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王太子殿下の心変わり
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私は傷付いていた。とても深く。
幼い頃からの婚約者であるレオニス王太子殿下の態度が、ある日を境に突然変わってしまったから。
優しく愛情深かった、大好きなレオニス殿下。5つ年上の、私の大切な人。その美しい翠色の瞳はいつも私を見つめる時だけ、特別な熱を帯びていた。
それなのに。
「うふふっ。またレオニス殿下からお声がかかったわ!庭園の薔薇が見事に咲いたから、一緒に散歩でもどうか、ですって!」
「まぁ、殿下はすっかりあなたに夢中なようね、ヴィエナ。婚約者を差し置いて、あなたにばかりお声がかかっているじゃないの」
義母がこちらをチラリと見ながら義妹にそう言った。二人の声は弾んでいる。
「そうなのよぉ。でもいいのかしら、私ばかり…。使者の方が扉の前で待っているのだけれど」
「いいに決まっているじゃないの、ヴィエナ。相手はこの国の王太子殿下。あの娘に変な気を遣って殿下のご希望をないがしろにするわけにはいかないもの」
「やっぱりそうよねぇ?じゃあ急いで支度しなくちゃ!うふふふふ。……ちょっと、どいてくださる?邪魔よあなた」
義妹は広い廊下でわざわざ私の真横を通り肩にドンッ、と強くぶつかると、よろめく私を振り返りもせずにそのまま去っていった。
母亡き後3年が経ち、父であるエルスワース公爵が再婚した。
義母となったヘザーには一人娘のヴィエナがおり、彼女は私の2つ年下だった。
父と共に我がエルスワース家の屋敷にやって来たその日から、二人は私にとても冷たかった。新しい家族と上手くやっていきたくて私なりにどうにか打ち解けようと頑張ってみたけれど、義母も義妹も私のことはまるで敵だとでも思っているようだった。
「ねぇ、無駄に話しかけてくるのは止めてくださる?あなた。鬱陶しいのよ」
「そうよ!一体何のつもりなの?馴れ馴れしくしないで!私たちにとって、あなたは赤の他人。家族になったのはお義父様だけよ!」
そんなことを言い放っては傷付いて部屋から出て行く私をクスクスと笑っていた。
やがてそれは辛辣な虐めに変わりはじめた。
「ねぇロシェル、あなたヴィエナに意地悪なことを言ったでしょう?所詮落ちぶれかけていた田舎の伯爵家の人間が、貧乏生活から脱却したくてうちのような羽振りの良い公爵家の当主である父に擦り寄ってきたんでしょう、とか」
「え…っ?ま、まさか…。私そんなこと一言も言っていません!」
「嘘よお母様!ここへ来た頃言っていたわ!遠路はるばるどうのこうの、慣れない生活で大変でしょうがどうのこうのって。私たちを馬鹿にしてるのよ!」
「そ、そんな……!違います!私はただ、遠方へ嫁いで来られたお義母様とヴィエナを気遣って…」
「お黙りなさい!!」
こうして父のいない時を見計らっては私に妙な言いがかりをつけ頬をぶってきたりした。「あなたばかり贅沢をするのは良くないわ。私たちと本当の家族になりたいのならば、高価な持ち物は妹にも分けてあげるべきよ。そうでしょう?」などと言っては私のアクセサリーやドレス、靴や髪飾りにいたるまで同意もなしにヴィエナの部屋に持っていかれるようにもなった。
耐え難いストレスを感じるようになっていたけれど、母を失い、ようやく再婚したばかりの父の生活に水を差したくなかった。今はとにかく、我慢しよう。いつかこの状況もきっと好転するわ。自分にそう言い聞かせながら、私は日々をやり過ごした。
二人が我が家にやって来てから数ヶ月経った頃、王城で舞踏会が行われた。
私はエルスワース公爵令嬢として、そしてレオニス殿下の婚約者として、父や新しい家族たちと共に出席した。大広間に入り、やって来た王家の方々に4人揃ってご挨拶に行く。国王陛下、王妃陛下へのご挨拶が終わると、父はレオニス殿下に二人を紹介した。
「レオニス王太子殿下、こちらが妻となりましたヘザー、そしてその娘のヴィエナでございます。どうぞ、お見知り置きを」
「……ヴィエナ……。美しいな」
その瞬間から、レオニス殿下は義妹のヴィエナに釘付けだった。そばにいる私には目もくれず、ただヴィエナのことだけを見つめていた。愛しい殿下にお会いするためだけに精一杯着飾ってきた私のことは完全に無視して、殿下はヴィエナに言った。
「…今夜のファーストダンスを、君と踊りたい」
「ま、まぁ…っ、殿下…っ」
ヴィエナは瞳を潤ませ頬を真っ赤に染めると、差し出された殿下の手を取った。義母のヘザーは息を呑み、目を輝かせてその光景を見つめていた。
(殿下……どうして……?)
