9 / 61
第三章 君に触れたい
君に触れたい①
しおりを挟む
いつものように渡り廊下を抜けて、羽音はミセス・サラの元へと向かう。
もうすぐ、キリスト教を信仰する人々にとって、大切な日となるクリスマスがやって来る。皆にとって幸せな日でも、羽音には憂鬱な日だった。
「おはようございます。ミセス・サラ」
「あら、羽音。今日は遅かったのね」
「あ、はい。ちょっと寝坊をしてしまって……」
「そう。珍しいわね」
ミセス・サラが少しだけ驚いたような顔をしながらも、優しく手招きをする。
それと同時に湧き上がる強い強い罪悪感。昨夜自分は、甘い誘惑に負け、神父を志す学園に在学しておきながら、瑞稀との淫らな行為に酔いしれてしまった。それなのに、また瑞稀に触れられたいと思う自分もいる。あの快楽の世界を、もう一度だけでも垣間見たい。そう思ってしまうのだ。
「さぁ、羽音。こちらにいらっしゃい」
「はい。ミセス・サラ」
羽音は静かにミセス・サラのベッドの脇に跪いた。
──また痩せたな……。
ミセス・サラを見てそう思う。羽音と出会った頃に比べて、少しずつ衰弱をしてきている。それでも、その朝の眩しい日差しのような、優しく気高い笑顔は変わっていない。
羽音は、もう何度、この笑顔に救われてきただろうか。
「これを、貴方に」
ミセス・サラが羽音に手渡したのは、透明な小瓶だった。
「これは?」
羽音は首を傾げながらも、その小瓶を受け取る。小瓶の中には、黒いトロッとした液体が入っていた。
「これは、神から貴方に与えられた『滅びの黒薔薇』と呼ばれる聖水です。貴方が困った時……例えば、九条君が傍にいて、自分自身を見失いそうになった時。この聖水を飲めば、貴方は自分自身を見失わないで済むはずよ。きっと、神が貴方を助けてくれることでしょう」
「これを僕に?」
「えぇ。大切に使ってね」
そう羽音に向かって微笑むミセス・サラの笑顔は、透き通っていて、天使のように羽音には見えた。
***
「昨夜は、お騒がせして……申し訳ありませんでした」
「え? あ、あぁ。はい、大丈夫ですよ」
ミスター・ハルが頬を赤らめながら、自分の顔の前で両手を振っている。羽音は放課後、医務室を訪れ、学校医であるミスター・ハルに謝罪をした。
「でも、ちょっとだけ驚きました。まさか、九条君と貴方が……その、キスをしてるなんて。全く予想もしてなかったので、偶然見かけてしまい……申し訳ありませんでした」
本当にすまなそうに頭を下げるミスター・ハルを見れば、この男の人柄の良さが伝わってくる。
「でも、とてもお似合いでしたよ」
「え?」
「身長差とか、美男同士とか」
照れながらもにっこり微笑むミスター・ハルだって、十分過ぎるぐらい綺麗だ……と、羽音は思う。
「また、何か困ったことがあったら、いつでもいらしてくださいね」
「は、はい。本当にすみませんでした」
にっこり微笑むミスター・ハルに向かって、羽音は礼儀良くお辞儀をしてから、逃げるように医務室を後にしたのだった。
火照った頬が少しずつ冷めていくのを感じながら、羽音は自室へと急ぐ。その時、楽しそうな声が聞こえてきたから思わず足を止めた。
「瑞稀! こっちだ! パス!」
「いいぞ瑞稀!」
渡り廊下から校庭を見下ろせば、瑞稀と数人の生徒達がサッカーをしているのが見える。
校庭には、数人の生徒がいるにも関わらず、羽音には一目で瑞稀がどこにいるのかがわかってしまった。
「そりゃあ、わかるよ。九条君はかっこいい」
自分で言っていて、自分が情けなくなる。この容姿で人の目を引きはすれど、自分には瑞稀にあるようなキラキラとした魅力などないことは、わかっていた。
どこまでも真逆で、決して交わることなんてない二人。
立場や心が交わることができなくても、口付けはできるんだ……という現実が、羽音は悲しく思えた。
羽音は、そっと冷え切った自分の唇を指でなぞる。
それでも、自分はあのキラキラ輝く人物と、口付けを交わしたのだ。信じられないけど、それは夢なんかじゃない。
『可愛い』って、何度も何度も言ってくれた。優しく優しく抱き締めてくれた。
「なんであの時、九条君は僕の所に来てくれたんだろう……」
羽音はそれが不思議でならなかった。
「偶然? それとも、運命とか……?」
暗くなるまで、まるで子供みたいに遊ぶ瑞稀を、羽音は飽きる事なく眺め続けた。
「僕は君の傍にいられないけど、君の温もりを感じたいんだ」
冷たい北風が、羽音の柔らかい銀色の髪をサラサラと揺らした。
いつの間にか、金星が輝き出した空が、教会を淡い蒼色で包み込む。そんな穏やかな夕暮れだった。
