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第3部 君は僕を捨てないよね

73.突然の逢瀬、再び

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女騎士・派遣事務所のあるログハウス風の小屋を出て、私は皇城の入り口に向かって走っていた。

皇族騎士団の隣にあるこの事務所は、入り口までけっこう距離があるのだ。

皇女様たちがいらっしゃるメインの建物がだいぶ近くなってきて、木が等間隔とうかんかくに植わっているエリアに差し掛かった。

私がその木の横をタタタッと走っている時だった。

1本の木の向こう側から、急に腕らしきものが、ぬっ、と現れて私は急ブレーキをかけることも出来ずに、お腹のあたりにそれが、ぶつかってしまった。

何が起こったのか分からずにいると、今度はそのお腹に当たったものが、一気に私の体を木の方に引き寄てきた。

「きゃーー!」

思わず叫んでしまったら、さらに背中から私の体が何かに抱え込まれて、足が地面から浮き始めた。

「なに、何なの!? 離してーー!」 

私は手足をジタバタさせて、必死にもがいたけど、一向に離してもらえない。

「やっと捕まえた」

すると、後ろから聞き慣れた声がして、私はハッとなって顔だけ後ろに向けてみた。

そこにいたのは……イタズラそうに、だけど嬉しそうに私を見ながら笑っているアルフリードだった。

「どうして、ここに……皇太子様のお手伝いで忙しいんじゃなかったの!?」

あんなに人が順番待ちして抜け出せそうにもなかったのに……なんで?

今度はお姫様抱っこのような形で抱え直すと、彼は私の顔を見つめてきた。

「さっき君の話し声が聞こえたのは気のせいじゃなかったんだな……他部署に用があって外に出たら、エミリアが走ってくるのが見えたから、待ち伏せしてたんだよ」

私の疑問に、彼はサラリと答えて笑みを漏らした。

なんだか、久々に彼を正面から間近で見たような気がする。

あれは確か、おととい。皇太子様がくる前日。

リリーナ姫がやってきて私を女騎士に指名した日に、廊下の影から引き込まれた時が、彼を間近で見た最後だ。

まだ2日しか経ってないのに……どうしてこんなに彼と離れている時間が長く感じるんだろう。

アルフリードは私を抱えたまま、さらに引き寄せるように抱きしめた。

私の片頬は、くっきりと筋が浮いている彼の首元に押し当てられるような形になってしまっていた。

どうして……こんな不意打ちをしてくるんだろう……

やめて欲しいと思う反面、ずっと姫に自由を奪われてきた3日目の今日、こんな風に抱きしめてもらえて、全身から力が抜けて癒されるような感覚がした。

私の頭の片隅では、今後のために彼から離れなくちゃいけない、と警告みたいに鳴っていたけど……少しくらいなら、彼とお話しても……いいよね?

「アルフリード、さっき執務室の様子を皇女様が見せてくれたんだけど……皇太子様とエリーナさんのサポート大変じゃない?」

アルフリードは少し抱き締める力を弱めて、私のことをその綺麗な顔でじっと見つめてきた。

「ああ……心配してくれてるの? ありがと、エミリア。だけどそれより、僕はあの2人の事が羨ましくって困ってるよ」

「え?」

羨ましい……? 話すたびにコショコショ耳打ちをするってことが?

「だってさ、目の前でああして仲良くしてるのを見せつけられてみなよ? 僕は仕事をしてる間だって、ずっと君の事を考えてるのに、今はこうして近づくことだって至難のわざなんだから」

彼に覗き込まれるみたいにして見つめられると、私は顔がカアァッと赤くなるのを感じた。
仕事をしてる間もずっと私のこと考えてる……? 何言ってるの、この人……

「し、仕事中に別のこと考えてたらダメでしょ! ちゃんと集中しないと……」

私が抗議の声を上げると、彼はハハハと笑って、

「大丈夫だよ。昔から、2つくらいの事なら同時に見たり考えたりできるから。それにこの2年近くの間、君の事を一瞬たりとも考えない時はなかったんだ。今さらやめろ、なんて言われたって無理だから」

