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第四章 交わってはいけない二人
交わってはいけない二人⑤
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「俺は……そのインキュバスに襲われて……」
瑞稀の瞳にたくさんの涙がみるみるうちに溜まっていき、顔を恐怖で引きつらせた。いくら泣くのを我慢しようと唇を噛み締めても、次から次へと、涙がその頬を伝う。ガタガタと震えるその体は、もう自分の意志ではどうにもならないのだろう。
「よっぽど怖い思いをしたんですね……」
まるで、怖い夢を見て飛び起きた子供のような瑞稀を、そっと抱き寄せれば大した抵抗もなく自分の腕の中に逞しい体が落ちてくる。羽音は、そんな瑞稀を受け止めて強く抱き締めた。
触れ合う胸からは、お互いの激しく鳴り響く鼓動を感じることができる。そんな羽音の耳に、今にも消えてしまいそうなか細い瑞稀の声が聞こえてきた。
「インキュバスと契りました」
「……え?」
「俺は、自分の意志では無いにしても、インキュバスを抱いたんです」
「インキュバスを……抱いた……?」
「俺が生まれて初めて抱いた相手は、インキュバスなんです」
羽音は、目の前が真っ暗になるのを感じていた。
瑞稀が深いトラウマを抱えている事は、ミスター・レンに聞いて知っていた。しかし、まさか、瑞稀がインキュバスを抱いていたなんて……予想もしていなかった告白に、羽音は酷く戸惑い、困惑した。
きっとどんなに抵抗しても、人間がインキュバスの誘惑から逃れることはできないだろう。瑞稀の意志など関係なく、無理矢理契りを結ばされたに違いない。
どんなに怖かっただろうか。どんなに屈辱的だったろうか……そう考えれば、インキュバスという悪魔が、羽音は憎く思えてくる。
「俺は、悪魔という汚らわしいものを抱きました」
「…………」
「はい。だから、俺の体も汚いんです。こんな体で、貴方に触れていいのかって、いつも悩んでいました」
「……瑞稀……」
「こんなに汚い俺が、貴方みたいな綺麗な人の傍にいていいのかも……」
抱き締める瑞稀の瞳から、大きな涙が再びポロポロと溢れだし、羽音の素肌にスッと浸透していく。
「じゃあ、瑞稀がこの学園に転入してきた理由っていうのは……」
「はい。インキュバスと契ったことで、俺は身も心もボロボロになった。そんな俺を心配した祖父が、この学園に転入させたのです。ミセス・サラがいる限り、この学園に悪魔が来ることは無いだろうって……」
子供のように泣きじゃくる瑞稀がかわいそうで、しかし滅多にあらわにはしないのであろう弱い姿を晒してくれる彼が愛おしくもあって、羽音はその体を抱き締めた。
「それでも俺は、貴方に会いたかったし、触れたかった。それに……」
瑞稀が顔を上げれば、二人の視線と視線が絡み合った。瑞稀の瞳には羽音が映っていて、瑞稀の瞳の中の自分自身が揺れているように見える。
彼が明かしてくれたのは、とても悲しく辛い過去だった。そこから逃げるように学園へとやってきて、自分と出会った。
瑞稀にとって、人と交わることはどんなに勇気がいることだっただろうか。よりにもよって、その相手は自分になるかもしれない。己の過去もわからず、わけのわからない片羽を晒して、瑞稀に……さながら『インキュバスのように』欲情した、この自分と。
……インキュバスのように? ……じゃあ僕は、彼にとってはもしかしたら……悪魔のような存在になるかもしれないじゃないか。
そこまで考えるに至り、羽音は唐突に、己の身体中に酷い悪寒が走るのを感じた。
自分が瑞稀の傍にいることで、彼は一生苦しみ続けることになるかもしれない。たとえ結ばれたとて、彼の心を真綿のように締め続ける存在になってしまうかもしれない。そんなことは……絶対に嫌だ。
「……報いか……」
「羽音?」
神から罰を受けたのだ……羽音はそう感じていた。いや、はじめから自分と瑞稀は結ばれることなどなかったのだ。こんな当たり前の事を、なぜ今更気づいてしまったのか。得たいの知れないこんな男と、彼が、結ばれていいはずがない。
それでも、瑞稀のそばに居たいと羽音は思ってしまった。
「羽音……俺は、貴方のことが……」
「駄目!」
何か言いかけた瑞稀の口を、羽音は咄嗟に自分の手で塞いだ。その瞬間、瑞稀が驚いたように目を見開く。
「それ以上は、言ったら駄目です」
瑞稀は言葉こそ発しなかったが、酷く悲しそうな顔をしている。
それでも、羽音は瑞稀が自分に何を言いたかったのかが、痛いくらいわかってしまった。だからこそ、その言葉を言ってほしくはなかったのだ。瑞稀の口から、愛の言葉を囁かれてしまったら、羽音はもう自分の気持ちを抑えるすべを失ってしまうだろう。
「お願い。その言葉を、どうか飲み込んでください」
