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第6章 体育祭

38 交わる境界線

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 明莉あかりが寝静まった頃、月森つきもり三姉妹はリビングに集まっていた。

 部屋の電気は最小限に、薄暗い明かりの中で距離を縮めながらコソコソと話し合う。

「今回の件は、わたしたちは本当に反省すべきだと思います」

「そうだよね……」

「え、ええ……」

 珍しくも、三姉妹の中で話の進行を務めるのは二女の日和ひよりだった。

 三女の華凛かりんは感情論に走る傾向があるが、それよりも今回の話の流れを作ったのは長女である千夜ちやの影響が大きい。

 勿論、姉妹と言っても三つ子である彼女達の中でヒエラルキーと呼ばれるような明確な差はない。

 しかし、それでも長女である千夜のリーダー的気質、理路整然と事を運ばせようとする彼女の発言の影響力は無視できない。

 本人もそれを自覚して、今回の件に関しては罪の意識を強く感じていた。

「わたしたちも決して悪気はありませんでしたが、あかちゃんに負荷を強いる行為だと言う事も配慮できたはずです」

「ま、まあ……そうだよね。明莉も言っていたけど、三人の中から誰かを選ぶなんて角が立つもんね」

「そうね。あの子にとってそれが苦痛になるということは考えればすぐに分かることだった」

 苦々しい口調の日和に、二人の姉妹も素直に同意する。

「ですが、こうも思うのです。“あかちゃんが三姉妹の誰かを選んでくれていたら、もっと穏便に済んでいたのでは?”と」

 日和の提示する疑問に、華凛と千夜はしばし考え込む。

「それは……どうなんだろ」

「少なくとも、私はあそこまであの子を追い詰めるような物言いはしなかったと思う」

 それは千夜が確信をもって断言できることだった。

 明莉が姉妹の誰かを選んでくれていれば、あそこまで目くじらを立てることはなかった、と。

「ま、まあ……あたしもそうかな」

「わたしもそう思っています」

 三姉妹が二人三脚のペアとして手上げしたのは、心の底から明莉のことを思っての行動だった。

 ゆえに選ばれないことを残念に思う気持ちがあっても、それ以外の負の感情を持つことはないはずだった。

 では、なぜ三姉妹はあれほどまでに感情を荒立てたのか?

