天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第四章 交わってはいけない二人

交わってはいけない二人②

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 次の日――。


 いつもより長く感じた午後の授業。
 放課後が近づくにつれて、羽音は何だかソワソワしてきてしまう。授業だって上の空だし、食事だってなかなか喉を通らない。
 なのに、冬の弱々しい日差しがとても暖かく感じられたり、冷たい風が心地よく感じたり……羽音は、たったそれだけのことが、酷く幸せに思えた。


 校舎の大きな踊り場には、もうすぐ訪れるクリスマスの飾り付けが始まっている。色とりどりのモニュメントに、可愛らしいリボン。その全てが、今の羽音にはキラキラ輝いて見える。
 今までは、自分に相応しくないと憂鬱だったクリスマスが、今年は楽しみで仕方ない。
 羽音は、生まれて初めて胸の高鳴りと、甘いときめきを感じていた。


 そうしてしばらくいると、教会の釣り鐘が、午後五時を知らせにやってきた。
 辺りは既に真っ暗で、校舎中のランプに火が灯され、柔らかな明かりで建物を包み込んでいた。校庭で遊んでいた生徒も、図書館で勉強をしていた生徒も、それぞれの寮へと戻っていく。そんな時間でもあった。
 寮へと向かう生徒の波に逆らうかのように、羽音はある場所へと足早に向かう。そう、瑞稀と約束している図書館へと向かっていたのだ。


 図書館の扉を開く瞬間、羽音は大きく深呼吸をした。つい先程から彼の心臓は、口から飛び出してしまうのではないか……というぐらいドキドキしている。
 早く瑞稀に会いたい気持ちは勿論あるが、それ以上に、今日は会った時に何をされるのだろう……という羞恥心と期待のほうが強い。
「今日も、キスするのかな……」
 羽音は、そっと自分の唇を指でなぞる。恐怖心や不安に思う気持ちは勿論ある。でも、それ以上に好奇心が勝ってしまった。


 羽音はキャソックの胸ポケットから、小さな小瓶をそっと取り出す。相変わらずその小瓶に入っている液体は、月明かりを受けてキラキラと輝いていた。
 ミセス・サラがくれたこの聖水のお陰なのだろうか。昨日は瑞稀の傍にいても花の甘い香りはしなかったし、異常な程の体の疼きは感じられなかった。


 ずっとミセス・サラの元で、真面目に生きてきた羽音だったが、これから自分がしようとしていることが、どれ程罪深いものかだなんて重々わかっている。いつもそれが罪悪感となり、彼の心を締めつけ続けたけど、それ以上に瑞稀に会いたいという思いの方が強かった。


 もうその思いは、常識とか、規則とか……今まで羽音が大切に守ってきたものが、どうでもいいと思える程、強い強いものとなってしまっている。
 羽音は一度だけ聖水を口にしたが、もう一度それを飲むということは、非常に勇気のいることだった。
「よし!」
 意を決して、小瓶の液体を口に含んで、その苦い液体を胃の中へと無理矢理流し込んだ。液体が喉を通過しているのがわかるくらい熱く感じ、羽音は思わず顔を顰める。
 その苦みそのものが、今、自分が犯している罪に思えてならない。


 羽音は重たい図書館の扉をそっと開く。
 その瞬間、ふわりと温かい空気に包まれた。外は体中がかじかむ程寒いのに、今日は火が燃え盛っている大きな暖炉のおかげで、図書館の中はとても温かい。優しく図書館の室内を照らす、優しいランプの明かりにホッと息を整える。
 そのまま、長い長い螺旋階段を昇って三階を目指した。


 この時間、図書館に生徒の姿はなく、辺りは静まり返っている。パチパチと、暖炉の中にくべられた薪が燃える音だけが響き渡っていた。
 階段を一段、また一段と昇る度に、心臓がドキドキと高鳴っていき、いつもは息なんて切れないのに、今日は呼吸がしにくくて仕方がない。
 それでも羽音は、瑞稀に会いたかった。
「羽音」
 三階に辿り着いた瞬間、優しい声で名前を呼ばれる。胸を高鳴らせながら顔を上げた。


「羽音。来てくれてありがとう」
「瑞稀……」
 そこには、優しい顔で微笑む瑞稀がいた。
「大丈夫。あの花の香りはしないし、水晶玉だって冷たいままだ」
 羽音は、自分に言い聞かせるようにそっと呟く。
「おいで、羽音」
 瑞稀が両手を広げて微笑んだから、羽音は勢いよくその腕の中に飛び込んだ。温かい瑞稀の腕の中で、羽音は幸せに包まれて、胸から熱いものが込み上げてくるのを感じる。 
 自分の自分の髪を優しく撫でてくれる大きな手も、耳元に感じる温かな吐息も……全てが愛おしくて仕方ない。


「瑞稀、会いたかった……」
 羽音は自分でもびっくりするくらい甘えた声を出しながら、瑞稀の胸に頬ずりをする。それは無意識の行動だったけれど、瑞稀の心を擽ったようだ。羽音の額に、優しいキスをくれる。
 そんな瑞稀を、力一杯抱き締め返した。
「ふふっ。俺も会いたかったです」
「本当ですか? 嬉しい……」
「やっぱり貴方は可愛いですね」
 そのまま視線が絡み合い、どちらともなく唇が重なる。どんどん深くなってく口付けを、羽音はたどたどしい舌使いで、一生懸命に受け止めた。
「本当に可愛い……」
「瑞稀、瑞稀……」
「はいはい。ここにいますよ」


 二人の甘い吐息が、淡い月明かりにそっと溶けていった。
 羽音は、すっかり瑞稀という青年の虜になってしまっている。それが嬉しかったけど、とても怖かった。
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