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第6章 体育祭
39 結果と気持ちの狭間で
しおりを挟む「ねえ、あんたやる気あるの?」
「やる気ならありますよっ」
始まった二人三脚の練習。
しかし、開始早々わたしと冴月さんの息が合いません。
「なら、あんたがもっと足を速く回さないとタイムが縮まらないでしょ」
「それは分かってるんですけど……。正直、冴月さんの方がだいぶ足が速いので、もうちょっと遅らせてくれるとありがたいのですが……」
悔しいですが、現状のわたしでは冴月さんのトップスピードに合わせられそうにありません。
この差ばかりは正直埋めようがなく、どこかちょうどいい塩梅を模索する必要があると思うのですが……。
「いや、ムリだから。あんたがわたしに合わせなさいよ」
「……いえ、ですから」
この調子なのです。
わたしだって出来るなら合わせたいですが、こんな短期間で短距離走の速度を上げろと言われても難しいです。
ペアになる時点でどちらかの方が足は遅いのですから、そこは臨機応変な対応をですね……。
「はあーぁ、わたしを無理矢理に誘っといて始まったら弱音ですか。ちょっと意味わかんないんですけど」
「むぅ……」
冴月さんも、この通り悪態をついてくるのです。
その発言も、全部が的外れと言うわけでもないのでちょっと胸にグサッと刺さります。
「ですから、もっと息を合わせてやらないと上手くいかないと思うんです」
「だから、あんたがわたしに追いつけば済む話でしょ」
平行線。
いつまでも平行線な話し合いなのです。
ですがそれとは別に、冴月さんのこの態度には意外な面もありました。
「冴月さんって、そこまで二人三脚の結果にこだわってるんですね……?」
“トップスピードについてい来なさい”、というのは“本気のわたしについて来なさい”と同義と捉えていいでしょう。
正直な話、冴月さんは
『体育祭に本気とかウケるんですけど。そんなことしても汗かくだけで最悪じゃん』
的な発言をするものと、てっきり思っていたんですが……。
「そりゃそうでしょっ。こっちは月森千夜にプレッシャーかけられてるんだからっ」
「ええっ」
ぐいっと冴月さんの方から鬼気迫る表情でわたしにプレッシャーを掛けてきます。
「何でか知らないけど、妙にわたしに好成績を期待するような発言してきてんのよ……。だから、あんまりテキトーにやって睨まれたくないのっ」
「あ、そ、そうなんですねぇ……」
それなら冴月さんの態度も納得ですが、どうして千夜さんはそんな態度をとったんでしょうかねぇ……?
「私がどうかした?」
「うええっ、月森千夜っ!?」
すると千夜さんがすっと現れ、冴月さんは声をひっくり返すのでした。
「私の名前を呼ぶ声が聞こえたから来たのよ。それで、何かあった?」
「い、いや何にもないから……」
千夜さんの視線に対して、冴月さんはすかさず目を泳がせます。
「それと上手く行ってないようだけど、何をしていたの?」
その質問に、びくっと冴月さんが肩を震わせます。
「い、いや、こいつがわたしのスピードにいつまで経っても合わせてこないから……!」
あくまで上手く行っていないのはわたしのせいだという冴月さんの主張。
確かにわたしにも原因はありますので、全てを言い逃れをするつもりはありませんが……。
「自分のスピードばかり押し付けても仕方ないでしょう、二人三脚なんだから上手く息を合わせなさい」
「はい」
!?
「この子が短距離走を苦手としているのは私も理解しているわ。大事なのはそのポテンシャルを活かす走り方よ」
「だよね、わたしもそうすべきかなって考えてたとこ」
!?!?
耳を疑いたくなるような発言が冴月さんから繰り返されているのですが……。
「さ、冴月さん……なんかさっきと言ってることが?」
「今考え直したのよ、なんか文句ある?」
そ、そんな……。
わたしの時は一貫して主張を変えてくれなかったのに……千夜さんが来た途端に変えるだなんて……。
とほほ……。
わたしの発言力の低さを身を持って実感するのです。
「それと、貴女達は走り方以前の問題があるでしょう」
「え、なによ」
「なんでしょう?」
指摘されたわたしと冴月さんは、ぽかんと首を傾げます。
「まず肩を組んでから走りなさい」
「あー……」
「……そうですよねぇ」
それは、相容れないわたしたちの間柄が自然とそうさせたのでしょう。
体の密着を良しとせず、肩を組まないまま、お互いに両手を振って走っていたのです。
「それじゃいつまで経っても息が合うはずないわ。傍から見ていてかなり滑稽よ」
「……まあそう言われると」
「その通りですよね」
わたしもこれ以上、自分から足を引っ張る要素を増やしたくはありません。
少しでもマイナス因子を取り除けるなら何だってやりましょう。
「それじゃあ冴月さん、肩を組んでもよろしいですか?」
「いちいち聞かれなくても、それくらいするって」
お互いに思う所があるものの、そこは目的のために我慢をして肩を組みます。
自然と体や足の部分もぴたりと密着していきます。
「……まあ、確かにこの方が走りやすいか」
「……そうですね」
お互いの体温が伝わってくる距離感ですが、それだけ安定感も生まれてきます。
二人三脚ですから、やはり心と体を一つにする必要性は大きいわけですね……。
「そうね、やっぱり肩を組むのはなしにしましょう」
「へ?」
「え?」
ぐいっ、と千夜さんは組んだわたしたちの腕を強制的に引き剥がすのでした。
「うん、貴女たちは密着せずに走った方がいいと思うわ」
「意見180度、変え過ぎじゃない!?」
さすがの冴月さんも黙っていられなかったのか、すかさず千夜さんにツッコんでいました。
「私だって間違える事くらいあるわ」
「いや、絶対合ってたでしょ!?自分で言うのも何だけど、二人三脚で肩を組むのは正解でしょ!?」
それはわたしも冴月さんに賛成なのですが……。
「いえ、見ていて思っていたより不快だったわ」
「なにが!?」
千夜さんが急に論理的じゃない発言をしています……。
その変わり様に、冴月さんもパニックを起こしていました。
「……それは、その」
ちらちら、と千夜さんは伏し目がちにわたしの方へ視線を送ってきます。
「……その、貴女だって、この子と密着するのは嫌でしょう?」
「どういう質問!?そっちがやれって言ってきたんだよね!?」
わたしが返事をする前に、反射的に反応している冴月さんも凄いですが……。
しかし、なるほどっ!
千夜さんは当初、クラスのために結果を残すべくわたしたちの走り方の改善を要求してきました。
ですが、あまり仲良くないであろうわたしと冴月さんの関係性を察してくれたのでしょう。
無理に体を密着する必要はないと考えを改めてくれたんですね?
「いえ、わたしと冴月さんは肩を組んでも大丈夫ですよっ」
「ねえ、なにその回答!?普通におかしい会話してるのに気付いてくれない!?」
いえいえ、千夜さんはわたしと冴月さんの関係性が悪化することを憂慮してくれたのです。
結果を追い求めるだけでなく、人間関係まで配慮してくれる優しい方なのです。
「そう……なら、いいわ」
「? え、あ、はい……」
しかし、千夜さんはどこか残念そうに表情を曇らせながらその場を去っていきます。
いつもは艶やかな漆黒の長髪も、その時だけはどこか寂しそうに揺れているように見えたのは気のせいでしょうか。
「ねえ……月森千夜はわたしたちに結果を残して欲しいのか、そうでもないのか。どっちなのか分かんなくなったんだけど……」
げんなりした様子の冴月さんに対して、わたしもすぐに明確な答えを返す事が出来ないのでした。
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