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揺れる瞳
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「……アウナス将軍の元へ嫁ぐことになったと、兄から聞きました」
「はい……」
アルベルタを砦内にある中庭に呼び出した。
夕刻近いというのに、中庭には昨日よりもずっと暖かで穏やかな風が吹いているような気がする。
「……アウナスのことは、ずっと心にありました。ですが、彼は敵だと、愛したひとは失ってしまったと、必死に思いこもうとしておりました。今更……」
あの颯爽としたアルベルタの、ルビーのような瞳が揺れていた。その発言からも、彼女の気持ちに整理がついていないことはありありと伝わってくる。
「でも、好きなのでしょう?」
「……前回の婚約破棄からもう十年です。彼は変わってしまったかもしれない。結婚しても、うまくやっていけるかどうか……」
アルベルタとアウナスは、ずっと国境を挟んで争う立場にいた。いくら心の中でお互いに想っていたとしても、気持ちを切り替えるのは難しいかもしれない。
だが、エリヴェルトに素直な気持ちをぶつけろと言ってくれたのは他ならぬアルベルタだ。
「あなたは私に言ってくれたではないですか、エリヴェルトに気持ちを伝えろと」
「申し訳ございません……出過ぎた発言をしました」
「そんなことはありませんわ。私、すごく励まされたもの。出過ぎた発言なんかじゃありません」
結局、昨日の晩にアウナスが攻めてきたので自分の気持ちをエリヴェルトに伝えることができなかったが、今夜にでも伝えようと考えている。
「メリアローズ様……。そうですよね……失くしたと考えていた相手と結ばれる機会が巡ってきたのです。こんな僥倖なことないですよね」
「そうですわ」
「ありがとうございます。私、アウナスに今度こそ自分の気持ちを伝えようと思います」
アルベルタは顔を上げる。その瞳には力が宿っていた。
(きっと、アルベルタさんとアウナス将軍は上手くいくでしょうね……)
クーリア山の頂を削った際、アルベルタはラントの民を気遣うような発言をしていた。アルベルタは軍人で、エリヴェルトの副官だった。敵対する土地の人間を気遣う発言は、自軍の士気を下げかねない。
一方アウナスも、敵対する軍の副官であるアルベルタを助けたいなどと言っていた。将としてあるまじき発言だ。
(……お二人とも、似たもの同士ですもの)
軍人としての立場よりも、愛する人のことを第一に考え、口にしてしまう──お似合いの二人だと思った。
◆
「……申し訳ない。バタバタしていて、君と話す時間が取れなかった」
夜、就寝時間をずいぶんと過ぎてからエリヴェルトは自室に戻ってきた。
「いいんですよ。気にしないでください」
エリヴェルトは大忙しだった。食事の時間中も各所への対応に追われていたのだ。
「殿下が無事ラントからお戻りになられて良かった。私も行くと何度も申し上げたのだが……」
肩を落とす彼に、メリアローズは首を横に振った。
「お兄様は転移魔法が使えますから、何かあった時も一人のほうが良かったのでしょう」
「……それでも、無責任だったな」
短く息をはくエリヴェルトの表情からは、疲労感が滲み出ている。
今夜のところは話をせず、このまま休んだほうがいいだろう。
「あまりご自分を責めないで。さぁ、休みましょう」
「頭を動かしすぎて眠れそうにないな……」
「魔法をかけましょうか?」
「いや、……少し、話をしてくれると助かる」
考え事をしすぎたり、忙しすぎると逆に眠れなくなる気持ちは分かる。メリアローズもそうだった。疲れているのに、目は冴えるのだ。
二人は寝台に並んで座る。
「ここに来たばかりだというのに、慌ただしい日々を過ごさせてしまってすまない」
「謝らないでください。それに良い方向に転んで良かったではないですか」
かなり力技だったが、とメリアローズは心の中で苦笑いする。
(アルベルタさんやアウナス将軍を脅したのはやりすぎでしたね……)
急にラントの軍勢に攻め込まれそうになって、エリヴェルトに王都へ行くように言われて。煮え滾るような思いに支配され、思考能力が低下していたとはいえ、さすがにあれはやり過ぎだった。
(まるで私、暴君か魔王のようでしたわ……)
