11 / 61
第三章 君に触れたい
君に触れたい③
しおりを挟む
その日の夕暮れは、とても赤かった。紅のような光に照らされ、真っ赤に染まる図書館を見下ろせる三階のフロアに足を運んでいた羽音は、またその姿を目敏く見つけてしまう。
瑞稀は、一階にいた。テーブルにひたむきな様子で向かい、勉強をしているようだった。羽音は吹き抜けになっている三階から瑞稀を見つめることしかできない。
九条君! ……そんなふうに、ここから羽音が叫べば、きっと瑞稀には聞こえるだろう。でも、それができなかった。名前を呼びたい。今すぐ、彼の近くに行きたい。羽音の心が葛藤を繰り返した。
「なんで、僕は汚らわしい存在なんだろう」
その事実が悲しくて、羽音の目の前が涙でユラユラと揺れた。
『キスして……』
あの日、瑞稀に素直にキスをねだった自分が羨ましかった。素直な羽音は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
『貴方が困った時……例えば、九条君が傍にいて、自分自身を見失いそうになった時。この聖水を飲めば、貴方は自分自身を見失わないで済むはずよ。きっと、神が貴方を助けてくれることでしょう』
ふとミセス・サラの言葉が脳裏を過る。
「あ、あの聖水……」
ポケットの中から一つの小瓶を取り出した。
「逆に、九条君が傍にいる時に飲めば……もしかしたら、あんな風にならないんじゃ……」
羽音の脳裏に、ひとつの考えが浮かぶ。
「この聖水を飲めば、いつもの僕で九条君の傍にいられるかもしれない。普通に、話ができるかもしれない」
きっとミセス・サラは、こんな目的の為にこの聖水を羽音にくれたわけではないだろう。そう思えば、羽音の心がグラグラとまるで天秤のように大きく揺れた。
「でも……ごめんなさい、ミセス・サラ。僕はどうしても、彼の傍に行きたいです」
小瓶の蓋を開けて、躊躇いながらも聖水を口へと流し込んだ。それは想像以上にドロドロしていて、その苦い味に、羽音は思わず顔を顰める。
──怖い。これを飲んだ僕は、どうなってしまうんだろう。でも、でも……。僕は、どうしても君の傍に行きたい。
羽音は、意を決して声を振りしぼった。
「九条君!」
「え?」
突然静かな図書館に響き渡った羽音の声に、瑞稀が大きく反応する。
「九条君、お願い……ここに来て……」
「来栖さん」
「僕の、傍に来て……」
羽音の悲痛な叫び声を聞いた瑞稀が、弾かれたように顔を上げて一瞬泣きそうな顔をした。
「もし、僕が君にそんな顔をさせているのだとしたら……」
羽音は手の甲で必死に涙を拭う。
「ごめんなさい……」
それでも、羽音の大きな瞳からは絶えず涙が溢れ出した。
「それでも、僕は君の傍にいたい……」
「来栖さん」
「お願い……」
放課後の図書館には、二人以外の生徒は居らず、羽音と瑞稀の声だけが広くて古い図書館に響き渡る。暖炉のついていない図書館は居座るには寒く、体がカタカタと震え出した。
ギギッと重い椅子が動く音が聞こえた後に、静かに階段を昇る音が聞こえてきた。その足音は、ゆっくりゆっくりと羽音に近付いてくる。
それと同時に、羽音の鼓動がどんどん速くなっていった。
「早く、来て……」
羽音は、瑞稀に触れたかった。
「来栖さん」
階段を昇る足音が止まり、羽音がゆっくり顔を上げれば、そこには彼が求めて止まない存在がいた。
「九条君……」
そっと名前を呼べば、やっぱり寂しそうに微笑む。その笑顔に、羽音の心が熱くなる。
ずっとずっと焦がれていたのに、決して交わってはいけない存在。でもそんな瑞稀が、今、手を伸ばせば届く所にいる。あの噎せ返るような、花の香りだってしないし、ポケットの水晶玉だって冷たいままだ。
編入してきた瑞稀と知り合って、初めて、真正面から彼と向き合うことができた瞬間だった。
瑞稀がそっと羽音に向かって囁く。
「来栖さん……傍に行ってもいいですか?」
羽音は夢中でコクコクと頷く。
「大丈夫、怖がらなくても大丈夫です」
羽音が怯えているのを察してか、瑞稀は一気に距離を詰めることはせずに、慎重な足取りで羽音に近付いてくる。
「どうか……水晶玉よ、熱くならないで。お願い……」
羽音は、キャソックの上から水晶玉を握り締めた。
「俺が怖くないですか?」
「はい。全然怖くないです」
いつの間にか夕日が沈んで、図書館を淡い月明かりが包み込んでいる。瑞稀が泣きそうな顔で微笑んだ。
「ずっとずっと、貴方の傍に行きたかった」
「瑞稀……」
「抱き締めても、いいですか?」
「…………」
「おいで、羽音」
瑞稀は、羽音に向かって大きく腕を広げた。
「怖いなら無理しなくていいです。でも、貴方も俺と同じ気持ちなら、貴方から俺の腕の中に来てください」
「瑞稀……」
「怖くないよ。ほら、おいで……」
「……瑞稀……!」
