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3 評議会
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結局、次の日の朝までアレックス王が寝所に訪れることはなかった。
内心ほっとした。お互いに想い合っているわけではないし、この結婚も形だけのもの。
わたしに対する嫌がらせとして、乱暴されることも覚悟はしていたのだけれど。
ひとりで身支度を済ませ、部屋の外へ。
城壁の上から城下を見下ろしているアレックス王の姿を見つけた。
少し悩んだが、近づいてみる。
「おい、それ以上近づくな」
アレックス王はわたしの気配に気づいたのか、振り向いてそう警告する。
なにをそこまで警戒しているのか。昨夜の行動といい、意味不明なことが多すぎる。
それに随分とやつれているようだ。
もともと色白な顔だが、今朝は蒼白といっていいほどの白さだった。
「お顔色が優れぬようですが」
「気にするな。朝はたいがい、こんなものだ」
「人を呼んできましょうか」
「余計なことをするな。このままでいい。おい、近づくなと言ってるだろう」
様子を窺おうとして一歩踏み出したわたしに対し、語気を強めるアレックス王。
いくら形だけの夫婦とはいえ、そこまで邪険にされる覚えはない。
「まるで汚らわしいモノにでも対する言い方ですね。昨夜、寝室に来なかったのもそれが原因ですか。小国出身の王女など抱くにも値しないと」
わたしがそう聞くと、アレックス王は城壁にもたれながらいやらしく笑った。
「なんだ。そうして欲しかったのか? 見た目と違って好きものなんだな、貴様」
「違います!」
怒りに打ち震えながら踵を返す。
なんて人だ。ほんの少しでも心配して損をした気分だった。
わたしは自室へ戻り、鍵を閉めた。
もうここで閉じこもってしまいたい。
しばらくしてノックの音。アレックス王だろうか。
「王妃殿下。今日より専属の侍女としてお仕えする者です。ご挨拶にうかがいました」
扉の向こうから女性の声。専属の侍女……?
アレックス王にそう命じられているのか。それにしてもどこかで聞いたことのある声。
わたしは鍵を開けて中へ侍女を招き入れる。
美しいブロンドのショートカット。
少女は深くお辞儀をして、わたしと目を合わせる。
「あなたは──ジェシカ⁉」
アレックス王に謁見した後に連れ出されたブリジェンドの王女。
無事かどうかも分からなくて心配していた彼女が、侍女の格好をしてわたしの前に。それにその髪は。
「侍女となったからには邪魔だと切られました。命が取られなかっただけでも良かったと思うべきでしょうね」
自嘲するように笑い、自分の髪を触るジェシカ。
「他国の王族を侍女扱いするなんて。許せない。抗議してきます」
わたしが憤慨して部屋から出ようとすると、ジェシカは慌てて止めてきた。
「ちょ、ちょっと。余計なことはしないでください。あのアレックス王を怒らせるようなことになったら今度こそ命がありません。あなたはうまく取り入って王妃になったからいいだろうけど」
「取り入ったわけではありません。あの方が勝手に決められたことです」
「同じことですよ。ともかく、余計なことは言わなくていいです。王妃付きの侍女というだけでも幸運なんですから」
そう言われ、わたしはアレックス王への抗議は諦める。
たしかにあの横暴で気分屋のアレックス王の機嫌を損ねて、ジェシカがこれ以上の不当な扱いを受けることになったら困る。
「わかりました。でも、ジェシカ」
「なんでしょうか。王妃殿下」
「その、かしこまった話し方はやめてください。以前と同じように話してもらえませんか」
「できません。今のわたしは侍女ですので」
プイとすねたように横を向くジェシカ。
わたしはお願い、せめてふたりだけの時だけでもと頼むと、ようやくうなずいてくれた。
「……わかったわよ。ふたりだけの時は普通に話す。ここでの味方はアンタしかいないんだからね」
「それはわたしも同じです。あなたがいてくれるだけでもどれだけ心強いか」