もうすぐ、キリスト教を信仰する人々にとって、大切な日となるクリスマスがやって来る。皆にとって幸せな日でも、羽音には憂鬱な日だった。
「おはようございます。ミセス・サラ」
「あら、羽音。今日は遅かったのね」
「あ、はい。ちょっと寝坊をしてしまって……」
「そう。珍しいわね」
ミセス・サラが少しだけ驚いたような顔をしながらも、優しく手招きをする。
それと同時に湧き上がる強い強い罪悪感。昨夜自分は、甘い誘惑に負け、神父を志す学園に在学しておきながら、瑞稀との淫らな行為に酔いしれてしまった。それなのに、また瑞稀に触れられたいと思う自分もいる。あの快楽の世界を、もう一度だけでも垣間見たい。そう思ってしまうのだ。
「さぁ、羽音。こちらにいらっしゃい」
「はい。ミセス・サラ」
羽音は静かにミセス・サラのベッドの脇に跪いた。
──また痩せたな……。
ミセス・サラを見てそう思う。羽音と出会った頃に比べて、少しずつ衰弱をしてきている。それでも、その朝の眩しい日差しのような、優しく気高い笑顔は変わっていない。
羽音は、もう何度、この笑顔に救われてきただろうか。
「これを、貴方に」
ミセス・サラが羽音に手渡したのは、透明な小瓶だった。
「これは?」
羽音は首を傾げながらも、その小瓶を受け取る。小瓶の中には、黒いトロッとした液体が入っていた。
「これは、神から貴方に与えられた『滅びの黒薔薇』と呼ばれる聖水です。貴方が困った時……例えば、九条君が傍にいて、自分自身を見失いそうになった時。この聖水を飲めば、貴方は自分自身を見失わないで済むはずよ。きっと、神が貴方を助けてくれることでしょう」
「これを僕に?」
「えぇ。大切に使ってね」
そう羽音に向かって微笑むミセス・サラの笑顔は、透き通っていて、天使のように羽音には見えた。
***
「昨夜は、お騒がせして……申し訳ありませんでした」
「え? あ、あぁ。はい、大丈夫ですよ」
ミスター・ハルが頬を赤らめながら、自分の顔の前で両手を振っている。羽音は放課後、医務室を訪れ、学校医であるミスター・ハルに謝罪をした。
「でも、ちょっとだけ驚きました。まさか、九条君と貴方が……その、キスをしてるなんて。全く予想もしてなかったので、偶然見かけてしまい……申し訳ありませんでした」
本当にすまなそうに頭を下げるミスター・ハルを見れば、この男の人柄の良さが伝わってくる。
「でも、とてもお似合いでしたよ」
「え?」
「身長差とか、美男同士とか」
照れながらもにっこり微笑むミスター・ハルだって、十分過ぎるぐらい綺麗だ……と、羽音は思う。
「また、何か困ったことがあったら、いつでもいらしてくださいね」
「は、はい。本当にすみませんでした」
にっこり微笑むミスター・ハルに向かって、羽音は礼儀良くお辞儀をしてから、逃げるように医務室を後にしたのだった。
火照った頬が少しずつ冷めていくのを感じながら、羽音は自室へと急ぐ。その時、楽しそうな声が聞こえてきたから思わず足を止めた。
「瑞稀! こっちだ! パス!」
「いいぞ瑞稀!」
渡り廊下から校庭を見下ろせば、瑞稀と数人の生徒達がサッカーをしているのが見える。
校庭には、数人の生徒がいるにも関わらず、羽音には一目で瑞稀がどこにいるのかがわかってしまった。
「そりゃあ、わかるよ。九条君はかっこいい」
自分で言っていて、自分が情けなくなる。この容姿で人の目を引きはすれど、自分には瑞稀にあるようなキラキラとした魅力などないことは、わかっていた。
どこまでも真逆で、決して交わることなんてない二人。
立場や心が交わることができなくても、口付けはできるんだ……という現実が、羽音は悲しく思えた。
羽音は、そっと冷え切った自分の唇を指でなぞる。
それでも、自分はあのキラキラ輝く人物と、口付けを交わしたのだ。信じられないけど、それは夢なんかじゃない。
『可愛い』って、何度も何度も言ってくれた。優しく優しく抱き締めてくれた。
「なんであの時、九条君は僕の所に来てくれたんだろう……」
羽音はそれが不思議でならなかった。
「偶然? それとも、運命とか……?」
暗くなるまで、まるで子供みたいに遊ぶ瑞稀を、羽音は飽きる事なく眺め続けた。
「僕は君の傍にいられないけど、君の温もりを感じたいんだ」
冷たい北風が、羽音の柔らかい銀色の髪をサラサラと揺らした。
いつの間にか、金星が輝き出した空が、教会を淡い蒼色で包み込む。そんな穏やかな夕暮れだった。
4
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる