浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―朝➀

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 長い、長い一日だった。
 梅雨明けの空はどこまでも高く、雲一つない爽やかな青がずうっと続いている。ひきかえ、地上はべったりと湿っぽく、午前中だというのにのぼせるような暑さだった。
 しかし、暑い暑いと文句を言っている場合ではなかった。この日、新選組の屯所は異様な緊張感に包まれていた。

 尊攘過激派の志士と繋がりがあるとみられた、桝屋の主人・喜右衛門が捕縛され屯所に連れてこられた。斎藤、武田らが中心となり改めたところ、護身用というには少々苦しい量の鉄砲や弾薬が押収されたのだった。
 さくらは、そんな物騒なものたちと共に発見された大量の書簡に目を通していた。山崎と島田も、それぞれひとつずつ手に取り内容を確認している。
「これは……あの桝屋の主人、かなりいろいろな人物と連絡していたようだな」さくらは書簡を見てハアとため息をついた。
「もしかしたら、かなり大物の尻尾を掴んだんじゃ……?」島田が小さな声で言った。いつもハキハキと威勢よく喋っているのに、珍しいことだ。
吉田稔麿よしだとしまろ宮部鼎蔵みやべていぞう……まあ、もともとは宮部の隠れ家っちゅうことでつきとめたとこが始まりやからなぁ。それに、これ」
 山崎は書簡をさくらに差し出した。そこには、「北添佶摩」の名前があった。
「ってことは、堂々と本名で女遊びしてたのか……」さくらは驚きながらも、書簡に目を通した。
「土佐なら長州ほど目立たへんとか思っておおかた気が緩んだんやろ」
「まさか、島崎先生が女中としてその場に居合わせてたなんて、露ほども思わなかったでしょうなあ」島田は痛快だとでも言わんばかりに笑顔を見せた。
「まあな。今回ばかりは島崎はんが役に立った言うことやな」
「山崎、今回ばかりは、なんて島崎先生に失礼だろう」
「構わん。今回も、次回もその次も、私が使える密偵になればよいだけのこと。さて、私は結果を土方副長に報告しに行く。二人はもう一度町に出てくれ」
「承知」島田はすぐに返事をした。
「そやったら私はもっかい最近事件があったあたり当たってみますわ」山崎は気だるそうに言って立ち上がった。存外素直にさくらの指示を聞いた山崎の背後で、さくらと島田は驚いたように目を見合わせ、微笑んだ。

 ***

 同じ頃、蔵の中では怒声と呻き声がこだましていた。
「名前と、生国。それしか喋ることがねえってことはねえだろう」
 歳三はふう、と息をついて額の汗を袖で拭った。閉めきられた蔵の中は、小さな物見窓からわずかに入る光と風しかなく、薄暗くて蒸し暑い。目の前には、同じく汗、そして血でまみれた男――桝屋喜右衛門・もとい古高俊太郎が天井から吊り下げられている。
 斎藤たちが捉えてきたその男は、口を真一文字に結んだまま、ひゅうひゅうとわずかに苦しそうな息をするだけだった。最初に本名と生国を話したきり、だんまりを決め込んでいる。
 だが、この「だんまり」がそもそも何かがあることを物語っている。やましいことがないのなら、洗いざらい話して身の潔白を証明すればよい。それをしないということは、何かがあるに違いない。
「吐け!あそこで何をしようとしていた!あの武器はどう説明する!護身用たあ言わせねえぞ!」
 激しく問い詰めながら、古高の体を鞭打つ。だが、古高は呻くばかりで何も言わない。
 一緒に蔵に入っていた左之助が、桶に入った水を古高に浴びせた。古高はうわぁっと声を上げると、ぜいぜいと浅い息をした。
「土方さん、こいつ吐きそうにないぜ」
 歳三は苦虫を噛み潰したような顔をして左之助を見た。そうだな、と呟くとその顔は一転して不敵な笑みに変わった。
「斎藤。五寸釘と蝋燭持ってこい」
 斎藤は何も聞かずに承知、とだけ言って蔵を出ていった。その時入り込んだ光で、歳三は古高が想像以上に重傷ふかでを負っていることに気づいた。
 ――敵ながら天晴と言ってやりたいところだが。
 吐かせるまでは、容赦しない。これは、新選組発足以来の大ごとであると、歳三は予感していた。

 
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