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39 月夜の決闘
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城の中をあてどもなくフラフラ。
疲れたけれど、部屋に戻る気はなかった。
このまま寝ずにどこかで時間を潰すしかないと思っていた時。
遠くから聞こえる鐘の音。
教会からのものだ。わたしははっとして城の出口へ向かう。
王族といえど深夜に外に出ようとすれば何か聞かれそうなものだが、門兵の姿は見当たらない。
くぐり戸から外に出てそのまま庭園へ。
その途中でも見張りの兵に会うことはなかった。
庭園。その中央には月明かりに照らされたエヴァンの後ろ姿。
振り返り、満面の笑みでわたしを迎える。
「レイラ様、来てくれたんですね。俺と国を出る決心がつきましたか」
わたしはそれに答えず、別の質問をする。
「門兵も巡回の兵も見当たらない。あなたの仕業ですね?」
エヴァンは真顔に戻ってうなずく。
「ええ。交代の時間をずらして伝えてあります。ここを出るには今しかないのです。さあ、馬をあちらに用意していますので」
「………………」
「レイラ様?」
わたしがここに来たのはエヴァンに付いていくためではない。
はっきりと断るためだった。
アレックス王とは再び険悪な関係になったけれど、だからといって別の男性に付いていく気にはならない。
もとよりわたしはエヴァンに対してそういう気持ちは無い。主従であり、同い年の友人でもある。それ以上の関係は望んでいない。
わたしの口から伝えなければ。
「エヴァン、わたしは」
あなたには付いていけません、と言う前にエヴァンが険しい顔で「誰だ」と庭園の隅のほうに声をかける。
背丈以上の高さのある植え込みの陰からぬっと出てきたのは──アレックス王だった。
わたしもエヴァンも驚いて一瞬固まる。
気まずい沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはアレックス王だった。
「フン、そこの女を探しているうちにここへ迷い込んだのだが。まさか逢引の現場に出くわすとはな」
嘲るように言うので、わたしはそれをすぐに否定する。
「それは誤解です。エヴァンとわたしはそんな関係ではありません。ここに来たのは彼と話し合うためです」
「話し合うだと? 一体何をだ」
エヴァンがわたしを連れて国を出ようとしているなんて言えるはずがなかった。
そんなことがお父様に知られれば、今度こそ死罪は免れない。
わたしが何も言えないでいると、エヴァンがかばうように発言する。
「陛下、そのような言い方では王妃殿下も萎縮してしまうでしょう。大事なことも伝えられなくなってしまいます」
「なんだ、貴様。余の所有物に何を言おうと勝手だろう。無礼だぞ」
苛立ちを隠さず、アレックス王はエヴァンに詰め寄ろうとする。
わたしは二人が接触しないように間に入った。
その時に気付いた。アレックス王の額に汗がにじみ、呼吸もやや荒い。
発作が出る前兆。夜中にわたしを探して歩き回っていたせいだ。
急いで休ませないといけないけれど、エヴァンに病のことが知られてしまう。
「なんのつもりだ、どけ」
アレックス王はわたしを押しのける。
エヴァンも引かず、二人は近距離で睨み合う形に。
「陛下、噂はやはり本当だったのですね。レイラ様を王妃としたのも愛情などではなく、ただ単に痛めつけて恥をかかせるためだと」
「だからなんだ。貴様には関係なかろう」
「いいえ、そんなことは俺が許せません。やはりレイラ様をこのままダラムに戻すわけにはいきません」
「ほう、言うではないか。許さぬならどうするつもりだ。一介の騎士風情がどうにかできるのか?」
「無礼を承知で陛下に決闘を申し込みます。陛下が勝てばレイラ様のことは諦めましょう。そして俺は死罪になっても構いません。しかし、俺が勝てばレイラ様は連れて行きます」
決闘。こんな事態になるなんて。
わたしはエヴァンに付いていくつもりなんてないのに。
でもそれを伝えてもアレックス王に怯えてると思っているエヴァンは納得しないだろう。
決闘に勝てば強引にわたしを連れて行くつもりだ。
それ以前にアレックス王は決闘なんかできる状態じゃない。
それはアレックス王が一番分かっているはずだった。
「エヴァンとか言ったな。地位や名誉、国も捨ててその女を取るのか。命すら惜しくないと。酔狂な奴よな、面白い」
アレックス王は笑い、腰の剣を抜く。
病を悟られないように強がっているが、相当無理をしているはずだ。
こんな決闘止めなければ。
わたしが再び二人の間に入ろうとすると、アレックス王が鋭く剣先をこちらに向けた。
「止めるな。男同士の正式な決闘だ。引っ込んでいろ」
「しかし、陛下は」
「黙れ。それ以上喋るとお前から始末するぞ」
ここでエヴァンが激昂したように吠えた。
剣を抜いたと同時に踏み込み、上段より打ち下ろす。
アレックス王はかろうじて受け止めたが、その勢いによろめく。
エヴァンの追撃の刺突。これは身をよじってかわし、反撃の斬り上げ。
エヴァンは素早く飛びのいてそれをかわした。
「陛下っ! エヴァンもやめなさい! こんな決闘など!」
わたしが叫ぶけれど二人は止まらない。
激しく剣がぶつかり合い、辺りの草花が切り散らされる。
勝負は互角に見えた。だけど突然アレックス王が口を押さえて咳き込む。
「これはっ……⁉」
エヴァンが驚いて剣を止めた。
アレックス王はゴホゴホとしゃがれた声でそれを責める。
「なにを、なにをして……いるっ。勝負は終わっておらんぞ。その女を自分の物にしたいのだろう」
「しかし陛下、そのお身体は」
ついにエヴァンにまで病のことが知られてしまった。
だけどこれでこの決闘も終わるはず。
そう思ったけれど、アレックス王は青ざめた顔で斬りかかる。
エヴァンは困惑しながらそれを剣で受け止めた。
「なんだ、反撃を……しろっ、舐めているのか」
「やむを得ません。これもレイラ様のため」
エヴァンがぐっ、と力を込めて押し返すとアレックス王はたやすくバランスを崩す。
さらに横薙ぎの一撃に耐えられず、その場に倒れた。
そして上段から剣を振り下ろす。わたしは反射的に飛び出していた。
背中に焼け付くような痛み。うっ、と呻いてアレックス王に抱きつく形に。
「レイラ様!」
「おい、お前っ!」
二人の心配する声。痛みはあるが無事だ。とっさにエヴァンが剣を引いたのだろう。
「なぜ、なぜその方をかばうのです⁉ 今まで酷い目に遭ってきたというのに」
「エヴァン、聞いてください。見ての通り陛下はご病気なのです。それを隠すためにあえて傲慢かつ非道な主君を演じ、人を遠ざけていたのです」
「そんな。それではお互いに想い合って夫婦になっているのですか? それはどうなのです⁉」
「……正直言うとそれははっきり分かりません。でも、大陸や民衆の事を陛下が真剣に考えているのは事実。わたしも出来うる限り協力していきたいと思っています。だからあなたには……エヴァンには付いていけないのです」
「嘘だ、そんな……だったら俺は一体」
頭を押さえながら声を絞り出すエヴァン。
わたしを気遣うように背中を撫で、それから剣を支えにして立ち上がるアレックス王。
「余計な事を喋るなと言ったろう。それにまだ勝負はついておらん」
「まだ……まだ決闘など続けるつもりですか⁉ 陛下、それ以上激しく動くと」
「フン、余の妻を傷つけられたのだ。このままで済ますわけにはいくまい」
ゴホゴホと咳込みながら剣を構えるアレックス王。対するエヴァンも同じく構えた。
「クソッ、こうなったら」
半ば自棄気味に打ちかかるエヴァン。アレックス王も力を振り絞るように剣を振った。
二人の身体が交差。そして甲高い金属音。
一振りの剣が地面に落ちた。それはエヴァンのものだった。
「バカな、俺が……負けた?」
信じられないと言った顔で膝をつくエヴァン。
アレックス王も身体をくの字に曲げて激しく咳き込む。
わたしは急いで駆け寄り、彼の身体を支えた。
「陛下、早く部屋に戻らないと」
「医者や他の者は呼ぶなよ。お前だけいればいい」
目がうつろだ。そして高熱を出している。
わたしはアレックス王に肩を貸しながら庭園を後にした。
エヴァンのことが気になり、振り返る。