たくさんの瞳にたくさんの涙を浮かべながら、何も言えずに二人は静かに見つめ合った。
瑞稀の瞳にたくさんの涙がみるみるうちに溜まっていき、顔を恐怖で引きつらせた。いくら泣くのを我慢しようと唇を噛み締めても、次から次へと、涙がその頬を伝う。ガタガタと震えるその体は、もう自分の意志ではどうにもならないのだろう。
「よっぽど怖い思いをしたんですね……」
まるで、怖い夢を見て飛び起きた子供のような瑞稀を、そっと抱き寄せれば大した抵抗もなく自分の腕の中に逞しい体が落ちてくる。羽音は、そんな瑞稀を受け止めて強く抱き締めた。
触れ合う胸からは、お互いの激しく鳴り響く鼓動を感じることができる。そんな羽音の耳に、今にも消えてしまいそうなか細い瑞稀の声が聞こえてきた。
「インキュバスと契りました」
「……え?」
「俺は、自分の意志では無いにしても、インキュバスを抱いたんです」
「インキュバスを……抱いた……?」
「俺が生まれて初めて抱いた相手は、インキュバスなんです」
羽音は、目の前が真っ暗になるのを感じていた。
瑞稀が深いトラウマを抱えている事は、ミスター・レンに聞いて知っていた。しかし、まさか、瑞稀がインキュバスを抱いていたなんて……予想もしていなかった告白に、羽音は酷く戸惑い、困惑した。
きっとどんなに抵抗しても、人間がインキュバスの誘惑から逃れることはできないだろう。瑞稀の意志など関係なく、無理矢理契りを結ばされたに違いない。
どんなに怖かっただろうか。どんなに屈辱的だったろうか……そう考えれば、インキュバスという悪魔が、羽音は憎く思えてくる。
「俺は、悪魔という汚らわしいものを抱きました」
「…………」
「はい。だから、俺の体も汚いんです。こんな体で、貴方に触れていいのかって、いつも悩んでいました」
「……瑞稀……」
「こんなに汚い俺が、貴方みたいな綺麗な人の傍にいていいのかも……」
抱き締める瑞稀の瞳から、大きな涙が再びポロポロと溢れだし、羽音の素肌にスッと浸透していく。
「じゃあ、瑞稀がこの学園に転入してきた理由っていうのは……」
「はい。インキュバスと契ったことで、俺は身も心もボロボロになった。そんな俺を心配した祖父が、この学園に転入させたのです。ミセス・サラがいる限り、この学園に悪魔が来ることは無いだろうって……」
子供のように泣きじゃくる瑞稀がかわいそうで、しかし滅多にあらわにはしないのであろう弱い姿を晒してくれる彼が愛おしくもあって、羽音はその体を抱き締めた。
「それでも俺は、貴方に会いたかったし、触れたかった。それに……」
瑞稀が顔を上げれば、二人の視線と視線が絡み合った。瑞稀の瞳には羽音が映っていて、瑞稀の瞳の中の自分自身が揺れているように見える。
彼が明かしてくれたのは、とても悲しく辛い過去だった。そこから逃げるように学園へとやってきて、自分と出会った。
瑞稀にとって、人と交わることはどんなに勇気がいることだっただろうか。よりにもよって、その相手は自分になるかもしれない。己の過去もわからず、わけのわからない片羽を晒して、瑞稀に……さながら『インキュバスのように』欲情した、この自分と。
……インキュバスのように? ……じゃあ僕は、彼にとってはもしかしたら……悪魔のような存在になるかもしれないじゃないか。
そこまで考えるに至り、羽音は唐突に、己の身体中に酷い悪寒が走るのを感じた。
自分が瑞稀の傍にいることで、彼は一生苦しみ続けることになるかもしれない。たとえ結ばれたとて、彼の心を真綿のように締め続ける存在になってしまうかもしれない。そんなことは……絶対に嫌だ。
「……報いか……」
「羽音?」
神から罰を受けたのだ……羽音はそう感じていた。いや、はじめから自分と瑞稀は結ばれることなどなかったのだ。こんな当たり前の事を、なぜ今更気づいてしまったのか。得たいの知れないこんな男と、彼が、結ばれていいはずがない。
それでも、瑞稀のそばに居たいと羽音は思ってしまった。
「羽音……俺は、貴方のことが……」
「駄目!」
何か言いかけた瑞稀の口を、羽音は咄嗟に自分の手で塞いだ。その瞬間、瑞稀が驚いたように目を見開く。
「それ以上は、言ったら駄目です」
瑞稀は言葉こそ発しなかったが、酷く悲しそうな顔をしている。
それでも、羽音は瑞稀が自分に何を言いたかったのかが、痛いくらいわかってしまった。だからこそ、その言葉を言ってほしくはなかったのだ。瑞稀の口から、愛の言葉を囁かれてしまったら、羽音はもう自分の気持ちを抑えるすべを失ってしまうだろう。
「お願い。その言葉を、どうか飲み込んでください」
たくさんの瞳にたくさんの涙を浮かべながら、何も言えずに二人は静かに見つめ合った。
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