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第二章 天使の翼
天使の翼①
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朝起きて、手元に置いてある水晶玉を手に取った羽音はホッと胸を撫で下ろす。
「よかった……冷たい」
水晶玉は、瑞稀に初めて会ったときのような、炎を思わせるほどの熱さはなく、逆に冷たい氷のようだ。彼に対する恐怖心は一晩経っても消え去ることはなく、起きたばかりだというのに、昨日のことを思い出した羽音の心を暗いものにしていく。
「九条君には会いたくない…」
しかし、この限られた学園の中で、どうやっても瑞稀を避けて生活することなどできない。
「生徒会長、おはようございます」
「おはようございます。来栖さん」
「あ、おはよう」
朝食をとる為に食堂に集まってきた生徒達の中に瑞稀の姿はなかった。
「まだ来ていないか……」
羽音はそっとため息をつく。こんな大勢の生徒達の前で、昨日みたいに取り乱すことなんてできない。妙な緊張感の中、羽音の額にじっとりと汗が滲んだ。
次の瞬間、ザワザワッと食堂がざわめくのを感じる。明らかに好奇と羨望の眼差しが、一人の生徒に向けられていた。
「あれが噂の編入生か……かっこいい」
「本当に噂の通り素敵な方だ」
「お近づきになりたいものだね」
ヒソヒソと話す声が、そこかしこで聞こえてくる。生徒達が見つめる視線の先には、瑞稀がいた。そんな中、瑞稀がキョロキョロと辺りを見渡し始めたから、明らかに誰かを探しているのがわかる。すると羽音を見つけた瞬間、嬉しそうな顔をしてこちらに歩み寄ってくるではないか。
「来栖さん!」
「……えッ……?」
そう名前を呼ばれた瞬間、羽音の心臓が痛いくらいに拍動を打ち始める。
キャソックの胸ポケットにある水晶玉が、昨日のようにどんどん熱を持っていくのを感じた。それと同時に甘い花の香りが辺りを包み込む。
「嫌だ……駄目だ……」
それと同時に、背中をゾワゾワッと何かが駆け抜けていくのを感じた。
──なんだ、これは……?
背中に感じる違和感はどんどん強くなっていき、段々と呼吸が荒くなっていく。無意識に自分の胸を鷲掴みにした。
「来ないで! 来ないでください……お願いだから!」
泣きそうな顔で瑞稀に向かって叫んだ。突然大声を出された瑞稀が、驚いたような顔をした後、傷付いた表情を浮かべる。
「九条君、ごめんなさい……でも、僕は、僕は……」
次の瞬間、羽音の目の前が真っ暗になり膝がガクンと折れる。意識を失った羽音は力なく床に崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?」
瑞稀は羽音を抱きとめようと、咄嗟に手を伸ばした。しかし、突然腕を摑まれて、その動きは阻止されてしまった。瑞稀が見やると、そこには自分の腕をしっかりとつかんだままの、ミスター・レンの姿がある。いつの間にか食堂に来ていたようだ。
「私が、来栖君を医務室へ運びますから、九条君は朝食を。一限目が始まってしまいますよ?」
「で、でも……」
「いいから朝食を」
「あ、はい……わかりました」
ミスター・レンに意味深な笑みを向けられた瑞稀は、不服そうな顔をしながらも黙って引き下がる。
「ん? 水晶玉が熱い。来栖君が言っていたのは、このことだったのか……」
ミスター・レンが羽音を抱き上げようとした時、羽音のキャソックのポケットに入っている水晶玉が異常に熱くなっていることに気付いたのだろう。眉を顰めている。
完全に意識を失った羽音は、ミスター・レンに抱きかかえられて医務室へと運ばれたのだった。
***
「うんッ……」
羽音が目を覚ましたのは、辺りが夕焼けに染まった頃だった。
「大丈夫ですか? 来栖君。朝倒れてから、ずっと寝ていたのですよ?」
「あ……ミスター・ハル……」
「本当にびっくりしましたよ。気を失った貴方を、ミスター・レンがここまで運んできてくれたのです」
