【R18・完結】私、旦那様の心の声が聞こえます。

野地マルテ

文字の大きさ
11 / 11
結婚九年目の真実

結婚九年目の真実

しおりを挟む


「父は感情を表に出さない人だった。私は幼い頃から父が苦手でね……。父は口数も少なくて何を考えているのかまったく分からなかった。母が父との関係に悩んだ気持ちはよく分かる」
「そうだったのですか」
「あれだ、あのアカシアの木だ」

 すっかり夜もふけているが、今夜は満月。ランタンがなくとも問題なく、渡り廊下を歩くことが出来た。
 ウィンストゲンが指差した先には、秋にも花をつけるアカシアの木があった。
 かつて、ウィンストゲンの甥のボンブと一緒に花輪を作った、思い出の木。
 ボンブはあれから件の令嬢と結婚し、今では一児の父親だ。

「このアカシアの木に、魔術が施されているのですか?」
「ああ、母の日記を見るまでは、この木は父が母のために外国から取り寄せたものだと思っていた。母自身もそう言っていたからな。だが、この木は魔導師が魔術を施した特別なものだ。……この家の当主の考えが、声になって妻の耳に聞こえるという術式が込められているのだそうだ」
「そんな……。では、この木をそのままにしていたら、今度はノールの心の声が、将来奥さんになる人に聞こえてしまうのですか?」
「可能性は高いだろうな。事実、私の考えは君に筒抜けなのだろう?」
「そうですね……」

 ヒヨコ色の可愛らしい花をつける木だと思っていたのに。まさかそんな魔術が込められていたとは。
 この国では魔術は一般的ではない。特に今は魔術よりも便利な物が溢れていて、特別な素養が必要な魔術をわざわざ習得しようとする人間は殆どいなかった。
 チェチナが自分に起こった現象を即座に魔術と結びつけることが出来なかったのも、無理もないことだった。

 《私の考え……心の声か。心の声が聞こえることを相談して欲しかったが、難しいだろうな。私がチェチナの立場だったとしても、何でもないふりをしたかもしれない。私がもっと早くにチェチナの異変に気がつくべきだった》

「すまない、チェチナ。もっと早くに、君の異変に気がつくことが出来ていたら良かったのだが。……辛かっただろう」

 《私は当初、この結婚にのり気では無かった。チェチナはまだ年若くて、彼女を一人の女性として愛する未来が見えていなかった……。チェチナは結婚初日から、私の心の声が聞こえていたという。私の本音を知って、さぞや辛い思いをしたのでは》

 チェチナはウィンストゲンの心の声を聞いて首を横に振る。彼はどこまでも思慮深く、優しい人だった。普通、考えていることが筒抜けだったと知ったら、そのことを知らせなかった伴侶を責めるだろう。

「そんなことはありません。あなたが、ご自分を責めるようなことを考えていて、悲しく思ったことはありますが……。心の声が聞こえるおかげで、助けられたことも多かったです」

 ウィンストゲンの心の声に助けられたことはたくさんあった。舞踏会の日、どれだけ匂わせ女がやってきてもチェチナが平然としていられたのは、あの心の声のおかげだった。
 結婚してから数年は女性達にやっかまれることも多かったが、気にせずにいられたのは確実に心の声の力だ。

 もしもウィンストゲンの心の声が聞こえていなかったら、チェチナは彼の女性関係を勘ぐり、気に病んでいたかもしれない。彼の不貞さえ疑ったかもしれない。

「そうなのか? 自分で言うのもあれだが、私は自分の考えに反したことも口にしている。君が人間不信に陥っていないか心配だ」
「以前のあなたは確かに、優しい嘘をたくさんつかれていたと思います。でも、私は……私のために嘘をついてくれたことに今は感謝していますよ」
「チェチナ……」
「本当に申し訳ございません。何も言わなくて」
「いいんだ。私が君の立場でも言えなかったと思う。私の本音が聞こえていても、私を支え続けてくれてありがとう」

 ウィンストゲンはチェチナの肩を掴むと、そのまま抱き寄せた。



 ◆



「アカシアの木はどうされるのですか?」
「魔術が込められている木だ。魔術師を呼んできちんと処分しようと思う。……思い出深い木だから無くしてしまうのは寂しいが」
「そうですね。でも、仕方がありませんわ」

 心の声が聞こえるとウィンストゲンにバレてしまった今、出来るだけ早くアカシアの木を処分したほうがいいだろう。
 このままにしていては、精神衛生上、良くないとチェチナは思う。
 もしも逆の立場だったらと考えると、かなり辛い。

「さあ、もう寝室へ戻ろう。夜更けにこんなところまで連れて来て悪かった」

 ウィンストゲンから差し出された手を、チェチナはやんわり握った。
 新婚当初からずっと一人で抱えていた秘密が、やっと解消される。胸のあたりがすうっと軽くなるのを感じるが、同時に、寂しさも広がる。

 (もう、ウィンストゲン様の心の声が聞こえなくなってしまうのね)

 あんなに、愛していると言ってくれていたあの声。
 ウィンストゲンは普段、愛の言葉をあまり口にしない。もちろん、妻として冷遇されているわけではないし、言葉の端々から愛が伝わってくることもあるが、直接的なことは彼は言わない。
 
「ウィンストゲン様」
「何だ?」
「これからは、その口で『愛してる』って言ってくださいね?」
「……心の声は言っていたのか? 『愛してる』と」
「ええ、それはもう」

 ウィンストゲンは空いている方の手で、口許を覆う。暗くてよく見えないが、照れているらしい。

「今からベッドの上でたくさん言ってやる」
「あら、楽しみですわ」

 チェチナの明るい笑い声が、夜間の廊下に響く。

 この十日後、アカシアの木は無くなり、チェチナはウィンストゲンの心の声を聞くことが出来なくなったが、この夫婦が末長く仲良くやっていったのは言うまでもない。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜

あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ヤンデレ王子に鉄槌を

ましろ
恋愛
私がサフィア王子と婚約したのは7歳のとき。彼は13歳だった。 ……あれ、変態? そう、ただいま走馬灯がかけ巡っておりました。だって人生最大のピンチだったから。 「愛しいアリアネル。君が他の男を見つめるなんて許せない」 そう。殿下がヤンデレ……いえ、病んでる発言をして部屋に鍵を掛け、私をベッドに押し倒したから! 「君は僕だけのものだ」 いやいやいやいや。私は私のものですよ! 何とか救いを求めて脳内がフル稼働したらどうやら現世だけでは足りずに前世まで漁くってしまったみたいです。 逃げられるか、私っ! ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...