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ハイポーション製造小話(後編)
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唐突だが、『空間庫』には種類がある。
一番スタンダードなのが、俺が使っている家タイプだ。家と呼ばれているくせに、家型の『空間庫』は生物を入れられない。その代わり、『空間庫』の中は基本的に時間が停止しており、温かい物を温かいまま、冷たい物を冷たいまま保存する事が可能となっている。容量はまちまちで、リュック程度のものから、物流倉庫以上のものまであるそうだ。俺とアンリさんの『空間庫』は、これでも日本の狭小住宅くらいあったりする。
『空間庫』と言って思い出すのが、バヨネッタさんの『宝物庫』だが、この『宝物庫』がどう言うものなのか、俺は良く知らない。生物は入れられるのか、中の時間は経過するのか、謎だらけの『空間庫』だが、一度その容量について聞いた事がある。
「そうねえ、島くらいかしら」
無限じゃないんだな。と思ったが、島と言っても大小様々だ。日本だって島国なのだから、日本並みの容量だと言われればデカいなんてものじゃない。
ちなみに無限容量の『空間庫』はあるのかな? と尋ねてみたが、
「神様なら持っているかもね」
との答えだった。どうやら『無限収納』はラノベやマンガの中だけの話らしい。ぶっちゃけ、「この『空間庫』、星一つ分収納出来ますよ!」と言われても使いこなせる気がしない。
『空間庫』には他にも種類がある。それがリットーさんが持つ庭園タイプだ。こちらは生物も収納出来る優れものだが、中の時間が外同様に経過する代物。時と場合によってゼストルスに入っていて貰う事もあるそうだ。ただし食料なんかはちゃんと管理していないと普通に腐るらしい。家型と庭園型、どちらも一長一短がある。
そして変わっているのが、オルさんの持っている実験室タイプ。これ普段の使い方としては家型と変わらず、時間の停止した『空間庫』内に物を納めて使用するのだが、この実験室型、生物を入れる事も可能な上に、定温のまま時間加速までもが出来るのだ。
つまり、ポーションとハイポーションの混合液を、オルさんの実験室型『空間庫』に入れて時間加速させると、たった一分で一ヶ月経過した混合液にして取り出す事が可能なのだ。凄えなスキルって。これがあれば地球の研究者たちは万々歳だ。
そんな訳で、0度から100度まで、10度刻みに十一個の保存ビンを用意し、次々とオルさんの『空間庫』に投入、魔力によって時間加速させて直ぐ様結果を調べてみた。
まず、色を見る。ポーションの緑とハイポーションの茶が混ざって、薄茶になっている。色的には実験前と変わっていなかった。俺のスマホで撮った写真と照らし合わせても、色の変化は見られなかった。リットーさんにスマホを奇異な目で見られたくらいだ。
次に匂いを嗅ぐ。これも変わらず。臭気計なんてものを持ち合わせていないので、感覚的な答えになってしまうが、少なくともハイポーションよりは匂いが柔らかいので、ポーションがハイポーションになった。と言う事はないだろう。
そして問題の味である。三人で少しずつ小皿に分けて飲み比べてみたが、俺にはそのどれもが薄いハイポーションのような味にしか思えなかった。思えば俺はどちらかと言えば貧乏舌だし、好き嫌いも特にないので、味の違いが分からないのかも知れない。
それを表していたのが、オルさんとリットーさんだった。二人は互いに顔を見合わせて、0度の混合液がほんの少しだけハイポーション味が強いと主張した。俺には違いが分からない。
「単に冷えているから味が変わって感じるんじゃないですか?」
俺の言葉に、二人してう~んと唸ってしまった。確信は持てていないらしい。
「じゃあ、この0度のやつ、もう少し時間加速させてみます?」
俺の提案にオルさんは首肯して、今度は一年の時間加速をさせてみた。
するとどうだろうか、オルさんの『空間庫』から出てきたのは、濃い茶色の液体だったのだ。俺たち三人は顔を見合わせた。
保存ビンの蓋を外せば、漂ってくるハイポーション特有の酸っぱい香り。これは! と胸をドキドキさせながら小皿に混合液を取り分けて、三人で味見をしてみる。
「! これは……」
「ハイポーションだ」
「ハイポーションだな!」
三人でニヤニヤしながら顔を見合わせていた。
「やったな! オル!!」
リットーさんがオルさんの肩を掴んで激しく揺さぶる。まるで我が事のように喜んでいるが、それも当然だろう。オルさんはモーハルド以外では製造不可能と言われていたハイポーションの製造を可能にしたのだから。