「ミスター・レンが……」
「はい。それに、ミセス・サラも心配していました」
朝から昏々と眠り続けていた羽音を酷く心配した様子で見つめているのは、学校医のミスター・ハルだった。食堂で倒れた羽音を、ミスター・レンが医務室まで運んでくれたようだ。
ミスター・ハルは少しだけ長く伸びた栗色の髪と同じ、栗色の瞳がとても綺麗で……まるで女性のように柔らかな雰囲気を持った男だった。
「気分は悪くないですか?」
「はい……大丈夫です」
不安そうに俯く羽音の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「どうして僕は、九条君の傍にいるとこんな風になってしまうのでしょうか……」
「こんな風?」
「はい。心臓がドキドキして、息ができなくなって……僕おかしいんです。水晶玉は熱くなるし、九条君からは甘い花の香りがするし……」
今にも泣きそうな顔をしながら、シーツを握り締める。そんな羽音の背中を、ミスター・ハルはそっと、さすってくれた。
「そうですか……私は医者ですが、貴方の身に起きていることの、原因はわかりそうにありません……ごめんなさい」
「いえ、ミスター・ハルが謝ることではないですから」
「本当にごめんなさい。一番不安なのは、貴方でしょうに」
自分に全く非はないのに自分のことのように心を痛めてくれる優しい男に、羽音は逆に申し訳なくなってしまった。
「もう大丈夫ですから、寮に戻ります」
「それは結構ですが、九条君がいる限り、また同じような事態になりかねません。それでも大丈夫ですか?」
「はい。重々承知しています」
ミスター・ハルは、いつも羽音を気にかけては、温かい言葉をかけてくれる。ミスター・ハルには、普段他人に相談などできない性格の羽音もなんでも話せる気がした。
「大丈夫です。行ってみます」
「そうですか……しかし、十分に気をつけてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
端正な顔立ちのミスター・ハルに至近距離で覗き込まれれば、羽音はドキドキしてしまう。こんなにも、誰かが傍にいるということに慣れていない自分が情けなくなってしまった。
「よかった……冷たい」
水晶玉は、瑞稀に初めて会ったときのような、炎を思わせるほどの熱さはなく、逆に冷たい氷のようだ。彼に対する恐怖心は一晩経っても消え去ることはなく、起きたばかりだというのに、昨日のことを思い出した羽音の心を暗いものにしていく。
「九条君には会いたくない…」
しかし、この限られた学園の中で、どうやっても瑞稀を避けて生活することなどできない。
「生徒会長、おはようございます」
「おはようございます。来栖さん」
「あ、おはよう」
朝食をとる為に食堂に集まってきた生徒達の中に瑞稀の姿はなかった。
「まだ来ていないか……」
羽音はそっとため息をつく。こんな大勢の生徒達の前で、昨日みたいに取り乱すことなんてできない。妙な緊張感の中、羽音の額にじっとりと汗が滲んだ。
次の瞬間、ザワザワッと食堂がざわめくのを感じる。明らかに好奇と羨望の眼差しが、一人の生徒に向けられていた。
「あれが噂の編入生か……かっこいい」
「本当に噂の通り素敵な方だ」
「お近づきになりたいものだね」
ヒソヒソと話す声が、そこかしこで聞こえてくる。生徒達が見つめる視線の先には、瑞稀がいた。そんな中、瑞稀がキョロキョロと辺りを見渡し始めたから、明らかに誰かを探しているのがわかる。すると羽音を見つけた瞬間、嬉しそうな顔をしてこちらに歩み寄ってくるではないか。
「来栖さん!」
「……えッ……?」
そう名前を呼ばれた瞬間、羽音の心臓が痛いくらいに拍動を打ち始める。
キャソックの胸ポケットにある水晶玉が、昨日のようにどんどん熱を持っていくのを感じた。それと同時に甘い花の香りが辺りを包み込む。
「嫌だ……駄目だ……」
それと同時に、背中をゾワゾワッと何かが駆け抜けていくのを感じた。
──なんだ、これは……?