羽音は勢い良く、瑞稀の胸の中に飛び込む。その瞬間、羽音は温かくて大きな存在に包み込まれた。
瑞稀は、一階にいた。テーブルにひたむきな様子で向かい、勉強をしているようだった。羽音は吹き抜けになっている三階から瑞稀を見つめることしかできない。
九条君! ……そんなふうに、ここから羽音が叫べば、きっと瑞稀には聞こえるだろう。でも、それができなかった。名前を呼びたい。今すぐ、彼の近くに行きたい。羽音の心が葛藤を繰り返した。
「なんで、僕は汚らわしい存在なんだろう」
その事実が悲しくて、羽音の目の前が涙でユラユラと揺れた。
『キスして……』
あの日、瑞稀に素直にキスをねだった自分が羨ましかった。素直な羽音は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
『貴方が困った時……例えば、九条君が傍にいて、自分自身を見失いそうになった時。この聖水を飲めば、貴方は自分自身を見失わないで済むはずよ。きっと、神が貴方を助けてくれることでしょう』
ふとミセス・サラの言葉が脳裏を過る。
「あ、あの聖水……」
ポケットの中から一つの小瓶を取り出した。
「逆に、九条君が傍にいる時に飲めば……もしかしたら、あんな風にならないんじゃ……」
羽音の脳裏に、ひとつの考えが浮かぶ。
「この聖水を飲めば、いつもの僕で九条君の傍にいられるかもしれない。普通に、話ができるかもしれない」
きっとミセス・サラは、こんな目的の為にこの聖水を羽音にくれたわけではないだろう。そう思えば、羽音の心がグラグラとまるで天秤のように大きく揺れた。
「でも……ごめんなさい、ミセス・サラ。僕はどうしても、彼の傍に行きたいです」
小瓶の蓋を開けて、躊躇いながらも聖水を口へと流し込んだ。それは想像以上にドロドロしていて、その苦い味に、羽音は思わず顔を顰める。
──怖い。これを飲んだ僕は、どうなってしまうんだろう。でも、でも……。僕は、どうしても君の傍に行きたい。
羽音は、意を決して声を振りしぼった。
「九条君!」
「え?」
突然静かな図書館に響き渡った羽音の声に、瑞稀が大きく反応する。
「九条君、お願い……ここに来て……」
「来栖さん」
「僕の、傍に来て……」
羽音の悲痛な叫び声を聞いた瑞稀が、弾かれたように顔を上げて一瞬泣きそうな顔をした。
「もし、僕が君にそんな顔をさせているのだとしたら……」
羽音は手の甲で必死に涙を拭う。
「ごめんなさい……」
それでも、羽音の大きな瞳からは絶えず涙が溢れ出した。
「それでも、僕は君の傍にいたい……」
「来栖さん」
「お願い……」
放課後の図書館には、二人以外の生徒は居らず、羽音と瑞稀の声だけが広くて古い図書館に響き渡る。暖炉のついていない図書館は居座るには寒く、体がカタカタと震え出した。
ギギッと重い椅子が動く音が聞こえた後に、静かに階段を昇る音が聞こえてきた。その足音は、ゆっくりゆっくりと羽音に近付いてくる。
それと同時に、羽音の鼓動がどんどん速くなっていった。
「早く、来て……」
羽音は、瑞稀に触れたかった。
「来栖さん」
階段を昇る足音が止まり、羽音がゆっくり顔を上げれば、そこには彼が求めて止まない存在がいた。
「九条君……」
そっと名前を呼べば、やっぱり寂しそうに微笑む。その笑顔に、羽音の心が熱くなる。
ずっとずっと焦がれていたのに、決して交わってはいけない存在。でもそんな瑞稀が、今、手を伸ばせば届く所にいる。あの噎せ返るような、花の香りだってしないし、ポケットの水晶玉だって冷たいままだ。
編入してきた瑞稀と知り合って、初めて、真正面から彼と向き合うことができた瞬間だった。
瑞稀がそっと羽音に向かって囁く。
「来栖さん……傍に行ってもいいですか?」
羽音は夢中でコクコクと頷く。
「大丈夫、怖がらなくても大丈夫です」
羽音が怯えているのを察してか、瑞稀は一気に距離を詰めることはせずに、慎重な足取りで羽音に近付いてくる。
「どうか……水晶玉よ、熱くならないで。お願い……」
羽音は、キャソックの上から水晶玉を握り締めた。
「俺が怖くないですか?」
「はい。全然怖くないです」
いつの間にか夕日が沈んで、図書館を淡い月明かりが包み込んでいる。瑞稀が泣きそうな顔で微笑んだ。
「ずっとずっと、貴方の傍に行きたかった」
「瑞稀……」
「抱き締めても、いいですか?」
「…………」
「おいで、羽音」
瑞稀は、羽音に向かって大きく腕を広げた。
「怖いなら無理しなくていいです。でも、貴方も俺と同じ気持ちなら、貴方から俺の腕の中に来てください」
「瑞稀……」
「怖くないよ。ほら、おいで……」
「……瑞稀……!」
羽音は勢い良く、瑞稀の胸の中に飛び込む。その瞬間、羽音は温かくて大きな存在に包み込まれた。
4
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる