人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

文字の大きさ
22 / 44

22 神の意志

しおりを挟む
 幸い距離はまだ空いている。
 遠心力によって飛んでくる麻袋が武器の正体とは分かっているが、その有効距離まではフロストは理解していないようだった。

 ビッ、と手を離して砂石入りの麻袋が飛ぶ。
 今度は頭部をガードしていたフロストだが、麻袋は左ヒザに命中した。

「ぬがっ!」

 全身鎧とはいえ可動部分の装甲は薄く、隙間もある。
 頭部ほどではないにしろ、ダメージは与えたようだ。

「おのれ」

 次は距離を詰めようとするフロスト。わたしは後退しながらロープを引き、頭上で回転させる。

 わたしが放った麻袋は右ヒザに当たり、フロストは転倒。チャンスとばかりに追撃を加えようとする。
 ここでいきなり「待った!」と声がかかった。

 さっき試合前に口上を述べていた神官の男だ。
 塀の外に避難していたはずだが、づかづかとわたしに近づいてくる。

「その不可思議な武器……ロープの先に袋をつけ、投擲する原理のようだが」
「おっしゃる通りです。これなら非力なわたしでも工夫次第で勝てると思い、使用しています」
「……これは咎人の儀における飛び道具の禁止という事項に引っかかるのでは?」

 咎人の儀が決定してからわたしも書庫で過去の事例を調べている。
 飛び道具とは長弓やクロスボウ、投石、手槍や投斧のことを指していた。
 
「この武器はわたしの左手からロープ、麻袋まで繋がっており、投擲したとしても完全にわたしから離れるものではありません。過去の事例にも当てはまるものではないし」
「いやいや、そういうことではなくて」

 神官は振り返り、アレックス王を見上げながら大仰に両手を振って訴える。

「距離を取って安全な位置から攻撃するなど神聖な騎士の決闘にあってはならぬ、という意味合いでの飛び道具の禁止。この者の戦い方は咎人の儀を愚弄するに等しい行為だと思われますが」
「……………」

 アレックス王は相変わらず不機嫌な顔で見下ろしている。
 神官の訴えにも反応が薄い。

「こっちが優勢だからっていちゃもんつけるなんて! レイラは騎士じゃないし、女の子なんだからそれぐらいいいじゃない! このアホ神官!」

 怒って罵声を浴びせているのはジェシカだ。
 闘技場に降りてこようとするのをウィリアムが必死に止めている。

 周りの観客も試合が中断されて不平を漏らしはじめている。
 次第にその声は大きくなり、引っ込めと神官にヤジが飛んできた。

「神の意志を無視するとは畏れを知らぬ野蛮人どもめ……陛下、どうかこの者たちに厳罰を! この儀は中止し、即刻刑を行うべきです!」

 神官がさらに訴え、ついにアレックス王が席から立った。
 闘技場内がしんと静まり返る。
 アレックス王は不機嫌な顔のまま、フロストに質問した。

「勇士フロストよ。その武器のせいでお前が遅れを取ると神官は思っているらしい。実際のところはどうだ? お前がそれを卑怯だと抗議するなら女は反則負け。女の罪は確定する」

 アレックス王のこのセリフにわたしはドキリとした。
 フロストが楽に勝ちを収めたいのなら正式に抗議するだろう。
 せっかくここまで優位に戦ってきたのに……今までの努力も水の泡となってしまう。

 ジェシカもウィリアムも青ざめた表情。
 観客たちも咳ひとつすることなく、フロストの発言に注目する。

 フロストは戦槌に寄りかかりながら立ち上がり、咆哮にも似た大声で叫んだ。

「陛下っ! この俺が負けるはずはありませんっ! この女がどんな武器を使おうとどんな策を弄そうとも! このまま戦いは続けさせてもらう!」

 ここではじめてアレックス王がニヤリと笑った。

「ならば決まりだな。咎人の儀は続行とする。当の本人がああ言っているのだ。異論はなかろう」

 アレックス王が神官に向かって言うと、観客たちはどっと歓声をあげた。

 神官はまだ諦めきれないようにフロストを説得しようとしたが、戦槌を突きつけられて威嚇され、すごすごと引っ込んでいった。

「余計な邪魔が入ったが……続行だ。俺は絶対に負けん」

 フロストが戦槌を構える。
 両ヒザのダメージからはもう回復しているようだ。

 フロストが続行を望んだのはなんとなく分かる。
 このまま不戦勝となるには騎士の誇りが許さなかったのだろう。
 だがアレックス王は? あのまま神官の言うことを強引に認めればわたしの敗北、そして処刑は決定的だった。