背中に感じる違和感はどんどん強くなっていき、段々と呼吸が荒くなっていく。無意識に自分の胸を鷲掴みにした。
「来ないで! 来ないでください……お願いだから!」
泣きそうな顔で瑞稀に向かって叫んだ。突然大声を出された瑞稀が、驚いたような顔をした後、傷付いた表情を浮かべる。
「九条君、ごめんなさい……でも、僕は、僕は……」
次の瞬間、羽音の目の前が真っ暗になり膝がガクンと折れる。意識を失った羽音は力なく床に崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?」
瑞稀は羽音を抱きとめようと、咄嗟に手を伸ばした。しかし、突然腕を摑まれて、その動きは阻止されてしまった。瑞稀が見やると、そこには自分の腕をしっかりとつかんだままの、ミスター・レンの姿がある。いつの間にか食堂に来ていたようだ。
「私が、来栖君を医務室へ運びますから、九条君は朝食を。一限目が始まってしまいますよ?」
「で、でも……」
「いいから朝食を」
「あ、はい……わかりました」
ミスター・レンに意味深な笑みを向けられた瑞稀は、不服そうな顔をしながらも黙って引き下がる。
「ん? 水晶玉が熱い。来栖君が言っていたのは、このことだったのか……」
ミスター・レンが羽音を抱き上げようとした時、羽音のキャソックのポケットに入っている水晶玉が異常に熱くなっていることに気付いたのだろう。眉を顰めている。
完全に意識を失った羽音は、ミスター・レンに抱きかかえられて医務室へと運ばれたのだった。
***
「うんッ……」
羽音が目を覚ましたのは、辺りが夕焼けに染まった頃だった。
「大丈夫ですか? 来栖君。朝倒れてから、ずっと寝ていたのですよ?」
「あ……ミスター・ハル……」
「本当にびっくりしましたよ。気を失った貴方を、ミスター・レンがここまで運んできてくれたのです」
「ミスター・レンが……」
「はい。それに、ミセス・サラも心配していました」
朝から昏々と眠り続けていた羽音を酷く心配した様子で見つめているのは、学校医のミスター・ハルだった。食堂で倒れた羽音を、ミスター・レンが医務室まで運んでくれたようだ。
ミスター・ハルは少しだけ長く伸びた栗色の髪と同じ、栗色の瞳がとても綺麗で……まるで女性のように柔らかな雰囲気を持った男だった。
「気分は悪くないですか?」
「はい……大丈夫です」
不安そうに俯く羽音の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「どうして僕は、九条君の傍にいるとこんな風になってしまうのでしょうか……」
「こんな風?」
「はい。心臓がドキドキして、息ができなくなって……僕おかしいんです。水晶玉は熱くなるし、九条君からは甘い花の香りがするし……」
今にも泣きそうな顔をしながら、シーツを握り締める。そんな羽音の背中を、ミスター・ハルはそっと、さすってくれた。
「そうですか……私は医者ですが、貴方の身に起きていることの、原因はわかりそうにありません……ごめんなさい」
「いえ、ミスター・ハルが謝ることではないですから」
「本当にごめんなさい。一番不安なのは、貴方でしょうに」
自分に全く非はないのに自分のことのように心を痛めてくれる優しい男に、羽音は逆に申し訳なくなってしまった。
「もう大丈夫ですから、寮に戻ります」
「それは結構ですが、九条君がいる限り、また同じような事態になりかねません。それでも大丈夫ですか?」
「はい。重々承知しています」
ミスター・ハルは、いつも羽音を気にかけては、温かい言葉をかけてくれる。ミスター・ハルには、普段他人に相談などできない性格の羽音もなんでも話せる気がした。
「大丈夫です。行ってみます」
「そうですか……しかし、十分に気をつけてくださいね」
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