「だから、第三者……冴月理子さつきりこが出て来たことが、私達の気持ちを乱したのよ」

 その答えに、華凛も日和も深く頷く。

 関わりのないはずの冴月理子の登場が、三姉妹の心をざわつかせたのである。

「そもそもさ、なんでよりにもよって冴月なんだと思う?アイツ、前にトイレで明莉に何かをしようとしてたんだよ?」

 華凛の発言に、日和と千夜は眉をひそませる。

「どういうことですか華凛ちゃん?初耳ですよ」

「あ、ごめん。そうだね言ってなかった……いや、特に何かされたわけじゃないんだけど。なんか詰められてから、あたしが声掛けたら向こうが帰って行ったんだけど……」

 未遂、ゆえにその行動の目的も不明瞭だった。

「でも、不思議ね」

 千夜はその事も合わせて、疑問が湧いた。

「なにが?」

あの子明莉がわたしたちに……その、告白……というか、そのような発言をした時も、冴月理子が関わっていなかった?」

 千夜は告白という単語にかなりの抵抗感を覚えていたが、他の二人はその後の発言の方がかなり気に掛かっていた。

「確かにそうでしたね。冴月さんの方からわたしたちに話しかけてきましたよね?」

「じゃあ、明莉の気持ちを冴月は最初から知ってたわけ?だけどトイレで詰め寄って?でも二人三脚のペアになって?」

「……そう、なるわね」

 三人の記憶とすり合わせていけばいくほど、冴月理子と花野明莉の関係性が不明瞭になっていくばかりだった。

「でもあかちゃんは友達が居らず、体育祭で一人だと仰っていましたよね?」

「友達ですらない冴月が、明莉にはよく絡んでるわけだ……」

 分からないことばかりだったが、冴月理子が花野明莉に絡んでいる事が多いのは事実だった。

「そうね。だから、冴月理子がどういう気持ちで接しているのか、それを知ることが出来れば私達も今回のような過ちをしないで済むかもしれないわ」

 ひとまず、月森三姉妹の動揺を生んでいるのは冴月理子であり、その行動原理の追求が必要だということで話は落ち着くのだった。


        ◇◇◇


「はぁ……」

 憂鬱というか、羞恥心と言いますか。

 とにかく心暗い感情は、ため息という形で吐き出されて行きます。

 昨夜は感情の整理が追い付かず、涙を流してしまいました。

 三姉妹の皆さんはそれを見るとすぐに態度を軟化させて、元通り仲良く接してくれましたけど……。

 それは泣き落としをしてしまったようで、なんだか心にしこりを残してしまうのでした。

「あーあ、やってらんない。なんでわたしがあんたと組まなきゃいけないのよ」
 
 そして、憂鬱を加速させるのが隣のお方。

 冴月理子さんです。

 時は昼過ぎ、お日様が照らすグラウンドの芝生の上にわたしたちは立っていました。

 そうです、体育の授業です。

 そして、なぜ普段は関わりのない冴月さんが隣にいるかと言うと……。

「はーい、じゃあ今日は体育祭に向けての練習をします。最初は二人三脚からにしようかな」

 と、先生が指示を出してくれました。

 今日は体育祭の競技を実際に練習する日だったのです。

 ゆえにお隣同士でペアになる必要がありました。

「まあまあ、いいからやりましょうよ」

 この人、口うるさいのでやる事をやって終わらせるしかありません。

「え、なにその態度……。人を巻き込んどいて罪の意識とかないわけ?」

「罪の意識、ですか……」

 そんなこと言われちゃうと、わたしも思う所がありますよね。

「それで言うなら、わたしも冴月さんに罪の意識を感じて欲しいことがありますよ」

「はあ?なによ」

「わたしを、月森さんたちに勝手に告白させたことです」

「ああ……まだそれ言ってんの?」

 今はだいぶ仲良くなれたのでいいですけど。

 最初はそのせいで三姉妹の皆さんとお近づきになるのが難しかったのは事実ですし。

 そもそも、わたしが月森さんたちに向ける感情は恋愛のそれとは異なるのですから。

「きっしょ、過去のことをいつまでもネチネチと……これだから陰キャは嫌なのよねぇ」

「……陽キャの冴月さんも結構ネチネチしてると思いますけど」

「なによ」

「なんですか」

 ピリピリとした空気。

 どうにも冴月さんとは馬が合わないのかもしれません。

 こんな状態で二人三脚で走ることが出来るとは到底思えないのですが……。

「おーい、何やってんの二人とも?」

「げっ……月森華凛……」

 そんな硬直した空気の中、現れたのは華凛さんでした。

「なになに、二人で睨み合っちゃってさぁ。これから二人三脚なのに準備とかしないわけ?」

 確かに周りの人は足を紐で結んだり、肩を組んだりしていましたが、わたしたちだけはまだ何もしていないのでした。

「こいつがわたしにイチャモンつけてくるから準備が遅れてるだけよ」

 冴月さんは悪態をつきながらわたしを指差してきます。

 華凛さんはそれを見ても表情を崩しません。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、冴月はあたしと一緒にやる?」

「……はあ?」

 一歩引く冴月さんに、華凛さんは容赦なく肩を組んでいきます。

「あたしバスケ部だけど、陸上部より50m走速いのは知ってるよね?」

「知ってるけど、なにそれ自慢?女子が足速いとか、別に意味ないから」

「ううん?ただ、それだけ周りにも期待されてるから、あたしと組んだらそれ相応にしごくけど。いい?って聞いてんの」

「……」

 バスケ部エースで俊足の華凛さんにしごかれる。

 それは帰宅部で運動とは縁遠そうな冴月さんからすると、とても嫌な行為であることは間違いありません。

「どうする?」

「ムリだから、あっち行ってよ」

「あそ。じゃあ、明莉とも上手くやりなさいよ」

 華凛さんは流し目をしながら、立ち去って行くのでした。

 その距離が離れるのを見て、冴月さんがキッとわたしの方を見てきます。

「ねえ、あんたと絡むとすぐに月森の連中がウザ絡みしてくるんだけどっ。なんなのっ!?」

 やり場のない憤りを、わたしにぶつけてくるのでした。

「……因果応報じゃないですか?」

 そもそも冴月さんがわたしを月森さんたちに絡めた事が原因ですし。

「納得いかない!あの三姉妹に睨まれるとやりづらいんだけどっ!」

 そう言いながら、冴月さんは紐でわたしたちの足を縛るのでした。

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