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第5章 三姉妹の気持ち

29 心の檻 side:華凛

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 花野明莉はなのあかりは不思議な少女だ。

 授業中、彼女は目を擦りながら黒板を睨みつけている。

 あたしは時折、彼女の動向を伺っているから知っているのだけど、明莉は眠くなったらすぐに寝る。

 それが授業中であってもだ。

 自分の欲求に素直な子だなぁ、なんて思ってたりしてたけど、最近は眠ったりしなくなった。

 理由は単純で、千夜姉ちやねえに“赤点をとらないように”と念押しをされているからだ。

 それだけで、明莉は分かりやすく授業をちゃんと受けるようになった。

 そこまで行動を変えてしまう理由はきっと……。






「明莉ー?」

「うえ、あ、はいっ」

 放課後、ぞろぞろと帰宅していくクラスメイトの中であたしは明莉に声を掛ける。

 その表情はどこか生気を失いつつあった。

「どうしたの、なんかげっそりしてない?」

「いえー……勉強って疲れますよね」

 虚ろな瞳を覗かせながら、ぼそっとつぶやく姿は本当に参っているようだった。

「普段、そんなに授業ちゃんとうけてないの?」

「自慢ではありませんが、授業って眠くて聞いてられないんですよね」

「うん、全然自慢じゃない」

「あはは……」

 照れ臭そうに頭を掻いて、何かを誤魔化して見せている。

 明莉はこうして自分の弱い所を隠そうともせずに、すぐ認める。

 それは彼女の素直だと思う。

「でも、最近は頑張ってるみたいじゃん」

「はい。千夜さんに念押しされてますからね。下手なことは出来ません」

 ぐっ、と似合わない握りこぶしを作って決意を口にする明莉。

 普段やらないことをやる、そう思わせるだけの原動力はどこから来るのか。

「千夜ねえに言われたら、嫌なことでも頑張るんだ?」

「それは違いますよ華凛かりんさん」

「ん?」

「千夜さんに言われたことで、嫌なことなんてありません」

 ……この子の信者っぷりは時折、度を越えていると思う時がある。

「授業とか勉強しないって言ったじゃん」

「でも千夜さんに言われると嫌じゃなくなるんですね」

 この調子だ。

 普段は受動的で、特に何かを始めようとするタイプじゃないのに。

 千夜ねえ……というより、あたしたち三姉妹の事になるとすぐに行動を始めてしまう。

 最初は変わってるなぁとか思う程度だったけど。

 それが、ちょっと気に入らないなと思い始めたのはいつからだろう。

「じゃあ、あたしが一緒に赤点取ろうって言ったら?」

 明莉が三姉妹を優先するのなら、その中の優劣はどうなのか。

 そんなイジワルな質問をしてみる。

「うえええええ……」

 すると、ぷるぷる震えて頭を抱える明莉。

 ちょっと、イジワルすぎたかな?

「どうするの、どっち選ぶの?」

 でもあたしは、その答えを聞こうと思う。

 その答えを聞いて、どうなるかは自分でも分からないけど。

「ああああああ……」

「ほらほら、どうせあたしのこと見捨てるんでしょ?」

 まあ、赤点なんて取らない方がいいわけだし。

 千夜ねえに従う方が自然に決まってる。

「……全力で問題を解いて、名前を書かないことにします」

 そう、真顔で回答した。

「……どういうこと、それ」

 やっぱり、この子のことをまだ理解できないみたいだ。

「名前がないと評価できないので赤点です。でもちゃんと採点したら合格点をとれていたと、千夜さんに猛アピールして許しを乞います」

「……ああ、そういう」

 すごい大胆な行動に出るなぁ。

 ほんとにやりそうな気もするし。

「これで華凛さんと一緒に赤点をとって、千夜さんにも怒られません」

 あたしと一緒に落ちてくれるという回答に喜びを感じないわけではないけど、あくまで二人を選ぶんだぁとか思ったりもする。

「鼻息荒いって」

「難題でした」

 どっちも選ぶということは、どっちも選んでないとも言える。

 だから、複雑な気持ちになる。

 いつから、あたしはこんな面倒な感情を持ち始めたのだろう?

 全てはこの子のせいだ。

「あたしなら千夜ねえに、“ムリな時はムリッ”て言うけどね」

「確かに、華凛さんならそんなことしちゃいそうです」

 でも、以前までのあたしはそうじゃなかった。

 あたしはお姉ちゃんたちに思う所があっても、言葉にしないでいた。

 面倒くさいと感じていたのもあったし、どこか逃げていたのかもしれない。

 それを真っすぐ表現することが、あたしにとって必要なことだと教えてくれたのは明莉だった。

 そうして、あたしを変えてくれた人なのだから。

「ほら、一緒に帰ろうよ」

「ええええええええええええええ」

 ……いや、一応あたしたちのこと好きなんだよねこの子?

 普通そんな反応する?

「……なんで、また変な反応するのさ」

「朝の登校でお腹いっぱいなんです」

「なにが」

「月森三姉妹の仲に紛れちゃうと反感を買うので……」

 明莉に良くないことがあるとするなら、こういう所だと思う。

 あたしたちをとにかく崇めていて、自分のことはないがしろにする。

 でも、あたしを変えてくれたのは他ならぬ明莉なんだから。

 その明莉があたしとの関係で遠慮するなんて、変な話だと思う。

「いいの、ほら行くよ」

「え、あっ、ちょっと華凛さんっ」

 明莉があたしを心の檻から抜け出させてくれたのだから。

 あたしだって明莉の心の檻を解き放ってもいいはずだ。

「今日は千夜ねえも日和ねえもいないチャンスなんだから、あたしは逃さないからね」

「チャンス……?一体なんのことですか?」

「まあ、それはその内分かるんじゃない?」

 今すぐじゃなくてもいい。
 
 いつかきっと、その気持ちが変わることを信じて。

 あたしは明莉の腕を引いて歩き出す。

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