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しおりを挟む「家督を放棄してきたぞっ、マリヴェル!」
あれから数日後。
ばっさばさと金髪と紙束をなびかせながら、走り寄ってくるのはロレシオだった。満面の笑みにこちらもつられて微笑みそうになるが、彼の発言にスンッと真顔になる。
「げっ、本当に放棄したんですか……? モンシプールの家督を……?」
「ああ! マリヴェルと結ばれたいと言ったら、父上はすぐに許してくれたぞ! 七年間、屋敷に帰らなかった努力が身を結んだな!」
それは努力というのだろうか? なんか違うような気がしたが、これで彼と結婚できる第一歩を踏み出せたかと思うと、嬉しく思う自分に嫌悪した。
──私はロレシオばかりに負担を強いて、最低の女だわ。
「どうした? よろこんでくれて良いのだぞ? 私とてモンシプール家は継ぎたくなかったからな」
「うちの、モルガンを継ぐのはいいのですか?」
「もちろんさ! 君のご両親のことは好きだし、ステファンの夢も応援している! ぜひ私を婿にしてほしい!」
……なんか不安になってきた。ロレシオは剣の腕だけでなく学問も優秀だ。バカではない。でも何となく商才はないような気がするのだ。
モルガンは資源に恵まれた領土ではない。領主の類い稀なる商才で豊かになった領だった。
──ロレシオが継いだら、私も手伝わないとダメよね。
きっと、いやおそらく、彼一人では没落するだろう。彼は貴族の生まれにしてはバカ正直すぎるからだ。
もちろん、そこが彼の良いところでもあるのだが。
「さあ、君の両親を説得しにいこう! マリヴェル!」
私の手を取り、目をらんらんとさせる彼の表情には一点の曇りもない。
「ところでロレシオ」
「なんだい?」
「あの日、私に押させた婚姻届はどうしたのですか? 役所に出すって」
私と結婚するだけなら、とっとと届を出せばいいだけの話である。
「ああ、これは君のご両親に許しを貰ってから出そうと思って。君だって、ご両親に祝福して貰いたいだろう?」
ロレシオは肩下げ鞄の中から、私があの日母印を押した証書を取り出した。
「次の日に役所へ出すと言ったのは、その、いきおいだ。不安にさせて悪かった」
「不安だなんて……べつに」
「子どもが出来るようなこともしていないし、安心してくれ」
「こっ……!」
昼間っから生々しい話をしないで欲しかった。あの日からなんとなく気恥ずかしくて、ロレシオの顔を見るのも恥ずかしいのだ。色々触られたのは確かなのだが、いまいち私は覚えていない。
「もー! 昼間っからそんな話はやめてください! 私は覚えてないんですから!」
「すまない、あまりにもマリヴェルが可愛くて、夢みたいな時間だったから」
今まで言えなかった分、たくさん好きだ好きだと言ってしまった……ような記憶はうっすらあった。ロレシオからも、好きだと言われて、嬉しくて、わんわん泣いていたような気がする。
私をみつめる、ロレシオの青の瞳はどこまでも優しい。
この人はどうしてこんなに私によくしてくれるのか、私のために犠牲になってくれようとするのだろうか?
私は彼のために何の努力もしていないのに。
「ロレシオは、何をされたら嬉しいですか?」
「うん?」
「私、あなたに返せるものがないんです」
私は彼のために何もがんばっていないのに、彼は私のために何もかもを捨てようとしている。うちの家督を継いだら騎士もやめるだろう。あんなに苦労をして近衛になったのに。
「フェアじゃないのが、不安なんです」
「そうか?」
俯いた私の頭上から、心底理解ができないと言わんばかりの声がふりそそぐ。
「マリヴェルのほうこそ、私の犠牲になっている! ずっとモンシプール家と私を取り持ってくれていただろう?」
「あ、あれは、私のドレス商の仕事の都合もあって」
「それでも大変だったはずだ。うちの母はとにかく人との距離が近い人だからな。すまなかった、マリヴェル……私のせいだ」
「ロレシオ……」
「私がなんとか、うちの母を経由しなくてもドレスが売れるようにしよう。近衛を七年もやっていたおかげで王族にもコネが出来たんだ」
「ほ、ほんとうですか?」
「私がうそを言うものか!」
ロレシオはただでさえぶ厚い胸を張る。ふんすと息をはき、依頼状を何通も私に渡してくれた。
「マリヴェルのドレスは人気だからな。私がマリヴェルの婚約者だというと、皆こぞってドレスが欲しいと言ってきたぞ!」
ロレシオの七年間に及ぶ王城勤めは伊達では無かった。実直なロレシオはとにかく人望があった。彼を信用し、私のドレスを買いたいと言ってくれる騎士の奥方や王族がたくさん現れたのだ。
結局、ロレシオは私と結婚し、モルガン家の婿になっても騎士をやめなかった。というか、うちの両親がやめさせなかった。近衛は毎日のように城に行けるので、その特権を手放すなとうちの父が言ったのだ。
結論から言うと、私とロレシオは結婚しても何ら生活が変わらなかったのである。
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