フロアの中央で優しい瞳をヴィエナに向けて踊る殿下を、私は信じられない思いで見つめていた。殿下がファーストダンスを私以外の女性と踊ったことなど、ただの一度もない。
「……ね、あのお方は…?」
「例のエルスワース公爵の後妻の方、その連れ子だそうよ」
「…ということは…、あの南方の領土の…?」
「ええ。没落寸前と言われていた、あの亡きソーウェル伯爵家のご令嬢よ。まさかレオニス殿下があの方とファーストダンスを踊られるなんて…」
「まさか、殿下はあの方にお心を…」
「ま…、そんな、それではロシェル様が…、」
呆然とする私の耳に、周囲の人々の小さな声が棘のように刺さる。隣にいた義母がクスリと笑って言った。
「残念だったわね。どうやらレオニス王太子殿下は私の娘に夢中になってしまわれたようだわ」
幼い頃からの婚約者であるレオニス王太子殿下の態度が、ある日を境に突然変わってしまったから。
優しく愛情深かった、大好きなレオニス殿下。5つ年上の、私の大切な人。その美しい翠色の瞳はいつも私を見つめる時だけ、特別な熱を帯びていた。
それなのに。
「うふふっ。またレオニス殿下からお声がかかったわ!庭園の薔薇が見事に咲いたから、一緒に散歩でもどうか、ですって!」
「まぁ、殿下はすっかりあなたに夢中なようね、ヴィエナ。婚約者を差し置いて、あなたにばかりお声がかかっているじゃないの」
義母がこちらをチラリと見ながら義妹にそう言った。二人の声は弾んでいる。
「そうなのよぉ。でもいいのかしら、私ばかり…。使者の方が扉の前で待っているのだけれど」
「いいに決まっているじゃないの、ヴィエナ。相手はこの国の王太子殿下。あの娘に変な気を遣って殿下のご希望をないがしろにするわけにはいかないもの」
「やっぱりそうよねぇ?じゃあ急いで支度しなくちゃ!うふふふふ。……ちょっと、どいてくださる?邪魔よあなた」
義妹は広い廊下でわざわざ私の真横を通り肩にドンッ、と強くぶつかると、よろめく私を振り返りもせずにそのまま去っていった。
母亡き後3年が経ち、父であるエルスワース公爵が再婚した。
義母となったヘザーには一人娘のヴィエナがおり、彼女は私の2つ年下だった。
父と共に我がエルスワース家の屋敷にやって来たその日から、二人は私にとても冷たかった。新しい家族と上手くやっていきたくて私なりにどうにか打ち解けようと頑張ってみたけれど、義母も義妹も私のことはまるで敵だとでも思っているようだった。
「ねぇ、無駄に話しかけてくるのは止めてくださる?あなた。鬱陶しいのよ」
「そうよ!一体何のつもりなの?馴れ馴れしくしないで!私たちにとって、あなたは赤の他人。家族になったのはお義父様だけよ!」
そんなことを言い放っては傷付いて部屋から出て行く私をクスクスと笑っていた。
やがてそれは辛辣な虐めに変わりはじめた。
「ねぇロシェル、あなたヴィエナに意地悪なことを言ったでしょう?所詮落ちぶれかけていた田舎の伯爵家の人間が、貧乏生活から脱却したくてうちのような羽振りの良い公爵家の当主である父に擦り寄ってきたんでしょう、とか」
「え…っ?ま、まさか…。私そんなこと一言も言っていません!」
「嘘よお母様!ここへ来た頃言っていたわ!遠路はるばるどうのこうの、慣れない生活で大変でしょうがどうのこうのって。私たちを馬鹿にしてるのよ!」
「そ、そんな……!違います!私はただ、遠方へ嫁いで来られたお義母様とヴィエナを気遣って…」
「お黙りなさい!!」
こうして父のいない時を見計らっては私に妙な言いがかりをつけ頬をぶってきたりした。「あなたばかり贅沢をするのは良くないわ。私たちと本当の家族になりたいのならば、高価な持ち物は妹にも分けてあげるべきよ。そうでしょう?」などと言っては私のアクセサリーやドレス、靴や髪飾りにいたるまで同意もなしにヴィエナの部屋に持っていかれるようにもなった。
耐え難いストレスを感じるようになっていたけれど、母を失い、ようやく再婚したばかりの父の生活に水を差したくなかった。今はとにかく、我慢しよう。いつかこの状況もきっと好転するわ。自分にそう言い聞かせながら、私は日々をやり過ごした。
二人が我が家にやって来てから数ヶ月経った頃、王城で舞踏会が行われた。
私はエルスワース公爵令嬢として、そしてレオニス殿下の婚約者として、父や新しい家族たちと共に出席した。大広間に入り、やって来た王家の方々に4人揃ってご挨拶に行く。国王陛下、王妃陛下へのご挨拶が終わると、父はレオニス殿下に二人を紹介した。
「レオニス王太子殿下、こちらが妻となりましたヘザー、そしてその娘のヴィエナでございます。どうぞ、お見知り置きを」
「……ヴィエナ……。美しいな」
その瞬間から、レオニス殿下は義妹のヴィエナに釘付けだった。そばにいる私には目もくれず、ただヴィエナのことだけを見つめていた。愛しい殿下にお会いするためだけに精一杯着飾ってきた私のことは完全に無視して、殿下はヴィエナに言った。
「…今夜のファーストダンスを、君と踊りたい」
「ま、まぁ…っ、殿下…っ」
ヴィエナは瞳を潤ませ頬を真っ赤に染めると、差し出された殿下の手を取った。義母のヘザーは息を呑み、目を輝かせてその光景を見つめていた。
(殿下……どうして……?)
フロアの中央で優しい瞳をヴィエナに向けて踊る殿下を、私は信じられない思いで見つめていた。殿下がファーストダンスを私以外の女性と踊ったことなど、ただの一度もない。
「……ね、あのお方は…?」
「例のエルスワース公爵の後妻の方、その連れ子だそうよ」
「…ということは…、あの南方の領土の…?」
「ええ。没落寸前と言われていた、あの亡きソーウェル伯爵家のご令嬢よ。まさかレオニス殿下があの方とファーストダンスを踊られるなんて…」
「まさか、殿下はあの方にお心を…」
「ま…、そんな、それではロシェル様が…、」
呆然とする私の耳に、周囲の人々の小さな声が棘のように刺さる。隣にいた義母がクスリと笑って言った。
「残念だったわね。どうやらレオニス王太子殿下は私の娘に夢中になってしまわれたようだわ」
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