愛されすぎて、溢れ出ちゃう

tomoe97

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side 野々山尊

俺は周りの奴らより、頭の出来が良かった。
悟っていたというか、大人びていたというか、とにかく何でも人並み以上にこなせすぎて、子供ながらに人生がつまらなかった。

家が金持ちだし、容姿がいいのも自覚していた。だから、俺の人生は勝ち確定の出来レース。
舐めた気持ちで操作してもお釣りがくるくらい、人生イージーモードだった。


そんな俺に転機が訪れたのは、親の転勤に着いていった小学五年生の時、慶くんに一目惚れしたこと。

運命の出会いだと思った。

目が切れ長で涼しげ、鼻は小さくて高く、唇は薄い。黒髪が映える白い肌で、華奢な身体は、パッと見女の子のようだったが、よく見るとしっかりと男の身体つきなことが分かった。

勢い余って転校して一日目で告白したら、女じゃないから断る、と言われたが、知ってるけど好きだと食い下がるとならいいとOKをもらい、そこから俺の人生が明るくなった。

俺は、慶くんが俺以外と関わるのがとても不快なので、まずは徹底的に排除し、また俺以外と絡まないようにするために、学校ではなるべく話しかけたりして関わるようにした。

登下校、トイレ、委員会の仕事など全て張り付き、慶くんから自由を奪っていた。

俺って結構束縛するんだなとか思いながら、はじめての恋に浮かれていた。


中学に上がると、慶くんはもっと魅力的に成長し、俺の嫉妬心を狂わせた。

慶くんのことをいいなと思っている人は割といる。そういう目をしている奴がいた時は、むしゃくしゃして慶くん本人を殴ってたし、俺の取り巻きに殴らせたこともある。

今思えば、それはなんて馬鹿なことだろうと思うが、あの時の俺は慶くんのことが好きすぎて、若干暴走していた。



そんな慶くんが俺の前から突然いなくなった。
理由は明白。俺が、はじめてのセックスに失敗してしまったのである。
慶くんの首にキスマークのようなものがついていることに怒り狂った俺は、欲望のまま手酷く慶くんを抱いた。

誰かに通報されたのか、先生に取り押さえられて我に返った俺が見たのは、頭、顔、尻から血を流して身体中ボロボロになった慶くんの姿だった。


こんなはずじゃなかった。こんなはじめてを迎える予定じゃなかったのに、俺の中の何かがキレて止められなくなっていた。

その後、1ヶ月間の停学処分をくらい、学校に登校すると転校し、家からも居なくなり、既に慶くんの姿はもう地元になかった。

俺は激しく後悔した。もっと優しくしていれば、もっと慶くんに愛を伝えていれば、殴らないで済んだかもしれないのに。
失ったものに手を伸ばすには、もう遅すぎた。

慶くんの両親に土下座をしても、居場所は教えてもらえなかった。当然の報いだろう。
実家にいない時点で、全寮制に通っていることは検討がついたが、それだけではどこかは分からなかった。

高校生になり、俺は一か八かで、全寮制の碧山学園に通い出した。
ここは山奥で、金持ちの子供が通うエリート進学校なので、もしかしてここではないかと検討をつけて受験した。

しかし、結果は外れ。
全校生徒を隈なく漁ってみたが、それらしき人は見つからなかった。

慶くんのいない学生生活は面白くなく、俺は休みの度に街へと繰り出し、喧嘩に明け暮れた。
慶くんに会いたい、会って謝罪して、大好きだよって言いたい。
あの時のセックスをやり直しさせてほしい。

ストレスを喧嘩で発散しても、慶くんに会える訳じゃないから、満たされなかった。
いつしか俺は名前も分からない族の総長を倒し、トップに君臨していた。

族には興味がなかったが、俺の強さを面白がってくれる仲間が出来た。

遥と雄也。こいつらも全寮制の男子校に通っているらしかったが、高校生活がつまらなく、街に繰り出しては喧嘩をしていたらしい。
育ちがいいのに、やってることは不良な俺たちは馬が合い、よく三人で集まるようになった。

