天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第三章 君に触れたい

君に触れたい①

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 いつものように渡り廊下を抜けて、羽音はミセス・サラの元へと向かう。
 もうすぐ、キリスト教を信仰する人々にとって、大切な日となるクリスマスがやって来る。皆にとって幸せな日でも、羽音には憂鬱な日だった。


「おはようございます。ミセス・サラ」
「あら、羽音。今日は遅かったのね」
「あ、はい。ちょっと寝坊をしてしまって……」
「そう。珍しいわね」
 ミセス・サラが少しだけ驚いたような顔をしながらも、優しく手招きをする。
 それと同時に湧き上がる強い強い罪悪感。昨夜自分は、甘い誘惑に負け、神父を志す学園に在学しておきながら、瑞稀との淫らな行為に酔いしれてしまった。それなのに、また瑞稀に触れられたいと思う自分もいる。あの快楽の世界を、もう一度だけでも垣間見たい。そう思ってしまうのだ。


「さぁ、羽音。こちらにいらっしゃい」
「はい。ミセス・サラ」
 羽音は静かにミセス・サラのベッドの脇に跪いた。
 ──また痩せたな……。
 ミセス・サラを見てそう思う。羽音と出会った頃に比べて、少しずつ衰弱をしてきている。それでも、その朝の眩しい日差しのような、優しく気高い笑顔は変わっていない。
 羽音は、もう何度、この笑顔に救われてきただろうか。


「これを、貴方に」
 ミセス・サラが羽音に手渡したのは、透明な小瓶だった。
「これは?」
 羽音は首を傾げながらも、その小瓶を受け取る。小瓶の中には、黒いトロッとした液体が入っていた。


「これは、神から貴方に与えられた『滅びの黒薔薇』と呼ばれる聖水です。貴方が困った時……例えば、九条君が傍にいて、自分自身を見失いそうになった時。この聖水を飲めば、貴方は自分自身を見失わないで済むはずよ。きっと、神が貴方を助けてくれることでしょう」
「これを僕に?」
「えぇ。大切に使ってね」
 そう羽音に向かって微笑むミセス・サラの笑顔は、透き通っていて、天使のように羽音には見えた。


 ***


「昨夜は、お騒がせして……申し訳ありませんでした」
「え? あ、あぁ。はい、大丈夫ですよ」
 ミスター・ハルが頬を赤らめながら、自分の顔の前で両手を振っている。羽音は放課後、医務室を訪れ、学校医であるミスター・ハルに謝罪をした。
「でも、ちょっとだけ驚きました。まさか、九条君と貴方が……その、キスをしてるなんて。全く予想もしてなかったので、偶然見かけてしまい……申し訳ありませんでした」
 本当にすまなそうに頭を下げるミスター・ハルを見れば、この男の人柄の良さが伝わってくる。


「でも、とてもお似合いでしたよ」
「え?」
「身長差とか、美男同士とか」
 照れながらもにっこり微笑むミスター・ハルだって、十分過ぎるぐらい綺麗だ……と、羽音は思う。
「また、何か困ったことがあったら、いつでもいらしてくださいね」
「は、はい。本当にすみませんでした」
 にっこり微笑むミスター・ハルに向かって、羽音は礼儀良くお辞儀をしてから、逃げるように医務室を後にしたのだった。


 火照った頬が少しずつ冷めていくのを感じながら、羽音は自室へと急ぐ。その時、楽しそうな声が聞こえてきたから思わず足を止めた。
「瑞稀! こっちだ! パス!」
「いいぞ瑞稀!」
 渡り廊下から校庭を見下ろせば、瑞稀と数人の生徒達がサッカーをしているのが見える。
 校庭には、数人の生徒がいるにも関わらず、羽音には一目で瑞稀がどこにいるのかがわかってしまった。
「そりゃあ、わかるよ。九条君はかっこいい」
 自分で言っていて、自分が情けなくなる。この容姿で人の目を引きはすれど、自分には瑞稀にあるようなキラキラとした魅力などないことは、わかっていた。


 どこまでも真逆で、決して交わることなんてない二人。
 立場や心が交わることができなくても、口付けはできるんだ……という現実が、羽音は悲しく思えた。
 羽音は、そっと冷え切った自分の唇を指でなぞる。


 それでも、自分はあのキラキラ輝く人物と、口付けを交わしたのだ。信じられないけど、それは夢なんかじゃない。
 『可愛い』って、何度も何度も言ってくれた。優しく優しく抱き締めてくれた。


「なんであの時、九条君は僕の所に来てくれたんだろう……」
 羽音はそれが不思議でならなかった。
「偶然? それとも、運命とか……?」
 暗くなるまで、まるで子供みたいに遊ぶ瑞稀を、羽音は飽きる事なく眺め続けた。


「僕は君の傍にいられないけど、君の温もりを感じたいんだ」
 冷たい北風が、羽音の柔らかい銀色の髪をサラサラと揺らした。
 いつの間にか、金星が輝き出した空が、教会を淡い蒼色で包み込む。そんな穏やかな夕暮れだった。

 
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