エヴァンは呆然と月を見上げたままの姿勢で、もうわたしやアレックス王のことは見ていなかった。
疲れたけれど、部屋に戻る気はなかった。
このまま寝ずにどこかで時間を潰すしかないと思っていた時。
遠くから聞こえる鐘の音。
教会からのものだ。わたしははっとして城の出口へ向かう。
王族といえど深夜に外に出ようとすれば何か聞かれそうなものだが、門兵の姿は見当たらない。
くぐり戸から外に出てそのまま庭園へ。
その途中でも見張りの兵に会うことはなかった。
庭園。その中央には月明かりに照らされたエヴァンの後ろ姿。
振り返り、満面の笑みでわたしを迎える。
「レイラ様、来てくれたんですね。俺と国を出る決心がつきましたか」
わたしはそれに答えず、別の質問をする。
「門兵も巡回の兵も見当たらない。あなたの仕業ですね?」
エヴァンは真顔に戻ってうなずく。
「ええ。交代の時間をずらして伝えてあります。ここを出るには今しかないのです。さあ、馬をあちらに用意していますので」
「………………」
「レイラ様?」
わたしがここに来たのはエヴァンに付いていくためではない。
はっきりと断るためだった。
アレックス王とは再び険悪な関係になったけれど、だからといって別の男性に付いていく気にはならない。
もとよりわたしはエヴァンに対してそういう気持ちは無い。主従であり、同い年の友人でもある。それ以上の関係は望んでいない。
わたしの口から伝えなければ。
「エヴァン、わたしは」
あなたには付いていけません、と言う前にエヴァンが険しい顔で「誰だ」と庭園の隅のほうに声をかける。
背丈以上の高さのある植え込みの陰からぬっと出てきたのは──アレックス王だった。
わたしもエヴァンも驚いて一瞬固まる。
気まずい沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはアレックス王だった。
「フン、そこの女を探しているうちにここへ迷い込んだのだが。まさか逢引の現場に出くわすとはな」
嘲るように言うので、わたしはそれをすぐに否定する。
「それは誤解です。エヴァンとわたしはそんな関係ではありません。ここに来たのは彼と話し合うためです」
「話し合うだと? 一体何をだ」
エヴァンがわたしを連れて国を出ようとしているなんて言えるはずがなかった。
そんなことがお父様に知られれば、今度こそ死罪は免れない。
わたしが何も言えないでいると、エヴァンがかばうように発言する。
「陛下、そのような言い方では王妃殿下も萎縮してしまうでしょう。大事なことも伝えられなくなってしまいます」
「なんだ、貴様。余の所有物に何を言おうと勝手だろう。無礼だぞ」
苛立ちを隠さず、アレックス王はエヴァンに詰め寄ろうとする。
わたしは二人が接触しないように間に入った。
その時に気付いた。アレックス王の額に汗がにじみ、呼吸もやや荒い。
発作が出る前兆。夜中にわたしを探して歩き回っていたせいだ。
急いで休ませないといけないけれど、エヴァンに病のことが知られてしまう。
「なんのつもりだ、どけ」
アレックス王はわたしを押しのける。
エヴァンも引かず、二人は近距離で睨み合う形に。
「陛下、噂はやはり本当だったのですね。レイラ様を王妃としたのも愛情などではなく、ただ単に痛めつけて恥をかかせるためだと」
「だからなんだ。貴様には関係なかろう」
「いいえ、そんなことは俺が許せません。やはりレイラ様をこのままダラムに戻すわけにはいきません」
「ほう、言うではないか。許さぬならどうするつもりだ。一介の騎士風情がどうにかできるのか?」
「無礼を承知で陛下に決闘を申し込みます。陛下が勝てばレイラ様のことは諦めましょう。そして俺は死罪になっても構いません。しかし、俺が勝てばレイラ様は連れて行きます」
決闘。こんな事態になるなんて。
わたしはエヴァンに付いていくつもりなんてないのに。
でもそれを伝えてもアレックス王に怯えてると思っているエヴァンは納得しないだろう。
決闘に勝てば強引にわたしを連れて行くつもりだ。
それ以前にアレックス王は決闘なんかできる状態じゃない。
それはアレックス王が一番分かっているはずだった。
