天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

文字の大きさ
18 / 61
第四章 交わってはいけない二人

交わってはいけない二人⑤

しおりを挟む
「俺は……そのインキュバスに襲われて……」
 瑞稀の瞳にたくさんの涙がみるみるうちに溜まっていき、顔を恐怖で引きつらせた。いくら泣くのを我慢しようと唇を噛み締めても、次から次へと、涙がその頬を伝う。ガタガタと震えるその体は、もう自分の意志ではどうにもならないのだろう。


「よっぽど怖い思いをしたんですね……」 
 まるで、怖い夢を見て飛び起きた子供のような瑞稀を、そっと抱き寄せれば大した抵抗もなく自分の腕の中に逞しい体が落ちてくる。羽音は、そんな瑞稀を受け止めて強く抱き締めた。
 触れ合う胸からは、お互いの激しく鳴り響く鼓動を感じることができる。そんな羽音の耳に、今にも消えてしまいそうなか細い瑞稀の声が聞こえてきた。


「インキュバスと契りました」
「……え?」
「俺は、自分の意志では無いにしても、インキュバスを抱いたんです」
「インキュバスを……抱いた……?」
「俺が生まれて初めて抱いた相手は、インキュバスなんです」


 羽音は、目の前が真っ暗になるのを感じていた。
 瑞稀が深いトラウマを抱えている事は、ミスター・レンに聞いて知っていた。しかし、まさか、瑞稀がインキュバスを抱いていたなんて……予想もしていなかった告白に、羽音は酷く戸惑い、困惑した。
 

 きっとどんなに抵抗しても、人間がインキュバスの誘惑から逃れることはできないだろう。瑞稀の意志など関係なく、無理矢理契りを結ばされたに違いない。
 どんなに怖かっただろうか。どんなに屈辱的だったろうか……そう考えれば、インキュバスという悪魔が、羽音は憎く思えてくる。


「俺は、悪魔という汚らわしいものを抱きました」
「…………」
「はい。だから、俺の体も汚いんです。こんな体で、貴方に触れていいのかって、いつも悩んでいました」
「……瑞稀……」
「こんなに汚い俺が、貴方みたいな綺麗な人の傍にいていいのかも……」
 抱き締める瑞稀の瞳から、大きな涙が再びポロポロと溢れだし、羽音の素肌にスッと浸透していく。


「じゃあ、瑞稀がこの学園に転入してきた理由っていうのは……」
「はい。インキュバスと契ったことで、俺は身も心もボロボロになった。そんな俺を心配した祖父が、この学園に転入させたのです。ミセス・サラがいる限り、この学園に悪魔が来ることは無いだろうって……」 
 子供のように泣きじゃくる瑞稀がかわいそうで、しかし滅多にあらわにはしないのであろう弱い姿を晒してくれる彼が愛おしくもあって、羽音はその体を抱き締めた。


「それでも俺は、貴方に会いたかったし、触れたかった。それに……」
 瑞稀が顔を上げれば、二人の視線と視線が絡み合った。瑞稀の瞳には羽音が映っていて、瑞稀の瞳の中の自分自身が揺れているように見える。


 彼が明かしてくれたのは、とても悲しく辛い過去だった。そこから逃げるように学園へとやってきて、自分と出会った。
 瑞稀にとって、人と交わることはどんなに勇気がいることだっただろうか。よりにもよって、その相手は自分になるかもしれない。己の過去もわからず、わけのわからない片羽を晒して、瑞稀に……さながら『インキュバスのように』欲情した、この自分と。


 ……インキュバスのように? ……じゃあ僕は、彼にとってはもしかしたら……悪魔のような存在になるかもしれないじゃないか。


 そこまで考えるに至り、羽音は唐突に、己の身体中に酷い悪寒が走るのを感じた。
 自分が瑞稀の傍にいることで、彼は一生苦しみ続けることになるかもしれない。たとえ結ばれたとて、彼の心を真綿のように締め続ける存在になってしまうかもしれない。そんなことは……絶対に嫌だ。
「……報いか……」
「羽音?」


 神から罰を受けたのだ……羽音はそう感じていた。いや、はじめから自分と瑞稀は結ばれることなどなかったのだ。こんな当たり前の事を、なぜ今更気づいてしまったのか。得たいの知れないこんな男と、彼が、結ばれていいはずがない。
 それでも、瑞稀のそばに居たいと羽音は思ってしまった。


「羽音……俺は、貴方のことが……」
「駄目!」
 何か言いかけた瑞稀の口を、羽音は咄嗟に自分の手で塞いだ。その瞬間、瑞稀が驚いたように目を見開く。
「それ以上は、言ったら駄目です」
 瑞稀は言葉こそ発しなかったが、酷く悲しそうな顔をしている。


 それでも、羽音は瑞稀が自分に何を言いたかったのかが、痛いくらいわかってしまった。だからこそ、その言葉を言ってほしくはなかったのだ。瑞稀の口から、愛の言葉を囁かれてしまったら、羽音はもう自分の気持ちを抑えるすべを失ってしまうだろう。
「お願い。その言葉を、どうか飲み込んでください」
 たくさんの瞳にたくさんの涙を浮かべながら、何も言えずに二人は静かに見つめ合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...