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第4部 彼の笑顔を取り戻すため

128.H家 vs R家

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 パチッパチッと暖炉の火が音を立てる中、茂みから現れた公爵様は割れたガラスの破片を踏みしめながら、部屋の中へ入られた。

「父上、どうしてこちらが……?」

 私が思ってたのと全く同じ疑問をアルフリードは困惑した表情で口にした。

「エミリア嬢がいなくなったとエスニョーラ家が探しに来てな……その時の状況がクロウディアの花が無くなった際の我が家の状況とあまりにも酷似していたからピンときたのだ」

「ピンときた?」

 アルフリードは小首をかしげて聞き返した。

 そうだ……きっと家族は私がいなくなって大騒ぎしているに違いない。
 とすれば、彼らが私が向かった先としてヘイゼル邸を候補に入れるのは当然の成り行きのように思えた。

 しかし、アルフリードはその事を知らない様子なのに、彼はなんでここが分かったんだろう? 
 そんな事が頭に浮かんでいると、公爵様はローランディスさんの方を見ながらおっしゃった。

「あの時の犯人はまだ12歳の少年であった君だという事は分かっていた。屋敷の者達の記憶をどのように奪ったかまでは調べがつかなかったが……子どものイタズラごころとしてあの時は目を瞑ることにしたのだ。しかし、今回はそうはいくまい」

 公爵様は剣を手にして向き合っている青年に、獲物を狙うワシみたいに鋭い眼光を向けられた。

 クロウディア様が亡くなったと思われて霊廟に入れられてしまった翌日、ヘイゼル邸には花泥棒が侵入して、そこにいた使用人さん達はその時のことを何も覚えていないっていう不可思議なことが起こったのだ。

 しかし、クロウディア様の専属メイドだったマグレッタさんは、紺色のローブを着た人物の存在を思い出してたんだけど、ヘイゼル騎士団長さんからその事を表に出すのは口止めされていた。

 つまり、そのローブの人物こそローランディスさんで、その事を知っていた公爵様はずっと知らないふりをしていた……! そういう事みたいだ。

 だ、だけど……いくら親類の子どもとはいえ、甘すぎではないだろうか?
 公爵様はお優しい所があるから、それも仕方がなかったのかな……

「キャルンへ行っていた間にそんな事になっていたなんて……僕はこの邸宅の持ち主であるホテルの支配人から、ここに叔母上がいるかもしれないと聞いて来た訳ですが、父上は今度はエミリアがローランディスにさらわれたとピンときて、こちらまで来たという事ですね」

 ふむふむ。アルフリードが状況を説明してくれている。
 彼はルランシア様のことを探していて、ここに来ていたんだ! しかも何の用事か分からないけど、キャルン国に行っていたから、私が失踪してしまったっていうのも知らなかった。
 そういえば、ここに来た時にローランディスさんが帝都の老舗ホテルとこの邸宅は同じ様式で建てられてるって言ってたから、アルフリードが言ってるホテルっていうのは、多分そこの事かな?

 偶然が偶然を呼んで、彼をここまで導いてくれたという訳だ。
 やっぱり、私とアルフリードは運命でつながってるのかな……? つい、そんなことを思ってしまうような展開だった。

「そうだ。最初は彼らの本邸に向かったが、そこからリュースきょうが慌てて馬で駆けて出て行ってな、後をつけて行ったところ、こちらまで辿り着いたのだ。アルフリード、早くエミリア嬢を連れて、外へ出なさい」

 公爵様は視線をローランディスさんの方へ向けたまま、私を抱えるアルフリードの方へ近づいてきた。

 馬に乗っていたグレイリーさんはすでにそこから降りていて、部屋の中へ入ってきている。

「そうはいかない」

 ヒュッと風を切る音がすると、公爵様の方へ体を向けたままのローランディスさんが再び剣先をアルフリードの喉元に向けて、私たちの方を冷たい切れ長の目で睨んでいた。

「……姫様! いけません、姫様!!」

 すると、少し離れたところから女の人の叫ぶような声が聞こえてきた。

 まさか……ついにこの時が来てしまったのかと、頭の中でその可能性が濃厚になってきたのを感じ取った瞬間、この部屋の扉がギィッと大きく開いた。

「一体、先ほどの音は何ですか……」

 目線をやると、そこには首元と袖口にフリルのついた白いシャツに、黒っぽいロングスカートを身に纏った凛とした姿の女性が立っていた。

 そして、後から紺色のドレスに白いエプロンを着て、薄茶色の髪の毛を後ろで結いている女性が息を切らせながら、現れた。

 すると、私を抱えていた人の腕の力がさっきみたいに弱まってきた感じがした。

 喉元に剣を突きつけられたままでいるアルフリードの顔を見ると、今まで見たことがないような固まった表情をして、開け放たれた扉の取っ手に手を置いたままでいるその女性……すなわちクロウディア様を見つめていた。

「は……母上……?」

 アルフリードはうわ言のように、その言葉を私の耳にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「これは……ついに、敵兵が乗り込んできたという訳ですね」

 クロウディア様は砕け散っているガラスの様子を見て一瞬、動きを止めたものの、まるで覚悟を決めていたと言わんばかりに、凛としたままの表情を微動だにせずに扉から離れると、部屋の中へと入ってきた。

 そして、キッと私たちの方を見ると、

「あなたは帝国の指揮官ですか? エミリアをお離しなさい、その子は王族の者ではありません。それからローランディス、その剣を下ろしなさい。このようになってしまったからには、抵抗は致しません。お父様が助けに来てくださるまで、捕虜として我慢するのです」

