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48. 身の程知らずの恋心
今夜王宮の大広間で行われる、セレオン殿下の誕生パーティー。国内のみならず、近隣の国々からも殿下と交流のある王族の方々や貴族たちが訪れるらしい。
そんな盛大なパーティーに、この私も出席するようにとのお声がけをいただいてしまった。皆と一緒にセレオン殿下のお誕生日を祝福できるのだという大きな喜びと、同じくらいの緊張もしている。
(少し前の私なら、とても考えられないことだわ。田舎の伯爵領で虐げられながら生活を切り詰め、ひたすら働くばかりの日々だったのに……)
私は今夜、王太子殿下から贈られた美しいドレスを身に着けて、王宮のパーティーに出席するのだ。
胸を高鳴らせながら、侍女たちに手伝ってもらい身支度をする。
(それにしても……、殿下のお祝いをする日だというのに、また殿下からドレスをいただいてしまったわ……)
きちんとお礼を言わなくては。というか、本当は私からも何かセレオン殿下に贈り物をしたかった。けれど、いくら考えてもいいプレゼントが思い浮かばない。まず、セレオン殿下は必要なものは全てお持ちだ。それも私などには到底用意できないような質の良いものが揃っているわけで……。じゃあ、気持ちを込めてハンカチに刺繍でも刺す……?いやいや、婚約者でも恋人でもあるまいし。誤解を招く行動はできない。殿下もきっとお喜びにはならないだろう。同じ理由で私的なお手紙なんかも気が引けるし……。そうこう悩んでいるうちに、結局今日になってしまった。しょうがないわよね。立場が立場だもの。贈り物をすること自体が畏れ多い。いつもお世話になっているお礼とお誕生日のお祝いの気持ちは、素直に言葉で伝えるに留めよう。
「お美しゅうございますわ、ミラベル様」
「ありがとう。嬉しいわ」
ドレスの着付け、ヘアメイク、アクセサリー選び、全てが終わって鏡に自分の姿を映し、全身をチェックする。……うん。とても素敵に仕上がってる。腕の良い侍女たちのおかげだわ。さすが王宮勤めの侍女。
胸元のルビーのネックレス。その下に下がりキラリと光る月のモチーフをそっと撫でる。思えばこうして華やかなパーティーの場にこれを着けていくのは初めてだわ。結婚する時に母から持たせてもらったけれど、ハセルタイン伯爵家に嫁いでからは一度もパーティーなんかに参加させてはもらえなかったから。
(ふふ。きっととても素敵なパーティーよ。楽しみね、お母様)
まるでそこに母の魂が宿っているような気持ちになって、私は心の中でひそかにそう語りかけた。
「今夜のパーティーは特別なものになりますわね」
「ええ、たしかに。皆様そわそわしていらっしゃると思いますわ」
鏡の前に立つ私に、侍女たちがにこやかに話しかける。
「今夜のパーティーで、いよいよセレオン王太子殿下のご婚約が正式に発表されるのではと、もっぱらの噂でございますもの」
「……っ、」
その言葉に心臓が跳ね、体が強張る。形容しがたいモヤモヤした感情が湧き上がり、急に気持ちが重くなった。
「そうですわね。ウィリス侯爵家のダイアナ様が候補者から外れたとのことですし、やはり今夜、王太子殿下のお誕生日というこの節目の日に、オルブライト公爵家のジュディ様との婚約が発表されるでしょうね」
「……ええ。きっとそうよね」
侍女たちの楽しそうな様子に私も話を合わせながら、やはりそうなのかと沈んだ気持ちになる。セレオン様はもう25歳になられるのだもの。事情があったとはいえ、これまでご婚約者が決まっていなかったことが不思議なのだから。きっとすぐ、ご結婚の運びになるんだろうな。
あの、オルブライト公爵令嬢と……。
「……。」
おめでたいことのはずなのに、私の心はまるでドロドロとした底のない沼の中に引きずり込まれていくようだった。私はなぜ、こんなに落ち込んでいるんだろう。
その理由に、本当はもう気付いている。けれど、私は慌てて思考を逸らした。これ以上考えてはいけない。セレオン殿下とオルブライト公爵令嬢のご婚約が発表されたら、私も会場の皆と同じように笑顔で拍手を送り、お二人を祝福しなくては。
気付いてしまった身の程知らずの恋心は、このまま誰にも知られないうちに、なかったことにしてしまおう。
一人そっと決意した瞬間、胸の奥に泣きたくなるほどの痛みを覚えた。
大広間の周りにはすでにたくさんの人々が集まり、順に中に入っていっている。少し派手過ぎはしないかと心配したけれど、このくらい華やかにしてきてよかった。皆さんすごいわ。なんてきらびやかなんでしょう。
(アリューシャ様は……、まだみたいね。……あ、そうか。王族の方々は最後に入場されるのよね)
それからしばらくの間、私は悪目立ちしないよう注意しながら、姿勢を正して隅の方に立っていた。皆が思い思いに歓談し、場の空気を楽しんでいるみたい。見ているだけでドキドキする。あまりの規模の大きさと会場の華やかさに、王妃陛下のお茶会に参加した時以上に気分が高揚していた。
やがて王族の方々の入場が告げられ、国王陛下、王妃陛下をはじめとする面々が堂々たる姿で入ってこられた。セレオン殿下に続き、アリューシャ王女も入場される。
(……まぁ。今夜もとても素敵ね)
アリューシャ王女は可憐な桃色のドレスを身にまとい、ダイヤモンドのネックレスを着けていた。
そしてその耳には、先日私が贈ったばかりのルビーのイヤリングが着けられている。
