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第6章 体育祭

41 三等分は難しい

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 ううむ……。

 冴月さつきさんは、ああ言っていましたけど。

 あの反応は明らかに何かがバレて動揺している様子でした。

 鈍感なわたしでもそれくらいは分かります。

 好きな人を言い当てられて、“はいそうです”と答える人も少ないでしょうし。

 冴月さんの思い人は月森さんたちの可能性が非常に高いです。

「とは言え、こんなこと間違っても月森さんたちには言えませんね……」

 好きな人の気持ちを第三者が伝えるなんて軽率なことはやってはいけません。

 この事は、わたしの胸の中にそっとしまっておきましょう。

「それにしても、疲れました……」

 体育の授業はずっと走りっぱなしの飛びっぱなし。

 足がガクガクで疲れてしまいました。

 わたしはジャージから制服に着替え、教室に戻ろうと廊下を歩いている所です。

「ふっ……こんな時でもわたしは一人ですけどね」

 なんて自嘲が出来るくらいに周りには一人もいません。

 今頃クラスメイトの皆さんはグループで談笑しながら教室に戻っているのでしょうね。

 悲しさが募りますが、これがわたしのリアルなのだから受け入れる他ありません。

「あっ、明莉あかりー?」

 すると後ろから、わたしを呼ぶ声が。

 振り返ると、そこには大きく手を振ってくる華凛かりんさんの姿。

 一人でわたしの所に来るだなんて、何の用でしょう?

「華凛さん、どうしました?」

「いや、あのさ、体育祭の時って明莉って……その、ヒマ?」

 やけに勿体ぶった尋ね方でしたが、そんなの疑う余地もありません。

「え?ヒマに決まってるじゃないですか?」

 競技に出る時間以外は一人で何もすることないですよ。

 分かりきってるじゃないですか?

