人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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22 神の意志

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 幸い距離はまだ空いている。
 遠心力によって飛んでくる麻袋が武器の正体とは分かっているが、その有効距離まではフロストは理解していないようだった。

 ビッ、と手を離して砂石入りの麻袋が飛ぶ。
 今度は頭部をガードしていたフロストだが、麻袋は左ヒザに命中した。

「ぬがっ!」

 全身鎧とはいえ可動部分の装甲は薄く、隙間もある。
 頭部ほどではないにしろ、ダメージは与えたようだ。

「おのれ」

 次は距離を詰めようとするフロスト。わたしは後退しながらロープを引き、頭上で回転させる。

 わたしが放った麻袋は右ヒザに当たり、フロストは転倒。チャンスとばかりに追撃を加えようとする。
 ここでいきなり「待った!」と声がかかった。

 さっき試合前に口上を述べていた神官の男だ。
 塀の外に避難していたはずだが、づかづかとわたしに近づいてくる。

「その不可思議な武器……ロープの先に袋をつけ、投擲する原理のようだが」
「おっしゃる通りです。これなら非力なわたしでも工夫次第で勝てると思い、使用しています」
「……これは咎人の儀における飛び道具の禁止という事項に引っかかるのでは?」

 咎人の儀が決定してからわたしも書庫で過去の事例を調べている。
 飛び道具とは長弓やクロスボウ、投石、手槍や投斧のことを指していた。
 
「この武器はわたしの左手からロープ、麻袋まで繋がっており、投擲したとしても完全にわたしから離れるものではありません。過去の事例にも当てはまるものではないし」
「いやいや、そういうことではなくて」

 神官は振り返り、アレックス王を見上げながら大仰に両手を振って訴える。

「距離を取って安全な位置から攻撃するなど神聖な騎士の決闘にあってはならぬ、という意味合いでの飛び道具の禁止。この者の戦い方は咎人の儀を愚弄するに等しい行為だと思われますが」
「……………」

 アレックス王は相変わらず不機嫌な顔で見下ろしている。
 神官の訴えにも反応が薄い。

「こっちが優勢だからっていちゃもんつけるなんて! レイラは騎士じゃないし、女の子なんだからそれぐらいいいじゃない! このアホ神官!」

 怒って罵声を浴びせているのはジェシカだ。
 闘技場に降りてこようとするのをウィリアムが必死に止めている。

 周りの観客も試合が中断されて不平を漏らしはじめている。
 次第にその声は大きくなり、引っ込めと神官にヤジが飛んできた。

「神の意志を無視するとは畏れを知らぬ野蛮人どもめ……陛下、どうかこの者たちに厳罰を! この儀は中止し、即刻刑を行うべきです!」

 神官がさらに訴え、ついにアレックス王が席から立った。
 闘技場内がしんと静まり返る。
 アレックス王は不機嫌な顔のまま、フロストに質問した。

「勇士フロストよ。その武器のせいでお前が遅れを取ると神官は思っているらしい。実際のところはどうだ? お前がそれを卑怯だと抗議するなら女は反則負け。女の罪は確定する」

 アレックス王のこのセリフにわたしはドキリとした。
 フロストが楽に勝ちを収めたいのなら正式に抗議するだろう。
 せっかくここまで優位に戦ってきたのに……今までの努力も水の泡となってしまう。

 ジェシカもウィリアムも青ざめた表情。
 観客たちも咳ひとつすることなく、フロストの発言に注目する。

 フロストは戦槌に寄りかかりながら立ち上がり、咆哮にも似た大声で叫んだ。

「陛下っ! この俺が負けるはずはありませんっ! この女がどんな武器を使おうとどんな策を弄そうとも! このまま戦いは続けさせてもらう!」

 ここではじめてアレックス王がニヤリと笑った。

「ならば決まりだな。咎人の儀は続行とする。当の本人がああ言っているのだ。異論はなかろう」

 アレックス王が神官に向かって言うと、観客たちはどっと歓声をあげた。

 神官はまだ諦めきれないようにフロストを説得しようとしたが、戦槌を突きつけられて威嚇され、すごすごと引っ込んでいった。

「余計な邪魔が入ったが……続行だ。俺は絶対に負けん」

 フロストが戦槌を構える。
 両ヒザのダメージからはもう回復しているようだ。

 フロストが続行を望んだのはなんとなく分かる。
 このまま不戦勝となるには騎士の誇りが許さなかったのだろう。
 だがアレックス王は? あのまま神官の言うことを強引に認めればわたしの敗北、そして処刑は決定的だった。