 毅然とした様子で、ハッキリとそうおっしゃった。

 すると突然、私を抱えていたアルフリードの腕の力が抜けて、私の体は下に落っこちそうになった。
 とっさに彼の首に手を回して宙ぶらりんの格好に留めることができたので、完全に落下するのは免れたけど……

 首根っこにぶら下がりながらアルフリードを見ると、さっきローランディスさんに意識を奪われそうになっていた時とは違って、ちゃんと瞳を開けていて意識もハッキリしているようだった。
 しかし、ただただ神妙な表情をしたまま固まってしまっていて、よく見れば唇がかすかに震えているようだった。

 そして、無意識のように彼は腕だけを私の体に回すと、宙ぶらりんの状態から床に足を下ろさせてくれた。
 しかしその途端、全身から力が抜けてしまったように、彼は地面に手をつけてしゃがみこんでしまったのだ。

「そ、そんな……そんな事が、あるわけ……」

 彼は掠れ掠れにそうつぶやいた。

 そ……そうだよね……肖像画でしか見たことが無かった私ですら、最初は信じることができなかったのだから。

 その方の死を目の当たりにしている彼が、こんな現実離れしたことをすぐに受け入れられる訳がないよ。

 そして私はここで、もう1人のこの事実を初めて目にする人物の方に目を向けたのだった。

 さっきまでローランディスさんに向けられていた、鋭いワシみたいな目は大きく見開かれていて、体の横で握りしめられている拳が、カタカタと震えているのが少し離れている私からも見て取れた。

「クロウディア……クロウディアなのか……?」

 公爵様はしばらくうつろな様子で小さく声を発っしていると、指を口に持っていって”ピュルーー!”と指笛を鳴らしたのだ。

 すると、どこからともなくパカッパカッという駆けてくる蹄の音がしてきて、少し肌寒い風が入ってくるガラスの無くなった窓の外から黒くて大きい馬が現れた。

 あ、あの子は!!

 窓の外にいるその子の方にパリッパリッと床に散らばるガラスを踏み鳴らす音を立てながら、公爵様は向かって行くと、その鞍の横っちょに吊るしてある剣を鞘ごと掴み取った。

 そう、あの黒いオス馬は、公爵様の愛馬で名前をジャグレッドという。
 そして、彼の後ろには……よかった! 彼の息子であるアルフリードの愛馬・ガンブレッドもちゃんと一緒にいる!

 どうやら、さっきのローランディスさんによる術? も解けてるみたいだ。

 公爵様はガンブレッドの方にも近づくと、やはりその鞍に吊ってある剣をガッと掴み取って部屋の中に戻ってくると、ピッと投げてしゃがみ込んでいるアルフリードの前にゴトゴトッと音を立てて転がしたのだ。

「貴様たち、これはどういうことなのだ……花だけならいざ知らず……彼女まで奪い去ったということなのか!?」

 公爵様は剣の柄に手をやりながら、下を向いてうなだれているグレイリーさんに向かって大声を張り上げた。

 これまで怒ってる所を見た事が無かった公爵様だけれど、さすがに亡くなったはずの奥様の登場に我を忘れてしまっているようだ。

 しかし、凶器をわざわざ持ってきて戻ってきたということは……な、何が始まろうとしているの!?

「僕はエスニョーラの娘を連れていかれる訳にはいかないし、父上はクロウディア様を連れていかれる訳にはいかないのです。そのようなおつもりでしたら、受けて立ちますよ」

 ローランディスさんは普通だったら絶対にしない、帝国の権力者である公爵様への不遜な態度全開で、不敵な笑みを浮かべ始めた。

「ローランディス……全ては私が悪いのだ。もう、やめなさい……」

 グレイリーさんは彼とは様子が違っていて、弱々しくも彼をいさめようとする言葉を口にした。

 だけれど……

「父上、もう後戻りはできないのですよ。あれほど愛していて、自分のものにしたかった方をまた奪われても平気なのですか? 僕がやっと取り戻したのに、そんな事が許されるとお思いなのですか?」

 ローランディスさんはそう言うと、グレイリーさんの事をじっと見つめた。

 グレイリーさんはそんな彼のことをオドオドとした様子で下に向けていた目線を少しの間、彼に向けると、窓の外にいる自身の馬の所に行って、公爵様がしたみたいに鞍に付いていた剣を片手に戻ってきた。

 一体……この父子の関係って何なのだろう?

 これじゃあまるで、親子の関係が逆転してしまってるように見えるし、むしろローランディスさんにグレイリーさんは支配されてるみたいに見えないだろうか?

「アルフリード、立ちなさい。このような屈辱、2代に渡って放置すれば末代までの恥さらしになるぞ」

 公爵様の言葉に、しゃがんだまま動けずにいたアルフリードは唇を噛み締めて、目の前にある剣を手に取ると、意を決したように一気に立ち上がった。

 4人の男性たちはお互いに対峙し合うと、それぞれ持っていた剣を鞘から引き抜いた。

 もはや、この決闘を止める事ができるような空気では無くなってしまっている。

 多分状況が全く飲み込めてなくて、眉間にシワを寄せたまま動かないでいるクロウディア様のそばへ行って、私は手を取りながら彼女に寄り添っていた。

 ここに、帝国のソードマスター親子と、元リューセリンヌの騎士親子という壮絶な修羅場が幕を開けてしまったのだった。
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