行きつけのバーで駄弁るだけだが、この二人との時間なら何でも話すことができて、楽しかった。
慶くんのことももちろん話し、探しているというと協力するよと約束してくれた。

高校二年生に上がってから、二人の付き合いがちょっとだけ悪くなった。
聞けば、人気投票で生徒会役員に選出され、今までより学校生活が忙しくなったらしい。

「いや、お前らに仕事なんて出来んの?だって、めちゃくちゃ馬鹿じゃん」

俺の問いに二人の表情が濁る。

「それが…仕事をさせてもらえてないんですよ」

遥が、少し悔しそうにそう言った。

「え?どういうこと?」
「会長になった人がさ~超仕事出来るの!
顔よし、スタイル良し、成績よしで天は二物を与えまくりだよ、まじ」

雄也が人のことをそんなに褒めるのも珍しい。だけど、そんなこと言ったら、俺だって同じだ。

「そんなん俺もだし」
「いやいや、会長はまじで完璧超人なんだって!だって、一人で仕事パ~ってこなしちゃうからね。俺、会長になら抱かれてもいいかも~って思った~」
「分かります。正直、あそこまで完璧なら嫉妬すら湧かないといいますか…。僕、実は会長のファンクラブに入ってます」

堅物な遥に頬を染めさせるとか、よっぽどかっこいいんだな。

「すごくね?お前らの会長ってやつ。そんなやつ存在するんだな」

俺は、普通に関心しながらグラスを煽った。
雄也と遙の興奮は止まらないようで、二人で会長自慢トークを繰り広げている。

「そうだ!会長はね、しかも家柄もいいんだよ!確か、畠中グループの時期後継者って噂!」
「……畠中グループ?」
「あれ、尊、知りませんか?確か野々山グループの傘下のうちの一つでしたよね?」

そんなはずはない。だって、畠中グループの後継者は慶くんの3個上のお兄さんで、うちの会社にも取引先相手としてよく姿を現している。彼はもう大学生になっているはずだ。
高校生の年代で畠中グループに関わっている人なんてもうあと一人しかいない。

俺は、縋るような気持ちで、問い詰めた。

「そ、その人の名前は……」
「え?会長ですか?畠中慶ですよ。あぁ、確かあなたの探している人の名前も慶、ですよね」
「あ、本当だ!でも話に聞いてる限り、全然違うよね~。だって尊、DVしてたとか抱いたとか言ってたけどさ~、あの会長がそんなこと許す訳ないもん」
「確かに、そうですね。名前が慶、くらいどこにでもいそうですし」

二人の会話が、碌に頭に入ってこない。
そんなまさか、いや、本当に?

「……慶くんだ。間違いない。慶くんがいる」
「尊?」

遥が俺を呼びかけていたが、反応出来なかった。

「慶くんに会わなきゃ。会って、話をして、それから……」

それから、もう二度と、俺の前からいなくならないでってお願いして。
抱きしめて、沢山大好きって伝えたい。
浅はかな嫉妬で間違えてしまった分の愛情を目一杯届けたい。

「尊…。もし、会長がその慶くん、だったとして、同じことをしない自信はありますか?」
「え?」

同じことを、しない。暴力を繰り返さない。嫉妬に狂わない。
……自信はなかった。好きすぎて、どうにかしてしまいそうなくらい、俺の頭の中は慶くんでいっぱいだった。

だけど、そんなことをしたら、またどこかへ居なくなってしまう。
その方がよっぽど嫌で、だったら俺は死ぬ気で変わるしかない。

「本当のことをいうと、会長があなたの探す慶くんだということは、ずっと前から知って居ました」
「え…」
「僕の家も野々山グループの傘下なので幼い頃の会長にはお会いしたことがあります。だから、あなたが追っていたという人物と特徴が一致しています」
「……」
「彼は、中学二年生の時、突然転校生としてやってきて、その整った容姿に学園では一躍人気者になりました。僕も、その容姿に心を奪われた一人です。だけど、高等部に上がるまでは寮に篭りがちで、極力人を避けて生活していました」
「そ、れは…」
「明らかに、怯えていたんです。人からの視線に。なんてことない接触に」
「……っ」
「何があったかなんて、聞かなくても分かりました。日常的に暴力を受けていた人の怯え方。だから、彼を保護する目的で、親衛隊とは別にファンクラブが立ち上がりました。彼の警護や見守りをする団体です。」
「そんなのあったっけ?」

