋を使ってください」
「……いいのですか?」
「はい、私が使う予定で改築していたのですが、想像していたよりも可愛らしい空間になってしまって……」

 確かに入った瞬間、女性が使う部屋だと直感的に思った。二重になったカーテンにも花々を模した模様が入っており、可愛らしい。天蓋付きの広々とした寝台も、黄みがかった桃色と白色の幕がかかっていた。

「……ありがとう。素敵なお部屋だわ」

 結婚が決まってからある程度の日にちがあれば、エリヴェルトの『自分が使う予定だった』との言葉が嘘ではないかと疑ったが、今回の輿入れはメリアローズがエリヴェルトに求婚してからまだ五日ほどしか経っていない。
 彼は、本当にこの部屋を自分が使うつもりだったのだろう。装飾が殆どない砦内は厳つい雰囲気で、どこまでも灰色の空間が続く。明るい部屋で過ごしたいと願うのは当然のことだ。
 こんなに素敵な部屋を譲ってくれたエリヴェルトに感謝するのと同時に、彼はどこで過ごすのだろうかと気になった。

「エリヴェルト将軍のお部屋はどちらですか?」

 部屋には三つ扉があった。廊下側に続く扉と、あと二つ。片側の扉には、水まわり設備を表す札がかかっている。では、あともう一つは?

「……ああ、すぐ隣になります」

 エリヴェルトは何の札もかかっていない扉を開いた。
 メリアローズは小さな声で「おじゃまします」と言うと、おずおずと彼の部屋に足を踏み入れる。
 エリヴェルトの部屋は、赤茶色の内装材が使われた重厚感のある空間だった。天井まで高さのある本棚にはびっしりと本が詰められていて、勉強机らしい机にも、備え付けの小さな本棚に本が入れられている。
 大きな寝台のすぐ脇にも、腰高の本棚があった。

「本がお好きなのね」
「……はい。兵法や経済、歴史の本もちゃんと読んでるんですが、どうしても冒険譚には昔から目がなくて……商人が王都から新刊を持ってくると、つい買ってしまいます」

 頭を掻きながら、照れくさそうに笑うエリヴェルトは可愛らしい。
 
「冒険譚……楽しそうですね」
「良かったらお貸ししますよ」

 同じ本を読み、感想を言い合う姿を想像するだけでも胸の中が暖かくなってくるから不思議だ。

 この後、部屋にメリアローズの荷物が運びこまれ、荷解きをしている間に日が暮れた。

 
 夕食の準備ができたとエリヴェルトに声をかけられ、移動する。領主家の人間が使用する食堂は、天井に小ぶりなシャンデリアが輝く老舗の高級レストランのような佇まいだった。飴色の壁に床には分厚い絨毯が敷き詰められている。砦内にある空間とはとても思えない。
 豪華なフルコースが出てきそうな雰囲気に、メリアローズは胃を摩る。昼は食堂でしっかり食べたので、あまりお腹は空いていないのだ。
 だが食堂の雰囲気とは裏腹に、出てきたメニューは食べやすいものだった。ささみ肉と根菜のシチューに、チーズをのせた薄切りパン。優しい味のする温かなシチューが、移動疲れをした身体に沁みた。
 
「メリアローズ様、これを……」

 食堂から部屋に戻り、自室の扉を開けようとしたメリアローズに、エリヴェルトはあるものを握らせた。
 それは鍵だった。

「これは……」
「こちらはメリアローズ様の部屋から、私の部屋へ続く扉の鍵です。防犯のため、予備の鍵はありませんので無くさないようにご注意くださいね」

 メリアローズは瞬きを繰り返す。何故、夫婦の部屋を繋ぐ扉の鍵をかけなければならないのか。
 すでに戸籍上では、エリヴェルトとは夫婦になっている。婚礼の式は明日の午後に行う予定だ。
 二人の間に今夜何が起こったとしても、問題はないはずだ。

「……鍵は、今持っている廊下側のものだけで結構ですわ」

 夫婦の部屋を繋ぐ扉の鍵を、エリヴェルトの手に再び握らせた。

「しかし……」
「私は……その、エリヴェルト将軍と男女の関係に、なりたいと思っています」

 医法士として働くメリアローズは、男女の関係についてそれなりに詳しかった。世間的には差別されがちな高級娼婦達を診ることも多かった彼女は耳年増だ。治癒魔法だけでなく性的な行為でも、エリヴェルトを癒したいと思っている。
 だが……