あんな姿をエリヴェルトにもしも見られていたら、と考えるだけで冷や汗が出そうだ。
「はい……」
アルベルタを砦内にある中庭に呼び出した。
夕刻近いというのに、中庭には昨日よりもずっと暖かで穏やかな風が吹いているような気がする。
「……アウナスのことは、ずっと心にありました。ですが、彼は敵だと、愛したひとは失ってしまったと、必死に思いこもうとしておりました。今更……」
あの颯爽としたアルベルタの、ルビーのような瞳が揺れていた。その発言からも、彼女の気持ちに整理がついていないことはありありと伝わってくる。
「でも、好きなのでしょう?」
「……前回の婚約破棄からもう十年です。彼は変わってしまったかもしれない。結婚しても、うまくやっていけるかどうか……」
アルベルタとアウナスは、ずっと国境を挟んで争う立場にいた。いくら心の中でお互いに想っていたとしても、気持ちを切り替えるのは難しいかもしれない。
だが、エリヴェルトに素直な気持ちをぶつけろと言ってくれたのは他ならぬアルベルタだ。
「あなたは私に言ってくれたではないですか、エリヴェルトに気持ちを伝えろと」
「申し訳ございません……出過ぎた発言をしました」
「そんなことはありませんわ。私、すごく励まされたもの。出過ぎた発言なんかじゃありません」
結局、昨日の晩にアウナスが攻めてきたので自分の気持ちをエリヴェルトに伝えることができなかったが、今夜にでも伝えようと考えている。
「メリアローズ様……。そうですよね……失くしたと考えていた相手と結ばれる機会が巡ってきたのです。こんな僥倖なことないですよね」
「そうですわ」
「ありがとうございます。私、アウナスに今度こそ自分の気持ちを伝えようと思います」
アルベルタは顔を上げる。その瞳には力が宿っていた。
(きっと、アルベルタさんとアウナス将軍は上手くいくでしょうね……)
クーリア山の頂を削った際、アルベルタはラントの民を気遣うような発言をしていた。アルベルタは軍人で、エリヴェルトの副官だった。敵対する土地の人間を気遣う発言は、自軍の士気を下げかねない。
一方アウナスも、敵対する軍の副官であるアルベルタを助けたいなどと言っていた。将としてあるまじき発言だ。
(……お二人とも、似たもの同士ですもの)
軍人としての立場よりも、愛する人のことを第一に考え、口にしてしまう──お似合いの二人だと思った。
◆
「……申し訳ない。バタバタしていて、君と話す時間が取れなかった」
夜、就寝時間をずいぶんと過ぎてからエリヴェルトは自室に戻ってきた。
「いいんですよ。気にしないでください」
エリヴェルトは大忙しだった。食事の時間中も各所への対応に追われていたのだ。
「殿下が無事ラントからお戻りになられて良かった。私も行くと何度も申し上げたのだが……」
肩を落とす彼に、メリアローズは首を横に振った。
「お兄様は転移魔法が使えますから、何かあった時も一人のほうが良かったのでしょう」
「……それでも、無責任だったな」
短く息をはくエリヴェルトの表情からは、疲労感が滲み出ている。
今夜のところは話をせず、このまま休んだほうがいいだろう。
「あまりご自分を責めないで。さぁ、休みましょう」
「頭を動かしすぎて眠れそうにないな……」
「魔法をかけましょうか?」
「いや、……少し、話をしてくれると助かる」
考え事をしすぎたり、忙しすぎると逆に眠れなくなる気持ちは分かる。メリアローズもそうだった。疲れているのに、目は冴えるのだ。
二人は寝台に並んで座る。
「ここに来たばかりだというのに、慌ただしい日々を過ごさせてしまってすまない」
「謝らないでください。それに良い方向に転んで良かったではないですか」
かなり力技だったが、とメリアローズは心の中で苦笑いする。
(アルベルタさんやアウナス将軍を脅したのはやりすぎでしたね……)
急にラントの軍勢に攻め込まれそうになって、エリヴェルトに王都へ行くように言われて。煮え滾るような思いに支配され、思考能力が低下していたとはいえ、さすがにあれはやり過ぎだった。
(まるで私、暴君か魔王のようでしたわ……)
あんな姿をエリヴェルトにもしも見られていたら、と考えるだけで冷や汗が出そうだ。
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