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蛇蝎の如く

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 十二戦終わり、位階ランクが一つ上がったフェイルーラが、一旦控え室に戻ってくると、控え室は葬式のような沈んだ空気に包まれていた。

 ジュウベエやその派閥の少年たち、それに他の決闘者たちは、フェイルーラの顔を見るなり、明らかに引いていた。

「お疲れ様です」

 空間魔法陣から水筒を出して渡してきたグーシーにフェイルーラは、それを受け取りながら、

「何これ?」

 とこの現状を尋ねるが、グーシーも、派閥の他の面々も苦笑いをするばかりだ。

「いや、何これ? じゃないだろ」

 そんなフェイルーラにツッコみを入れたのはジュウベエだ。わざわざ一階で観戦した後に戻ってきたのかフェイルーラには分からない事だったが、試合から戻ってきて言われた言葉がこれで、フェイルーラは眉を寄せる。

「何だよ、あの闘い。闘いって言うより、殺人現場を観せられた気分なんだが」

 フェイルーラはジュウベエからツッコみを受け、視線を上方に向けて、何やら考えてから、またジュウベエと向き合う。

「殺し合いなんだから、何か問題があるのか?」

 顔色一つ変えないフェイルーラに、頬を引き攣らせるジュウベエ。

「あれだけ彼我の実力差があったなら、他にやり様があっただろ。わざわざ見せしめのように殺すなよ」

「そうじゃない」と言外に説明するジュウベエだが、フェイルーラは首を傾げるばかりだ。

「ほぼ一撃で仕留めた方が、相手も苦しまなくて済むだろ? ジュウベエ君だって、昨日は低階層では一撃で無双していたと聞いているけど?」

 フェイルーラの指摘に、天を仰ぐジュウベエ。確かにジュウベエも、ここにいるグーシーたちも、ほぼ一撃で十階層まで昇ってきている。それとフェイルーラの違いは何なのか、フェイルーラの闘いに不気味さを感じるのは何故なのか、ジュウベエはそれを表す言葉を持ち合わせていなかった。

 客観的に見れば、フェイルーラのやった事は魔力量の少ない者が、多い者を倒すと言うジャイアントキリングの側面があり、それは前回のフェイルーラ対ジュウベエの対戦のように、観戦者に爽快感を与えるものであるはずだった。

 しかしフェイルーラの闘いから、ジャイアントキリングと言う側面は見受けられなかった。それは明らかな上位者が、下位の者を圧倒する一方的な殺人だったからだ。

 魔力量が少ないのに、魔力量が多い者に対してそれを行った事は、観戦者の脳に混乱を起こさせ、それが、フェイルーラの闘いから不気味さを醸し出していた。底が知れない。と言う言葉とは違う、人間が踏み込んではいけない領域を不意に覗き込んでしまったような、禁忌に触れた。と言う忌避感を催す何かであった。

「そもそも、素手って。何だよ、あれ」

「カンフーだよ」

 ✕✕✕✕✕

「ダカツコッポー?」

 スフィアンがジェンタールにフェイルーラの技に付いて尋ねると、そんな言葉が返ってきた。

「はい。フェイルーラは幼い時に魔漏れで生死の境を彷徨いまして、その時にウェルソンがどこからか連れてきたリハビリの先生から治療とともに習ったのが、あのカンフー、兌活骨法だかつこっぽうです」

 これを聞いて眉間に軽くシワを寄せるスフィアン。兌活骨法。どこかで聞いた事のある武術名だったからだ。数瞬、思考を巡らせて、スフィアンはそれをすぐに思い出した。それと同時にスフィアンは後ろを振り返り、一人の男に視線を向ける。親衛隊の一人だ。これに対してその意図を理解した親衛隊員が首肯を返す。

「はい。私が使うカンフーも、一応兌活骨法です」

「一応?」

 これに眉間のシワを深めるスフィアン。

「はい。フェイルーラ君のリハビリの先生をしていたイーアル・ワン氏は、現在王立魔法学校で、ヴァストドラゴン寮の寮監をしており、頼めば師が極めたカンフー、兌活骨法を教えて下さいます」