 フロストに意見を求めたとはいえ、間接的にわたしを救った形になる。
 
「レイラッ、前!」

 ジェシカの声。
 こんな状況で考え事をしている暇はない。フロストが近づいてくる。

 わたしは素早く後退。闘技場の端を円を描くようにして移動。これなら隅に追い詰められる心配はない。

 後退しながらジャッ、と麻袋を放った。
 今度はフロストの胴に命中。しかし怯む様子はない。

 移動しながらの攻撃では威力も精度も劣る。フロストもそれに気付いたようだ。

 一気に距離を詰めてくる。下がりながらわたしはさらに麻袋を放つ。

 左肩に一撃。戻ってきた麻袋をわたし自身が回転しながら勢いをつけて放つ。
 腕に命中したが、武器を取り落とす素振りも見せない。

 まずい、と大きく後退。
 しかし、わたしの背中にドンッと硬い感触が。

 いつの間にか塀を背にしていた。
 追い詰められないように闘技場を円状に周っていたつもりが。

 フロストの重圧に知らず知らず恐怖を抱いていたのか。大きなダメージを与えられないことに焦りを感じていたのか。
 
「これでもう逃げられんぞ」

 フロストが突っ込みながら戦槌を横に薙ぐ。
 後退はできない。距離も近すぎる。
 
 跳躍──跳んでかわした。だがその後は。
 落下地点を狙い、フロストが戦槌を振りかぶる。

「それなら」

 わたしは宙にいる状態でロープを短めに持ち、グルッと自身の腕に巻きつける。
 それを勢いよく引くと腕の周りで麻袋が回転。そしてフロストへ向かっていった。

「なにっ」

 予想外の反撃にフロストはかわせない。
 顔面にまともに喰らい、口や鼻から血を噴き出した。

「ぐぬっ、これしき」

 それでもまだ倒れない。
 万が一に距離を詰められた時のわたしの奥の手。
 遠距離からの攻撃ほど威力はないが、これなら連撃が可能だ。

 着地してから素早くロープを引き、今度は腰に巻きつける。
 わたしの腰の周りを回転し、放たれた麻袋はフロストの脇腹へ命中。
 
「がああっ!」

 吼えながらまだ戦槌を振り下ろす。
 集中。一瞬でも迷えば死に繋がる。かわしながら腕や胴、首に巻きつけた回転を利用してフロストへ連続攻撃。

「ぬぅぐっ」

 ついに戦槌を手放したフロスト。
 だが諦めず、その巨腕を伸ばしてわたしを捕まえようとする。
 
 横にかわしながらわたしは蹴りを放つ。

 もちろんこんな貧弱な蹴りで倒せるとは思っていない。狙いはこの足に巻きつけたロープでの攻撃。

 ブブブブンッ、と膝上から爪先まで激しく回転する麻袋。連続でフロストの顎に当たった。
 ついにフロストの兜が吹き飛び、その巨体は両ヒザをつく。
 
 意識が混濁しているようだ。これはもう戦闘不能に思えた。

「相手はもう戦えないようです。決着はつきました。わたしの勝ちを認めてください」

 わたしはアレックス王に向かってそう言ったが、またもそれを遮るのは神官の男だった。

「いや、この咎人の儀はどちらかの完全な死によるもので決着だと事前に伝えていたはずだ。フロストはまだ生きている。決着はついていない」
「しかし」

 わたしがためらっていると、観客席からもトドメを、決着を、との声が聞こえてきた。

 ジェシカもウィリアムもそうすることを望んでいるようだ。
 ここで敵に情をかけることは自身の命に危険が及ぶ。
 あの神官が余計なことを言い出しかねないし、アレックス王も怒り出すかもしれない。

 でもどうしてもわたしにそれはできなかった。
 どうすることもできずその場に立ち尽くしていると、神官が再び声を張り上げる。

「トドメを刺せないということは、その者は咎人の儀を放棄したということ。ならば神の判断は下された。その者の罪は確定し、刑は執行される」

 ここで闘技場内にどよめきが起こる。
 ジェシカとウィリアムが指差して何か叫んでいる。
 わたしは振り返り、あっと声をあげた。

 フロストが立ち上がっていた。
 顔面血だらけでフラついてはいたが、その手には戦槌の代わりに短剣が握られている。

 まだやろうというのか。
 わたしはバッ、と下がりながらロープを手首で回しはじめる。

 だけどフロストはわたしのほうを見ていない。
 アレックス王のほうを向き、短剣を天にかざした。

「敵に情をかけられるほど、このフロスト落ちぶれてはいない! 勝敗がついたのは事実。ならばやることはひとつ!」

 そう言って自身の首を突こうとしている。
 まさか自害しようとするなんて。

 ガキンッ、と短剣が地に落ちる音。
 なんとか間に合った。わたしが放った麻袋がうまく弾いてくれた。

「なぜだ……なぜ、俺を助ける? 己の命も危ういというのに」

 フロストが呆然としながら聞いてくる。
 わたしは首を振りながら答えた。

「すでに勝敗が明らかになっているのに、命を奪う必要を感じないからです。それにこの儀式自体、人の罪を神の判断に託すなど……馬鹿げていると思いませんか」

 これに激昂したのは神官だ。「馬鹿げているだと⁉」と声を荒げてわたしを非難してくる。

「まさに神への冒涜、非礼……いや、反逆だ。万死に値する! 陛下、これを許してはなりませんぞ」
 
 アレックス王は不機嫌な顔に戻っていた。
 頬杖をつき、もう飽きたというふうに興味を示していない。

 神官が半狂乱になりながら喚き散らしている。
 アレックス王はうるさいとばかりに手で追い払う仕草をしながら言った。

「興醒めだ。もう決着はついたのは確か。その女は無罪放免でよかろう。フロストは騎士の位を剥奪し、一兵卒まで降格させろ。それで終わりだ」

「しかしっ、陛下!」
「二度は言わん。これ以上、余を不快にさせるな」

 アレックス王に睨まれ、神官はやっと口をつぐんだ。だがその怒りの視線はずっとわたしに向けられている。

 ここでどこからともなく拍手が起き、伝播するように闘技場全体を包んだ。

 ジェシカとウィリアムが笑顔で駆け寄ってきた。
 抱きついてきたジェシカにもたれかかり、わたしは深く息を吐いた。 

 とにかく勝ったんだ。今まで以上にない危機だったけれど、生き延びることができた。

 生きている感覚を確かめるように、ジェシカの体温を肌で感じていた。
 

 
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