「あ、そ、そうなんだ」

「……なんですか?わたしのぼっちを明らかにして楽しいですか?」

「いやいや、そうじゃなくてっ。あたしちょっと明莉にお願いしたいことあってさ」

「わたしに、ですか?」

「そうそう」

 華凛さんはさっきまではどこか緊張した面持ちでしたが、徐々に明るい表情を取り戻しつつあります。

「あたし体育委員やっててさ。体育祭の時に見回りとか雑用とかやらされるんだけど、明莉もよかったら一緒にやらない?」

「……なんですと?」

 それはつまり体育祭という陽キャイベントで、ぼっちという陰キャアピールをしなくて済むということ。

 願ったり叶ったりな提案であることは間違いないのですが……。

「あっ、もちろん荷物の運搬とか肉体労働は普通にあたしと他の体育委員でやるからさ。もっと簡単なやつで一緒にやって欲しい、みたいな……?」

 わたしのだんまりを否定的と受け取ってしまったのか、華凛さんが慌てて条件を譲歩してくれます。

 その優しさはとっても嬉しいのですが、わたしの懸念点はそこではなかったのです。

「あの、わたしと一緒でいいんですか?華凛さんはたくさん友達がいるのですから、気を遣って頂かなくても大丈夫ですよ?」

 なにも、ぼっちのわたしと一緒にいる必要もないでしょう。

 家ではいつも相手をしてくれているのですから、公共の場くらい我慢します。

「いやいやっ、あたしは明莉だから頼んでるんだからっ。そんな言い方しないでよっ!」

 ぐいっと近づいて来る華凛さん。

 その真剣さがこちらにも伝わってくるようです。

「わ、わかりました……。わたしはむしろ、お願いしたいくらいですから」

「あ、ご、ごめん。なんかいきなりマジになっちゃって……」

 一歩引いた華凛さんは、どこか落ち着きをなくして髪を触りながら顔を背けます。

「で、でも約束したからねっ!絶対だからねっ!」

「も、もちろんですっ」

「オッケー!そしたらまたねっ!」

 すると華凛さんは小走りで廊下を駆けて行くのでした。

 先生に見られたら怒られそうな光景ですが、声を掛ける前に華凛さんの背中は遠のいていくのでした。

「……でも嬉しいですね」

 華凛さんから誘ってもらえるなんて嬉しい限りです。

 嫌だった体育祭もちょっと楽しみな事が出来たな、とワクワクしてきました。






「あら、あかちゃん?」

「わっ、日和ひよりさん」

 廊下の曲がり角で偶然、日和さんと鉢合わせになります。

「ちょうど良かったです。ちょっとお話ししたいことがありまして」

「あ、なっ、なんでしょう?」

 突然会ったことに驚きつつ、日和さんの柔和な笑顔で癒されます。

「体育祭ですが、もしご一緒する方がいないようでしたら、わたしと一緒に観覧しませんか?」

「うええっ、いっ、いいんですかっ!?」

 わたしの素っとん狂な声に、日和さんはくすくすと笑顔を零します。

 その奥ゆかしい微笑みも品があって可愛いのです。

「ええ、生憎わたしも体育祭はやる事がありませんので。是非一緒にいられたら、と」

「そ、それは是非……」

 お願いします、と言い掛けた所でわたしの足りない脳みそが待ったを掛けます。

「ご、ごめんなさい日和さん。わたし華凛さんに体育委員のお仕事のお手伝いをお願いされてまして……」

「あら、華凛ちゃんが?」

 ちょっと驚いたように目を細める日和さん、ですがすぐにいつもの柔らかさを取り戻し……

「でも体育委員の仕事は体育委員の方がやるべきですからね。あかちゃんに手伝わせるのはお門違いでしょう」

「あ、いや、そう……ですかね?」

 それも一理あるようにも思えますけど……。

「でしたら華凛ちゃんに直接、わたしがお話をつければ問題ありませんね?」

「あ、まあ……お二人の間で決めてくれるのでしたら、わたしは大人しく従いますけど……」

 どちらにしてもわたしにとっては天国ですから。

「そうですか。それでしたら、わたしの方でお話ししておきますので、当日を楽しみにしていますね?」

「あ、はっ……はい!」

 日和さんがひらひらと手を振って、その場を後にしていきます。

「嬉しい……でもダブルブッキングとは、ちょっと運が悪いですね」

 せっかくの幸運だったのに、重なってしまったことでどちらかを選ばないといけないなんて。

 ちょっと勿体ないことをした気分です。

 でも、これで心置きなく体育祭を謳歌できそうですねっ。






「貴女、ここにいたの?」

「わわっ、はいっ、いました!」

 今度は千夜ちやさんが、正面からわたしを見つけるなり歩み寄ってきました。

 こんなに入れ違いで三姉妹の方に会うのも珍しいです。

「単刀直入に言うわ。貴女、体育祭の時に生徒会の仕事を手伝ってくれないかしら?」

「うえええっ!?」

 トリプルブッキング!?

 まさかの今度は千夜さんまでっ!?

「驚くのも無理はないわね。生徒会役員の子が一人、体調不良で休むことになって当日までに間に合いそうもないの。だから申し訳ないのだけど、貴女にその仕事をお願いしたいの」

「い、いやっ、千夜さんっ、あのですね……」

「勿論、難しい仕事は基本的に私がやるわ。ただ、どうしても人員が必要な場面で貴女の力が必要なの。その時には私も一緒にいてアドバイスもするから安心して」

「あ、あの、そういうことではなく……」

「臨時の人選は私に一任してくれると、先生からの許可は頂いてるわ」

 ひゃああああ。

 優秀すぎる千夜さんの行動が先回りしすぎてて、わたしの発言が届きません……!!

「ち、千夜さんっ!」

「え、な、なにっ……?」

 強く名前を呼んだことに驚いたのか、千夜さんは体をすくめて目を丸くします。

 ちょっと意外な反応で可愛いですが、ようやくわたしの言葉が届きそうです。

「あ、あのお誘いは大変嬉しいのですが。その、華凛さんには体育委員の仕事をお願いされていて……日和さんには一緒に体育祭を見ようと誘われていて……」

「あの二人が……?」

 すると露骨に顔をしかめる千夜さん。

 姉妹間の中でこんな表情を見せるのも珍しいです。

 顎に指先を当てながら、何やら呟いています。

「華凛の体育委員は、人員に不足はないのだからマンパワーは足りているはず……。日和の誘いは待機時間の話だから、優先されるべきは生徒会の方よね……」

「あ、あの……?」

 何やら一人で計算していますが……なんのことでしょう?

「分かったわ、華凛と日和には私から話を着けておくわ」

「え、そ、そうなんですか……?」

 結局、三姉妹が話しあう形に……どうなるのか、ちょっと不安なのですが。

「貴女の悪いようにはしないから、待っていて」

「わ、分かりました……」

 日和さんは黒髪をなびかせて、颯爽と廊下を去っていくのでした。

 凛としていて美しい後ろ姿ですが、わたしは複雑です……。

 結局、三姉妹の皆さんの時間をわたしに使うことになってしまうだなんて……。

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