(今の発言ははしたなかったかしら……)

 自分から、身体の関係を持ちたいと言うなんて。王女らしくなかったかもしれない。しかし、もう後には引けない。

「そ、そういうことですから……! おやすみなさいっ」

 メリアローズは俯くと、扉を開き、自分の部屋に急いで入っていった。

 ◆

 湯浴みをすませたメリアローズは、寝台に入った。胸を高鳴らせながらエリヴェルトの来訪を待ったが、待てど暮らせど彼はやってこない。
 メリアローズ的には、今夜誘ったつもりで男女の仲になりたいと言ったのだが、真面目なエリヴェルトは本気にしなかったのだろうか。

(……仕方ないですね)

 むくりと起き上がると、くすんだ波打つ金髪を掻き上げた。
 今夜のメリアローズは、エリヴェルトとの初めての夜を盛り上げようと、王都から持参した扇情的な寝衣に身を包んでいる。乳房とお腹と腰まわりを隠す僅かな布があるだけの薄くて白い寝衣で、太腿は丸出しだった。下は何も穿いていない。

 夜は特に冷えたが、メリアローズは寝衣の他に何もまとうことなく、エリヴェルトの部屋に向かった。
 こんこんと扉をノックするものの、返事はない。
 そっと扉を開け中を覗くと、室内は薄暗くなっている。寝台の脇にある手元灯のみが微かな光を放ち、あたりをぼんやり照らしていた。
 寝台の中央が盛り上がっている。エリヴェルトは仰向けで眠っていた。

(……私とまぐわうのは嫌だったのかしら)

 それなりに若くさえあれば、性行為の相手にこだわらない男性は少なくないと聞くが、エリヴェルトは違うのだろう。
 だが、エリヴェルトはティンシア領を治める領主の嫡男だ。彼には跡継ぎが必要だ。いつかは妻であるメリアローズと関係を持たねばならない。

(ここで怯んじゃだめよ、メリアローズ……)

 メリアローズは再び気持ちを奮い立たせると、布団を捲った。エリヴェルトはボタンが等間隔に縦についた、ゆったりとしたシャツを着ていた。そのボタンを震える手で一つ一つ外す。医法士として、患者の脱ぎ着を手伝うこともあった。気を失った人の衣服を脱がすことなど造作ないはずなのに、まるで研修生の頃のように緊張した。

 魔導列車の中では、シャツ越しに治癒を行った。だから、メリアローズは今はじめて、彼の裸体を目にした。
 シャツの上から見ても逞しい身体だと分かっていたが、想像していた以上に鍛えぬかれている。全体的に至るところがぼこりと盛り上がっていて、特に胸板は大きく膨らんでいる。腹筋は六つどころか八つに割れていた。

「すごい身体……」

 思わず独り言が洩れる。

 胸元をはだけられて寒いはずなのに、エリヴェルトの瞼は閉じられたままで、健やかな寝息を立てていた。
 彼は軍人で、日頃から戦いに身を投じている。そういう人は眠りが浅いことが多い。それなのに、彼はぐっすり眠っているように見える。
 もしかしたら、睡眠薬か魔法の力で無理やり眠っているのかもしれない。

(今夜のエリヴェルトはそう簡単には目を覚さない……なら)

 もう少しだけ、踏み込んだ行為をしてもいいのかもしれない──そう考え、ごくりとメリアローズは喉を鳴らす。
 エリヴェルトの腰のあたりに跨ると、身を屈める。額に落ちた髪を掬い耳にかけると、メリアローズは彼の胸元に顔を埋め、乳頭を恐る恐る舐めた。びくりと一瞬だけエリヴェルトの身体が跳ねたような気がしたが、起き出す気配はない。
 今度は乳頭を押しつぶすようにねっとり舌を這わせる。すると、彼の口から吐息のような声が洩れた。

(エリヴェルト……感じてる?)

 ぞくり、とメリアローズの背に今までに感じたことのないものが這い上がってくる。これは背徳感か、それとも快感か。嬉しいとか楽しいとか、そんな明るい感情ではない。仄暗いけれど、癖になりそうな感覚だった。
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