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第5章 三姉妹の気持ち
30 願い side:日和
しおりを挟む明ちゃんは気になる人です。
家に帰って夕食の準備をしていると、ふらふらと彼女が台所へと現れてきました。
なにやらこちらを気に掛けている様子です。
「どうされました?」
「あ、いえ……夜ご飯まで勉強をしようと思っていたのですが……」
もじもじしながら、気恥ずかしそうに顔を赤らめる明ちゃん。
その先を言葉にはしませんでしたが、その仕草で感じ取れるものがありました。
「あらあら、お腹が空いちゃったんですか?」
「え、えへへ……お恥ずかしながら」
明ちゃんは、この家に来てまだ日が浅い。
どこに何があるかを把握しているわけではありませんから、どこで小腹を満たしていいか分からなかったのでしょう。
可愛いですね。
「ですが、困りましたねぇ。夕食が出来るのにはもう少し時間が掛かりますし……」
「な、何かつまめる物あったりします?スナック菓子とか」
「そのあたりは千夜ちゃんが厳しくてですねぇ。『健康に良くないし、美容にも良くない』と仰って食べたがらないので自然と買わなくなっちゃったんですよねぇ」
「ああ……さすが千夜さん、意識がエベレスト……」
よく分からないことを口走りながら明ちゃんが遠い目になってしまいます。
そんなにお腹を空かせているのでしょうか?
「どうしても我慢できませんか?あと30分くらいですよ」
「……がまん」
難しい単語を発したわけでもないのに、そこだけ繰り替えしてきます。
そんなにお腹を空かせているのでしょうか。
わたしは料理中の手元を見てみます。
「そうですね。でしたら、こちらに来てもらってもいいですか?」
「あ、はいっ」
台所のカウンター越しに会話をしていたので、明ちゃんを呼び寄せます。
とことこ、と遠慮がちに近づいてくる様は彼女がよく見せる動きです。
「こちらをどうぞ?」
わたしは既に出来上がっていた卵焼きを箸でつまんで差し出します。
「……えっと」
「? どうされました」
「あーん、ですか?」
照れ臭そうに、はにかむ明ちゃん。
こちらは何となしにやってしまったのですが、その意味を勘ぐってしまわれたようです。
お昼のお弁当の件もありましたしね。
あーんをさせたがる変な義姉だと思われたかもしれません。
「いらないなら構いませんよ?夕食の時間まで待っていて下さいね」
「自分で食べるという選択肢は……」
「洗い物を増やすおつもりですか?」
「は、箸なんですけど……」
「分かりました。洗い物は華凛ちゃんのお仕事ですし、わたしは気にしないことに……」
「わ、わかりましたっ!食べます!食べさせてください!」
ちょっとイジワルでしたが、根負けしたのは明ちゃんの方でした。
「では。はい、どうぞ」
「は、はい……」
「……明ちゃん?」
「なんですか」
「口を開けて頂かないと、食べさせられませんよ?」
それに体の距離も微妙に遠い。
顔を寄せてくれるわけでもなく、その小さな口を半開きにするだけなのでした。
「な、なんか……口を開けるのを見られるのって恥ずかしくないですか?」
「……ほう」
そう言われてしまうと、させたくなってしまうのが人間の性ですよね。
「では、やめておきましょうか?」
わたしはあえて箸を下ろして、摘まんでいた卵焼きをお皿に戻そうとします。
「ああっ……ご、ごめんなさいっ。た、食べたいです」
「うふふ。そうでしたか」
本能的な欲求に抗えない様を見せつけられると、こちらがドキドキしてしまいますね。
なんだかイケないことをしている気持ちになってしまいます。
「はい、あーん」
「……あーん」
明ちゃんの小さな口が開きます。
舌の先はピンク色で、その上に黄色の卵焼きをそっと置きます。
「むぐむぐ……」
咀嚼している明ちゃんは視線を彷徨わせていて、やはりどこか気恥ずかしさを残している様子です。
「いかがですか?」
ごくん、と喉を鳴らしたのを見計らって尋ねます。
「とっても美味しいです」
えへへ、と。
顔をほころばせてくれるとこちらも嬉しい気持ちになります。
「もう一つ召し上がりますか?」
ついつい、おかわりをさせたくなってしまいました。
「い、いいんですか……?」
「さすがに一切れでは小腹は満たされないでしょう」
「で、でも、あんまり食べ過ぎちゃうと皆さんの分が減っちゃいますけど、いいんですか?」
そうですね。
以前のわたしは姉妹の関係性を保とうとするばかりで、均等を心掛けていましたから。
量に関してだけでなく、先に食べるという行為もご遠慮願ったかもしれません。
ですが、それすらも、わたしたち三姉妹の仲を遠ざける原因になっていたのでしょう。
自分の主義主張はなく、ただ平等に。
それは綺麗で無駄は少ないかもしれませんが、わたしという個人が見えなくなります。
個人なくして関係性は築けるはずもありませんのに。
それを教えてくれたのは、あなたじゃありませんか。
「いいんです、これは二人だけの秘密ですから」
「も、申し訳ない気持ちになりますね……」
そうは言いつつも、やっぱり食べたい欲求には敵わないようで。
明ちゃんは差し出した卵焼きに口を開くのです。
さっきよりも大きく開いたお口は、照れが消えつつありました。
もぐもぐ、と咀嚼する姿も可愛らしい。
「でも、日和さん。テスト週間なのにこんなにお料理に時間を掛けていて大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ、いつものことですから」
それにわたしは千夜ちゃんと違って成績などにこだわりはありません。
他者より秀でることに意味を見出せないのは、今でも変わりません。
「大変だったら言って下さいね。わたしいつでも代わりますから」
「うふふ……ありがとうございます。でも、それをやってしまうと明ちゃんの成績の方が大変になってしまうのではありませんか?」
「た、確かに……」
それに料理をすることが、こうしてあなたとの関係性を深めるきっかけになるのだから。
それを自分から手放そうとは思いません。
「あら、スープもそろそろ出来そうですね。飲まれます?」
「ううっ、いただきたいです……」
だって、この感情は初めて芽生えたのですから。
他者よりも秀でたい、と。
特別な存在になりたい、と。
そんな願いを抱かせてくれたのは他ならぬ、あなたなのですから。
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