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第6章 体育祭

43 感じ方は人それぞれ

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「あら、お帰りなさいあかちゃん」

 家に帰ると、先に帰宅していた日和ひよりさんが挨拶をしてくれます。

「ただいま戻りました」

「体育の時はかなり頑張っていたようですけど、足などは痛めていませんか?」

「ちょっとだるさとか重さは感じますけど、その他は全然大丈夫です」

 帰宅するなりわたしの体を心配してくれるなんて……。

 その優しさで全回復しちゃいそうです。

「でも疲れは残っているんですよね?今ちょうど紅茶を淹れましたから、よかったらお飲みになりませんか?」

「わっ、いいんですか?」

「ええ、構いませんよ」

 にっこりと微笑む日和さんの笑顔に誘われて、わたしはリビングへと足を運びます。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございますっ」

 テーブルに着くと、目の前にティーカップを置いて頂きます。

 淡い茶葉の色味と、ほんのりと甘い香りが漂ってきます。

「チョコレートもありますけど、食べますか?」

「な、何から何まですみません……」

 チョコレートを口に含むと甘い味わいが舌先に広がり、紅茶を飲むと渋いコクがちょうどよいバランスになります。

「おいしいです」

「今日のあかちゃんは頑張りましたから、ご褒美です」

「ご褒美……わたしだけもらっちゃうなんて、何だか申し訳ないですっ」

 いつにもまして優しい日和さんですが、ご褒美と言われちゃうと反応に困ってしまいます。

冴月さつきさんとの練習はハードそうでしたから。無理はなさならいようにして下さい?」

「……やっぱり大変そうに見えましたかね?」

 あれだけ汗をかいて、しかも日和さんには拭いてもらったのですから。

 大変そうに見られても仕方ないかもしれません。

「そうですねえ。冴月さんも何を意固地になっているか分かりませんが、随分とあかちゃんを引っ張ろうと頑張っていたので……それに引きずられ過ぎないか心配になっちゃいました」

「ああ……それはきっと足が遅いわたしのせいで、そう見えたんじゃないですかね?」

 あれでも冴月さんは途中からわたしに合わせてくれる動きもしてくれましたし。

 鈍足のわたしのせいで相対的にそう見えてしまったのでしょう。

「そうでしょうか。冴月さんはあかちゃんに対して意識的に一生懸命に見えましたけどね?」

「うーん。陽キャの冴月さんは陰キャでモブなわたしに対して差を見せつけたいんですよ、きっと」

 そもそも、わたしが巻き込んだ形ではあるわけですし。

 冴月さんもわたしを後悔させようと躍起やっきになっていた可能性は高いです。

「あら、陰キャ?あかちゃんが?」

「え?あ、はい」

 誰がどう見てもそう評価すると思いますけど。

 どうしてそこに疑問を持つのでしょう。

「そんなに自分を卑下しなくても、あかちゃんは十分魅力的だと思いますよ?」

「あーあはは……嬉しいですけど、それはムリがあると言いますか……」

 もしかしたら義妹としてのひいき目もあるのかもしれませんが、わたしは明らかにクラスでも目立たない日陰者。

 光を浴びる冴月さんはもちろん、光そのものである月森さんたちとは立っているステージが違うのです。

「少なくとも、わたしはそうは思っていませんよ?」

「でもそれはマイノリティな意見と言いますか……」

「他の方の意見が、そんなに大事でしょうか?」

「……えっと」

 日和さんは珍しく柔和な表情を崩し、真剣そうな瞳を覗かせています。

 何かを訴えてくるような視線が突き刺さります。

「他の方は他の方の意見であって、わたしとは関係はありませんよね?」

「え、まあ……そうですけど」

「ですから、わたしはあかちゃんを陰気な人だなんて思ったりはしませんし、あかちゃん自分自身をそんな低く見積もって欲しくはありません」

 日和さんはティーカップに口をつけ、紅茶を数口飲み込みます。

「この紅茶を苦いと表現する人もいれば、果物のように甘いと表現する方もいますよね?ですから、感じ方は人それぞれ、画一的な評価なんて必要ありませんよ」

 そして、いつものように優しく微笑むのです。

 わたしのことをいつも否定しない日和さんが、わたし自身の評価を覆す為に。

「でも、それじゃあ、日和さんにとってわたしはどう映っているのでしょうか?」

 冴月さんにも言われた。

 わたしはわたし自身のことを理解できていない、と。

 日和さんの言う通り、わたし自身の評価が画一的で必要以上に卑下しているものだとするなら。

 なら、日和さんにとってのわたしとはどういうものになるのでしょう?

「……えっ?」

「え?」

 再びティーカップに口を添えようとしていた日和さんの動きが急に止まります。

 そこまで言ってくれたのに、どうしてそこから先で疑問符がついちゃうんですか?

「いや、えっと、その……笑顔がとても可愛いですよね?」

「可愛い……わたしが?」

 照れるを通り過ぎて、謎です。

 月森三姉妹の皆さんの美貌を前に可愛いなんて表現、間違っても出て来ないのですが。

 ブサかわいいとか、そっち路線の話ですか?

「え、ええ……大変、可愛らしいですよ?」

「……具体的にどういう所がですか?」

 さあ、正直に答えて下さい。

 造形の歪さが、逆に可愛く見えてしまったと。

「ぐぐぐっ、具体的と言われてましても……その、ぜ、ぜんぶ?」

「全部……?日和さん、具体的とお願いしているのに抽象的で返すのは変だと思います」

 やはり、日和さんは気を遣ってくれているんですね。

 本当に可愛いのなら、どこがチャーミングがちゃんと言えるはずです。

 全部なんて曖昧な表現はしないはずです。

「いえ、本当なんですけどねぇ……?」

 ――カタカタッ

「日和さん、ティーカップの持つ手が震えていますよ?」

「あ、あららっ、本当ですねっ」

「見るからに動揺しているじゃないですか」

「だ、だってあかちゃんが全てをつまびらかにしようとするからっ……」

 いきすぎた配慮に日和さんも引き返すタイミングを失ったのでしょう。

 わたしの気持ちを案じてくれるのはとても嬉しいですけど。

 必要以上なフォローは日和さん自身にも無理が出てしまうのですから、よくないです。

 まあ、そうさせてしまったわたしが一番いけないのでしょうが……。

「日和さんの気持ちはよく分かりました」

「え、分かっちゃいました?」

「ええ、全てを言わなくてもその態度が答えです」

「そ、それって……?」

 もはや嘘に近い配慮をしてしまった日和さんは頬を紅潮させています。

「全身ブサイクでも、見ようによっては可愛くなる。ということですね?」

「……ぜ、全然ちがう……」

 本人を目の前に肯定は出来ないでしょう。

 ですが、マイナスも捉え方一つでプラスになるというのは非常に学びになりました!



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