本心からそう思った。ジェシカとも会ってから日が浅いが、同じような境遇でここへ来たのだから。
自分は王妃。ジェシカは侍女としての立場があるが、ふたりで話す機会は少なくないはずだ。
「それにしてもアレックス王の様子がおかしいのですが」
わたしは結婚してからのアレックスの奇妙な行動についてジェシカに聞いてみる。
ジェシカも首を傾げながらうーん、と考え込む。
「たしかにおかしいわね。王様なのに近辺に人を寄せつけないし、自分の事は全部自分でやるって噂だわ。着替えとか食事とか」
「それほど他人を信用してないということかでしょうか?」
「どうかな? たしかにあんな性格じゃ命を狙われてもおかしくないけど」
ここまで話したとき、再びノックの音。
「王妃殿下。陛下がお呼びです。評議会に参加せよとの事です。すぐにお越しください」
兵か召使いのひとりだったのだろう。それだけ告げて去っていった。
「評議会? わたしが?」
国の政務についての報告や話し合い。王妃が参加してはならないというわけではないが、新参者である自分が早速呼ばれるとは思ってもみなかった。
「なんか怪しいわね。気をつけなさいよ、レイラ」
「ええ、何か企んでいるのでしょうが」
ジェシカに言われずとも、あのアレックス王がよからぬ事を考えているのは分かる。
ジェシカと別れ、わたしは評議室のほうへ。
室内にはアレックス王が最奥の席に座り、円状に大臣級の廷臣たちが席に着いていた。
やはりここでもアレックス王は他者とはかなり距離を取っている。
王妃ならば王の隣にでも座ろうと思ったけれど、近くに席はない。
仕方なく適当に空いている席へと腰かけた。
「それでは全員揃いましたので、午前の評議会を開始致します」
大臣がそう告げて、まず様々な報告事項をアレックス王へ伝える。
アレックス王の顔の血色はだいぶ良くなっていた。
今は退屈そうに頬杖つきながら報告を聞いている。
国内の大まかな財政の支出や収入。作物の実り具合や収穫高の予想。
発生した犯罪や大きな裁判の結果など。
「タムワース公はまだ招聘に応じぬか」
報告の途中でアレックス王が機嫌悪そうに質問する。
大臣が慌てながら関係ある書類をあさり、それに答える。
「は、はっ。幾度となく呼び出しておりますが、病と称していっこうに出向く様子がありません」
「決まりだな」
「は……はっ?」
「タムワースに向けて出兵する。余自ら兵を率いてな」
「しかし、それは。タムワース公を追い詰めることになるかと」
「ヤツは挙兵するかな」
「おそらくは」
「ならば大義はこちらにある。存分に叩き潰してやろうではないか」
たしかタムワース公というのはダラムの辺境伯だったはず。
ダラムの先王が亡くなり、アレックス王が即位してから元々良好ではなかった関係性がさらに悪くなったとは聞いていたけれど。
アレックス王の気性からしても性急な決断に思える。
シェトランドとブリジェンドの二国を従属させたとはいえ、まだ対外的な不安要素は残っているはず。それなのに内乱を引き起こすような真似をするなんて。
「来週までには出陣する。皆、それぞれに準備を怠るな」
来週までというのも急だけど、普段から兵の鍛錬や軍備に力を入れているダラム軍には特に問題はないのだろう。
軍部の大臣らは無言でうなずいただけだった。
たがここで慌てて手を上げたのは外交担当の大臣。
「へ、陛下。来週はオークニーから使節団が来る予定になっております。陛下がご不在では、なにかと都合が悪いかと」
オークニーとは西の海を越えた先にある、いくつかの諸島からなる海洋国家だ。
ダラムの急速な軍拡。相当な資金が必要だとは思っていたけれど、オークニーとの交易が関係しているなら納得がいく。
そのオークニーから使節団が来るなら、大臣が言うようにアレックス王が自ら対応しないといけないのでは。
アレックス王は特に気にするようなふうでもなく、椅子にもたれてから言った。
「戦と使節団の対応と、どちらが重要か聞くまでもなかろう。それに今は余の代わりをする者がいる」
ここでわたしと目があった。アレックス王の代わり? まさかわたしがここに呼ばれたのはそれが目的だったのだろうか。