「ありがとうリットー。だが、浮かれてばかりもいられない」
と気を引き締め直すオルさん。
「なぜだ?」
「なぜ混合液がハイポーションになったのか、再度確認しなければいけないからだよ。これ一回では、偶然かも知れないからね」
研究者らしく、オルさんは慎重な男だった。
結果として分かったのは、ポーションを発酵させてハイポーションにする菌は、摂氏0度以下にならないと活性化しないと言う事実だった。それも温度が低ければ低い程活性化するらしく、0度よりマイナス5度、マイナス10度と、温度が低くなる程に混合液がハイポーションに変わる時間が短くなっていった。
そして、初め五対五で始めていた混合液作りも、一対九十九の割合で混合してもマイナス20度以下にすればポーションをハイポーションに変える事が可能である事が分かったのだ。
「凄い! 大発見だそこれは!!」
大喜びで部屋中を踊り回るリットーさんとは対照的に、オルさんは静かなものだった。
「嬉しくないんですか? ハイポーションを作れたって言うのに」
俺の言葉に、オルさんは少し複雑な笑みを浮かべて返した。
「そうだね。半々かな。結局、僕らが分かったのは、ハイポーションの助けを借りてポーションをハイポーションにする方法だからね。一からハイポーションを作り出せた訳じゃないだろう?」
言われてみれば確かにそうだけど。
「でも、大いなる前進だと思います。どうやらこの世にはポーションさえも発酵させる菌がいる事とか、0度以下じゃないと活性化しない菌がいる事とか、そんな、常識じゃ考えられない事実を、俺は今日知りましたから」
俺の言葉はオルさんにどう届いたのだろうか。オルさんは初め驚き、そして何か噛み締めるようにして頷き、最後に笑顔を返してくれた。
「そうだね」
その笑顔に俺も頷く。
「それに、菌なんてどこにだっているんですから、モーハルド以外にだってポーションを発酵させる菌がいてもおかしくないですよ」
「! それは確かにそうだね! う~ん、でも菌かあ」
とオルさんは俺の言葉を聞いて、腕を組み考え込んでしまった。
「菌と言えばきのこだな!」
とそこに割って入ってくるリットーさん。
「……きのこ。そうか、きのこかあ」
これは今後、オルさんのきのこ採集に付き合わされる日、なんてものもやって来るかも知れないなあ。
一番スタンダードなのが、俺が使っている家タイプだ。家と呼ばれているくせに、家型の『空間庫』は生物を入れられない。その代わり、『空間庫』の中は基本的に時間が停止しており、温かい物を温かいまま、冷たい物を冷たいまま保存する事が可能となっている。容量はまちまちで、リュック程度のものから、物流倉庫以上のものまであるそうだ。俺とアンリさんの『空間庫』は、これでも日本の狭小住宅くらいあったりする。
『空間庫』と言って思い出すのが、バヨネッタさんの『宝物庫』だが、この『宝物庫』がどう言うものなのか、俺は良く知らない。生物は入れられるのか、中の時間は経過するのか、謎だらけの『空間庫』だが、一度その容量について聞いた事がある。
「そうねえ、島くらいかしら」
無限じゃないんだな。と思ったが、島と言っても大小様々だ。日本だって島国なのだから、日本並みの容量だと言われればデカいなんてものじゃない。
ちなみに無限容量の『空間庫』はあるのかな? と尋ねてみたが、
「神様なら持っているかもね」
との答えだった。どうやら『無限収納』はラノベやマンガの中だけの話らしい。ぶっちゃけ、「この『空間庫』、星一つ分収納出来ますよ!」と言われても使いこなせる気がしない。
『空間庫』には他にも種類がある。それがリットーさんが持つ庭園タイプだ。こちらは生物も収納出来る優れものだが、中の時間が外同様に経過する代物。時と場合によってゼストルスに入っていて貰う事もあるそうだ。ただし食料なんかはちゃんと管理していないと普通に腐るらしい。家型と庭園型、どちらも一長一短がある。
そして変わっているのが、オルさんの持っている実験室タイプ。これ普段の使い方としては家型と変わらず、時間の停止した『空間庫』内に物を納めて使用するのだが、この実験室型、生物を入れる事も可能な上に、定温のまま時間加速までもが出来るのだ。
つまり、ポーションとハイポーションの混合液を、オルさんの実験室型『空間庫』に入れて時間加速させると、たった一分で一ヶ月経過した混合液にして取り出す事が可能なのだ。凄えなスキルって。これがあれば地球の研究者たちは万々歳だ。