「エヴァンとか言ったな。地位や名誉、国も捨ててその女を取るのか。命すら惜しくないと。酔狂な奴よな、面白い」
アレックス王は笑い、腰の剣を抜く。
病を悟られないように強がっているが、相当無理をしているはずだ。
こんな決闘止めなければ。
わたしが再び二人の間に入ろうとすると、アレックス王が鋭く剣先をこちらに向けた。
「止めるな。男同士の正式な決闘だ。引っ込んでいろ」
「しかし、陛下は」
「黙れ。それ以上喋るとお前から始末するぞ」
ここでエヴァンが激昂したように吠えた。
剣を抜いたと同時に踏み込み、上段より打ち下ろす。
アレックス王はかろうじて受け止めたが、その勢いによろめく。
エヴァンの追撃の刺突。これは身をよじってかわし、反撃の斬り上げ。
エヴァンは素早く飛びのいてそれをかわした。
「陛下っ! エヴァンもやめなさい! こんな決闘など!」
わたしが叫ぶけれど二人は止まらない。
激しく剣がぶつかり合い、辺りの草花が切り散らされる。
勝負は互角に見えた。だけど突然アレックス王が口を押さえて咳き込む。
「これはっ……⁉」
エヴァンが驚いて剣を止めた。
アレックス王はゴホゴホとしゃがれた声でそれを責める。
「なにを、なにをして……いるっ。勝負は終わっておらんぞ。その女を自分の物にしたいのだろう」
「しかし陛下、そのお身体は」
ついにエヴァンにまで病のことが知られてしまった。
だけどこれでこの決闘も終わるはず。
そう思ったけれど、アレックス王は青ざめた顔で斬りかかる。
エヴァンは困惑しながらそれを剣で受け止めた。
「なんだ、反撃を……しろっ、舐めているのか」
「やむを得ません。これもレイラ様のため」
エヴァンがぐっ、と力を込めて押し返すとアレックス王はたやすくバランスを崩す。
さらに横薙ぎの一撃に耐えられず、その場に倒れた。
そして上段から剣を振り下ろす。わたしは反射的に飛び出していた。
背中に焼け付くような痛み。うっ、と呻いてアレックス王に抱きつく形に。
「レイラ様!」
「おい、お前っ!」
二人の心配する声。痛みはあるが無事だ。とっさにエヴァンが剣を引いたのだろう。
「なぜ、なぜその方をかばうのです⁉ 今まで酷い目に遭ってきたというのに」
「エヴァン、聞いてください。見ての通り陛下はご病気なのです。それを隠すためにあえて傲慢かつ非道な主君を演じ、人を遠ざけていたのです」
「そんな。それではお互いに想い合って夫婦になっているのですか? それはどうなのです⁉」
「……正直言うとそれははっきり分かりません。でも、大陸や民衆の事を陛下が真剣に考えているのは事実。わたしも出来うる限り協力していきたいと思っています。だからあなたには……エヴァンには付いていけないのです」
「嘘だ、そんな……だったら俺は一体」
頭を押さえながら声を絞り出すエヴァン。
わたしを気遣うように背中を撫で、それから剣を支えにして立ち上がるアレックス王。
「余計な事を喋るなと言ったろう。それにまだ勝負はついておらん」
「まだ……まだ決闘など続けるつもりですか⁉ 陛下、それ以上激しく動くと」
「フン、余の妻を傷つけられたのだ。このままで済ますわけにはいくまい」
ゴホゴホと咳込みながら剣を構えるアレックス王。対するエヴァンも同じく構えた。
「クソッ、こうなったら」
半ば自棄気味に打ちかかるエヴァン。アレックス王も力を振り絞るように剣を振った。
二人の身体が交差。そして甲高い金属音。
一振りの剣が地面に落ちた。それはエヴァンのものだった。
「バカな、俺が……負けた?」
信じられないと言った顔で膝をつくエヴァン。
アレックス王も身体をくの字に曲げて激しく咳き込む。
わたしは急いで駆け寄り、彼の身体を支えた。
「陛下、早く部屋に戻らないと」
「医者や他の者は呼ぶなよ。お前だけいればいい」
目がうつろだ。そして高熱を出している。
わたしはアレックス王に肩を貸しながら庭園を後にした。
エヴァンのことが気になり、振り返る。
エヴァンは呆然と月を見上げたままの姿勢で、もうわたしやアレックス王のことは見ていなかった。
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