天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第四章 交わってはいけない二人

交わってはいけない二人③

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 聖水の効果のおかげで、理性を失うことなく瑞稀と向き合えている冷静な自分が、警笛を鳴らし続けていた。
 『これ以上、瑞稀に夢中になってはいけない』、と。
 それでも、若く健康な羽音にしてみたら、瑞稀に惹かれるな、というのが無理なのかもしれない。


 それに、羽音は気になっていた。自分に愛おしそうに触れる瑞稀が、ほんの一瞬だけ酷く寂しそうな顔をするのだ。
「どうしたの?」
「いいえ。なんでもありません」
 そう寂しそうに笑う瑞稀は、今にも泣きだしそうに見えた。
 こんなにキスをして、抱き締め合っているのに、瑞稀はそれ以上のことを求めては来ない。熱い口付けを交わした後、切なそうに顔を歪める。 
 まるで、羽音に触れることに躊躇いを感じているかのように……。


 もしかしたら、羽音と瑞稀は決して交わってはいけない存在なのかもしれないと、羽音は思う。
 自分が闇夜みたいに真っ黒な絵の具だとしたら、瑞稀は真綿みたいに真っ白な絵の具。お互い、別々に存在していれば綺麗な色なのに、一度交わった瞬間に汚い灰色へと、その姿を変えてしまう。だからこそ、決して交わってはいけないのだ。
 それでも、真っ暗な闇は眩い真っ白な光に憧れて、真っ白な光は闇夜に癒しを求める。
 相反する場所にある二つの物が、激しく惹かれ合う瞬間でもあった。


「ねえ。このまま、一つに結ばれたい……」
「……え?……」
 瑞稀の苦しそうな呻き声に、羽音は慌てて瑞稀を見上げた。
「俺は、貴方と、身も心も結ばれたいです」
「……瑞稀……」
 その顔を見れば、瑞稀が本気でそう思っていることぐらいは、いくら鈍感な羽音にも伝わってきてしまった。
 瑞稀は、きっと心の奥底から、自分を抱きたいと思ってくれているんだ……。そんな瑞稀の気持ちを思えば、心がキュッと締め付けられる。


「どうしてだろう……君からは、甘い花の香りはしないのに……」
 羽音は不思議でならなかった。今の自分は目の前の男に欲情し、抱かれたいと思ってしまっている。この人になら、全てを委ねてみたい……。
 瑞稀に守られながら、愛されてみたい。
 今まで、たった一人で生きてきた羽音は、誰かと一緒に生きてみたいと思った。


「もしかして、僕は……君のことが……」


 羽音は、自分の心の中にいつしか芽生えていた、あるひとつの感情に気付いてしまった。
 今まで、素敵だな……と思う人は何人かいた。しかし、この思いはそんな軽い感情ではない。もっともっと深くて、強くて、自分の魂までをも支配してしまう。
 今まで大切にしてきた、モラルとか、ルールとか……全てを破ってでも一緒にいたい。そんな強い衝動と激情。そのくせ、瑞稀の事を少し考えるだけで、胸の中が焦げるように熱くて、泣きたくなってしまう。そんな弱い自分もいる。 
 瑞稀が恋しくて、会いたくて……一緒にいる時は、幸せで。こんな感情があることを、羽音は初めて知った。


「これが、恋……なのかな……」


 羽音は、瑞稀の頭を撫でてから、そっと唇を重ね合わせる。マシュマロのような柔らかい感触に、目を細めた。
 羽音の初恋の種は、いつの間にか心という畑に撒かれ、芽を出した。そして、瑞稀から与えられる日光の日差しを一心に受け、ぐんぐんと成長し、そして今……真っ赤な薔薇を咲かせたのだった。


 ──この思いを言葉にして伝えたい。
 そんな叶わない夢を抱いてしまったことに、羽音はガッカリしてしまう。自分のような存在が、神父を志していた青年と結ばれていいはずがない。この幸せな時間と瑞稀を失うことが、何よりも怖かった。


「僕を……君の好きにしてください」
「羽音……」
「瑞稀になら、何されてもいい。怖くないから」
「嘘つき。怖くて震えてる」
 そんな羽音を見て、瑞稀が愛おしそうに笑う。
「羽音、俺は貴方が……貴方が……」
「え?」
「いえ、なんでもありません……」
 いつもみたいに、困ったかのように、寂しそうに笑う瑞稀を見れば、心がズキンズキンと痛む。


 ──瑞稀はいつも、何を言おうとしてるのだろう?
 そう問いかけたくても、瑞稀があまりにも辛そうな顔をするものだから、羽音はその先を促すことができなかった。だから、いつも優しく頭を撫でてやる。まるで、幼子をあやすかのように。


「瑞稀……雨が降ってるね」
「あ、そういえばそうですね……」
「明日は晴れるかな…」
「羽音、こっち向いて……キスしたい……」 
「ねぇ明日……明日さ……」
「もう、いいから……こっち向けって……」
「だって、んっ……あ、あん……」
「もう、好きにさせて……うるさいよ……」
「あ、はぁ……あ、あぁ……」


 この瞬間、羽音と瑞稀は恋に落ちた。
 外から聞こえてくる雨音が止んで、いつの間にか空からは白い蝶々が舞い降り始めている。きっと、外は凍えるような寒さだろうけど、抱き合っている二人は全く寒さなど感じてはいなかった。

 
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