そんな訳で、0度から100度まで、10度刻みに十一個の保存ビンを用意し、次々とオルさんの『空間庫』に投入、魔力によって時間加速させて直ぐ様結果を調べてみた。
まず、色を見る。ポーションの緑とハイポーションの茶が混ざって、薄茶になっている。色的には実験前と変わっていなかった。俺のスマホで撮った写真と照らし合わせても、色の変化は見られなかった。リットーさんにスマホを奇異な目で見られたくらいだ。
次に匂いを嗅ぐ。これも変わらず。臭気計なんてものを持ち合わせていないので、感覚的な答えになってしまうが、少なくともハイポーションよりは匂いが柔らかいので、ポーションがハイポーションになった。と言う事はないだろう。
そして問題の味である。三人で少しずつ小皿に分けて飲み比べてみたが、俺にはそのどれもが薄いハイポーションのような味にしか思えなかった。思えば俺はどちらかと言えば貧乏舌だし、好き嫌いも特にないので、味の違いが分からないのかも知れない。
それを表していたのが、オルさんとリットーさんだった。二人は互いに顔を見合わせて、0度の混合液がほんの少しだけハイポーション味が強いと主張した。俺には違いが分からない。
「単に冷えているから味が変わって感じるんじゃないですか?」
俺の言葉に、二人してう~んと唸ってしまった。確信は持てていないらしい。
「じゃあ、この0度のやつ、もう少し時間加速させてみます?」
俺の提案にオルさんは首肯して、今度は一年の時間加速をさせてみた。
するとどうだろうか、オルさんの『空間庫』から出てきたのは、濃い茶色の液体だったのだ。俺たち三人は顔を見合わせた。
保存ビンの蓋を外せば、漂ってくるハイポーション特有の酸っぱい香り。これは! と胸をドキドキさせながら小皿に混合液を取り分けて、三人で味見をしてみる。
「! これは……」
「ハイポーションだ」
「ハイポーションだな!」
三人でニヤニヤしながら顔を見合わせていた。
「やったな! オル!!」
リットーさんがオルさんの肩を掴んで激しく揺さぶる。まるで我が事のように喜んでいるが、それも当然だろう。オルさんはモーハルド以外では製造不可能と言われていたハイポーションの製造を可能にしたのだから。
「ありがとうリットー。だが、浮かれてばかりもいられない」
と気を引き締め直すオルさん。
「なぜだ?」
「なぜ混合液がハイポーションになったのか、再度確認しなければいけないからだよ。これ一回では、偶然かも知れないからね」
研究者らしく、オルさんは慎重な男だった。
結果として分かったのは、ポーションを発酵させてハイポーションにする菌は、摂氏0度以下にならないと活性化しないと言う事実だった。それも温度が低ければ低い程活性化するらしく、0度よりマイナス5度、マイナス10度と、温度が低くなる程に混合液がハイポーションに変わる時間が短くなっていった。
そして、初め五対五で始めていた混合液作りも、一対九十九の割合で混合してもマイナス20度以下にすればポーションをハイポーションに変える事が可能である事が分かったのだ。
「凄い! 大発見だそこれは!!」
大喜びで部屋中を踊り回るリットーさんとは対照的に、オルさんは静かなものだった。
「嬉しくないんですか? ハイポーションを作れたって言うのに」
俺の言葉に、オルさんは少し複雑な笑みを浮かべて返した。
「そうだね。半々かな。結局、僕らが分かったのは、ハイポーションの助けを借りてポーションをハイポーションにする方法だからね。一からハイポーションを作り出せた訳じゃないだろう?」
言われてみれば確かにそうだけど。
「でも、大いなる前進だと思います。どうやらこの世にはポーションさえも発酵させる菌がいる事とか、0度以下じゃないと活性化しない菌がいる事とか、そんな、常識じゃ考えられない事実を、俺は今日知りましたから」
俺の言葉はオルさんにどう届いたのだろうか。オルさんは初め驚き、そして何か噛み締めるようにして頷き、最後に笑顔を返してくれた。
「そうだね」
その笑顔に俺も頷く。
「それに、菌なんてどこにだっているんですから、モーハルド以外にだってポーションを発酵させる菌がいてもおかしくないですよ」
「! それは確かにそうだね! う~ん、でも菌かあ」
とオルさんは俺の言葉を聞いて、腕を組み考え込んでしまった。
「菌と言えばきのこだな!」
とそこに割って入ってくるリットーさん。
「……きのこ。そうか、きのこかあ」
これは今後、オルさんのきのこ採集に付き合わされる日、なんてものもやって来るかも知れないなあ。
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