雄也が突っ込みを入れる。さっき流してなかったか?お前。

「会員は僕一人です。勝手に立ち上げました」
「「……」」

こいつ、思ったよりやべぇな。

「彼は段々変わっていき、身体を鍛えて見た目を変え、いつしか男らしく成長しました。怯えていた頃とは別人のように。だけど、一方で、時々ふと抱えきれなくなるのか、怯えていた頃の表情に戻る時がありました」

それは、ストレスが限界を迎えた時のようで、と遥が続ける。

「そんな時は、決まってゆっくりと紅茶を飲んでいます。滅多に現れない食堂で、一人切ない表情を浮かべながら静かな時間を過ごす。
彼はそんなふうに自分のストレスと折り合いをつけているのかもしれません」

遥は、もうずっと前から慶くんのことを遠くから見つめてきたのだろう。
それは事細かに、本人すら下手したら気付いていない表情にまで着目し、変化を見逃さしていなかった。

「話がそれました」

コホン、と咳払いをするように遥は話を戻した。

「野々山尊のことは全て調べさせていただいてます。もちろん、停学処分を食らったあの事件のことも。僕は彼のストレスの原因が、あなたに起因していると考えています」

俺も、悲しいがそうだと思う。
あの日のこと、俺の存在が慶くんを苦しめている。

「根本的に彼のストレスを取り払いたい、そう思っても、方法が何もないのです。でも、あのままならいつか壊れてしまうと思っています」

遙の顔は悲しそうに歪み、大事な彼を想って切なそうだ。

「尊と彼を惹きあわせることは、本当は嫌です。でも、尊から聞く彼の、『慶くん』の話はいつも後悔と愛に溢れていました」
「遥……」
「最初は、彼に謝罪してもらい、二度と姿を現さないと宣言していただければ解決するのではと考えてあなたに近づきました」
「え!?そうだったの?初耳なんだけど」

雄也は知らずに着いてきていたらしく、苦笑いが出る。

「でも、尊と話しているうちに、彼の…会長の寂しさを埋められるのは、やはりあなたしかいないとも思うようになりました」
「遥……」
「もちろん、あなたが彼にしたことは変わりません。だけど、気付いたんです。彼はとても人に好かれて、言い寄られるのに意中の相手がいたことはない」
「……!」
「これは僕の憶測ですが、過去の恋愛に囚われているのは彼も同じなんじゃないでしょうか。尊なら、彼を助け出せるのではないか、と。期待している自分がいます」
「まだ、間に合うかな……」
「もちろん、また彼を傷つけるようであれば容赦はしません。だけど、もし変わる覚悟があるのなら、僕はお手伝いしたいと思っています」

それまで黙って話を聞いていただけの雄也もハッとして俺に向き合った。

「なんか、よくわかんないけどさ、尊はもうDVとか、暴力とか、しないって決めたんでしょ~?じゃあ、会長にそのこと分かってもらえるまで、信頼得るしかないね」
「信頼……」
「尊から逃げてうちの学園来たらしいんだし、そりゃそうでしょ~。ゼロってか、マイナスからのスタートだと思った方がいいんじゃない~?」

信用を得る。
まずは、慶くんに信じてもらう所から始めたい。

「俺、変わりたい…。慶くんに会って、信じてもらって、それから…」
「もう十分わかりました。続きを言う相手は、僕達ではないですよ」
「……うん、会いに行く。俺、お前らの通う学園に転入する」

そうして俺は、煌原学園への転入を決めたのだった。
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