そのことに気付き胸が温かくなり、アリューシャ王女が目の前を通り過ぎていく時に、私は思わず微笑んでいた。
そんな盛大なパーティーに、この私も出席するようにとのお声がけをいただいてしまった。皆と一緒にセレオン殿下のお誕生日を祝福できるのだという大きな喜びと、同じくらいの緊張もしている。
(少し前の私なら、とても考えられないことだわ。田舎の伯爵領で虐げられながら生活を切り詰め、ひたすら働くばかりの日々だったのに……)
私は今夜、王太子殿下から贈られた美しいドレスを身に着けて、王宮のパーティーに出席するのだ。
胸を高鳴らせながら、侍女たちに手伝ってもらい身支度をする。
(それにしても……、殿下のお祝いをする日だというのに、また殿下からドレスをいただいてしまったわ……)
きちんとお礼を言わなくては。というか、本当は私からも何かセレオン殿下に贈り物をしたかった。けれど、いくら考えてもいいプレゼントが思い浮かばない。まず、セレオン殿下は必要なものは全てお持ちだ。それも私などには到底用意できないような質の良いものが揃っているわけで……。じゃあ、気持ちを込めてハンカチに刺繍でも刺す……?いやいや、婚約者でも恋人でもあるまいし。誤解を招く行動はできない。殿下もきっとお喜びにはならないだろう。同じ理由で私的なお手紙なんかも気が引けるし……。そうこう悩んでいるうちに、結局今日になってしまった。しょうがないわよね。立場が立場だもの。贈り物をすること自体が畏れ多い。いつもお世話になっているお礼とお誕生日のお祝いの気持ちは、素直に言葉で伝えるに留めよう。
「お美しゅうございますわ、ミラベル様」
「ありがとう。嬉しいわ」
ドレスの着付け、ヘアメイク、アクセサリー選び、全てが終わって鏡に自分の姿を映し、全身をチェックする。……うん。とても素敵に仕上がってる。腕の良い侍女たちのおかげだわ。さすが王宮勤めの侍女。
胸元のルビーのネックレス。その下に下がりキラリと光る月のモチーフをそっと撫でる。思えばこうして華やかなパーティーの場にこれを着けていくのは初めてだわ。結婚する時に母から持たせてもらったけれど、ハセルタイン伯爵家に嫁いでからは一度もパーティーなんかに参加させてはもらえなかったから。
(ふふ。きっととても素敵なパーティーよ。楽しみね、お母様)
まるでそこに母の魂が宿っているような気持ちになって、私は心の中でひそかにそう語りかけた。
「今夜のパーティーは特別なものになりますわね」
「ええ、たしかに。皆様そわそわしていらっしゃると思いますわ」
鏡の前に立つ私に、侍女たちがにこやかに話しかける。
「今夜のパーティーで、いよいよセレオン王太子殿下のご婚約が正式に発表されるのではと、もっぱらの噂でございますもの」
「……っ、」
その言葉に心臓が跳ね、体が強張る。形容しがたいモヤモヤした感情が湧き上がり、急に気持ちが重くなった。
「そうですわね。ウィリス侯爵家のダイアナ様が候補者から外れたとのことですし、やはり今夜、王太子殿下のお誕生日というこの節目の日に、オルブライト公爵家のジュディ様との婚約が発表されるでしょうね」
「……ええ。きっとそうよね」
侍女たちの楽しそうな様子に私も話を合わせながら、やはりそうなのかと沈んだ気持ちになる。セレオン様はもう25歳になられるのだもの。事情があったとはいえ、これまでご婚約者が決まっていなかったことが不思議なのだから。きっとすぐ、ご結婚の運びになるんだろうな。
あの、オルブライト公爵令嬢と……。
「……。」
おめでたいことのはずなのに、私の心はまるでドロドロとした底のない沼の中に引きずり込まれていくようだった。私はなぜ、こんなに落ち込んでいるんだろう。
その理由に、本当はもう気付いている。けれど、私は慌てて思考を逸らした。これ以上考えてはいけない。セレオン殿下とオルブライト公爵令嬢のご婚約が発表されたら、私も会場の皆と同じように笑顔で拍手を送り、お二人を祝福しなくては。
気付いてしまった身の程知らずの恋心は、このまま誰にも知られないうちに、なかったことにしてしまおう。
一人そっと決意した瞬間、胸の奥に泣きたくなるほどの痛みを覚えた。
大広間の周りにはすでにたくさんの人々が集まり、順に中に入っていっている。少し派手過ぎはしないかと心配したけれど、このくらい華やかにしてきてよかった。皆さんすごいわ。なんてきらびやかなんでしょう。
(アリューシャ様は……、まだみたいね。……あ、そうか。王族の方々は最後に入場されるのよね)
それからしばらくの間、私は悪目立ちしないよう注意しながら、姿勢を正して隅の方に立っていた。皆が思い思いに歓談し、場の空気を楽しんでいるみたい。見ているだけでドキドキする。あまりの規模の大きさと会場の華やかさに、王妃陛下のお茶会に参加した時以上に気分が高揚していた。
やがて王族の方々の入場が告げられ、国王陛下、王妃陛下をはじめとする面々が堂々たる姿で入ってこられた。セレオン殿下に続き、アリューシャ王女も入場される。
(……まぁ。今夜もとても素敵ね)
アリューシャ王女は可憐な桃色のドレスを身にまとい、ダイヤモンドのネックレスを着けていた。
そしてその耳には、先日私が贈ったばかりのルビーのイヤリングが着けられている。
そのことに気付き胸が温かくなり、アリューシャ王女が目の前を通り過ぎていく時に、私は思わず微笑んでいた。
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