そう言って彼は再び私の事を抱きしめた。

2つの事を同時になんて、そんな器用な事できる?
彼だったら、体を休めながら周りの異変に気を配る、なんていう半覚醒状態も簡単にこなせちゃうのかもしれない。

私は目をつぶって、どうしたらいいんだろうって、考えた。

ずっと、こうしててもらいたい。
彼の首筋から漂ってくる爽やかな匂いをずっと嗅いでいたい。

だけど、アルフリードまで帰りが遅くなってしまったら、皇女様のイライラがさらに激しくなってしまう。

「アルフリード、お仕事の途中でしょ? 皆あなたの事を待ってるよ。それに、私ももう行かなくちゃ……」

姫の目覚めるタイムリミットまで3時間くらいあるけど、ヘイゼル邸に届いてる肖像画は大量にあるはずだから、全部チェックするのにどのくらい時間がかかることやら……

「うん……もう行くよ。だけど、今まで会おうと思えばいくらでも会えたのに、こうしていつ会えるか分からないってのも、なかなか刺激的だね」

彼は私の事を腕から地面に下ろしながら、なんだか意味深な事を言ってきた。

刺激的……? この間は“離れてなきゃいけないなんて、とんだ試練だな”なんて言ってたのに。

「これから、どこに行くの? 姫と一緒にいなくていいの?」

彼は私の頬に手を添えて、名残惜しそうに問いかけた。

「ヘイゼル邸だよ。お直しに出してた肖像画が戻ってきたんだって。姫は滞在してるスパでスーパーエステを受けてるから、終わるまでには戻らなきゃ」

「そう。僕も忙しくなければ一緒に行ってどれが誰の絵だか説明できたんだけど。肖像画のことはゴリックが詳しいから聞きながら作業するといいよ」

優しく微笑みながら、そういう彼を思わず見つめて微笑み返そうになった。

だけど、もしお別れする事になったらどうするの? っていう警告みたいなのが頭の中を一瞬よぎって、慌てて微笑むのを中断して、彼から目線を外し、下を向いてうなずいた。

彼は静かに私の頬から手を外すと、サッと踵を返して、長い足であっという間に向こうへと駆けて行ってしまった。

途中で腰あたりまである生垣を颯爽と飛び越えて、ついに彼の姿は見えなくなった。

次はいつこんな風に彼と会ったり話したりできるのかな……


皇城の入り口付近にある、お馬さんを待機させておく所からフローリアを連れてきて、私はヘイゼル邸へと向かった。

前の陰鬱な気配がだいぶやわらいで、入りやすい雰囲気になったお屋敷に到着した私は、まずここのお馬さんが休んでいる、人間が住む家みたいな立派な建物に入って行った。

そこにはフローリア専用の部屋が作られていて、使用人さんにお願いすれば、すぐに新鮮な干草や、お水を用意してもらえる。

だけどそこに行く前に、奥の方にある一際大きな部屋にいるガンブレッドにまず、ご挨拶に行った。

彼は今まさにご飯中で、こちらを振り向くと……
帝都を混乱に陥れる、“アレ”すなわちおイモが当然のごとくその口にくわえられていた。

彼はフローリアに気づくと、それを口渡しで彼女にあげて、モグモグ食べているその顔をペロペロと舐めていた。

そのまま使用人さんに後を任せて、お屋敷の玄関に向かうと、出迎えてくれたのは掟に従って、死んだように無表情な顔をしているメイドのロージーちゃんだった。

「ロージーちゃん! ヤエリゼ君から頼んでいた肖像画が届いたって聞いたの。案内してくれる?」

「こちらでございます」

低くて抑揚のない声で案内してもらったのは、肖像画たちが飾られていた主人たちのプライベートエリアである廊下に並んでいる、現在使用されていないお部屋だった。

どれも幅が1m以上はある額縁に収まっていて、大きいものだと2m以上はあったりする。

そういった絵が、部屋の中いっぱいに重ねて立てかけられている。

とりあえず私は一旦、ロージーちゃんを引っ張ってその部屋を出ると、廊下に1つだけある色の違う石をピッと押して、隠し通路を出現させると、使用人エリアへと入っていった。

「……ぷはっ! エミリア様も坊っちゃまも、旦那様もお屋敷になかなかいらっしゃらないから、どうしてたのかと思いました! 来ていただけてよかったです」

死んだように振る舞わなきゃいけない使用人さん用の掟が届かない範囲に来れたので、ロージーちゃんはまるで息を止めてたみたいに、深く吸ってから勢いよく喋った。

「ロージーちゃんは、あの肖像画が誰が誰だか分かったりするの?」

「私は最近の方々のことなら分かりますが……やっぱり、ゴリックさんはこのお屋敷のことは何だって分かりますから、肖像画のことも1番ご存知だと思います」

アルフリードの言う通り、ゴリックさんにお聞きしながら整理をしていくしかないみたい。

実はゴリックさんとは、これまであんまり関わったことがなくてロージーちゃんに聞いてみたのだけど、さすが使用人のドン。右に出る者はいないようだ。

「それに肖像画はあの部屋には入りきらなくて、他の部屋にも保管してあるんですよ。じゃあ、ゴリックさんを呼びに行きましょう」

ロージーちゃんは私の方を見ながら、隠し通路の方へ歩き出した。

おぅ……あの部屋以外にもまだたくさんあるんだ。

今日は、年代順に並べ替えるような作業をできる所までやって、どこに飾るかとかは、また別日にやるしかないかな。

しかも、ヘイゼル家の祖先の方々だから、配置は公爵様とアルフリードの意見も聞いて決めた方が良さそうだし。


さっきの部屋に移動すると、ロージーちゃんがゴリックさんを呼んできてくれて、3人で肖像画を並び替える作業を始めた。

「この方は、8代目のギルバード・ヘイゼル公爵様の晩年のお姿……こちらは、4代目ミカエル・ヘイゼル公爵様のご夫人マチルダ様と、その愛犬ラッキー3世のお姿……そしてこちらは……」

ゴリックさんは、私やロージーちゃんが差し出した肖像画を見ると、全くつっかえる様子もなくスラスラと答えていく。

そうして、1部屋目の半分くらいが整理できた状態になった時だった。

「この方は現・公爵様であらせられるリチャード・ヘイゼル公爵様とそのご夫人クロウディア様がご結婚された頃のお姿になります」

かなり大きいので運べずにゴリックさんに来てもらい、そう説明を受けた肖像画には、まるで映画俳優さんみたいな美青年と、アルフリードにそっくりな美女、2人の若者が描き出されていた。

この方が……亡国リューセリンヌから嫁いできた姫。アルフリードの母君、クロウディア様だ。
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