わたしがじっと見つめると、アレックス王はにやりと含みのある笑みを浮かべた。
内心ほっとした。お互いに想い合っているわけではないし、この結婚も形だけのもの。
わたしに対する嫌がらせとして、乱暴されることも覚悟はしていたのだけれど。
ひとりで身支度を済ませ、部屋の外へ。
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少し悩んだが、近づいてみる。
「おい、それ以上近づくな」
アレックス王はわたしの気配に気づいたのか、振り向いてそう警告する。
なにをそこまで警戒しているのか。昨夜の行動といい、意味不明なことが多すぎる。
それに随分とやつれているようだ。
もともと色白な顔だが、今朝は蒼白といっていいほどの白さだった。
「お顔色が優れぬようですが」
「気にするな。朝はたいがい、こんなものだ」
「人を呼んできましょうか」
「余計なことをするな。このままでいい。おい、近づくなと言ってるだろう」
様子を窺おうとして一歩踏み出したわたしに対し、語気を強めるアレックス王。
いくら形だけの夫婦とはいえ、そこまで邪険にされる覚えはない。
「まるで汚らわしいモノにでも対する言い方ですね。昨夜、寝室に来なかったのもそれが原因ですか。小国出身の王女など抱くにも値しないと」
わたしがそう聞くと、アレックス王は城壁にもたれながらいやらしく笑った。
「なんだ。そうして欲しかったのか? 見た目と違って好きものなんだな、貴様」
「違います!」
怒りに打ち震えながら踵を返す。
なんて人だ。ほんの少しでも心配して損をした気分だった。
わたしは自室へ戻り、鍵を閉めた。
もうここで閉じこもってしまいたい。
しばらくしてノックの音。アレックス王だろうか。
「王妃殿下。今日より専属の侍女としてお仕えする者です。ご挨拶にうかがいました」
扉の向こうから女性の声。専属の侍女……?
アレックス王にそう命じられているのか。それにしてもどこかで聞いたことのある声。
わたしは鍵を開けて中へ侍女を招き入れる。
美しいブロンドのショートカット。
少女は深くお辞儀をして、わたしと目を合わせる。
「あなたは──ジェシカ⁉」
アレックス王に謁見した後に連れ出されたブリジェンドの王女。
無事かどうかも分からなくて心配していた彼女が、侍女の格好をしてわたしの前に。それにその髪は。
「侍女となったからには邪魔だと切られました。命が取られなかっただけでも良かったと思うべきでしょうね」
自嘲するように笑い、自分の髪を触るジェシカ。
「他国の王族を侍女扱いするなんて。許せない。抗議してきます」
わたしが憤慨して部屋から出ようとすると、ジェシカは慌てて止めてきた。
「ちょ、ちょっと。余計なことはしないでください。あのアレックス王を怒らせるようなことになったら今度こそ命がありません。あなたはうまく取り入って王妃になったからいいだろうけど」
「取り入ったわけではありません。あの方が勝手に決められたことです」
「同じことですよ。ともかく、余計なことは言わなくていいです。王妃付きの侍女というだけでも幸運なんですから」
そう言われ、わたしはアレックス王への抗議は諦める。
たしかにあの横暴で気分屋のアレックス王の機嫌を損ねて、ジェシカがこれ以上の不当な扱いを受けることになったら困る。
「わかりました。でも、ジェシカ」
「なんでしょうか。王妃殿下」
「その、かしこまった話し方はやめてください。以前と同じように話してもらえませんか」
「できません。今のわたしは侍女ですので」
プイとすねたように横を向くジェシカ。
わたしはお願い、せめてふたりだけの時だけでもと頼むと、ようやくうなずいてくれた。
「……わかったわよ。ふたりだけの時は普通に話す。ここでの味方はアンタしかいないんだからね」
「それはわたしも同じです。あなたがいてくれるだけでもどれだけ心強いか」
本心からそう思った。ジェシカとも会ってから日が浅いが、同じような境遇でここへ来たのだから。
自分は王妃。ジェシカは侍女としての立場があるが、ふたりで話す機会は少なくないはずだ。