「ふむ」

「しかし、兌活骨法には、二つの側面があるのです」

「ふむ?」

 首を傾げながらも、スフィアンは親衛隊員に先を促す。

「兌活骨法は、医武同源を掲げるカンフーであり、その武で敵を打ち倒すだけでなく、医療にも使われる武術です。ストレッチによる関節の可動域の拡大、武術の型である套路とうろによる速やかな肉体運用。更には人体全身を巡る魔力路内の魔力の排出孔である魔力孔を刺激する事で魔力の流れを良くしたり、ヘソの下にある魔力の発生源である丹田と言われる場所を強化する事で、素早く魔力を回復させるなど、兌活骨法の活用は多岐に渡ります」

「ふむ。成程。肉体だけでなく、霊体も強化する事で、より良く人体を活用する武術な訳か?」

 スフィアンの言に、眉尻を下げる親衛隊員。

「『兌活』骨法であれば、そこ止まりです」

「ふむ?」

「医武同源のダカツ骨法には、正の側面と負の側面があるのです。人を活かすのが『兌活』骨法なら、人を壊すのが『蛇蝎』骨法。人の肉体、霊体に精通する。と言う事は、人を壊す事に精通するのと同義です。どこを攻撃すれば的確に人体を壊せるか、兌活骨法を習うとそれが良く分かるようになるのです」

「…………それが、先程のフェイルーラの闘い方に繋がるのか」

「はい。フェイルーラ君は幼い頃より、二つのダカツ骨法、兌活と蛇蝎、その両方をイーアル・ワン氏から叩き込まれてきましたから、あのような一撃必殺になるのは当然の帰結かと」

 これを聞いたスフィアンとしては、恐らく二階層に昇ったところで、フェイルーラの闘い方がそう変わらないだろう事が、想像に難くない事を理解する。

「お前は、『蛇蝎』骨法は使えるのか?」

「いえ、イーアル・ワン氏は、ウェルソン司教がどこかから連れてきたフェイルーラ派閥ですので、習ったのは『兌活』骨法のみです。『蛇蝎』骨法が習えるのは、フェイルーラ派閥の人間だけです」

 これに嘆息するスフィアン。

「イーアル・ワン、ねえ。名前の響きから、シャーハン一族っぽいが、本名か?」

「分かりません。が、IDカードを見せて貰ったところ、この国アダマンティアでは、正式にイーアル・ワンと登録されています」

 シャーハン一族はアダマンティアから遥か東方の砂漠地帯と、広大な海洋を縄張りとする商売に長けた一族である。

 その栄華はかつて神の領域に最も近しいとまで言われた国家であったが、その行いは神の怒りに触れ、シャーハン一族の故郷は現在、『失楽園』と呼ばれる禁域となっている。

「はあ。ジェンタール、今日中にフェイルーラはインビジブル・バーストを使うと思うか?」

 スフィアンの問いに、ジェンタールは答えに詰まり、兌活骨法が使える親衛隊員の方に視線を向けるも、そちらも首を横に振る。

「フェイルーラの実力であれば、相手との魔力量に、三倍から四倍は差がなければ、蛇蝎骨法のみで倒せてしまうかと」

「三倍から四倍となると、三十階層か、四十階層の平均か」

 闘技場の位階の平均と、決闘者の魔力量には相関関係がある。それも五十階層や六十階層までで、それ以上は魔力量もそうだが、守護精霊の有無や戦闘技術の差が勝敗を分けてくる。そんな中、騎士貴族下位程度の魔力量であるフェイルーラは、魔力量的には本来であれば十階層以下に多い部類だ。

 そしてこれにも例外はある。フェイルーラのように元から突出した戦闘技術を持つ者や、ジュウベエのようにまだ闘技場に登録したばかりで、魔力量が多くとも決闘を重ねていない者などだ。

 闘技場で一旗揚げようと、全国どころか世界中から闘技場に来る者は少なくない為、この例外同士が下位層でぶつかる可能性も少なくない。帰るか帰らないか、観続けるか他に目を向けるか、スフィアンの悩みどころであった。

 フェイルーラは普通ではない。もしかしたら、インビジブル・バーストだけでなく、ニュービーの一日の最高到達記録も目撃出来るかも知れない。

「……ここに来て、まだ三十分か。気は進まぬが、己が望んだ事だ。午前中はここにいよう」

 インビジブル・バーストに関しては、母ガイシアからもジェンタールからもフェイルーラからも、女王案件である旨を重ねて言い聞かされているので、これ以上我儘を言えない為、覚悟を決めたスフィアンとしては、午前中のうちに、フェイルーラがインビジブル・バーストを使うよう願う事しか出来なかった。
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