 フロストに意見を求めたとはいえ、間接的にわたしを救った形になる。
 
「レイラッ、前!」

 ジェシカの声。
 こんな状況で考え事をしている暇はない。フロストが近づいてくる。

 わたしは素早く後退。闘技場の端を円を描くようにして移動。これなら隅に追い詰められる心配はない。

 後退しながらジャッ、と麻袋を放った。
 今度はフロストの胴に命中。しかし怯む様子はない。

 移動しながらの攻撃では威力も精度も劣る。フロストもそれに気付いたようだ。

 一気に距離を詰めてくる。下がりながらわたしはさらに麻袋を放つ。

 左肩に一撃。戻ってきた麻袋をわたし自身が回転しながら勢いをつけて放つ。
 腕に命中したが、武器を取り落とす素振りも見せない。

 まずい、と大きく後退。
 しかし、わたしの背中にドンッと硬い感触が。

 いつの間にか塀を背にしていた。
 追い詰められないように闘技場を円状に周っていたつもりが。

 フロストの重圧に知らず知らず恐怖を抱いていたのか。大きなダメージを与えられないことに焦りを感じていたのか。
 
「これでもう逃げられんぞ」

 フロストが突っ込みながら戦槌を横に薙ぐ。
 後退はできない。距離も近すぎる。
 
 跳躍──跳んでかわした。だがその後は。
 落下地点を狙い、フロストが戦槌を振りかぶる。

「それなら」

 わたしは宙にいる状態でロープを短めに持ち、グルッと自身の腕に巻きつける。
 それを勢いよく引くと腕の周りで麻袋が回転。そしてフロストへ向かっていった。

「なにっ」

 予想外の反撃にフロストはかわせない。
 顔面にまともに喰らい、口や鼻から血を噴き出した。

「ぐぬっ、これしき」

 それでもまだ倒れない。
 万が一に距離を詰められた時のわたしの奥の手。
 遠距離からの攻撃ほど威力はないが、これなら連撃が可能だ。

 着地してから素早くロープを引き、今度は腰に巻きつける。
 わたしの腰の周りを回転し、放たれた麻袋はフロストの脇腹へ命中。
 
「がああっ!」

 吼えながらまだ戦槌を振り下ろす。
 集中。一瞬でも迷えば死に繋がる。かわしながら腕や胴、首に巻きつけた回転を利用してフロストへ連続攻撃。

「ぬぅぐっ」

 ついに戦槌を手放したフロスト。
 だが諦めず、その巨腕を伸ばしてわたしを捕まえようとする。
 
 横にかわしながらわたしは蹴りを放つ。

 もちろんこんな貧弱な蹴りで倒せるとは思っていない。狙いはこの足に巻きつけたロープでの攻撃。

 ブブブブンッ、と膝上から爪先まで激しく回転する麻袋。連続でフロストの顎に当たった。
 ついにフロストの兜が吹き飛び、その巨体は両ヒザをつく。
 
 意識が混濁しているようだ。これはもう戦闘不能に思えた。

「相手はもう戦えないようです。決着はつきました。わたしの勝ちを認めてください」

 わたしはアレックス王に向かってそう言ったが、またもそれを遮るのは神官の男だった。

「いや、この咎人の儀はどちらかの完全な死によるもので決着だと事前に伝えていたはずだ。フロストはまだ生きている。決着はついていない」
「しかし」

 わたしがためらっていると、観客席からもトドメを、決着を、との声が聞こえてきた。

 ジェシカもウィリアムもそうすることを望んでいるようだ。
 ここで敵に情をかけることは自身の命に危険が及ぶ。
 あの神官が余計なことを言い出しかねないし、アレックス王も怒り出すかもしれない。

 でもどうしてもわたしにそれはできなかった。
 どうすることもできずその場に立ち尽くしていると、神官が再び声を張り上げる。

「トドメを刺せないということは、その者は咎人の儀を放棄したということ。ならば神の判断は下された。その者の罪は確定し、刑は執行される」

 ここで闘技場内にどよめきが起こる。
 ジェシカとウィリアムが指差して何か叫んでいる。
 わたしは振り返り、あっと声をあげた。

 フロストが立ち上がっていた。
 顔面血だらけでフラついてはいたが、その手には戦槌の代わりに短剣が握られている。

 まだやろうというのか。
 わたしはバッ、と下がりながらロープを手首で回しはじめる。

 だけどフロストはわたしのほうを見ていない。
 アレックス王のほうを向き、短剣を天にかざした。

「敵に情をかけられるほど、このフロスト落ちぶれてはいない! 勝敗がついたのは事実。ならばやることはひとつ!」

 そう言って自身の首を突こうとしている。
 まさか自害しようとするなんて。

 ガキンッ、と短剣が地に落ちる音。
 なんとか間に合った。わたしが放った麻袋がうまく弾いてくれた。

「なぜだ……なぜ、俺を助ける? 己の命も危ういというのに」

 フロストが呆然としながら聞いてくる。
 わたしは首を振りながら答えた。

「すでに勝敗が明らかになっているのに、命を奪う必要を感じないからです。それにこの儀式自体、人の罪を神の判断に託すなど……馬鹿げていると思いませんか」

 これに激昂したのは神官だ。「馬鹿げているだと⁉」と声を荒げてわたしを非難してくる。

「まさに神への冒涜、非礼……いや、反逆だ。万死に値する! 陛下、これを許してはなりませんぞ」
 
 アレックス王は不機嫌な顔に戻っていた。
 頬杖をつき、もう飽きたというふうに興味を示していない。

 神官が半狂乱になりながら喚き散らしている。
 アレックス王はうるさいとばかりに手で追い払う仕草をしながら言った。

「興醒めだ。もう決着はついたのは確か。その女は無罪放免でよかろう。フロストは騎士の位を剥奪し、一兵卒まで降格させろ。それで終わりだ」

「しかしっ、陛下!」
「二度は言わん。これ以上、余を不快にさせるな」

 アレックス王に睨まれ、神官はやっと口をつぐんだ。だがその怒りの視線はずっとわたしに向けられている。

 ここでどこからともなく拍手が起き、伝播するように闘技場全体を包んだ。

 ジェシカとウィリアムが笑顔で駆け寄ってきた。
 抱きついてきたジェシカにもたれかかり、わたしは深く息を吐いた。 

 とにかく勝ったんだ。今まで以上にない危機だったけれど、生き延びることができた。

 生きている感覚を確かめるように、ジェシカの体温を肌で感じていた。
 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

処理中です...