「それにしてもアレックス王の様子がおかしいのですが」
わたしは結婚してからのアレックスの奇妙な行動についてジェシカに聞いてみる。
ジェシカも首を傾げながらうーん、と考え込む。
「たしかにおかしいわね。王様なのに近辺に人を寄せつけないし、自分の事は全部自分でやるって噂だわ。着替えとか食事とか」
「それほど他人を信用してないということかでしょうか?」
「どうかな? たしかにあんな性格じゃ命を狙われてもおかしくないけど」
ここまで話したとき、再びノックの音。
「王妃殿下。陛下がお呼びです。評議会に参加せよとの事です。すぐにお越しください」
兵か召使いのひとりだったのだろう。それだけ告げて去っていった。
「評議会? わたしが?」
国の政務についての報告や話し合い。王妃が参加してはならないというわけではないが、新参者である自分が早速呼ばれるとは思ってもみなかった。
「なんか怪しいわね。気をつけなさいよ、レイラ」
「ええ、何か企んでいるのでしょうが」
ジェシカに言われずとも、あのアレックス王がよからぬ事を考えているのは分かる。
ジェシカと別れ、わたしは評議室のほうへ。
室内にはアレックス王が最奥の席に座り、円状に大臣級の廷臣たちが席に着いていた。
やはりここでもアレックス王は他者とはかなり距離を取っている。
王妃ならば王の隣にでも座ろうと思ったけれど、近くに席はない。
仕方なく適当に空いている席へと腰かけた。
「それでは全員揃いましたので、午前の評議会を開始致します」
大臣がそう告げて、まず様々な報告事項をアレックス王へ伝える。
アレックス王の顔の血色はだいぶ良くなっていた。
今は退屈そうに頬杖つきながら報告を聞いている。
国内の大まかな財政の支出や収入。作物の実り具合や収穫高の予想。
発生した犯罪や大きな裁判の結果など。
「タムワース公はまだ招聘に応じぬか」
報告の途中でアレックス王が機嫌悪そうに質問する。
大臣が慌てながら関係ある書類をあさり、それに答える。
「は、はっ。幾度となく呼び出しておりますが、病と称していっこうに出向く様子がありません」
「決まりだな」
「は……はっ?」
「タムワースに向けて出兵する。余自ら兵を率いてな」
「しかし、それは。タムワース公を追い詰めることになるかと」
「ヤツは挙兵するかな」
「おそらくは」
「ならば大義はこちらにある。存分に叩き潰してやろうではないか」
たしかタムワース公というのはダラムの辺境伯だったはず。
ダラムの先王が亡くなり、アレックス王が即位してから元々良好ではなかった関係性がさらに悪くなったとは聞いていたけれど。
アレックス王の気性からしても性急な決断に思える。
シェトランドとブリジェンドの二国を従属させたとはいえ、まだ対外的な不安要素は残っているはず。それなのに内乱を引き起こすような真似をするなんて。
「来週までには出陣する。皆、それぞれに準備を怠るな」
来週までというのも急だけど、普段から兵の鍛錬や軍備に力を入れているダラム軍には特に問題はないのだろう。
軍部の大臣らは無言でうなずいただけだった。
たがここで慌てて手を上げたのは外交担当の大臣。
「へ、陛下。来週はオークニーから使節団が来る予定になっております。陛下がご不在では、なにかと都合が悪いかと」
オークニーとは西の海を越えた先にある、いくつかの諸島からなる海洋国家だ。
ダラムの急速な軍拡。相当な資金が必要だとは思っていたけれど、オークニーとの交易が関係しているなら納得がいく。
そのオークニーから使節団が来るなら、大臣が言うようにアレックス王が自ら対応しないといけないのでは。
アレックス王は特に気にするようなふうでもなく、椅子にもたれてから言った。
「戦と使節団の対応と、どちらが重要か聞くまでもなかろう。それに今は余の代わりをする者がいる」
ここでわたしと目があった。アレックス王の代わり? まさかわたしがここに呼ばれたのはそれが目的だったのだろうか。
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