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会議が終わった瞬間、
朝陽は椅子から跳ねるように立ち上がった。
「……っ、失礼」
何も言い残さず、颯爽と──いや、どこかぎこちない足取りで扉を抜けていく。 歩くたび、腿を擦り合わせるようにして。
その背中を、依澄は黙って見送った。
(……トイレだな)
確信があった。
依澄以外には到底分からないだろう。注視しなければ、我慢していたなんて思わない程、彼は完璧に平静を装えていた。
生徒会室から少し離れた一番端。トイレに続く薄暗い廊下。 人気のないそこに、朝陽の足音だけが響いていた。
「っ……は、ぁっ……!」
男子トイレの扉を開けると同時に、彼は鍵もかけずに個室へ駆け込んだ。
(ダメだ……間に合わない……)
指が震え、ベルトが外れない。ファスナーがひっかかる。 ようやく下着に手をかけた瞬間──
「……っ、うそ……」
しょろ、と。
温かい液体が太腿を伝い、スラックスに染みが広がっていく。
(あ……あ、あ……)
しゃがみこんだまま、ただただ呆然とする。
ズボンは、太腿から膝にかけてぐっしょり。 パンツも、身体に張りついていて脱ぐのも億劫だった。
(……情けない……)
個室での失敗。誰にも見られていない。 でも、逃げ出したいほどの羞恥が胸を突く。
その時──
「……副会長」
扉の向こうから声をかけられた。
「……っ……誰だ……ッ」
「白崎です。……俺しか、来ていません」
沈黙が落ちた。 朝陽は、唇を噛みしめたまま、何も言えなかった。
(なんで、なんで今、来るんだよ……)
「……濡れてしまったでしょう。……俺のですが……ジャージを持ってきました」
そう言って、扉の上から畳んだジャージが差し入れられる。
「……なんで、知って……」
「……見てました。少しだけ。……我慢してる姿、……綺麗でした」
その一言に、頭の中が真っ白になる。
「──っ……バカ……! 変態っ……!!」
返事はなかった。 だが、ジャージは心なしか暖かかった。 誰よりも冷たい男が、自分のために走ったその温度を、肌が覚えている。
しばらくして、個室の扉が開かれる音がした。
ドアを開けた朝陽と、扉の前に立つ依澄の視線が交差する。
(……目が、優しい……)
こんな状況なのに、嫌悪されていない。 それどころか、どこか慈しむような眼差しだった。
「……副会長、俺は……」
依澄の口が開きかける。 だが白崎は、震える指先でその制服の裾をつかんだ。
「……言わないでくれ。……頼む」
恥じらいを湛えたその声に、依澄は静かにうなずいた。
──その夜。 借りたジャージをぎゅっと握りしめたまま、朝陽は自室で眠れぬ夜を迎えることになる。
「……っ、失礼」
何も言い残さず、颯爽と──いや、どこかぎこちない足取りで扉を抜けていく。 歩くたび、腿を擦り合わせるようにして。
その背中を、依澄は黙って見送った。
(……トイレだな)
確信があった。
依澄以外には到底分からないだろう。注視しなければ、我慢していたなんて思わない程、彼は完璧に平静を装えていた。
生徒会室から少し離れた一番端。トイレに続く薄暗い廊下。 人気のないそこに、朝陽の足音だけが響いていた。
「っ……は、ぁっ……!」
男子トイレの扉を開けると同時に、彼は鍵もかけずに個室へ駆け込んだ。
(ダメだ……間に合わない……)
指が震え、ベルトが外れない。ファスナーがひっかかる。 ようやく下着に手をかけた瞬間──
「……っ、うそ……」
しょろ、と。
温かい液体が太腿を伝い、スラックスに染みが広がっていく。
(あ……あ、あ……)
しゃがみこんだまま、ただただ呆然とする。
ズボンは、太腿から膝にかけてぐっしょり。 パンツも、身体に張りついていて脱ぐのも億劫だった。
(……情けない……)
個室での失敗。誰にも見られていない。 でも、逃げ出したいほどの羞恥が胸を突く。
その時──
「……副会長」
扉の向こうから声をかけられた。
「……っ……誰だ……ッ」
「白崎です。……俺しか、来ていません」
沈黙が落ちた。 朝陽は、唇を噛みしめたまま、何も言えなかった。
(なんで、なんで今、来るんだよ……)
「……濡れてしまったでしょう。……俺のですが……ジャージを持ってきました」
そう言って、扉の上から畳んだジャージが差し入れられる。
「……なんで、知って……」
「……見てました。少しだけ。……我慢してる姿、……綺麗でした」
その一言に、頭の中が真っ白になる。
「──っ……バカ……! 変態っ……!!」
返事はなかった。 だが、ジャージは心なしか暖かかった。 誰よりも冷たい男が、自分のために走ったその温度を、肌が覚えている。
しばらくして、個室の扉が開かれる音がした。
ドアを開けた朝陽と、扉の前に立つ依澄の視線が交差する。
(……目が、優しい……)
こんな状況なのに、嫌悪されていない。 それどころか、どこか慈しむような眼差しだった。
「……副会長、俺は……」
依澄の口が開きかける。 だが白崎は、震える指先でその制服の裾をつかんだ。
「……言わないでくれ。……頼む」
恥じらいを湛えたその声に、依澄は静かにうなずいた。
──その夜。 借りたジャージをぎゅっと握りしめたまま、朝陽は自室で眠れぬ夜を迎えることになる。
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