SPIRITS TIMES ARMS

西順

文字の大きさ
86 / 103

恥辱に悶える

しおりを挟む
「フェイルーラ様」

 自分を呼ぶシルキーな声が耳をくすぐる。インシグニア嬢が身体を寄せ、その、人を魅了する声を発する唇を、俺へ段々と近付けてくる。このまま口付けをするのかと、心臓が初めてな程に高鳴るのを感じながら、インシグニア嬢の唇に自分の唇を━━、

「…………夢か」

 部屋が暗い。まだ夜のようだ。

「ぬうわああああああああ」

 ベッドの中で布団を被り、身を左右によじる。は、恥ずかしい! 昼間にインシグニア嬢に少し褒められただけで、こんな無粋な夢を見てしまうなんて! なんて浅ましいんだ俺は!

 そのまま10分程ベッドの中で身悶えた俺は、すっかり目を覚ましてしまい、寝るに寝れはなくなった為に、起き上がり、ハーブティーを淹れる。

 ハーブティーの入ったカップを持ちながら、カーテンを開いて外の様子に目を遣ると、昼間の雨は上がったようだが、空はまだ雲に覆われていて、月は見えなかった。少し悲しい。

 悲しいから、それを表現したくなって、カップをテーブルに置くと、椅子に座り、エラトを取り出す。

 六弦のエラトに爪は三つ。それをアドリブで曲とも言えないようなものを奏でていく。遠く離れて姿を隠した月に、想いを届けるように。

「嗚呼~♪ 意地悪な乙女♪ 貴女は何故か♪ その瞳を見せてくれない♪ 御簾みすで美しい瞳を隠し♪ 貴女のに映るその心を♪ 誰にも教えない♪ 教え~て~♪ その想いを♪ 教え~て~♪ その気持ちを♪ その細い弦のような唇から♪ その絹のように美しい声から♪ 貴女の御業に僕は弄ばれたい♪ その瞳に僕は映っているのだろうか♪ 僕の心が♪ 貴女と添い遂げたいと渇望している♪ 嗚呼~♪ 嗚呼~♪」

 …………いや、インシグニア嬢へのラブレターやんけ! ぬうわあっ! 恥ずかしい! 向こうからしたら、親が決めた婚約者なだけなのに、こっち側だけ盛り上がっているとか、超絶恥ずかしい! うう、たった五日でここまでメロメロになるとか、はあ、今まで女性との接触が殆どなかった弊害だろう。いや、派閥の女性陣はいるけど、あっちは身内認定だから。

 いや、インシグニア嬢も身内認定になるけど。兄弟姉妹と婚約者はやはり違う。そう、そうなのだ。そう、婚約者なのだし、少しくらい恋心を抱いても間違いじゃないよね? そう言う事にしていないと、俺の心がインシグニア嬢への恋心に溢れて止められなくなりそうだ。

『歌姫』だもんなあ。第一婚約者は俺一人であっても、他所で第二婚約者や恋人を作る可能性もあるもんなあ。…………そんな事されたら、嫉妬で今日以上に悶え苦しむかも知らん。…………寝よ。寝て、リセットしよ。

 ✕✕✕✕✕

 ドンドンドンドンと部屋の扉を叩く音で目が覚めた。部屋は明るい朝日に照らされている。あれから、ベッドの中でずっと悶々としていたせいで、何時寝たのか覚えていない。多分朝方だったと思う。

 ドンドンドンドンとまた部屋の扉が叩かれた。何事? 俺はのそりのそりとベッドから這い出て、着替えるのも面倒臭く、寝間着のまま部屋の扉を開いた。

「何? 緊急事態?」

 言いながら扉を開けると、立っていたのはジュウベエ君だ。そんなジュウベエ君を、アーネスシスともう一人の派閥の男子が羽交い締めにしている。本当に何事?

「フェイルーラ! 闘技場に行くぞ!」

「は? え? 何事? 本当に何?」

「フェイルーラ、お前今日は暇なんだろ!? だったら闘技場でランクアップだ!」

 …………本当に何? ジュウベエ君からアーネスシスに視線を向ける。

「どうやらジュウベエ君は今日も闘技場でランクバトルをしたいらしく、それへのお誘いのようです」

 …………。

「何で俺がジュウベエ君のランク戦の観戦に行かないといけないの?」

「お前も出るんだよ!」

 ジュウベエ君が喚く。俺も?

「何故?」

「闘技場で上位のランクに鎮座するのは、決闘者デュエリストとして栄誉な事だろ!」

 …………。

「私は別に決闘中毒デュエルジャンキーじゃないから、闘技場に通い詰めるつもりはないんだけど?」

「何でだ!? フェイルーラくらい強ければ、すぐにも上位に行けるだろう! チェックメイターにだってすぐになれる!」

 それはどうだろう? 闘技場の上位は、また王城とは違った魔窟と聞き及んでいる。

「ジュウベエ君も私も、良くて中位くらいだと思うよ」

「ほほう。フェイルーラがそこまで言うのか。益々楽しみだな!」

 俺は別に楽しみじゃないんだが?

「行くなら勝手に行ってくれる?」

「何でだ!?」

 喚くジュウベエ君。

「俺は闘技場は二年目からと決めているんだよ。一年目から闘技場で闘えば、他寮に対して手の内を晒す事になるからね」

 これを聞けばジュウベエ君も渋面となる。理解して貰えたらしい。

「ジュウベエ君たちが闘技場に通うのは止めないよ。ただ今日は俺には休日だ。俺はもう一回寝るから。同行は……、派閥から誰か一人で良いかな?」

「はい。問題ないかと。ジュウベエ君たちも、闘技場から追い出されるのは嫌なのか、昨日も闘技場の規則は遵守していましたから」

「じゃあそれで」

 アーネスシスとそんなやり取りを交わし、まだ喚くジュウベエ君を放置して、部屋の扉を閉めようとしたところで、うちの派閥の一人が廊下を早足でこちらへやって来る。俺の姿を見てホッとしている。もう~、また揉め事?

 ✕✕✕✕✕

「ま~た、闘技場に来る事になってしまった」

 バスから降り、見上げるは闘技場。うちの派閥にジュウベエ君の派閥全員でまた闘技場に来ていた。

「よっしゃ! やってやろうぜ!」

 昨日グーシーたちに追い付けなかったのが余程我慢ならなかったのだろう。ジュウベエ君たちはとてもやる気のご様子だ。

「悪いな。休日に呼び出したりして」

 俺たちを出迎えてくれたのは、ジェンタール兄上だ。俺が闘技場に来る事になった理由がジェンタール兄上、いや、

「スフィアン殿下が、お前の闘う姿を見てみたい。とご所望でな」

 まあ、こちらは断る事も出来たけれど、一度くらい王太子に恩を売っておいても良い。と判断してここに来た。

「兄上、テレフォンでも言いましたが、スフィアン王太子殿下の要望で俺の闘いを見せるのは今回だけです。それに、アレを使うかは俺が決めます。これ以上を望むなら、セガン陛下から忠告して貰うから。これは本気だよ」

「ああ。スフィアン殿下にも、その辺は諫言かんげん申し上げた。殿下も、謁見の間での件は理解しておいでだ。それでも好奇心が勝ってしまったのだろう。何せ幻の技だからな」

 はあ。別に俺からしたら幻でも何でもないんだけどなあ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

黄金の魔導書使い  -でも、騒動は来ないで欲しいー

志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。 そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。 ‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!! これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。 「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...